事例:高校生が地域に飛びだし、デジタル・スタンプラリーをつくる実践的な共同学習プログラムを開発

お客様:学校法人 郁文館夢学園 ID学園高等学校 様


 学校法人ID学園高等学校 様は、全日制と通信制の良さをかけあわせた、ハイブリッド型が特徴の広域通信制高校である。134年の歴史を持つ学校法人郁文館夢学園が2020年に創設した新しい学びの場だ。生徒は関心のある授業を選択して参加し、無理のないペースで学びを進めることができる。

 

ID学園高等学校は「起業・ビジネスコース」の生徒を対象に、ダンクソフトと協働してインターンシップ・プログラムを企画・実施した。最新のIT技術を搭載する「WeARee!」を使った、実践型の共同学習プログラムだ。

 

実施後は参加した生徒全員から高い評価を受けただけでなく、「WeARee!」の新たな活用についても、話が広がっている。プログラムを担当した、企画部主任であり、起業・ビジネスコースのカリキュラム設計を行う宮坂修平氏からお話を伺った。


■新しい学びができる学校づくりを目指して

ID学園高等学校は、100年以上続く学校法人郁文館夢学園が、2020年に、新しい学びのスタイルとして創設した学校だ。通学型と通信型の学び方があり、通学型は、さらに「週1日コース」「週3日コース」「総合進学コース」「グローバルコース」「起業・ビジネスコース」にわかれている。すべてのコースは、希望すれば毎月変更することもできる。

 

このように、ID学園高等学校では、複雑・多様化する社会の中で、一人ひとりの体調や学びのペースに合わせて、生徒が参加しやすい環境を提供している。この背景には、生徒一人ひとりが人生の主人公として夢を叶えていく学びの場でありたいという、ID学園高等学校の理念がある。

宮坂氏は、2022年4月からID学園高等学校の企画部に所属している。起業・ビジネスコースだけでなく、探究や外部機関との教育連携なども担当している。宮坂氏には、東京学芸大学の教育学部に在籍していた当時から、「日本にまだない授業を導入した、新しい学びができる学校をつくりたい」という思いがあった。そのためには、民間企業でのビジネス経験が役に立つと考え、卒業後はIT企業のマーケティング部に所属して経験を重ねた。

  

■1年間の試行錯誤で気がついた、大切にしたい思い 

2022年度の1年間にわたり、起業・ビジネスコースのカリキュラムを企画する中で、時には失敗も経験し、宮坂氏は「生徒同士がイキイキと学ぶ、一人ひとりの価値と可能性が引き出される授業をつくりたい」という思いを持つようになった。――そこに宮坂氏は、2023年のはじめにとあるイベントでダンクソフトのメンバーと偶然の再会をする。コロナ禍を経て久しぶりに会ったダンクソフトのメンバーから、ウェブを使った新しいサービス「WeARee!」を知って、「これだ!」と、瞬時に可能性を感じた。WeARee!のスタンプラリー機能を使えば、地域社会をテーマに、生徒が教室を飛び出して学ぶ、実践型のプログラムがつくれるのではないか。そう考えた宮坂氏は、すぐに実施に向けた相談をはじめた。

 

ID学園高等学校での授業風景

宮坂氏は、教員になる前にライフワークとして、「既存の学校現場には無い学び」をテーマにしたワークショップを開催していたことがある。その会場としていた場所が、ダンクソフトがサテライト・オフィスとして利用していた東上野の古民家ギャラリーだった。こうした縁も重なり、ID学園高等学校とダンクソフトとの協働によるインターンシップ・プログラムづくりがはじまった。

 

■従来のフォーマットにとらわれない、生徒起点のプログラムづくり

インターンシップ・プログラムというと、学生が数日間にわたって企業のオフィスで働くスタイルが一般的だ。一方でID学園高等学校の要望は、「短時間で、楽しく、どんな高校生でも無理なく参加できる形のインターンシップ」だった。

 

ダンクソフトは、従来の「インターンシップ」というフォーマットをスタートにするのではなく、ID学園高等学校の生徒たちが参加しやすいプログラムを提案した。「こんな感じでどうでしょう」「そういう課題であれば、こういうことができますね」と、対話のキャッチ・ボールを2ヶ月間にわたり複数回おこなった。

 

「これほど丁寧に対話を重ねながら、企業とプログラムをゼロからつくったのは、はじめてでした」と、宮坂氏は当時を振り返る。ダンクソフトのWeARee!チームは、できるだけ親しみを持って参加できる環境をつくろうと心がけた。こうした対話によって、「WeARee!チームが事前に生徒たちを訪ねて、プログラムの初日を顔見知りの状態で迎えてはどうか」といった、生徒が安心して参加できるような工夫が次々にうまれてきた。

今回、対話の末にできあがった新しい「インターンシップ・プログラム」は次の通りである。「WeARee!」のデジタル・スタンプラリーを活用した、飯能市のスタンプラリー作成プロジェクトだ。

 

1)ID学園高等学校でのチーム・ビルディング(5月23日)

キックオフとして、レクリエーションを中心としたプログラムを実施。生徒による企業調べの発表。スタッフと生徒の交流。

 

2)ダンクソフト本社オフィスにて、初回インターンシップ実施(5月25日)

生徒がダンクソフトのある東京・神田周辺の地域スポットを探検するデジタル・スタンプラリーを体験。グループごとに「WeARee!」の機能を理解し、遊び感覚で地域の魅力を発見する1日体験を実施。

 

3)生徒自身が「WeARee!」で、新しい地域スタンプラリーを制作

魅力のある神田のスポットを訪問し撮影、集めた情報でスタンプ・スポットを制作。「おもしろい神田」をテーマにしたスタンプラリーを全員で制作。

 

4)埼玉県飯能市にて「WeARee!」を活用したフィールドワーク(6月1日)

飯能駅周辺で実施しているフィールドワークの授業で「WeARee!」を活用。神田で演習したことを飯能駅周辺の魅力発見に応用し、飯能駅周辺地域の魅力を伝えるコンテンツづくりを行う。現地では、株式会社Akinai 様の協力で、コワーキングスペース「Nakacho7」で実施。

 

5)飯能スタンプラリー制作にむけたWEBミーティング(6月8日)

WeARee! チームが、ID学園高等学園の授業に遠隔で参加。生徒が考えた飯能スタンプラリーのコンセプト紹介や、スタンプラリーを作成する上での質問や相談などを、WEBミーティングで実施。

 

)ダンクソフト本社オフィスにて、第2回インターンシップ実施(6月15日)

飯能市でのフィールドワークで収集した魅力情報をもとに、生徒たちがチームとなってデジタル・スタンプラリーを仕上げ。現場での検証を経て最終作品を一般公開。飯能駅周辺の市民の方々が活用できるツールに。日本スタンプラリー協会にも登録し、全国のスタンプラリーの一覧にも掲載。 

↓完成したデジタル・スタンプラリーはこちら
https://stamprally.org/s/36507

別のカリキュラムで、生徒が空き家のリノベーションを手伝った店舗も、スタンプラリー・スポットのひとつとなっている。

  

■想像以上の盛り上がりと、ぞくぞくと届いた生徒からの嬉しいコメント

インターンシップ・プログラムの結果は、想像以上だった。誰かが取り残されることなく、プログラムを最後まで楽しく修了できた。

プログラム終了後のアンケートでは、授業の満足度について、生徒全員が最高評価をつけた。また、生徒たちからは、「自分たちで新しくものを作り出すという体験が自分の中で大きかった」「みんなが役割をもって何かしら関われた」などの声が、自由回答に寄せられた。これらのコメントからも、プログラムを通じて、生徒が自らの価値や可能性をなんらか実感できたことがわかる。さらに、「もっと大規模なスタンプラリーを作ってみたい」「ARを使った企画をやりたい」といった、未来へ向けた意欲を感じられる回答も見られた。

 

■「WeARee!」があったから実現したプログラム

 「どのような関わり方の生徒でも、成果を出せて、自分の価値や可能性を実感できる。これは、今までのプログラムではあり得なかった奇跡的なことです。学校法人と企業による、新しいプログラムづくりのモデルができました」(宮坂氏)。

 

例えば、スタンプ・スポット制作の際、体力に不安のある生徒も、ひとつのスタンプ・スポットさえつくれれば、持ち寄ってチームに加わることができる。また、体調不良のためフィールドワークができなかった生徒は、現地で写真を撮る代わりに、情報を集めて文章を書くことで、スタンプラリーづくりに加わることができた。このような生徒たちの多様な関わり方は、「WeARee!」がなければ実現できなかっただろう。

 

さらに、「こんな予想外の出来事があったんです」と、宮坂氏は嬉しそうにさらに言葉をつなげる。学校見学に訪れていた入学希望者が、スタンプラリーのチラシ制作をしていた様子を目にしたことがきっかけとなり、起業・ビジネスコースを選択したのだ。デザインに関心のあったその生徒は、「起業・ビジネスコース」でまさかデザインまで学べるとは思わなかったのだという。今回のインターンシップ・プログラムを知ったことが、入学の決定打となったのだ。

 

■「学校と企業のつながり」から「人と人のつながり」へ

 「ダンクソフトさんの社員の皆さんは、距離感が近いですね」と宮坂氏は語る。

 

「インターンシップに携わっていただいたみなさんは、今でも生徒の顔と名前を覚えてくださっています。ダンクソフトの方に進路相談をする生徒も出てきたんですよ。限られた期間で、そのような生徒との関係が自然と生まれてくるのは、本当に珍しいことです。“学校と企業のつながり”という枠を超え、“人と人のつながり”を感じながら協働できたのは、私自身にとっても大きな発見でした」(宮坂氏)。

 

【インターンシップ・プログラムに関わったダンクソフトメンバーからのコメント】

※ 所属・仕事内容は取材当時のものです。

◆企画チーム マネージャー 板林

ダンクソフトでは、これまでもインターンシップを多く受け入れてきました。その中で「企業インターンシップとはこういうもの」というイメージが出来ていました。

一方で、宮坂氏とはそういったインターンシップの枠にとらわれず、学生の視点に立って、新しいものを一緒につくっていくことができました。協働していてとにかく楽しかったですね。

 

◆企画チーム 酒井

宮坂氏からプログラムのありたい姿を聞いた時、「インターンシップ」という言葉では到底おさまらないと感じました。「WeARee!」には、開発の当初から「みんなでつくる」というコンセプトがあります。このコンセプトを活かしながら、従来のインターンシップを超えたプログラムづくりができて、とても嬉しかったです。

 

◆企画チーム ウムト

宮坂氏や教員と生徒との信頼関係が強く、その関係が羨ましいと思いました。生徒たちはとても積極的。「WeARee!」のソースコードを見てテンションの上がった生徒たちの様子が、今でも印象に残っています。

 

◆企画チーム ジョーダン

授業が終わっても、生徒さんの多くがスタンプラリーを夢中になってつづけていました。一人ひとりのモチベーションも高く、素晴らしいと思いました。

  

■協働をさらにすすめて、生徒が学びやすい環境を

ID高等学園高校では、「WeARee!」のさらなる活用にも注目が集まっている。

「水道橋キャンパス周辺で、地域理解を深めるためのスタンプラリーを実施したい」という声が、教員からあがったのだ。

 

例えば、自宅での学習を長く続けていた新入生にとっては、通い慣れていない校舎や街を歩くだけでも大変なこと。「スタンプラリーを通じて、学校や周辺地域のことを生徒に楽しく知ってもらいたい」「スタンプラリーを使いながら歩くだけでも、生徒のウェルネスになるのでは」など、「WeARee!」への期待は、ますます高まっている。

 

また、宮坂氏とダンクソフトとの新たな企画もはじまりそうだ。移住やリモートワークというこれからのワークスタイルに関心を持つ生徒が増えていることを受け、ダンクソフトのテレワークに関する先駆的な取り組みを紹介する機会について意見交換を行っている。生徒がイキイキと学ぶ姿が想起される新たな共同学習プログラムが始まるかもしれない。 


■導入テクノロジー


 ■ID学園高等学校とは

ID学園高等学校は、134年の歴史を持つ学校法人郁文館夢学園が2020年4月に開講した広域通信制高校です。全日制、定時制、通信制に続く「第4の学校教育」として、全日制高校と通信制高校の良さを掛け合わせたハイブリッド型であることが特徴です。すべての生徒が夢を持ち、夢を実現するために、生徒の多様な夢の実現に全力を尽くします。生徒の「個」を大切にし、最大限活かして、好きな場所で、好きなペースで、好きなだけ学べる学習環境を提供しています。 

URL: https://id.ikubunkan.ed.jp/ 


“Co-learning”が、一人ひとりを成長・進化させる ―50周年に向けて「学習する組織」へ


■ダンクソフトが最も大事にする「コ・ラーニング」とは

 

ダンクソフトでは、「コ・ラーニング(Co-learning)」を重視してきました。コ・ラーニングとは、ともに学びあうこと、つまり、共同学習です。2008年の全社会議で話題にして以来、学びあいの文化、学びあいの場づくりを大事にしてきました。

 というのも、ダンクソフトはデジタル企業だからです。デジタル・テクノロジーは、40年で1億倍も性能が良くなりました。これからも驚異的なスピードで、新しい技術が登場し、発展します。連動して、私たちが学ぶことはどんどん増えていきますから、もう到底ひとりでは対応できなくなります(すでにそうです)。ですから、互いに学びあうことがますます大事になってきます。

テクノロジーの進化だけでなく、私たちを取り巻く環境も劇変しています。特に企業に求められることは、40年のあいだに大きく変化してきました。上司・部下という上下2分の関係を超えて、いかに目線をあわせて建設的な「対話」ができるか。社内外との横断的な協働を通じて、さらによりよい成果や意外な効果を生み出せるか。どうやって、よりよい地域社会の先導者になるか。どんなテーマでも、「Co-learning」の考え方が必要不可欠です。  

■「学びあう」ことで高めあうスポーツの現場

 

私はスポーツが大好きなのですが、最新のスポーツ界を見ていると、「コ・ラーニング」がよく実践されているのをたびたび見かけます。 

今年のWBCがそうでした。アメリカで経験を積んできたダルビッシュ選手に、日本のピッチャーはスライダーの投げ方を学んでいましたね。スライダーといえば、ダルビッシュが2009年のWBC決勝戦で最後の三振を打ちとった球種。その投げ方を、彼は若い選手たちとシェアしたのです。その成果でしょうか、大谷選手が決めた最後のボールはスライダー。そして日本はふたたび、世界一になりました。あのときは興奮しましたね。

 

かつてスポーツといえば、チーム内の全員がお互いのライバル(競争相手)でした。ですから互いに「学びあう」ことはなく、自分の技は盗まれないようにする、競争そのものの世界だったと思います。でもその文化が、いま確実に変わってきました。

 

スポーツ・クライミングという競技がありますよね。垂直に反り立つ壁をよじ登っていくもので、ボルダリングとも言われます。このスポーツでは、試合前に、どのように登るのか、その作戦を選手同士で相談するのです。このオブザベーションという時間では、各国の選手たちが、敵味方を超えて話し合っています。そのシーンがとてもおもしろいんです。

 

最近のスポーツでいえば、スケートボードも学びあう文化があります。誰かがいいスピードに乗ったり、技が決まったりしたら、それを見ている選手全員が喜び、賞賛しあいます。日本は女子も男子もかなり強い競技ですよね。

 

スポーツの世界では、コ・ラーニングしている場が目に見えて増えています。共同学習によって、互いに高めあっているわけです。  

■河原でパエリア。それが「体験学習」の始まりだった

 

ケニーズ・ファミリー・ビレッジ / オートキャンプ場さまとのプロジェクト事例『事例:楽しさの「背景」までも伝え共感を生むWEBサイトで、閲覧数も売上も120%増』も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/casestory-kfv 

10年ほど前でしょうか、ダンクソフトでは、特別な共同学習の機会をもうけました。

舞台は埼玉県飯能市のキャンプ場。そこへ、ダンクソフトのスタッフやパートナーさん、大切な知り合いの方々もお誘いして、一緒にツアー・バスで行きました。皆で集まったキャンプ場は、ケニーズ・ファミリー・ビレッジさんという、ダンクソフトのお客様でもあります。川を堰き止めた天然のプールがあるような、自然いっぱいの環境です。

 

その河原で、パエリアを炊くことに挑戦したんですよ。バレンシアのパエリア・コンテストで第4位の腕を持つシェフに同行してもらい、チームに分かれて、実際に自分たちで、いちから焚火でパエリアを炊いてみました。

 

そのプロセスで、社内・社外という垣根を超えて、さまざまな立場の人たちと協働関係を模索しながら、ひとつのものを作りあげることを体験しました。多様な人々がかかわるとイノベーションが起こることを実地に体験したわけです。

 

十分に手足を動かしたあとで、座学のレクチャーの時間を用意しました。そこでは、「開かれた対話と創造の場」を重視する、これからのビジネスの考え方を学びました。チームでのパエリアづくりを通じて、横断的な対話や小さな創造活動を体験した直後なので、話がよく身に沁みこみますよね。

 

それ以前から、外部講師を招いた社内セミナーは開催していました。でもそれは座学的なので、このような機会、つまり、身体を動かした「体験学習」の場を最新のビジネス論と連動して行ったものは、このときが初めてでした。ただ話を聞くだけではなく、実体験がともなうと、理論的な話について理解の深さが段違いなんですよね。みんなで自然のなかで食べるパエリアは絶品でしたしね。でも、それにとどまらない時間を経験しました。

 

「学ぶ」ということは、知識を増やすことではなく、行動パターンが変化すること。頭だけで理解するにとどまらず、行動まで変わるには、身体が関わる学習、つまり体験学習がおおいに有効です。そこに、反復学習することも欠かせませんが。  

■「教える/教わる」関係が解消されると、積極性がアップする

 

「学習」と聞くと、堅苦しいものを思い浮かべる人もいるかもしれないのですが、「共同学習」や「体験学習」は、実際、すごく楽しいものです。多様な立場の人たちが集まると、自分の目の前で面白いことが起きますから。先月、それを「実感」する機会がありました。

 

神田藍の会とのプロジェクト事例『事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル』も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai 

本社のある東京・神田のコミュニティ活性化のために参加している神田藍の会で、小学生といっしょに、藍の生葉染めを体験しました。そこに集まったのは、1年生から6年生までのお子さんとその親御さん、そしてボランティアでサポートしてくれる大学生や私たちのような年長者まで。幅広い世代が集いました。

 

参加した小学生も大学生スタッフも、親御さんも、藍染めは初めて。でも、藍の会メンバーは「教える」ということはしません。楽しく説明をした後は、ただ見守って、失敗することも含めて、あれこれと挑戦してもらう場でした。

 

すると、子どもたちがとても楽しそうにしているんですね。子どもたちは、まわりの参加者やスタッフたちとどうやったらいいのか、話し合って進めていきます。藍染めは、染めの回数が増えるほどに色が濃くなります。1回だけ染めると、美しいエメラルド・グリーンの色が一瞬出ます。私がよく染める時には、染めは1回にとどめて、あとは色を止める作業をして、水色のハンカチをつくります。

 

けれど、小学生たちは、染めの回数をどんどん重ねていきました。「もっと染めたらどうなるんだろう」と、好奇心に突き動かされているようでした。しつこく回数を重ねた子どもは、ジャパン・ブルーといわれる藍色に近い色にまで染め上げていました。そこまでやるのか、というほどの、のめり込みっぷりでした。

 

「学習」というと「教育」(教えること)の一部だと思われていますが、そうじゃないんですね。「教える/教わる」という関係をなくし、みんなが積極的に学びあえるようにすると、ここまで楽しい学びの場ができるのかと感激しましたね。事後アンケートでは、ほぼ100%が「とってもおもしろかった」「またやってみたい!」という回答でした。  

■グループで熱心に協働する、ハイレベルな高校生

 

最近の若い人たちは優秀です。変化・進化するのがあたりまえ、と考えているように見えます。とても素直ですし、学んだことをぐんぐん吸収する力もあります。阿南高専を卒業して新卒で入社したスタッフたちは、最近も、どんどん資格を取りにいって、自律的に学びを進めています。

 

先日、ID学園高等学校の生徒さんを対象にしたインターンシップ・プログラムを実施しました。「WeARee!(ウィアリー!)」というソフトウエアを使って、デジタルを活かした地域のスタンプラリーを作ってもらいました。これも体験学習ですね。

 

生徒さんたちはグループであれこれ話し合いながら、よりよいものを作ろうと一生懸命でした。その純粋な積極性がすばらしいと感じましたし、ダンクソフトのスタッフも、高校生のレベルの高さに驚いていました。チーム単位で熱心に協働する姿は、トルコやフランスなど海外出身のスタッフもびっくりするほどでした。  

■インターネット時代に必須の「リバース・メンタリング」

 

いまの若い世代は、デジタル・ネイティブです。彼らはインターネットを使って、どんどん自発的・自律的に学んでいます。

 

インターネットは、「知と人」のあり方を変えましたよね。これまで専門家しか知らなかったような情報に、誰でもアクセスできるようになったからです。かなりの部分において、知りたいことを自分で取りに行くことができる時代になりました。

 

そうなると、かつてのように、先生と呼ばれる物知りが、何も知らない生徒に上から「教えてあげる」という構図はもう成り立たないわけです。むしろ、ネット世代の若い人たちから学ぶ「リバース・メンタリング」で、ともに学んでいくスタンスが大事だと思います。

 

ただ、いくらインターネットに情報があるといっても完全ではありませんから、年長者が積み上げてきた経験も意味のあるものです。しかし、大事なのは、年上/年下、上司/部下などの上下関係をなくして、多様なバックグラウンドをもつ人たちがフラットに、インタラクティブに学びあうということです。

 

ダンクソフトでは、できるだけそういう環境を生み出すことを目指しています。そのために、様々な工夫もしています。たとえば、私とスタッフの皆さんが対話する機会を、定期的につくってきました。また、誰もが自由に発言できるよう、年齢や役職に関係なく、お互いに「さん付け」で呼びあうよう推奨しています。  

■「時速80kmは遅すぎる」:ヨーロッパ旅行で体感した変化

 

インターネットの発展によって、多くの人たちが学びを深められるようになりました。これまで語ってきたように、使えるツールや環境が変わると、人の能力が引き出されていきます。 

1998年、ヨーロッパへ旅行したときのことです。ドイツの高速道路、アウトバーンを走りました。そこは制限速度がありません。時速300kmで走る車もいるほどです。旅行中、私は時速160kmで走りました。相当な速度です。でも、周りの車もそれくらいで走行しているからでしょう、とくに恐怖を感じることもありませんでした。

 

驚いたのは、帰国したときです。成田に降り立って家に向かうとき、高速道路を時速80kmで走りました。これがあまりにも遅く感じたのです。止まっているのと同じじゃないかと思ったほどでした。

 

このとき私は、ドイツの「アウトバーン」を経験して、自分のポテンシャルがぐんと引き出されたんだなと感じたものでした。道具や環境が変わると、人はそれに対応・適応しようとすることによって潜在能力が引き出されるようなのです。  

■“アウトバーン”が、人の未知なるポテンシャルを引き出す

 

私たちはふだんからパソコンやスマホなどを使いますよね。デジタルも、さきほどお話ししたように、40年で1億倍も性能がよくなっています。新しいデバイスを使うと、もう昔のものには戻れませんよね。私たちの判断力や反応速度が、性能の高いデバイスによって、知らず知らず引き上げられているからです。

 

最近では、パソコンだけでなく、同時にスマホやタブレットも使うなど、マルチ・デバイス化も進んでいますから、並行処理する力も自然と身についています。デジタル・ツールによって、私たちのポテンシャルを引き出してもらっているわけです。

 

ですから、ダンクソフトでは、できるだけ最新のパソコンやモニターなどのデジタル環境を導入することにしています。最新型の環境を整えることで、ワークプレイスに“アウトバーン状態” をつくっています。学習のスピードもアウトプットの質も、格段に変わりますよ。 

■ダンクソフトという「学習する組織」

 

いま、いろいろなデバイスがインターネットに接続される時代になりました。そうすると、インターネット上で、国境を超えた多様な人たちと出会えますよね。国も違う、文化も違う、まったく異なる環境で育った人同士が出会い、ともに学びあうと、成長の仕方も大きく変わります。

 

ひとりで学ぶだけでなく、インターネットを使って様々な人たちとチームを組み、コ・ラーニングすること。これができれば、一人ひとりの能力はますます伸びていくでしょう。

 

スタッフにとっても、ふだんから関わってくださるお客様やパートナーにとっても、ダンクソフトとの関わりを持てば、「自ずとコ・ラーニングできる」し、ともにバージョン・アップ、グレード・アップができるような会社になっていきたいと考えています。ダンクソフトは「学習する組織」。50周年にむけて、アウトバーンをばんばんつくっていきます。「時速80km企業」で満足しないために、日々、楽しい「学びあい」を続けていきましょう!

「未来通帳®」─時間を生み出すコツとその恩恵とは─

ダンクソフトでは40周年を機に、「未来通帳®」の開発を、新たに進めようとしています。先月のコラムでは、青写真をみなさんと共有しました。今月は、未来通帳®をつかって「時間預金」をすると、どんな未来がまっているのか。時間預金するコツやそれによっておこる恩恵について、イメージをお話しします。 



■人にとって最大のリソース、それが「時間」   

「未来通帳®」については、こちらのコラムもあわせてご覧ください。

『“時間預金”でウェルネス豊かな社会を ―「未来通帳®」の描く未来―』
https://www.dunksoft.com/message/2023-08

未来通帳®は「時間」にフォーカスするツールです。デジタルを使って人々の手間を省くと、その分、時間が生まれます。そして、その時間、つまり時間を未来に向かって何に使うか、あれこれ構想したくなるサービスです。資産運用というと、なにかと「お金」の話ばかりになりますが、時間もまた、私たちがもつ最大の資産です。 

でも、すべての人々が忙しく、速いスピードで動く現代社会です。日本は14年連続で人口が減少しています。今年は、初めて47都道府県すべてで人口減少が認められたそうです。これまでの量的拡大を前提とした社会に変わり、これからは一人ひとりの生活の質を豊かにするために、そろそろ「時間」というリソースについても、語られるべき時代です。 

 

多くの人は、お金は貯められても、時間は貯められないと考えているようです。でも、ほんとうにそうでしょうか。無駄な作業をそいで、時間を貯め、その時間をより有効に使う。「時間預金」というアイディアについて考えてみたいと思います。   

■効率化が時間を生みだし、提案の質を高める   

ダンクソフトのペーパーレス化について、こちらのコラムも合わせてご覧ください。

『理想的で機能するテレワーク環境づくり:発想転換のポイント』
https://www.dunksoft.com/message/2021-05 

ダンクソフトは完全ペーパーレスです。紙の書類や印鑑を使わず、「日報かんり」など自社開発のソフトウエアを利用することによって、事務処理の時間は最小限に抑えられています。日報かんりを使用する前と比べて、事務処理にかける時間は10分の1以下になりました。 

 

これまで事務仕事にあてていた時間が大幅に削減されたことで、私たちはその時間をお客様への提案のブラッシュアップに充てることができました。以前なら、「完成した」と思って終えていたところから、さらにひと手間かけて、クオリティを高めることができます。そうしていくと、ウェブサイトもシステムも、お客様にとって、より使いやすいものになるのは明らかですよね。私たちの業界では、このように改善スパイラルをどれだけ繰り返せるかが、質を決める生命線。たいへん大事なことです。 

  

ダンクソフトが、お客様によい提案ができるのは、スパイラルを繰り返す「時間」があるおかげですね。何度も見直して、細かなところを改善することができます。創った時間を、一人ひとりの学びにあてることも、ダンクソフトでは推奨しています。デジタルの分野は日進月歩ですので、次のテクノロジーを常に学んでいくことはとても大切です。結果的に、お客様に喜んでもらえますし、他社とクオリティの面で違いを出せる。開発者も仕事にやりがいを感じることができます。  

■時間預金で、子育て・介護、そして地域貢献も可能に 

プロジェクトの充実だけでなく、それぞれがゆとりをもって子育てや介護などもできるようになるのもプラス面ですね。会社全体で見ても、一人ひとりに時間の余裕がある状況は、休暇の取りやすさと直結しているのが分かります。それぞれの事情にあわせて、働く時間をコントロールできるようになりますし、助け合う余裕も出てくるんですね。 

  

徳島オフィスの竹内 祐介の”物語”はこちらをご覧ください。
https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi 

さらに、効率化で預金した時間を使って、地域との関わりにも参加できるようになります。徳島オフィスの竹内は、そのモデル・ケースですね。地元・徳島を離れずにダンクソフトで働きながら、徳島県主催の「未来創造のための若手部会」に参加したりしていました。今も、阿南工業高等専門学校(高専)で授業をうけもち、若手の、つまり未来人材の育成にたずさわったりしています。効率化して捻出した時間預金で、ダンクソフトのメンバーによる地域貢献が実現しています。 

 

このように、働く人たちそれぞれが“時間を生みだす”ことは可能ですし、またそうすることで、企業のなかだけでなく、家庭や地域にまで、いい影響が及びます。未来に向けて、いいサイクルがまわりだすことを実感しています。  

■人生を大事にするヨーロッパの文化 

 人として生きていくうえで、時間がいかに大事なのか ──。 

ワールドカップを見に行った時のエピソードはこちらのコラムをご覧ください。

『HISTORY3:「インターネット」をいち早く実験、フランスへの旅で可能性を確信(90年代後半)』
https://www.dunksoft.com/message/2022-05 

こんなことに気づいたのは1998年、フランスにワールドカップを見に行ったときのことでした。当時の日本チームは、まだ世界レベルではなかったので、日本が出場できるのは一生に一度の機会だろうと思い、気合を入れて2週間の休みを取りました。 

 

現地は、サッカー好きの人々が、さまざまな国から集まっていました。彼らと話していると、2週間の休みは短すぎると口々に言うのです。「もっと休みを取らなきゃダメだよ」と、どこに行っても言われました。このとき、ヨーロッパの人々は、人生を随分と大切にしているように思ったんですね。休暇をしっかり取って、のんびりと旅行したり、何もしない時間を楽しんだり。 

 

一方、日本はといえば、前回2022年のワールドカップのときに、スタジアムで「2週間の休暇をありがとう」と上司への謝辞を掲げた人が話題になりましたね。あれから20年以上たっても、いまだに日本では休みをとるのが難しいことがわかります。   

■時間的にも、空間的にも、「バッファ」を 

「バカンス(vacance)」とは、「何もない状態(vacant)」と語源が共通です。つまり、バカンスとは、何もしないこと。この「余白」が大事なんですね。現状を見直したり、新しいものを取り入れたりするためには、バッファ(buffer)が必要です。時間的にも、空間的にも、です。 

  

空間的なスペースが必要だと思ったのは、ペーパーレス化を一挙に進めたときです。当時のオフィスにはオープン・スペースがあったので、そこに書類や文房具のたぐいを全部集めたんですね。自分たちが何をもっているのか一覧して、必要なものだけを残しました。全体を見て、取捨選択するためには「スペース」が欠かせないと思います。  

■デジタル時代、「頭のスペース」は拡張した 

じつは、頭のなかも同じではないでしょうか。携帯電話が普及する前の私たちは、よく使う電話番号や取引先の住所など細かな情報を記憶していましたよね。そうすると、けっこう頭はパンパンな状態。かといって、脳のなかのいらないものを出すわけにもいきません。 

  

でも、いまは違います。デジタル・ツールを使うことで、単純な情報を覚えずに済むようになりました。昔と今では、頭のなかのスペースの量がぜんぜん違っているんですよね。ずいぶん広がりました。 

  

頭のなかにたくさんのスペースがあるので、新しいものをいろいろ取り入れることができます。「これとこれをつないでみようか」と新結合(イノベーション)を導く試行錯誤もできるようになります。    

■余白が生みだす、思いがけない次の展開 

このように、ちょっとした余白があると、思いもよらなかった活動が生まれてくることも実感しています。 

 

たとえば、私がオフィスで藍を育てられるのも、デジタル・ツールを使って仕事を効率化して、時間をつくりだしているからです。藍は生き物ですので、水やりを忘れると枯れてしまいます。藍の世話をするためにも時間をつくろうというモチベーションにもなります。 

  

また、神田藍の会では、月に1回の会合を開いています。ダンクソフトの本社ビルからZoomをつないでいますので、リアルに参加したい人は集まり、オンラインで自宅や職場からの参加も可能です。録画もしてありますから、日程が合わなくてもキャッチアップできます。議事録は私がその場で打ち込んで作成し、それを共有します。その議事録は保存しておき、助成金を申請するためのデータとしても活用します。 

 

このように、情報を効果的に活用していくことで、一人ひとりのメンバーに時間の余裕が出てきました。そのおかげでしょうか、いまでは神田藍の活動から、様々な展開が自然と芽吹いてきたところです。   

■デジタル × イマジネーションで進める災害対策 

時間的なスペースは、イマジネーションを働かせるためにも重要です。近年、企業には災害対策が求められています。スタッフの安全を守ったり、事業を続けたりといった社内のことだけでなく、地域における防災拠点を担うといったことも企業の責任です。 

 

ダンクソフトが考えるこれからの防災については、こちらのコラムも合わせてご覧ください。

『BOUSAIFULNESS ──災害前提社会への備え 』
https://www.dunksoft.com/message/2022-06 

災害対策は、とくにイマジネーションを発揮することが必要です。災害はこれからやってくるものですから。どういう危機が起こりうるのか、あらゆる可能性を事前にイメージしておくということですね。それが備えにつながります。 

  

これからも予期せぬ災害は起こるでしょうが、いまの時代にはデジタルがあります。現代人は、そこが救いだと思いますよ。 

  

今年は関東大震災から100年。報道から当時の様子を見聞きしていると、現場が大混乱していて、情報が発信されないことが問題だと感じました。ですが、いまであればAIやIoTといった技術があります。人が動かずとも、プログラムで勝手に動くインフラが整っています。デジタル・テクノロジーを使うことで地域間の連携は進み、災害のときも、普段のときも、人々の生活はより良くなる時代になりました。 

 

私たちは災害が起こりうるということを、普段、つい忘れてしまいがちです。それでも、時間に余裕があれば、いざというときのことも考えられるようになるはずです。日ごろからの時間預金をすることで、災害対策に気を配ることもできる。そんな心の余裕も、持っておきたいですね。  

■地域全体で時間をつくり、ソーシャル・キャピタルを高める 

個人の時と同じで、地域全体で時間に余剰ができると、地域を今よりよくする可能性がでてきます。ですから、「未来通帳®」というデジタル・ツールを、地域全体で導入し、データを共有することなどもイメージしています。 

 

たとえば、ダンクソフトの学童支援システムを導入している はなまる学童クラブさんの現場に、「未来通帳®」というデジタル・ツールを導入したら、これまでの事務効率化に、さらに輪をかけて効率化できると思います。 

  

はなまる学童クラブさんのシステム導入事例はこちらをご覧ください。

『「学童保育サポートシステム」が運営を楽に便利に、石垣島の子供たちを笑顔に』
https://www.dunksoft.com/message/case-hanamaru-kintone 

石垣島の はなまる学童クラブさんでは、毎月決まって行政に提出する報告書類があるそうです。未来通帳®を使えば、まず、パソコンを使わずに、スマホの音声入力で簡単に情報を入れられる。スマホを使うので、写真の添付にも手間がかかりません。その情報をクラウドにあげることで、家で事務作業する人たちも仕事に関われるようになります。スマホで入力したものが、そのままボタンひとつで日々の報告書に変わる。そして、それを役所への提出書類としても活用できます。デジタル・ツールによって、報告書をつくる時間を大幅に短縮することができるのです。 

 

地域全体で業務の手間や時間を省ければ、お子さんや高齢の方たちをコミュニティ全体で見守ることもできますね。安心・安全な社会がつくりやすくなります。 

 

また、今年の6月には、岐阜のいぶき福祉会(https://ibuki-komado.com/)さんを訪ねにいきました。そこでも、デジタルの力で可能性がひらける可能性を強く感じました。デジタルが進んでいけばいくほど、いぶきで仕事をしている仲間のみなさん(障害のある利用者さんたち)の「できる」が増えていくはずです。 

 

そして、スタッフのみなさんが事務処理にかける時間にしても、確実に大幅に省くことができます。いぶきのみなさんは、団体内に閉じるのではなく、地域に開かれた活動をなさっていますから、時間が余れば余るほど、岐阜ではソーシャル・キャピタルが高まっていくと想像しています。   

■未来通帳®が、事務を、暮らしを、地域を変えていく 

これからは、自分のため、地域のため、社会のために時間を使っていく時代です。一人ひとりが余剰時間をつくっていくことで、これからの日本が変わっていくことになります。学ぶ時間にあて、行動変化を起こすのもいいでしょう。家族と過ごす時間にするのも大事です。考える時間も大事ですから、何もしない余白の時間を確保するのもいいですよね。一人ひとりの地域での活動がもっと増えれば、ソーシャル・キャピタルが豊かな社会へつながるでしょう。「未来通帳®」をつかって時間を預金していくことが、未来をつくります。 

  

ダンクソフトは、この7月から、50周年にむけての10年があらたに始まりました。私たちはどんなふうに「時間」というリソースをつかっていくのか。どんな未来社会をつくっていくのか。あらためて考えるタイミングです。「未来通帳®」を使った地域構想とともに、人々の時間の見方や使い方を変えていきたいですね。 


 

 

“時間預金”でウェルネス豊かな社会を ―「未来通帳®」の描く未来―

「時間は人生のために®」。ダンクソフトが大事にしてきたテーマです。そこで、デジタル・テクノロジーを使って業務を効率化し、生まれた時間をよりよく使うことで、一人ひとりのクリエイティビティを高めようと考え続けてきました。今回のコラムでは「未来通帳®」という新たなシステムの構想をお話しします。これはまだ青写真なのですが、皆さんとアイディアをもちよって、一緒につくりあげていきたいと考えています。 



┃もしも、「時間を預金する」ことができたら  

  

【関連コラム】
はなまる学童クラブ様のシステム導入事例、『「学童保育サポートシステム」が運営を楽に便利に、石垣島の子供たちを笑顔に』https://www.dunksoft.com/message/case-hanamaru-kintone 

先日、石垣島でダンクソフトの学童支援システムを導入している はなまる学童クラブさんと話をした時のことでした。地域では、みんな忙しく働いているけれども、デジタルが必ずしも上手な人ばかりではないので、不便なことも多い。もっとデジタルを上手に活用して効率的に動ける地域になったら、捻出した時間を地域の介護や子育てに使えるのではないか。「ダンクさん、何かできませんか」と、言われたのです。 

 

時間は大事です。でも現代は、みんな、時間がありません。忙しい人が多く、予定を合わせるのも一苦労です。 

 

ですが、もし、スケジュール調整が瞬時にできるようになったらどうでしょう。いちいち電話やメールをしたり、調整ツールをつかったりせずとも、さっと会議日程を決められます。日程を共有するのにもいちいち連絡する必要がなく、関わるすべての人にいっせいにリアルタイムで共有されるのです。 

  

そうなったら、それぞれが浮いた時間を貯金でき、使える時間は格段に増えます。日本中で、誰かのために、あるいは自分のために使える時間が激増します。社会全体でなら、どれだけ多くの時間が生み出せることでしょう。地域課題の解決に充てられる時間も増えていくでしょう。最近Appleは預金サービスに参入しましたが、これは文字通り“money”に着目していますよね。私たちは、むしろ、「時間(time)」を貯金するという考えなんです。  

┃企業が多様な役割を求められる時代に 

 

ここのところ、企業はさまざまな社会的役割を求められています。少子高齢化対策から、災害時に地域でBCPの担い手になること、障がいのある人を雇用すること、それにプライバシー・マークの取得からSDGsまで、実に多様です。これはつまり、企業で働く一人ひとりも、さまざまな課題の解決に向けて、日々考え、行動していくことが求められているということです。 

 

そのためには、働く一人ひとりが業務を効率化して、時間をねん出する必要があります。生まれた時間は、社会課題の解決や、新しい学びや、コ・ラーニングに振り分ければ、個人もクリエイティビティがあがるし、よりよい未来社会をつくるきかっけが生まれます。そんなツールができないものかと、40周年を迎えた今年、考えを進めています。  

┃時間をうみだす「未来通帳®」という構想 

 

デジタルで日常を効率化して、時間をつくる。そうして生まれた時間を、個人が、企業が、地域社会が、ウェルネスを豊かにする方向に活用していく。この構想を「未来通帳®」と名付けてみました。暫定的な名前かもしれません。これから構想が進む段階で、変わっていってもかまわないと思っています。  

 

未来通帳®には、ふつうの通帳と異なるところが2つあります。ひとつは、「お金」ではなく「時間」を扱うということ。もうひとつは、「未来」を記録できるということです。通帳は、これまでの取引記録など「過去の情報」を記録するものです。ですが、何か「未来の情報」を書き記せるようなツールをつくりたいと考えています。ビジネスは未来をイメージしていかないとうまく進みませんから。    

┃長期スパンでビジネスを見透す「未来かんり®」に着想を得て 

  

未来情報を書き記すシステムとしては、ダンクソフトでは、ずいぶん前に「未来かんり®」というソフトウエアを開発しました。これは、ビジネスで重要なヒト、モノ、カネ、時間を一元管理する販売管理システムです。この中に、画期的な点がいくつもありました。  

  

そのひとつが、数年先の未来情報まで扱えることです。ほとんどの販売管理システムが扱うのは、1年間という会計年度での管理です。でも、このシステムを開発したときの課題は、2〜3年先の、未来に行われる結婚式にまつわる情報に、どうシステムが対応できるかでした。これは、それまでの一般的なシステムでは課題解決ができなかったのです。  

【関連コラム】
株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄氏とのクロストーク『経営者対談:UNLIMITED FLORIST ─ デジタルと手仕事の美徳は引き立てあえる
 https://www.dunksoft.com/message/2022-08

【関連コラム】
『最初プロジェクトは、花屋さんのための課題解決システム ~80年代からサブスク型』
 https://www.dunksoft.com/message/2022-02#2202%E2%80%905

この問題をなんとかクリアしようとして生まれたのが、来年、再来年、そしてその先と、会計年度をまたぐようなスパンで情報を扱うというアイディアでした。「未来かんり®」では、単年度を超えて、それまでより長期的に情報を可視化できるようになったのです。すると、「この先、いつどれくらいの投資をするか」といった先々のことまで、考えられるようになりました。   

┃個人も、企業も、「時間のポートフォリオ」を組んでいく 

 

今回の「未来通帳®」は、財務的なことにかかわることではなく、“時間”に着目する構想です。「“生まれた時間”をどんなことに投資していきたいか」を考え、生活設計することができます。たとえば、身体、メンタル、精神性、知的好奇心などウェルネスにかんすることから、SDGsやソーシャル・キャピタルなど社会や地球にかかわることまで、自分が求める未来にむけて、分野を選んで時間を配分していきます。 

 

ただし、せっかく時間を生み出しても、その時間を必ずしも有意義なことにつかうとは限りませんよね。 

 

そこで、「時間のポートフォリオ」という考え方を入れて、どんな分野にどれぐらいの時間をかけたか、一覧で見えるようなしくみを想定しています。 

 

「思っていたよりも、ソーシャル・キャピタルづくりにかけた時間が少ないな」、「環境保全に取りくみたかったけれど、今月はちょっと足りていないな」「ソーシャルな活動に費やしすぎたかな」など、実際につかった時間が可視化されるようになります。洗濯機が登場して家事の時間が短縮されたのに、それがテレビを見る時間になってしまった、というようなことでは残念ですから。 

 

時間のポートフォリオがあれば、自分の行動を振り返り、これからの行動を変えていくことができます。そうすることで、自分のウェルネスを充実させることにつながります。みんなで集合的にポートフォリオを共有すれば、ウェルネス豊かな未来社会に近づくだろう、ということなんですね。  

┃アクターを超えた連携・協働をうながすために 

  

「未来通帳®」では、手はじめに、一企業を超えてカレンダーを共有してみたいと思い描いています。会社のなかでスタッフ同士の予定を共有し把握しあうのは、今ではあたりまえになりつつあります。ダンクソフトでも、皆の予定をOutlookで共有しています。私のカレンダーも全員が見られますし、直接予定を書きこむこともできます。 

  

しかし、多くの場合、カレンダーを共有できるのは企業内に限られています。ですが、これからは、一社だけで課題解決するのではなく、さまざまな立場の人と協働し、価値を共創する時代です。他の会社、団体、そして地域の人たちなど、様々なアクターと予定を共有できたら、さらに連携・協働が実現し、加速すると思いませんか。「予定を入れる」「予定を共有する」ところが、未来が始まるポイントなのです。 

 

これまでの感覚だと「この日、どうでしょうか」と、事前に声をかけて調整することになりますが、その手間や時間も、ツールによって簡単に省くことができます。対話の場がすぐに設定できますから、プロジェクトはスピーディーに動きだしますね。多方向の関係づくりも進むことになりますし、多様なアクターたちによる協働の成果として、予想もしなかったイノベーションが生まれてくるでしょう。  

┃1ヶ月で8時間もの時間が生まれたツール「日報かんり®」をモチーフに 

  

実際に、デジタル・ツールがあると、どれぐらいの時間が節約されるものでしょうか。いえ、どれぐらい新たに時間を生み出せるのでしょうか。 

 

ダンクソフトでは、「日報かんり®」という、自社開発のツールを使っています。スタッフ一人ひとりが、予定表に自分の予定を30分単位から入力していきます。1日の終わりになると、クリックひとつで予定表が日報に変換されるという、便利な仕組みです。自分がどのプロジェクトにどれくらいの時間を使ったかも、自動で集計されます。  

  

このツールのおかげで、スタッフが業務報告書を作成する時間が格段に減りました。あるスタッフは、1ヶ月で8時間もの時間が生まれたといいます。 

 

事務処理に割く時間が短縮されたので、私たちは日々の「所感」を書く時間をつくることができました。所感には「今日のBGMはこれ」とか「こんなお昼ごはんを食べた」など、業務報告には載らないような、他愛もない内容を書いています。でも、これがいいんですね。 

 

お互いに読んでコメントしあう感じになり、自然と相互理解が深まり、メンバー間のコミュニケーションが活発になりました。これによって、相互に連携・協働する素地ができてきています。  

┃デジタル・ネイティブとつくる、大航海を楽しむような新時代の協働システム  

 

デジタル・テクノロジーは、これからますます発展していきます。暫定的に「未来通帳®」と呼んでいるこのシステムに、どんな機能をもたせるか、どんなインターフェースにしていくかなど、具体的な内容については、多様な方々との対話のなかで生まれていくでしょう。特に、徳島の阿南高専ACT倶楽部のメンバーや、ダンクソフトのインターンシップ生など、若い方々との「対話と協働」のなかから、具現化していくつもりです。  

 

21世紀に生まれたデジタル・ネイティブたちは、どんな未来を思い描くのか。その未来のために、どんなツールがあったら便利で、意味が感じられるのか。皆さんもアイディアがあったらお寄せください。ともにつくりあげるプロセスが、いまから楽しみです。 

 

2006年に、ヨーロッパへワールドカップ観戦に行きました。その際に立ち寄った、港町・マルセイユの小さなお店で、「航海日誌」に出会いました。英語では log bookと呼ばれ、航海の一部始終を毎日書き記すものです。紙をほとんど処分した完全ペーパーレスのオフィスに、いまも大事に置いている、数少ない紙モノです。 

 

Uncharted Waters ──。これは「未知の海」のことなんですが、これからの未来社会づくりも、いわば、海図なき航海のようなものでしょう。なので、航海日誌を手に、大海原へ航海に出るように、来るべき未来社会を楽しみながらつくっていけるような協働環境を用意してみたいと考えています。  

いまがいちばん新しい ─創業40周年を迎え、明日を語る─ 

ダンクソフトは2023年7月に創業40周年を迎え、今月より41期がスタートします。今回のコラムでは、これまでの歴程を幾分振り返りながら、「いまがいちばん新しい」ダンクソフトの現在、そして未来についてお話しします。 



┃インクリメンタル・イノベーションを積み重ねて 

  

おかげさまでダンクソフトは創業40周年を迎えます。ちょうど1年前の7月から、40周年特設ウェブサイトをスタートしました。その中で、40年で起きた世の中の動きとダンクソフトの活動を重ねてみました。 

 

この40年で、社会は大きく変わりました。それとともに、ダンクソフトは、少しずつよりよくしていく「インクリメンタル・イノベーション(漸進的イノベーション)」を積み重ねてきました。つねに時代時代の少し先をいく価値を発揮しつづけてきた40年の歩みです。 

ダンクソフトの歴史を、IT 業界や社会の出来事とともにご紹介しています。
https://www.dunksoft.com/40th-history

 これまでも何度か話してきましたが、この会社の創業社長は別にいて、私ではないんですね。創業社長は、造船会社のIT部門で機械制御を担当した後、1983年に東京・秋葉原で、当社を設立しました。当時の社名は、株式会社デュアルシステムと言い、制御と呼ばれるハードウェアを動かす部分を想定してつくられた会社でした。 

 

しかし、創業から3年で社長が病気で急逝してしまいます。売上は2年で10倍近く伸び、社員も一挙に10名以上増えたタイミングでした。急成長していた部門を担当していたことから、入社2年目、社員番号4番の私が、2代目社長に就任することになりました。 

 

この会社をどう舵取りしていくか真剣に考えましたね。そして、事業内容をソフトウエアに絞りこむことにします。   

┃ソフトウエアで“ダンク・シュート”を決める 

  

ソフトウエアを開発し、提供していると、「プログラムをつくることで劇的に便利になる」という出来事に出会うことがあります。 

 

印象深かったことのひとつに、広告代理店さんにデータベース・システムを開発したプロジェクトがあります。原価管理から、発注、見積書の作成、最後は請求書の発行、入金回収まで、すべてのデータを関連づけたシステムを開発しました。 

 

ヒト、モノ、カネ、時間という、ビジネス上の重要リソースを、すべてデータベースにいれることで、便利にプロジェクトの見積もりが出せるし、営業が見積もりを自分でつくれるようになりました。また、それをシェアできるようにすることで、経験をシェアできるようになりました。 

 

すると、それまで4人いた庶務担当が、2、3年たつと配置換えになり、営業スタッフとして外へ出ていけるようになったのです。会社としては、外に出られる人が増えることは、いいことです。会社はこうやって変わっていくのだなというイメージを持つことができて、組織がよりよく変わる方向でプログラムをつくらないといけない、と思いましたね。 

 

その後、Windows95が発売された1995年、社名を「ダンクソフト」に変更しました。ダンクには、ジャンク、つまり、くだらないもの、という意味があります。おもしろくてくだらないものをつくりたい、ということもあったのですが、もうひとつ、バスケットボールのダンク・シュートの意味も込めました。 

 

ダンク・シュートは、普通のシュートと同じ2点カウントですが、ダンクが決まるとチームも会場も盛り上がり、ゲームの流れがそれだけで大きく変わります。ダンク・シュートのように、私たちもビジネスを劇的に変える経験をつくりたいという思いを込めて、名付けました。    

┃ポリバレントで、助け合う風土ができてきた  

 

ダンクソフトで大事にしている考え方には、スポーツから取りいれたものがいくつかあります。「ポリバレント」が、そのひとつです。 

 

「ポリバレント」とは、状況や場面に応じていろいろな役割ができる人を指します。いわば「一人十色」と言えます。かつてサッカーでは選手の役割は、ポジションごとに固定しているのが普通でした。しかし、あるときオランダがトータル・フットボールというチームのあり方を打ち出したんですね。一人ひとりが攻めも守りもでき、ゲームの状況に応じて役割が流動的に変わるというものです。 

  

ダンクソフトのメンバーは、それぞれがポリバレントになることを目指していますし、自然とポリバレント化にむかう環境も整えています。例えば、社内に総務や経理担当者がいないことも、そのひとつです。ここ20年、この体制をとっています。 

  

総務・経理にかんする日常的な業務は、それぞれのスタッフがシステムから入力して完結します。各メンバーがふだんからバックオフィスの仕事に触れていると、どんなドキュメントが必要か、どんなルールになっているかということが、自ずとよくわかってきます。イレギュラーなことが起きても、適宜、経験のあるスタッフと協働することで問題解決へと向かいます。業務をブラックボックス化せずに、経験をシェアしていくことで、社員同士の互恵的関係(助け合う関係)を日ごろから培っているんですね。   

┃「対話するチーム」が未来をつくる 

  

ダンクソフトのユニークネスは、構成メンバーが多様であるだけでなく、お互いに協働できることです。社員同士のコミュニケーションは、ここ1年ほどでとても深まりました。大きかったのが、40周年記念企画としておこなった「未来の物語プロジェクト」です。 

  

「自分たちが思い描くダンクソフトの未来を、自分たちでつくろう」と唱えたひとりのプロジェクト・メンバーの声に多くのスタッフたちが共鳴し、全社員の8割にあたる20名が未来の物語を書き上げました。会社の未来は、経営者ひとりが決めるものではありません。スタッフそれぞれが思い描く未来の集合体が、ダンクソフトの未来です。物語を書くことで、一人ひとりが「未来は自分たちで創り出せる」と実感できたことは重要な共通体験であり、大きな成果でした。 

  

皆がそれぞれの書いた物語を読みあい、会話・対話し、フィードバックしました。これによって、互いのことをより深く知ることができ、以前よりも日常のコミュニケーションの質が高まっているのを実感しています。すると、連動して、お客様に対する提案内容のクオリティも驚くほど向上したのです。これは思いがけないうれしい成果でした。 

 

社内では、私が毎月のコラムを公開すると、それを受けてスタッフが、部署の垣根を超えた対話の場をもっています。また、日報を利用したちょっとしたコミュニケーションも活発になっています。スタッフのコメントから、私自身もあらたに気が付くこともあるんですね。最近は、返してくれるコメントの量がますます増えて、リプライするのが追いつかないほどです。コラムや日報を介して、ダンクソフトはつねに「コ・ラーニング(共同学習)」状態を目指している、と言えるでしょう。  

┃人は成長しつづける:80代の剣士の姿 

 

進化可能な場や組織では、個人のポテンシャルも引き出されていきます。私は67歳になりますが、自分自身、今もまだ成長している感覚が持てているんですよね。環境が大きく変わる今日、それはとてもよいことだと思います。 

 

最近思い出すのは、小学生のころに見た剣士の姿です。私は8歳のときから、剣道を習っていました。父は当時、剣道六段。師範になっていました。父といっしょに通っていたのは、講談社の敷地内にある野間道場でした。天覧試合が行われた日本一の道場です。そこで持田盛二さんという、“昭和の剣聖”と呼ばれた人が稽古をつけていました。 

  

このときの様子が目に焼き付いています。持田さんは当時80歳を超えていたはずです。でも誰も太刀打ちできないのです。剣道は、年齢が上がれば上がるほど強くなれる滅多にないタイプのスポーツなんですね。身体の動きが多少鈍くなったとしても、相手の心理を読む洞察力はますます高まるからです。そうした経験もあってか、年齢を重ねるごとに、いっそう進化できると確信しています。   

┃「いまがいちばん新しい」 

 

さて、集団や組織の次元に目を移すと、ダンクソフトもまた、つねに進化しつづけています。40周年を迎えるにあたって、「40年目のダンクソフト いまがいちばん新しい」というキイ・フレーズを掲げました。「いまがいちばん新しい」と自信をもって言えるのは、私たちは先行して未来をつくろうとしているからです。 

40周年特設ウェブサイト
https://www.dunksoft.com/40th

いまでは一般に浸透したテレワークについても、ダンクソフトでは2008年から取り組みを始めていました。当初はウェブ回線が不十分で、実用段階には届きませんでした。しかし、段階的に環境を整えていったことで、子どもを保育園に入れられなかったスタッフが在宅勤務できるまでになりました。 

 

また、東日本大震災のあと、徳島にサテライト・オフィスを開設するなど、「スマート・オフィス構想」をすこしずつ実践してきました。こうした積み重ねがあったので、2020年のコロナ禍では、緊急事態宣言が出された翌日から、全社テレワークに即時切り替えることができました。  

┃失敗は財産、危機は転換のチャンス 

 

いまのダンクソフトは、インクリメンタル・イノベーションの積み重ねの上に成り立っています。私たちが時代の変わり目にいち早く対応できているのは、世間に先行して失敗を獲得しているからなんですね。先にやって、先に失敗しているので、さらにその先にいくことができるのです。だから、まずはやってみる。前例もなく、手順も不明瞭ですから、先行していれば失敗するのは当然です。誰も挑戦していない新分野なら、失敗すること自体が財産になります。早く失敗し、そこから学べば、早く先へ進めます。こうやってダンクソフトは、未来をつくってきました。 

  

私たちにとって危機は忌避するものではありません。さらにレベルアップしていくためのチャンスです。日本は災害大国ですから、そこから立ち直るレジリエンスは高いでしょう。しかし、復元したあと、さらに新しい次の一手を打っていこうという動きはあまり見られないように感じます。 

  

新型コロナウイルス感染症の位置づけは、5類へと移行しました。しかし、未来を考えたときに、パンデミックはまだまだ起こる可能性があります。ですから、パンデミック以前の状態、つまり「もとに戻ってよし」とするのではなく、さらなる進化を遂げて未来をつくっていくタイミングにしていくべきだと考えています。要するに、危機こそ、自ら転換点をつくる好機です。   

┃デジタルがつくる多様性の高いコミュニティ 

 

ダンクソフトがこれから力を入れていきたいことに、「コミュニティづくり」があります。これは大きく2つの取り組みがあり、ひとつは、これまで徳島にサテライト・オフィスを設置するなど、遠くの地方との関係を結んできました。もうひとつは、ここ2年、「神田藍」というプロジェクトを通じて、本社のある神田周辺で、つまり都市の中のコミュニティづくりにも関わっています。ここ40年の歴史で、はじめての取り組みです。 

 

実際、藍という植物を媒介にすることで、街の人たちとの関わりが増えています。ふらりとお菓子をもってオフィスに来てくれる方もおられますね。神田藍のコミュニティが広がることで、これまで関わりのなかった企業や団体とも連携が生まれています。これは一種の副次効果でしょうね。「ソーシャル・キャピタル」がじわじわと醸成されていくことで、イノベーションの芽が出てきているのを感じます。 

 

こうして多様な人々の集まるコミュニティを、これからはデジタル・ツールがさらに支えます。ウェブARツール「WeARee!(ウィアリー)」や、会員組織運営を助ける「ダンクソフト・バザールバザール」などのプロダクトです。離れていても協力ができて、未来を共につくるチャレンジができるような仕組みが重要でしょう。  

┃国境も障害も、デジタルで超えていく 

  

協働しながら、イノベーションを生み出するには、多様な属性をもつ人が集まっているほうがよいものです。ダンクソフトというコミュニティも、住んでいる地域はバラバラですし、それぞれが多様な個性、特徴、スキルをもっている人たちで構成されています。最近ではトルコやフランス出身のスタッフも迎え、国籍も多様化してきました。 

 

デジタル・ネットワークを活用することによって、より多様な仲間と協働していくことができるでしょう。たとえば、身体が不自由な人もそうです。すでに、ALSの患者さんが視線入力でパソコンを操作できるようになっています。デジタルを利用すれば、場所や環境に左右されずに働けるようになります。ともに働くことで、互いの視野が広くなり、クリエイティビティがさらに高まる。どんどん発展するデジタル・ツールを使えば、人や組織の可能性をひらくことも可能です。   

┃船の舳先に立つ企業として 

  

“船の舳先(へさき)”に立つ。ダンクソフトの企業姿勢です。船首にいると先がよく見通せ、先行している感覚があります。船の後方にいると、安定しているかもしれませんが、どこに向かっているかわかりません。前にいる分だけ先が見えるし、どこに向かっていくのか、未来をつくっていくことができます。 

  

デジタル環境も技術も、目覚ましいスピードで変化しています。10年先はまだ考えられますが、100年先には私はもういませんし、その頃ダンクソフトはどうなっているのか、どうありたいのか。 

 

100年先だと量子コンピュータさえ、過去の話題に変わっていたりと、やれることも世界認識も変わっているでしょう。ある意味、年齢も居場所も関係なくなり、言語の壁もなくなっているでしょう。地球のなかだけにいるとは限りません。私たちの子孫は火星に住んでいるかもしれません。 

 

住む場所も、話す言葉も、生まれた時代もまったく異なる人たちが、目線を合わせて連携・協働する世界をいかに実現するか。やがて、資本主義のあり方も変わるでしょう。当然、ダンクソフトができることも変わるはずです。それでも、多様性・複雑性を重視する方向に向かっていることは間違いないでしょう。人間と機械と自然との関わりをうまく結び、船の舳先に立ってイノベーションを起こしつづけていく存在でありたい、と考えています。 

 

ダンクソフト発・地球によりよいデジタル推進

ダンクソフトは来月40周年を迎えます。この40年で、社会で企業が求められる役割が、大きく変わってきました。企業は経済一辺倒で事業を拡大すればよいという時代は、もうとっくに終わっています。 

 

6月5日は国連が定めた「世界環境デー」です。これにちなんで、今月は、「地球環境によりよいデジタル」というテーマでお話しします。デジタル企業であるダンクソフトがこれまで取り組んできたこと、そしてこれから私たちに求められることなどが中心です。 



▎2009年。「新しい働き方」を実現したら、「紙」を使わなくなった  

振り返ってみると、ダンクソフトの場合、何か別の課題を解決していたら、結果として環境にもよりよい活動になっていた、ということが多いようです。  

たとえば、「ペーパーレス」の取り組みが、そのひとつです。2009年の段階で、ほぼ社内のペーパーレス化が完了していました。当時、国内的に見ても、かなり先駆的なことだったと思います。  

本格的なテレワーク導入のきっかけとなった社員のインタビュー記事がCHANTO総研のウェブサイトに掲載されています。
https://chanto.jp.net/articles/-/237229 

転換点になったのは、育休中のスタッフから相談を受けたことでした。「子どもを保育園に入れられなかったから、復職できない」というのです。そのとき私は、であれば、オンラインで勤務してみたらどうだろうと提案したんですね。以前からテレワークの試みは始めていましたが、完全にリモートのみで働くことは未経験でした。そこから、保育園問題を解消するため、お母さんが自宅を離れずに育児をしながら遠隔で働き続ける工夫を導入していきました。情報共有をさらにスムーズにしようと、クラウド化も加速させました。  

育休スタッフの切実な声を聞き、実際に働ける方法を探っていたら、結果的にデジタル化が進み、紙を減らすことにもつながり、今でいう新しい働き方を先取りしていました。  

▎複合機のないスマートオフィスへ 

こういうわけで、当時から、業務のなかで、紙を使うことはほとんどありませんでした。さらにスタッフは1つのPCに2つのモニターをつなげて使う“ダブルモニター”にすることで、作業のために紙を出力する必要がなくなりました。会議では、大型モニターを利用し、資料や議事録を表示します。紙の資料を会議のために印刷したり、議事録を印刷して配布したり、といった手間や無駄がなくなります。情報共有と情報開示を進めた結果、環境にもよりよい「ペーパーレス」なオフィスになりました。 

 

デジタル化されたダンクソフト本社オフィス

2023年のいま、神田の本社オフィスには、ファクシミリ(FAX)はもちろん、コピー機もプリンターもありません。ダンクソフトはオフィス移転を比較的多く行ってきたのですが、そのたびにスリム化、つまりデジタル化を重ねてきました。脱アナログ化したこのオフィスは、「スマートオフィス」のショーケースです。従来のオフィスにあったような備品がない代わりに、良質なスピーカーや大型ディスプレイなどテレワーク環境が整っています。オフィスに来てくださった方には「こんなオフィスは見たことない」とよく驚かれます。 

 

■『スマートオフィス構想を実践する新拠点』
https://www.dunksoft.com/message/2021-03 

■『理想的で機能するテレワーク環境づくり:発想転換のポイント』
https://www.dunksoft.com/message/2021-05 

▎“エコ・ペーパーレス”の推進で、環境保全とコスト削減を両立 

デジタル・ツールを使うと、紙の使用量はもちろん減ります。ということは、それにあわせて文房具への支出も減ります。さらには、オフィス内に書類を管理する場所もいらなくなります。コピー機を置かなくなれば、年間で数百万円単位のコスト削減が可能です。そのうえ、わざわざ書類を事務所に取りに行くという面倒からも解放されます。経済と環境保全を両立させる取り組みを、ダンクソフトでは“エコ・ペーパーレス”と呼び、推進していました。 

 

ペーパーレス化に取り組んだ当時の、徳島合同証券様の取材動画

デジタルの推進によるエコ・ペーパーレス化は、これまでたくさんのお客様とともに取り組んできました。たとえば徳島合同証券様は、社内に眠っていた3.5トンもの書類を捨てることに成功しました。社員それぞれが管理していた個人情報をデジタルに一元化することで、コピー機やFAXを利用する頻度も激減しました。結果的に700万円ものコストが削減されました。もともと環境への意識が高い泊健一社長でしたが、その後もSDGsを推進する企業として、徳島の要になっていらっしゃるようです。ちょうどカーボン・オフセットの発想が注目されていた頃でした。 

 

■ 事例:「ペーパーレス化」で 6期連続の赤字からV字回復 
https://www.dunksoft.com/message/2019/7/22/-6v 

 ■ 泊健一社長からのダンクソフトへのコメント 
https://www.dunksoft.com/work-style  

▎森林保全NPOが、デジタル化を推進:「森での時間が増えた」 

NPO法人 樹木・環境ネットワーク協会様のケースも、思い出されます。ちょうどコロナ禍がはじまる直前でした。テレワークの仕組みを導入する支援をしました。 

 

ダンクソフト社員がテレワーク勤務体験談を共有している様子

こちらの協会は、森や里山の保全活動や、そのための人材育成を活動の主軸にしています。テレワーク補助金を使って、事務所の外からでもデータにアクセスし、どこからでも活動ができるように設定を行いました。 

 

デジタル導入により、ひとつは、広報担当の方が、介護と仕事を両立できるようになりました。また、「事務仕事のために、森に行く時間が減ってしまう」という事務局長さんの悩みが、業務が効率化されたことによって解消されました。デジタル導入で、離職も防ぎ、「森林保全」という本業に、さらに時間と力をかけられる環境をつくられたわけです。 

 

■ 事例:テレワークで実現したNPOの働き方改革と拡がる可能性 
https://www.dunksoft.com/message/case-telework-npo-shu  

▎ダンクソフトがかかわることで、環境保全が広がる 

NPO法人 樹木・環境ネットワーク協会様は、「人と自然が調和する持続可能な社会」を目指して、森づくりをはじめとしたさまざまな活動を行っています。ダンクソフトがデジタル化を支援することで、間接的に、環境保全に協力できたことになると考えています。 

 

NPO法人 大田・花とみどりのまちづくり様の活動の様子。駅前の花壇整備。

他にも、NPO法人 大田・花とみどりのまちづくり様のご支援では、より使いやすいボランティア管理システムをkintoneで実現しました。事務局もボランティアも、手作業で行っていた集計業務をデジタル化し、本来リソースを使うべき緑化のために、もっと力をかけられるようになりました。そして、さらに新しい領域や課題に取り組もうという気持ちにもなっていただくことができました。担当したダンクソフトのスタッフも、現場に足を運んで様子を拝見することができ、大田区の緑化に貢献できたと喜んでいました。 

 

■ 事例:作業効率化を機に、デジタル化でプロセスを見直し、誰もが関われる団体運営へ 
https://www.dunksoft.com/message/case-hanamidori-kintone  

 

▎ダイアログ・スペースから、森づくりを考える 

このように、環境問題に取り組む団体を支援することで、私たちダンクソフトの自然環境への意識もよりいっそう高められています。 

 

NPO法人森づくりフォーラム様とも、樹木・環境ネットワーク協会様を介して出会いました。3年前から、ダンクソフトのオフィス内にある「ダイアログ・スペース」を使って、ハイブリッド型の全国大会を開催するご支援をしています。コロナ前には、年に1度、リアルに集って大きなイベントを行っていたところが、コロナで一変。オンラインで上手に配信する方法と場所を提供し、新しい形の全国大会実施にこぎつけました。 

 

今年も、6月10日(土)と11日(日)の2日間にわたって、「第27回 森林と市民を結ぶ全国の集い2023」が開催されます。1日目はオンライン配信と国立オリンピック記念青少年総合センター現地会場とのハイブリッドで実施。2日目はオンライン配信で開催します。 

「続・森は誰のもの? ~森林コモンズを活かす明日へ~ 第27回 森林と市民を結ぶ全国の集い2023」 
https://moridukuri.jp/forumnews/forest2023_commons 

開催期間: 2023年6月10日(土)・11日(日) 

 

2日目の11日は、ダンクソフトの「ダイアログ・スペース」から、全国へ配信します。今年のテーマは「続・森は誰のもの?〜森林コモンズを活かす明日へ〜」です。どんな話が聞けるのか、私も楽しみにしています。 

  

ダンクソフトの「ダイアログスペース」

ダンクソフトの「ダイアログ・スペース」は、約1Gbpsの超高速光通信や、マイクやカメラ、モニター、高品質スピーカーを備えています。このオンライン・フォーラムもリアル感のあるセッションを楽しんでもらえるでしょう。「全国の集い」はどなたでもお越しいただけますので、ぜひご参加いただければと思います。 

 

ダンクソフトでは、このような「開かれた対話と創造の場づくり」を、さまざまなパートナーと一緒に行っていきたいと考えています。オフィスのダイアログ・スペースを利用してハイブリッド型イベントを実施することにご関心のある方は、ぜひお声がけください。(お問い合わせはこちらから) 

▎ウェブ・カメラで見守る「神田藍」の鉢植え 

オフィスといえば、オフィスのベランダでは、ここのところ、「藍」を育てています。 

 

ダンクソフトのオフィスは神田駅前にあります。神田はかつて、染物屋の集まる日本有数の「紺屋町」でした。そこで、この地域で暮らす人や働く人たちが「藍」を媒介にコミュニティをつくろうと、「神田藍プロジェクト」が始まりました。今年で3年目になる取り組みで、ダンクソフトも参加しています。5月には、千代田区のまちづくりサポート報告会にて、活動に対して「サポート大賞」を受賞しました。 

 

ダンクソフトオフィスのベランダで育てている藍

私にとっていちばん身近な自然は、ここにあります。藍を育てるのも、もう3年になりました。毎日水やりをしなくてはいけないことも、雨の日は水やりをしなくていいから嬉しいことも、今では私自身の日常です。これまで植物を育てたことはなかったのですが、育て方も少しずつ進化してきました。藍の様子を遠隔で24時間見られる「見守りカメラ」を設置したり、藍が自動で水を吸い上げる装置を入れたりするなど、藍が育つ環境もデジタルで整えてきました。 

 

■ 事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai 

■ WeARee!で見る神田藍プロジェクト 
https://yushin.wearee.jp/kanda-ai/content/4872?resp=1726

  

▎5G構想でインターネットが行き渡った日本中の森で、できること 

インターネット回線とカメラをつないで、植物を遠隔で見守る。私がオフィスの鉢植えに活用しているこの仕組みは、森林管理に応用できるものだと考えています。見守りカメラを設置して、それがインターネット回線につながってさえいれば、現地に行かずとも森林の状況を把握することができます。ダンクソフトで使っているSwitchBot社製のカメラは、太陽光エネルギーを使えるので、電源に配線しなくとも連続使用ができます。 

 

いま、日本では5G構想が実現しつつあります。これは、現在使われている第4世代(4G)の100倍以上高速な通信網を、離島や山間部を含む日本全域に張りめぐらせるという計画です。10Kmメッシュでカバーしていく計画なので、近いうちにどんな地域にもインターネットが行き渡るようになるでしょう。デジタル環境は飛躍的に進化しています。 

 

都市部ではインターネットがおおむね浸透してきました。あとは山間部や森林です。そこが整えば、どこにいても森林保全の活動ができ、これまで人が入りにくかった奥地まで目が行き届くようになります。ロボットなどとも協働すれば、人が介在しなくてもできることが、めざましく増えていくはずです。 

 

「森林保全」というと、自然を「人間や機械が関わらないもの」ととらえがちです。自然と人間、自然と機械を、対立構造で考える人も少なくありません。ですが、人間もまた自然の一部です。その人間がつくった機械もまた、自然と関わりを持つ重要な一部と考えたほうが、無理がないと思っています。 

 

日本はこれから人口が減っていきます。人口8000万人になったとき、働ける人口もずいぶんと減っているでしょう。そのような時代にこそ、デジタルとインターネットが活躍します。一次産業や二次産業にデジタルを導入し、関わる人を増やす。今後のテーマになっていくでしょう。 

  

▎スタッフ一人ひとりが、未来の地球環境を考えている、そんな会社に  

私自身は、一時、OECDが公開していたBLI(Better Life Index)の指標を意識して見ていたことがありました。Better Life Index(「より良い暮らし指標」)は、2011年に公開されたもので、住宅、収入、雇用、共同体、教育、環境、ガバナンス、医療、生活満足度、安全、仕事と生活の両立という11の分野で比較する、豊かさの指標です。 

 

今は、SDGsが企業にとっても考えるべき必須事項となっています。40年前にはもっぱら金銭的価値の追求が企業に求められていたことに対して、今は、社会的価値や環境価値が同時に求められるようになりました。時代が大きく変わっているのです。 

 

企業に地球環境保全の努力が求められるようになるのであれば、スタッフ一人ひとりに求められることも、当然変わっていくことになります。ダンクソフトでは、スタッフ一人ひとりが環境意識、社会意識を持てるように、評価制度を見直そうとしています。メンバーが未来の地球環境を考えている、そんな会社になっていきたいと考えています。 

 

そのためには、「業務」内容への評価以外にも、「未来」を切り拓く人になるために学び、考え、行動できているかという観点も、大事にしていく予定です。40周年を機に、「人として、よりよくなっていく」方向を目指したいと思っています。 

 

日本高専学会と考える、日本の将来 ―地域と地域をテクノロジーが結ぶ未来像―

今回のコラムは、日本高専学会会長の山下哲先生、理事の土井智晴先生をゲストにおむかえしました。日本高専学会は、2022年より「ダンクソフト・バザールバザール」を導入し、研究会活動がさらに活性化したという声を寄せていただきました。高専といえば、日本の技術力の要。デジタル・ネイティブ世代のポテンシャルをひらくための環境づくりや、スマートオフィス構想の展望について語らいました。 

【左から】  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  



▎海外から高く評価される、日本特有の「高専」という制度

ACTフェローシップのメンバーと

星野 ダンクソフトは、いろいろなご縁が重なって、高専とのつながりが深くなっています。徳島の阿南工業高等専門学校(阿南高専)で、竹内が授業を担当するようになって5年。 高専と社会を結ぶACTフェローシップのメンバーとしてプロジェクトにかかわったり、学生がインターンに来たりパートナーシップ協定を結んで協働したり。昨年は阿南高専から2名が新卒で入社しました。 

 

山下 嬉しいご縁ですね。私が会長を務めている日本高専学会は、「高専」という日本特有の教育制度をより良い制度に改編していくことについて、研究活動を行っています。日本のためにさらに役立て、世界へ発信していこうという学会です。今年で発足29年になります。 

  

星野 高専生はとても優秀ですね。昨年入社した阿南高専の2人も、入社直後から大活躍です。 

  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

山下 それはなによりです。そもそも高専という制度は、産業界からの要請に応えてつくられたものでした。1950年代後半、日本はめざましい経済成長を遂げました。そのとき、それを支える技術者が求められるようになりました。日本で初めての「国立高等専門学校」が設立されたのは1962年でした。高校3年間に2年プラスして5年間の高専を卒業すると、そのまま企業で働けるようなレベルの人を育てようと、60年前につくられた学校制度です。 

  

星野 ダンクソフトの連携先である阿南高専OB会の現会長が、やはり高専の卒業生で、彼はたしか高専の1期生か2期生だったと思います。 

  

山下 初期の卒業生でしたら、なおさら優秀な方でしょう。当時の高専は入学希望者がとても多く、入学してくるのは偏差値70を超えるような学生ばかりだったそうです。文部科学省が最初につくったカリキュラムは、高専の5年間で大学の工学部卒業と同等レベルの専門知識を身につけるという、とんでもなくハードなものでしたから。高専は、設立以来ずっと、学生のポテンシャルをおおいに発揮させる学びの場だと思っています。 

  

星野 高専制度が始まって60年、高専学会が発足して30年ですか。時代が変わるなかで、高専に求められるものも変わってきたのか、とイメージしているんですが。 

  

山下 ええ。私自身、変わりゆく中を生きてきました。高専はその成り立ちからして、文科省管轄の他の教育機関と異なる側面が多く、チャレンジできることも多い学校制度です。そこで、この制度をさらに進化させるべく、本学会が設立されたというわけです。 

 

いまでは日本の高専制度は海外でも高く評価されて、海外高専へと展開しています。日本は、モンゴルやタイ、ベトナムの3カ国を中心に、高専のカリキュラム設計や教材開発、教職員研修などのサポートを行っています。  

 

高専学会公式サイト 
https://jact.sakura.ne.jp/ 

 

高専学会では、研究助成も行っています。また、研究会活動の活発化にも、力を入れています。会員が中心となって、それぞれの研究分野を持ち寄って高めていこうというものです。一般教育科目、人権教育、留学生対応教育などにかんする研究会が立ち上がっています。  

▎KOSEN EXPOでも注目された「スマートオフィス構想」  

星野 ダンクソフトで働く2名の高専卒業生は、デジタル・ネイティブたちです。40周年プロジェクトの物語にも書いていましたが、中学生のときに初めてスマホを手にして、ものすごい衝撃を受けたそうです。彼が言うには「徳島という田舎から、世界が見えることに驚いた」と。彼らはデジタル・ネットワークを駆使して、自分から学びにいく力をすでに身につけています。社会を変えて未来をつくっていくのは、きっと彼ら若者たちだと感じています。 

  

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  

竹内 私は2018年から阿南高専で非常勤講師をしていますが、そこでは教員も生徒も、顔を合わせれば「技術の社会実装」という言葉を口にします。技術を社会問題の解決にむけて役立てようという意識を、みんながもっていますね。 

  

星野 昨年、オンラインで開催された「KOSEN EXPO2022」もその一環でした。あのイベントは、「研究・教育の成果の社会実装を目指す高専」と「高専の技術やアイデアを活用しながら課題解決を目指す企業・団体等」とのマッチングをはかるものでした。 

  

竹内 「KOSEN EXPO2022」では、新卒の2人が大活躍しました。特設ウェブサイトの制作からプロジェクトの発表まで、彼らがすべて担当してくれて。テーマは「ふるさとの未来をつくる、スマートオフィス構想」。発表も上々でしたし、ウェブサイトもかなりの閲覧数があったようです。 

 

星野 ダンクソフトでは「スマートオフィス構想」を提唱しています。インターネットを上手に利用して、クリエイティブに仕事ができるビジネス環境を各地につくろうというものです。これにより、首都圏への一極集中を緩和して、地方にいてもやりたい仕事を選んで働ける環境を実現していくことができます。地域には、学校を卒業してもそのまま地元に残りたい若者がいます。その場合でも、デジタルがあれば、地域にいながらにして、日本各地や世界各地と連携・協働できるしくみを、整えることが可能です。そうすれば、日本は地域から変わっていくはずです。 

徳島県の阿南高専を2022年に卒業、物語プロジェクト最年少受賞者の濱口航貴(ウェブチーム)が直面した「未来社会」を描く難しさとは

https://www.dunksoft.com/message/2023-03  

若手の活躍が光った「KOSEN EXPO 2022」 

https://www.dunksoft.com/message/2022-12 

▎都心への一極集中ではなく、地域にいても働ける未来 

星野 高専生は企業からも引く手あまたですよね。ですが、彼らの就職先が都市部に偏ってしまう現状は何とかしないといけません。本人が東京へ出ていきたいのならもちろんよいのですが、本当は地域に残りたいのに、仕事がないからやむなく都市部へ出ていってしまうのは、地域の未来にとっても、もったいないことです。「スマートオフィス構想」は、高専卒業生が地元に残り活躍するスキームのひとつになるものだと考えています。 

ダンクソフトは2011年の東日本大震災をきっかけに、“場所を問わず働ける”リモートワークの実験を始めました。コロナ禍を経て、全員リモートワークが基本となっています。 

  

山下 全員がリモートワークというのは画期的ですね。  

  

ふるさとの未来を創る、竹内祐介の物語

https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi  

竹内 私もいま、徳島の自宅から参加しています。私が入社した2012年は、徳島でリモートワークの実証実験が行われていたタイミングでした。私は徳島出身で、就職してからも徳島で働いていましたが、初めての子どもが生まれる直前に転勤を言い渡されてしまって。子育ては地元でしたかったので、退職せざるを得ませんでした。 

  

土井 竹内さんには長らくお世話になっていますが、そんな経緯があったとは知りませんでした。  

  

徳島県神山町でサテライトオフィスの実証実験(2012年)

竹内 そうですね。そこで出会ったのが、徳島県神山町でサテライトオフィスの実験をしていたダンクソフトでした。古民家で、数名のスタッフが東京本社とビデオ会議をつないで業務を行っていたんですよ。いまから10年以上まえですから、その姿にはびっくりしました。こんな働き方があるのか、と目からうろこでした。そこで東京まで直談判しに行き、徳島サテライトオフィスをつくってもらって、徳島で働けることになりました。  

 

▎各校固有の「知と技能」をデジタルで結ぶ  

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

星野 いまのデジタル・ネイティブ世代は、オンラインでのやりとりは小さいころから慣れています。ですから、リモートで働くことになんの違和感もなく適応できます。これは私たちの世代とはぜんぜん違いますよね。若い方たちはすばらしい強みをもっていると思いますよ。「スマートオフィス構想」で、そんな彼らのポテンシャルが、より活かせるようになると考えています。 

  

山下 リモートでの連携や協働といえば、高専学会でもこれから考えていることがあります。それは、インターネットを使って、各高専が誇るスペシャリストの技を、全国の高専で共有できないかということです。 

 

というのも、どの高専にも名物先生がいて、持てる技術や高い技能を伝えるために工夫を凝らした実験や実習を多く取り入れたカリキュラムを組んでいます。それは素晴らしいことである一方、現状では各校固有のものになっています。これらを、全国高専で共有していきたいのです。 

 

現在のVRやARの技術を使って、たんなる座学の“視聴”を超えて、“実体験ができた”と実感できるレベルで体験できないか。たとえば阿南高専の生徒が、私のいる木更津高専の実習を“体験”するといったことを、将来的に実現させたい。技術者の将来と日本の未来という意味でも。一朝一夕でできることではなくとも、きっと近い将来に見えてくる未来の姿だとも思います。 

 

インターネットやデジタルの力を活用した遠隔コミュニケーションについては、ぜひダンクソフトさんとも知恵を出しあっていければと思います。  

  

星野 嬉しいです。この対話の場そのものが未来ですね。ぜひともいっしょにチャレンジしていきましょう。 

  

▎効率化は、クリエイティビティのために  

星野 高専学会様には「ダンクソフト・バザールバザール」を導入いただいています。ご使用になってみていかがでしょうか。 

 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

土井 おかげさまで、いまのところとても助かっています。日本高専学会では、2022年に、会員組織の運営効率化のため、バザールバザールを導入しました。それまで300名ほどの会員にむけて封書で案内していたため、かなりの手間とコストがかかっていました。それが、システム導入後はその書類封入作業から解放されました。めざましい効率化とコスト削減になりましたね。 

  

山下 コロナ禍もあり、オンライン化が一気に進みました。おかげで経費をかなり削減できました。効率化によって得られた予算で、学会内で力を入れていきたい先述の研究会活動へ、助成制度を進めることができました。これは、うれしいことのひとつです。研究助成を得た先生方からも、研究会の新提案が増えるなど、さらに研究会活動が活発になることを期待しています。 

  

土井 そのほかにも、管理者がそれぞれのPCで管理していた会費情報・会員情報をバザールバザール上に移すことができました。セキュリティの観点からも、管理の見直しとクラウドを使うことを求められていたのですが、今回それが実現できて、ほっとしました。 

 

ダンクソフト・バザールバザール
https://dbb-web.bazaarbazaar.org/ 

また、バザールバザールは会員管理に役立つだけでなく、会員同士の情報共有や情報交換にも使えます。とくに研究会会員どうしの意見交換や対話に有効ですね。最近は、より便利な機能が加わって使いやすくなったおかげで、バザール内に設けた研究会のコミュニティで、参加者からの発言が増えてきています。 

 

星野 業務の効率化が進んで、研究という本来の業務に割く時間や費用がうまれたり、オンラインでの談話や対話が活性化したりしているのですね。まさにバザールバザールが目指すところです。よりよく使っていただいて、ありがとうございます。  

 

日本高専学会では、会員を募集しています。

↓入会案内はこちらをご覧ください。

https://jact.sakura.ne.jp/enter/ 

▎ソフトウエアと集会が、イノベーションを創出する 

土井 じつは高専学会だけでなく、私の勤務先であり母校でもある大阪公立大学高専の同窓会にも、バザールバザールを導入させていただきました。毎年160名の卒業生ほとんどが同窓会に加入します。卒業すると学校とのつながりが切れてしまいがちですが、これからはバザールバザールが、卒業生たちを結び、コミュニティをより活性化していってくれそうだと期待しています。   

 

竹内   高専学会さんは、バザールバザールをお使いになるなかで、「使ってみてこうだった」とか「こんな機能がほしい」など感想やリクエストをくださいます。お互いに対話を重ねることで、ともにシステムをよりよくアップデートしていけることをありがたく感じています。   

  

星野   毎年160人ということは、20年後には、大阪公立大学高専の同窓会メンバーだけでも3000人を超えるわけですね。イノベーションは、多種多様な方々がかかわる場所から起きていきます。バザールバザールによって、日本中の高専卒業生がネットワーク上でつながる環境がうまれたら、そこからたくさんのイノベーションが起こる予感がします。 

  

▎協働を通じて地域イノベーションのさざ波を   

星野 土井先生はロボット工学がご専門ですね。未来の展望をどうご覧になっていますか? 

 

土井 いま世の中は、ChatGPTなどAIを使ったソフトウエア開発がブームですよね。いわば、アタマがますます充実しているわけです。私は専門がロボット工学です。神戸で毎年夏に開催する「レスキューロボットコンテスト(※)」の実行委員もしているものですから、機械出身の人間から見ると、どうもアタマばかりで、カラダがついていっていないように感じます。これから先、脳や情報といったソフトウエアばかりでなく、機械や実物をつくっていくハードウェアの力も引き続き重要で、重視すべきだと考えています。 



※ レスキューロボットコンテストとは、防災・減災に関する社会啓発およびロボット技術を通した人材育成を目的とし、災害救助を題材としたロボットコンテストです。2001年から毎年夏に開催されています。

↓レスキューロボットコンテストについては、こちらをご覧ください。https://www.rescue-robot-contest.org/ 



星野 おもしろいですね。じつはダンクソフトはもともとハードウェア開発から始まった会社でした。そんなこともあって、私もハードには関心があるのですが、ロボットはこれからますます研究が進んでいくので、注目しています。ロボットとインターネットが合わされば、ものすごく可能性がひらけていきますよね。 

  

ダンクソフトはデジタルの会社ですが、「人間と機械と自然の協働」に注目しています。たとえば、森づくりなど森林保全の取り組みをする団体と連携もしています。土井先生のお話をうかがって、たとえば人が立ち入りにくい森のなかにロボットが入って、人間がリモートで木を伐採し、それによって森林問題の解決につながる未来が、もう目の前にきていると期待が高まりました。 

 

あとは、やはり介護ですね。私の場合は、ぎりぎり介護ロボットが間に合って、90歳になっても鉄腕アトムに担いでもらって世界中を飛び回れるだろうと、真面目に思っていたりします。ともあれ、これから目指すべきは「アタマとカラダの融合」ですね。 

 

竹内   どれだけデジタルが発達しても、人間が肉体をもっている以上、リアルなものはかならず残ります。ですから、ソフトウエアはリアルな場をいかにサポートできるかということが、今後より重要になってくると思います。私も大学で専攻したのは材料系だったので、ハードウェアの重要性も楽しさも、お話を聞いていてそうだなと思います。 

 

土井   この国はたぶんかなりテクノロジーが好きなのだと思います。私がいる大阪の堺には有名な仁徳天皇陵という前方後円墳がありますが、ピラミッドと比較される建造物が、なぜあの場所にあるのか、いろいろ調べてみると理由があり、そこから日本人の新しい技術に対する好奇心のようなものが見えてきます。新しいもの好きがいて、古いものを大切にする人もいて、それが融合して時を経ると、新しいテクノロジーとなって出てくる。だから焦ることなく、日本人らしいものを生み出していけばいいと考えています。 

 

星野   山下先生、土井先生のお話をうかがって、テクノロジーによる明るい未来を感じました。それとともに、日本の将来を考えると、都市部だけに活気があるのではなく、それ以外の地域各地をよりよくしていくことも必要不可欠です。このとき、技術が、地域社会に貢献できることは、たくさんあります。さまざまなコストを下げることはもちろん、人と人をつなぐことや、人間とロボットをつなぐことも、そのひとつですよね。 

 

ですので、テクノロジーに明るい先生方や高専生の皆さんが、さらに社会と接点をもち、その技術や技能をもって、地域の課題・問題を解決していくことで、高専の価値は、さらに高まると思います。たとえば、そうした試みのひとつが、阿南高専の「ACT倶楽部」ですね。ですので、一方では、ソフトとハードを切り離さない「技術イノベーション」を進めること、そして他方では、“技術と社会”が接点をもち、高専を起点に「地域イノベーション」のさざ波を広げていけるよう、私たちも、これからも一緒に協働していけるといいですね。本日は、ありがとうございました。 

40周年「ダンク感謝祭」は、集い、出会い、次の“はじまり”をつくる場

ダンクソフトはこの7月に40周年を迎えます。今回のコラムでは、40周年に向けて、これからどんなことをしようとしているか、いま考えていることをお話しします。ぜひ皆さんと、この節目を起点に、未来にむけて連携していきたいと思っています。  



▎「物語プロジェクト」と「感謝祭」を並行して実施 

 

今年7月に、ダンクソフトが40周年を迎えます。このタイミングで、「感謝祭」を実施したいと考えています。 

ただ、一般に日本ではバーゲン・セールのようなものを感謝祭と称することもありますが、そういう意味じゃないんですね。 

謝意を伝えたいのは、わりと広い範囲でして――直接のお客様はもちろん、スタッフ、その家族、お客様の先にいるお客様……といったステイクホルダーをイメージしています。 

さらに、いわゆる自然の恵みもあってビジネスや地域活動も可能なわけで、そういった地球環境のような「自然資本」も感謝祭の対象ですね。一連のシリーズにして実施できるようにと、各担当者たちが企画しています。というわけで、わりと広いスコープで「感謝祭」をとらえてるんですよ。 

 

それと、ダンクソフトでは、いま、「物語プロジェクト」が3つのレベルで進行中です。 

3月の社長コラム『ダンク史上初、つくりたい未来の物語が集結 』はこちら。
https://www.dunksoft.com/message/2023-03

まず第1に、スタッフ一人ひとりによる、未来志向の物語づくりです。これは先月のコラムでご紹介しました。 

 

ただし、これでは個人語り、つまり「点」ですので、これを「面」にしたいんですね。そこで、部署を超えたメンバーたちが、お互いの物語をつなげあおうと、対話ベースで、意見や感想をフィードバックしあっています。つまり、個々の物語をリンクしあって「物語の結び目」をつくるのが、第2のレベルです。 

 

さらに第3の動きとして、ダンクソフトの「サービス」を物語化するプロジェクトも動き始めています。いままで機能については語ってきたのですが、それだけでなく、未来志向で、もっと別の語り方もできると思っています。 

 

ということで、「物語プロジェクト」と「感謝祭」を、2重らせん的にからめながら、並行して進めていこうと思っています。  

▎「感謝祭」という名前のきっかけ 

 

「感謝祭」というネーミングを最初に使ったのは、昨年10月のことでした。<高専エキスポ>に参加したときでした。ちょうどハロウィンの頃のイベントだったのですが、謝肉祭というのもちょっとそぐわないな、と思いまして、そこではじめて感謝祭と銘打ったんですね。 

 

「神田藍の会」についてはこちらをご覧ください。
https://yushin.wearee.jp/kanda-ai 

最初に「感謝祭」というネーミングを使っていたのは、<神田藍の会>を一緒に推進している一般社団法人遊心の峯岸由美子さんでした。峯岸さんのおっしゃる「感謝祭」は、会の皆さんはもちろんのこと、それだけでなく、自然の恵みをはじめ、あらゆるものに感謝する祭、という意味でした。それを聞いて、なるほど、それはいい表現だと思いました。そこで、私も参加している<神田藍の会>で、12月10日に「感謝祭」を行いました。 

 

翌日11日には、ダンクソフトのコミュニケーション・サービス「WeARee!(ウィアリー!)」をテーマに、オンラインでの感謝祭をやってみました。考えてみると、昨年11月のサイボウズ・デイズへのイベント出展も、お客様に感謝するという意味では、「感謝祭」だったと言えるでしょうね。  

▎「バザールバザール」は業務効率化と集会のためのツール 

 

7月から40周年目がスタートしますので、いろいろな切り口で、お客様、パートナー、さらにその先にいる方々のアイディアも取りいれながら、楽しい感謝祭をご一緒に企画していきたいと考えています。 

 

「ダンクソフト・バザールバザール」についてはこちらをご覧ください。
https://dbb-web.bazaarbazaar.org/ 

感謝祭を通じて、結果として、皆さんにとって、関係づくりとコミュニティの活性化につながることを期待しています。そこで、ひとつの案として、いま、「ダンクソフト・バザールバザール」という製品を使って、インターネット上に皆で集える“グラン・バザール”をオープンしようと検討しているところです。 

 

「バザールバザール」は、バザール=市(いち)という名前のイメージ通り、もともとは安心して出会える場をイメージして、つくりました。 

 

機能としては2つあって、「効率化ツール」兼「集会ツール」なんですね。これはもともと、団体運営の事務効率化から出発したツールなんです。業種はなんであれ、事務作業はだんだん煩雑になっていきますから、「効率化」は大事ですよね。これが第1機能です。 

もうひとつ。歴史を見ると、何かが新しく起こるときって、「集団」ベースじゃないですか。大学の発生も、政党の発生も、企業の発生も。なので、いまは時代的にもイノベーションが必要なので、ネクスト・パンデミックとかにも関係なく、人が集まったり、出会ったりできる「集会ツール」にしたいんですよね。それが「バザールバザール」の第2機能です。「集会なくして、イノベーションなし」ですから。 

ただし、ただ不特定多数の人たちがやってきても、“不安な場”になるだけですよね。なので「バザール」上では、知り合いの知り合いとか、誰かの紹介とか、なんらかのつながりをもった人たちが集える、“安心できる場”になることを目指しています。  

▎インターネット上にみんなが集う“グラン・バザール”を 

 

この「バザールバザール」を、ダンクソフトと関わりのある方々に開放して、40周年だからこそできる集いの場 “グラン・バザール” を企画しています。 

 

「ダンクソフト・バザールバザール」開発チームによるダイアログも、合わせてお楽しみください。プロダクト、サービスに対する考えや思いを語っています。
https://www.dunksoft.com/message/engineering-next-vol1 

コロナ禍では、なかなか気軽に人とリアルに会えず、関係が希薄になるということがあったのではないでしょうか。また、オンラインで不特定多数の人々とつながってしまえるからこそ、発言がしづらかったり、発言が商用利用されることを懸念したり、ということもあるでしょうね。「バザールバザール」という、個人情報保護もしっかりしていて、広告・宣伝が一切入らない、“安全なバザール”(インターネット空間)の中なら、皆さんに楽しく集まって、遊んでいただけると思うんです。 

 

そこは、お互いのケミストリーもよく働き、のみならず、よい偶発が起こっていく。人と人がつながるきっかけも、たくさん生まれていくでしょう。ダンクソフトを通じて、新しい出会いや対話が生まれ、次へのアイディアが生まれる “楽しいバザール” ができればと考えています。 

 

「ACT倶楽部」についてはこちらのコラムをご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/2021-11 

具体的には、40年間のダンクソフトの歴史を通じて関わりを持ってくださったお客様やパートナーにアカウントを用意して、バザールに参加していただけるようにしていきます。現在ダンクソフトの製品やサービスを使っていただいているお客様はもちろんのこと、かつて使ってくださった方々、ダンクソフトが中央FMでスポンサーしているふたつの番組のリスナーさんたち、スタッフや登壇者、徳島ACT倶楽部のメンバーといった皆さんにも入ってもらえると、場が多様化して面白くなりそうです。  

▎希薄になったコミュニティ:東京のご近所付きあい事情 

 

最近、吉祥寺に引っ越したスタッフが、ご近所へ引っ越しの挨拶に回ろうとしたら、一軒も出てきてくれなかったとのことでした。その話を聞いた別のスタッフも、引っ越しの挨拶で、誰も応答してくれなかった経験をもっていました。 

 

現代の東京らしいエピソードではありますが、残念なことですね。きっとできるだけ人と顔を合わせたくないのでしょう。コミュニケーションを断つ方向に進んでいるようにみえますね。 

 

以前から、強盗や詐欺など凶悪な事件がありますから、防犯上、警戒するのもわからなくはありません。ただ、隣近所に誰が住んでいるのかもわからないのは、特に「防災」の観点から考えれば、あまり良い状態とはいえません。  

▎離れていても、声をかけあえる関係がある豊かさ 

 

“グラン・バザール” は、これとは逆をいく動きです。「感謝祭」もまた、そういう風潮とは逆の方向に向かうものです。 

 

昨今の異常気象や災害状況などを見ても、互恵的なコミュニティが維持され、活性化されるかどうかは、私たちにとって今後の死活問題です。それがデジタルの登場によって、新しい形の活路が見えはじめています。つまり、離れていてもコミュニケーションがとれて、サポートができる。そうなってきたんですね。 

 

ダンクソフトでは、さまざまな製品・サービスを提供しています。それは一見、バラバラなことをしているように見えるかもしれません。ですが、実際には皆さんと共に「デジタル・デバイドの解消」を行い、そこからさらに「コミュニティの活性化」へ向かえるよう、支援するということが、共通のテーマになっています。感謝祭を通じて、またグラン・バザールを通じて、知らなかった良いサービスや、その上手な使い方、デジタルを日常に取りいれるコツなども、知っていただくきっかけになればと思います。 

 

感謝祭やグラン・バザールの先には、「スマートオフィス構想」の推進というビジョンがあります。いまや、インターネットが生活の中に溶け込んでいて、人との関係やネットワークがあれば、場所を問わず、若い人たちが住みたい地元を離れずに仕事ができるようになりました。画期的なことです。これからは、私たちと地方との関わりがさらに増えて、東京でも地方でも、色々な展開が増えてくるだろうと思います。 

 

先日の誕生日に、ソーシャル・メディアでたくさんのお祝メッセージをいただきました。まだお返ししきれていないのですが、北海道から沖縄まで、またスペインからもメッセージがとどきました。デジタルがあるからこそ、こうして離れていてもコミュニケーションがとれるわけで、今までなら経験できなかった豊かさを実感しています。 

 

昨年オープンした「40周年特設サイト」にも、さまざまな方からお祝いメッセージをいただいています。40周年を迎えるのが今年2023年の7月。ここからさらに、よりよい未来をつくっていきましょう!  


ダンク史上初、つくりたい未来の物語が集結

ダンソフト40周年企画のひとつとして、2022年から、社内で「未来の物語」を描くプロジェクトを実施してきました。2023年1月に集まった物語は、全部で実に20作品にのぼります。これらを読み合い投票する社内コンテストを行いました。今回は、受賞者4名とプロジェクト担当者を迎えて、今回のプロジェクト、そして、この先の未来について語り合いました。 

 

最優秀賞     野田周子(ウェブチーム) 

役員賞(板林賞) 大川慶一(企画チーム) 

役員賞(渡辺賞) 濱口航貴(ウェブチーム) 

役員賞(星野賞) 港左匡(開発チーム) 

 

プロジェクト担当 澤口泰丞(開発チーム) 

代表取締役 星野晃一郎 



▎ダンク史上初の快挙、“こんな経験は40年間で初めてだ” 

 

星野 何度か話していますが、最初は有志数名だけで物語を書くことになるかと予想していたんです。それが、澤口さんの「いや、全員で書くんだ」という発言から、全社プロジェクトになっていきました。しかし、ここまでになるとは思ってなかったですね。 

 

澤口 会社の未来を考える時に、一部の人だけが考えた未来に乗っかるような状況ってすごく怖いなと、まず思ったんです。そうならないために、一人ひとりみんなが会社の明るい未来を考えてもらいたい。そのためのきっかけになるという意味で、物語を書いて未来を語るという今回のプロジェクトは、意義のあることだったと思います。 

 

星野 こうして未来語りの物語をお互いに交換し、物語を介してお互いを深く知ることができたというのは、チームとして相当頼もしいですよ。ひとつ言えるのは、ダンクソフト40年の歴史の中で、社内の人たちがこれだけお互いを知ったのは初めてだということです。こんな経験は私もしたことがなく、ダンク史上初の快挙です。ここからチームがどうなっていけるか、40周年を迎える7月に向けて、すごく楽しみにしています。 

 

澤口 私自身、何度も感動することの連続でした。まずやはり20作品ができあがったこと自体が嬉しく感動的でしたし、読み込んでみると、一つひとつが本当に素敵で、また感動しました。さらに、賞を選ぶ投票の段階でも、多くのスタッフが投票に参加してくれたことにも感動しましたし、かつ投票に添えられたメッセージにも感激しました。 

 

代表取締役 星野晃一郎 

星野 ここまでの数が集まるとはね。年末の仕事納めの時点で見たときは8本だったんです。ところが、1月4日の仕事始めの日に開けてみたら、いきなり20本が提出されていて。すごいですよね、これって。 

 

澤口 最初は最優秀賞ひとつだけの予定でしたが、「これだけの数が集まったし、しかも力作揃いで、賞がひとつだけではもったいない」ということになり、急きょ役員賞を追加してもらいましたね。ダンクソフトには役員が3人いるので、新たに賞が3つ増えて4つになりました。今日は受賞者の皆さん4人に集まってもらいました。  

▎未来社会を描く難しさ。ここから VR の未来はどうなる? 

 ──まずは今回の最年少受賞者の濱口さんです。徳島県の阿南高専を2022年に卒業し、春に新卒入社してまもなく1年。今回、役員賞(副社長・渡辺賞)を受賞しました。 

 

濱口航貴(ウェブチーム)

濱口 私の物語は、中学時代に初めてスマートフォンに触れて、文明的なものを感じたエピソードから、やや SF 的ともいえる未来社会へと向かう、という内容でした。中学時代、家ではスマホを持たせてもらえなくて、親に内緒でスマホを入手しました。初めて文明に触れた経験でした。徳島という田舎で生まれ育って、それまで家と学校の往復だけが世界だったんです。だから、スマホとの出会いはすごい衝撃でした。初めて都会の人たちと同じ情報に触れ、同じものを享受できたという感覚です。これがIT分野と出会った原体験となって、今の自分があることを物語に書きました。 

 

星野 濱口さんのその興奮はわかる気がしますね。私が初めてインターネットを体験したのが、たしか1993年頃。当時はニフティー・サーブの時代で、あの頃のブラウザは、たしかモザイクだったかな。世界に窓が開いた興奮を、よく覚えています。 

 

濱口 スマホ以前は何も持っていなかったので、逆に感動が大きかったかもしれません。それまで情報を得るといえばテレビぐらいしかなかったところから、いきなりインターネットに触れたので。 

 

星野 濱口さんが出会ったスマホですから、相当完成された状態のデジタルを、最初にいきなり見たわけだからね。 

 

濱口 はい。僕の物語の結末は、未来社会がどうなっているかを思いつくまま書いたものでした。その世界では、VRやアバターを当たり前に使って仕事をしている想定です。ただ、個人的には、実際にはこの方向でVR が進化することはないだろうと思っていて、そう思いながら書いたところがあります。 

というのも、未来の姿がまだ想像がつかなくて。今のVRは、VRゴーグルをつけて3Dでモデリングされた世界を目視することができるものです。でも、まだその空間で移動する方法が明確に定義されていない感覚があります。いわゆるゲームでいうところのコントローラーができる前のような状態なんじゃないかと思っています。 

なので、その VR 空間でどういうふうに立ち回るかが確立されてみないことには、実際にどのように実用されていくのかが思い描けなくて。仕事でコミュニケーション・ツールとして使うなら、VR ゴーグルをつけて何かするよりも、現在のビデオ会議の方が効率的です。どういうところで VR がビデオ会議を上回るのか。離れたもの同士が会議をしているというような方向性ではないんじゃないかと思いつつ、あえてフィクションとして書いてみた、という感じです。 

 

澤口 今回、「ダンクソフトの未来像」をみんなで考えていくにあたって、一人ひとりの未来が合わさったものが会社の未来になっていってほしいと考えました。みんな苦労しながらも、会社と自分の「未来」について、すごく考えて書いてくれましたね。 

 

濱口 物語を書く上で困ったのは、まさに未来の部分でした。実は色々な未来シナリオを書いて、何回も書き直してみたんです。でも、何度書いても「これは違うな」という未来しか書けず、それで「こうはならないな」と思う未来を描くことになってしまいました。今回の僕の物語の反省点はそこで、つくりたい未来像を描き切れなかったことでした。 

物語を書いてよかったことは、自分が過去に歩んできた道をあらためて振り返るきっかけになったことと、未来について考えられたことです。日頃はやはり、どうしても目の前のことに集中することが多いので、改めて先の事を考えるよいチャンスになりました。今回は、つくりたい未来について書ききれませんでしたが、引き続き、もっともだと思える未来像を書けるようになっていきたいです。 

 

大川 濱口さんも港さんもすごく若くて、自分とは離れた世代の若者です。そういう方たちがどういう視点で物事を見て、どういう経験をしてきたのかを、今回、物語を通して詳しく知ることができました。率直な感想として、共感しました。そこに書かれていた子供時代のときめきや行動原理は、私自身も同じ年頃の頃に感じていたものと近く、親近感を持ちました。  

▎過去の延長ではなく、そうあってほしい未来を描く 

──続いて、濱口さんと同時入社、同じく阿南高専出身の港さんです。役員賞(社長:星野賞)を受賞しました。 

 

港左匡(開発チーム)

 私の物語は、自分の過去の経歴をたどり、今後どうなっていってほしいかという未来について書いたものです。前半の振り返りパートは、高専に入った頃の話からダンクソフトに入って仕事をしている現在あたりまで。後半は、未来ということで、まあ、好き勝手に書きました(笑)。私も濱口さんと同じで、未来で自分が具体的に何をしているかを書くのは難しかったので、未来がどうあってほしいかを想定して、どう働いているかの観点で書きました。 

内容としては、メタバース的な社会の姿を、「なるべくそうあってほしい」という観点で書きました。バーチャル空間というか、デジタル技術を使った働き方が標準になっていってほしいということですね。また、そのなかで、ダンクソフトは新しい技術をどんどん取り入れていく積極的な姿勢をいつまでも保ったままの企業であってほしい、というようなメッセージを書きました。 

ただ、僕もこのままではメタバース空間で仕事はできないと思っています。具体的には、入力デバイスが、現状のキーボードやタッチ・ディスプレイなどのままではダメで。濱口さんの話にもゲーム・コントローラーの話が出ていましたが、もっと根本的にひっくり返すような何かがないと、このままでは使いづらいです。それをどう解決できるのかというと、ひとつは軽量化ですね。今のヘッドフォンくらい身軽なもので、VR空間に入っていかれるぐらいの軽さが欲しい。現状だと、トラッキング・センサーなど大掛かりな装置が必要なことが、今の技術的限界なので、今後それがどうなるか。うーん、わかりません(笑)。 

 

星野 港さんが書いた物語を初めて読んだのは、私と入江さんなんですよ。去年の全社会議でチームが同じだったんですね。そのときにみんなで物語を書き始めたわけですが、これは面白いなと思いました。だって港さんの物語なのに「私は竹内祐介です」から始まるんですよ。もうその時点で実際にイメージも浮かぶし、何が始まるんだろうと先が期待されて。その書き出しがよかったのと、全体の構成も構造的で、そこも良かったです。 

 

 物語の始まりは会話で書いた方が良いというのを聞いたことがあったので、自分としては特殊なことをしたつもりはなかったんですが(笑)。 

書いてみてよかったのは、よい振り返りの機会になったことです。過去の自分は、ある意味で他人だと思うので、そういう意味では、書く方も読む方も含めて、他者の経歴を知る、とても良い経験になりました。 

苦しかったのは、過去の厳しかった経験と向き合うことでした。結局、辛いことばかり書いても仕方ないと考えて、ばっさりカットしました。あと、書く内容や構想自体は頭の中でイメージできても、それを実際に文章に起こすことに時間がかかり、なかなか難しかったです。今後推敲していくとしたら、未来の部分で自分が何をしているかを膨らませると、もっとバランスがよくなっていくかなと考えています。 


野田 高専に進学する人は、中学の時点ですでに将来を考えて、高専という5年の道を選んでいるだけあり、港さんも濱口さんも、未来社会の姿をよく描けていましたよね。普段の仕事ではチームが違うのですが、松江のワーケーションに参加したとき、松江と徳島をオンラインでつないで、おふたりのプレゼンを聞く機会がありました。こうして物語を読ませてもらったりして、ふたりともプレゼンも文章もうまく、吸収力と行動力のある方たちであることがよくわかります。 

 

大川 私も普段はチームが違うので関わりが少ないのですが、こうして物語を通しておふたりの経験や思いを詳しく知ることができてよかったです。皆さんの物語を読んでいると、港さんも濱口さんも野田さんも、ダンクソフトに今こうしてみんながいることが、奇跡的だなと感じました。  

▎心に抱えた歯がゆさが、物語をつくることで昇華された 

──次は、最後の役員賞(取締役:板林賞)、大川さんです。 

 

大川慶一(企画チーム)

大川 昨年5月に祖母が亡くなりました。私はそこを起点とする物語を書きました。享年99歳、あと1年で100歳だったのですが。昨年はコロナ禍まっただなかだったので、祖母が倒れて入院したと聞いて病院に行っても、直接には会えません。リモート面会しかできないんですね。そのまま何ヶ月か通い続けたのですが、ずっとリモート面会のまま。結局、祖母は最後まで、画面越しに映る私たちを家族として認識できませんでした。こちらが言葉をかけても、伝わっているという実感も、励ませているという手応えもなく、歯がゆい思いをしているうちに亡くなってしまいました。 

これまでダンクソフトで、リモートワークや年配の方々のデジタル・ワークをサポートする仕事をしていたにもかかわらず、灯台下暗しで、一番身近な家族に対してケアができていなかった葛藤がありました。そこから、未来につなげていきました。世の中的にも、世代がひとつ上がると、もう見えない領域というか、手付かずのまま問題が置き去りにされていることに気づき、これまでITに触れる機会のなかった高齢者に何かアプローチできないかと考え、行動を起こしていく、というのが物語の流れです。 

最終的には、高齢者施設で、IT機器をつかったコミュニケーションやレクリエーション、またタブレットで絵を描くとか、ツールに慣れる機会を高齢の方々へ提供する事業を進めている未来を、フィクションとして描いた物語となりました。 

 

星野 物語の構造のひとつに、「不足から充足に向かう」ということがあります。大川さんの物語は、ご自身にとって身近な課題、つまり不足からはじめて、それが充足された未来のビジネス・プランを構想したことが、とてもよかったですね。 

 

大川 理想の未来を書くことで、心の中に抱えていた歯がゆさやモヤモヤが、ある程度は解消されたように感じます。このモヤモヤは、自分の中に抱えたままだと、ずっと悔いとして解決されずに残るたぐいのものだったと思うので、文字にして出力できて、本当によかったです。 

港さんは辛い経験を振り返ることが苦しかった、と話していましたが、私はそこには難しさはなかったです。むしろ逆でした。祖母が亡くなった時、亡くなる瞬間に立ち会えなかったこともあって、全く何の感情も浮かんで来なかったんですよ。それが、具体的に物語として表現したことで、ああ、こういう気持ちを発散したかったんだな、という気持ちに、ようやく気づくことができました。 

 

 いろんな世代がデジタル・ツールを使えるようにしようという、「デジタル・デバイドの解消」に向かうビジョンが感じられて、とても共感しました。実は私が投票したひとつが、大川さんの物語だったということを、ここで告白します(笑)。 

 

野田 私もコロナ禍のなかで家族が入院し、面会もできなくなっていく体験をしたので、重なる部分があり、共感をもって読みました。また、高齢者のデジタル・デバイドの現状と、課題解決のための事業提案の必要性が、とても切実な問題として迫ってきました。大川さんの試みが、今後も多くの人に役立つと良いなと思いました。 

 

星野 大川さんの言うように、物語として書き出すことで越えられたり、逆に港さんの言うように、一度書き出してみて思い切って捨ててしまうというのも、ひとつの物語効果だと思います。やはり自分を外に表現するのは大事ですね。今回のことは、それぞれの人が自分自身を振り返り、次を考える、いい機会になりましたね。 

 

澤口 はい。今回、皆さんに物語を書いてもらいたかったねらいの一つとして、お互いのことを知ってもらうということがありました。コロナでテレワーク化が進み、ずっと離れて仕事をしていて、お互いのことが見えづらい状況が続いていました。ですので、同僚を知るためのツールとしての物語ということも、意識していました。物語づくりは、各自が自分や他者に向き合うことでもあり、過去、現在を超えて、未来に向けてこれからどうしていくかを考えることでもあります。このあたりがやはり、物語プロジェクトとして、とても有効だったのではないかと思います。  

▎「偶発性」から始まる、私の物語 

──それではいよいよ最後、最優秀賞の野田さんです。 

 

野田周子(ウェブチーム)

野田 私も基本的には自分の経歴を物語化しました。物語は、私が松江に行ったこと自体が、家族の遺したメッセージとシンクロしていたという偶発性を発端として始まります。そして、人とのご縁や偶発的な出来事がダンクソフトへの入社につながっていったこと。去年、松江でのワーケーションを経験したんですが、その経験やその周りに起きた偶然の出来事を描いた物語でした。 

 例えば、転職時に私を面接した人が同じ小学校だったことが、何十年後かにわかったことや、ワーケーション先の松江で、出向先の企業で仲の良かった出雲出身の方が、実はダンクのメンバーとご近所同士で親しくしているのがわかったこととか。ダンクソフトでは日本全国どこでも仕事ができるので、それが将来は世界に広がっていくという物語になりました。 


大川 野田さんの物語は、ここまで多様な経験をされていること、そしてそれをここまで詳しく物語にされていることがすごいと思いました。なんといっても文章がすばらしくて、めまぐるしくシーンが動くんですね。松江に行くところから始まって、綱渡りのように進んで、最後は奇跡的なめぐりあわせでダンクソフトにたどり着く。とてもドラマチックで面白かったです。 

 

野田 ありがとうございます。物語を書いてよかったことは、何度も皆さんからも話が出ているように、やはり、これまでを振り返ることができたことでした。あんなことがあったな、こんなこともあったな、と懐かしさを感じながら、ダンクソフトで働いている現在までの出来事を辿ることができたのはいい経験でした。 

ただ、私は未来については描けなかったんですよ。大川さんも港さんも濱口さんも、未来が書けていて、すごいと思いました。私の場合は、目の前の現実的なことしか考えられなくて、なかなかそこまでいきませんでした。でも、未来もしっかり考えなきゃいけないなというのが、これからの課題だと分かったことも、今回参加した収穫でした。 

 

星野 実は、私も票を入れました。野田さんはダンクソフトに来る前は旅行関係の仕事をしていて、世界各地を旅行しています。多彩な経験のなかで、いろんなことに挑戦してきた、ものすごいチャレンジャーの物語でした。仕事が大変なときにはバスケットボールをするのが息抜きだという部分などは、私もテニスをしているので、共感しましたね。 

 今回、4人の物語以外も含めて、どの物語も、ボリュームも構成力もよく、読み応えのある物語ばかりでした。ですが、その中でも野田さんの物語は、多くのスタッフからの票を得ることになりましたね。  

▎新しいことへの挑戦が評価されるダンクソフト 

 

星野 今回、澤口さんがいろいろと工夫して主体的に動き、新しいプロジェクトを、ここまでに育ててくれたことは、これからのモデルになると考えています。異なるものやひとのあいだを結び、展開をつくる「インターミディエイター」を、実践したプロジェクトになりましたね。通常の開発者としての業務もあるなか大変だったと思いますが、よくやってくれました。それはきっと誰もが感じていることではないでしょうか。 

 

野田 まったくそう思います。それに、人望のある人でないと、一緒になにかをつくりあげようとは思えないので、そういった面で澤口さんは適任だったと思います。今後もし何か手伝えることがあるなら私も参加できたらと思うので、ぜひ声をかけてください。 

 

濱口 実はプロジェクトの途中の段階で、澤口さんが僕や港さんを含む数人を集めて、意見交換の場を設けてくれたことがありました。そんなふうに若い世代の声も聞きながら、もちろん他にもいろんな人の意見を聞きながら、プロジェクトを進めていかれたのだろうと思うと、本当に感謝しています。 

 

 今回、こうして振り返りの機会をつくってもらえてありがたかったです。また、プロジェクトの進め方自体も素晴らしくて、多くの人に参加してもらう工夫をし、周囲の賛同を得ながらプロジェクトを推進していかれた推進力は、メタ的な観点でもすごいと思いました。他のプロジェクトにも応用できるポイントがいろいろあると思うので、どんな工夫をしたかを、ぜひ共有していただきたいです。 

 

大川 今回、この物語プロジェクトで一番感謝しているのは、物語を交換しあうという形で、社内メンバーとのコミュニケーションができたことです。お互いの物語を読むと、どんどんその人の目線になって想像でき感情移入が進んで、人に対するリスペクトが生まれてくるんですよね。自己紹介やプロフィールの交換では、こうはなりません。すごく良かったです。 

 

澤口 皆さんにそんなふうに評価してもらえて、担当した甲斐がありました。こういう取り組みは、通常のクライアント対応の仕事とは違うタイプのものですが、何か新しいことへの挑戦がこんなふうに評価されるというのは嬉しいですし、大事なことだと考えます。  

▎会社自体がひとつの生命体  



星野 ダンクソフトはもともと私が作った会社ではありません。私は社員番号4番で、4人目に入社したメンバーです。創業から今までに、約130人がこの会社に関わりました。その時その時に在籍した人たちが会社を支え、会社の40年をつくってきました。そう考えると、会社自体が、ひとつの「生命体」のようなところがあります。常に動き変化しながら、動的平衡を保って、イノベーションを起こし続けています。私は経営者ですが、私だけで作ってきたわけではないし、これからはそういう時代でもありません。 

今後は、つくられた物語のひとつひとつを、孤立させずに、それぞれの物語を重ね合わせて、結び目をつくっていきたいものですね。さらに、社内メンバーだけではなく、パートナーやお客様も、物語に登場したり、自ら物語づくりに参加していただきたいと考えています。 

 デジタル・テクノロジーは、この40年で1億倍に成長してきました。この先、さらに進化は加速するでしょう。そこには、恩恵も危うさも、両方あるわけです。ですからそこに、どんなよりよい未来の物語を描けるかが、重要になります。だからこそ、これからはさらに、お客様とも一緒に物語をつくっていくのが必要だと考えています。そして、コ・ラーニングし、成長しあえる組織同士のネットワークが生まれていってほしい。これは私がもっている「コミュニティ」のイメージに通じるものです。お客様や社会と、共に進化、つまり「共進化」しながら、デジタルを使って、よりよい未来や社会がつくれるような流れができればと思っています。 

 


今回の受賞者以外の、ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」を40周年記念特設サイトで公開しています。
https://www.dunksoft.com/40th-story 

 

計画一辺倒ではない、偶発性からのイノベーション 


今日のテーマは「偶発性」です。偶発性が大事であること、インターネットで偶発が起きやすいこと、それによるイノベーションの可能性についてお話しします。 

▎偶発性の原体験 


昔、こんなことがありました。私が入社3年目の1986年ごろのことです。当時は初代の社長が存命で、自分のチームにスタッフが10人ほどいました。 

 

IT技術者の国家資格といえば、「情報処理技術者試験」です。これを、当時、会社としてみんなで受験してみようということになりました。医師や弁護士と違って、IT業界では資格がなくても仕事はできます。ですが、試験に挑んでみると、自分ができなかった部分がわかるし、できないところを埋めていくことができます。情報処理業界における自分の位置づけや実力もわかります。 

 情報処理技術者試験は、情報処理推進機構(通称IPA)によるものです。今では資格の種類も増えてバリエーションが豊富になっていますが、当時はまだ2種・1種・特種の3つしかなかったんですね。2種が一般的プログラマー、1種は多少設計も含み、特種がシステム・エンジニアでコンサルティングもできる人、という3区分です。他のスタッフには2種を受けてもらい、当時私は部長職に就いていたこともあり、特種を受けようかということになりました。  

▎神田駅前の電話ボックスで出会ったチャンス

 

ところが、秋の試験を目前に控えたその夏、先代が急逝し、急遽、私が会社を継ぐことになりました。社長就任が9月、試験が10月。とにかくバタバタしていて、受験勉強も手のつかない状況でした。 

 

本と出遭った神田の電話ボックスは、現在も神田駅前に存在する。

当時、“半ドン”といって、午前中仕事をしてお昼前に帰るというワークスタイルがありました。ある半ドンの土曜日に、これから帰るよと家に“帰るコール”をしようと、神田駅の電話ボックスに入りました。すると、電話の上に本が置いてありました。B5判でかなり分厚い、雑誌のような本で、誰かの置き忘れたものでした。見ればなんとそれが、まさに私が受験しようとしていた特種情報処理技術者試験対策のテキストだったのです。そんなことってあるんですね。 

 

もう時効でしょうから白状しますが(笑)、そのテキストを持ちかえりました。社長になったばかりの超多忙ななかでしたが、行きかえりの電車の中で、必死にその本を読み込み、試験に備えましたね。  

▎合格率10%の難関に合格、転機となった“特種”取得 

 

試験は10月の天気のいい日曜日に行われました。午前午後と1日がかりの試験です。午後いちは小論文で、400字のものを2つ。午後の最後には、長文の論文で2400字程度の試験でした。そのテキストに、事前にするべき対策が書いてあったので、書かれたとおりに時間制限を設けて、前週に論文を書く予行演習をしていました。3つのテーマから1つを選んで、制限時間2時間。悪筆ですが書くのは速い方なので、当日も1時間ほどで書きあげて提出し、あとは結果を待つばかりとなりました。 

 

当時の特種は合格率が10%ほどで、なかなか受からないものだったんです。待つこと3か月、翌年2月に、郵送で無事に合格の通知が届きました。そのときの合格通知と受験票は今でももっています。かなりの狭き門でもありましたし、合格通知が届いたときはすごく嬉しかったですね。 

 

特種の資格試験に合格したことで、新人社長として自信と手応えも得られましたし、その後の指針になりました。それに、大手企業と直接取引をするときには、資格の有無で評価が異なりました。特種を持っていることで、相手に自分の力を示すことができました。同じ資格を持った先方担当者と対等に話もできて、プロジェクトがスムーズにいくなど、効果を実感しました。  

▎スタッフの思いがけない提案から動き出した物語プロジェクト  

もうひとつ、最近、偶発性から展開したプロジェクトがあります。前回のコラムで取り上げた、ダンクソフト40周年の物語プロジェクトが、そのひとつとなっています。 

ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」
https://www.dunksoft.com/40th-story 

 

企画当初は、5,6人ぐらいの有志が物語を書けばいいだろうというのが、私の印象でした。それが、ひとりのスタッフの思いがけない提案で、大きな変化が生まれましたんですね。 

 

それは、「経営陣が描いた未来の物語にただ乗っかるのではなく、スタッフみんなに、未来は自分でつくるものだと思ってほしい。だから、未来の物語を全員に書いてもらいたい」という、スタッフからの提案でした。私にとっては、まったく予想外の、嬉しい出来事でした。彼が“理想”を語ったことを機に、昨年以来、全員で未来の物語を書こう!という、予想を超えたプロジェクトに発展していったわけです。 

 

このプロジェクトを通じて、提案した本人は、さらによりよく変化を遂げていきました。また、彼だけでなく、周囲のスタッフにも好影響をもたらし、社内によい変化の波が広がることになりました。結果として、当初の想定を大きく上回って、1月の時点で、20以上の物語が提出されたんですね。スタッフが全部で26、7名ですから、とても高い比率で参加していることになります。 

 

しかし、それにとどまらず、それぞれの描いた未来の物語が、実現に向けてすでに少しずつ動きはじめているのも、いいことですね。7月の40周年を目前に、一人ひとりの参加によって、ダンクソフトにイノベーションの芽が数々生まれています。 

▎インターネットは偶発性を促進する  


もうひとつ、最近、インターネットが、より偶発性をもたらすのではないかと気づくきっかけがありました。 

 

事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai

先日開催した神田藍プロジェクトのオンライン・イベントで、いくつかの偶発性が、会に意外な活気をもたらしたのです。 

 

ひとつは、徳島県から出向で東京に駐在している徳島県庁のIさんが、めずらしくアポイントなしで、ダンクソフトの神田オフィスを訪ねていらしたんですね。思いがけないことでしたが、その時にいろいろと話ができて、イベントにもリアル参加していただくことになりました。 

 もうひとつは、オンライン・イベント当日、徳島県神山町に暮らすSさんのFacebook投稿で、神山町でも藍を育てていることがわかりました。このことで直前にやりとりをして、その流れでお誘いしたところ、徳島からオンラインでイベントに参加してくださったんです。その後、ちょうど神山でも藍の種ができているということで、後日それを送ってもらい、いま徳島から届いた藍の種がこのオフィスにあります。 

 

藍を介して、徳島と神田がつながることをイメージしてはいましたが、こんな風にスピーディに徳島の方たちと関わりを持てたのも、オンライン・イベントだったからこそです。素敵なハプニングが起こり、新しい動きが生まれはじめました。 

 

これまでの、オフライン中心のビジネス・シーンでは、そもそも偶発性はなかなか生まれにくいものだったと感じています。オフラインの打ち合わせや会合などを考えると、予定通りの時間と場所に、予定通りの人数で参加することが通常でした。 

 

ですが、インターネットとオンライン・コミュニケーションの発達によって、偶発的な出来事が、よりひんぱんに起きるようになってきているのでは、と体感しています。 

 

オンラインのセッションの時に、たまたまそのタイミングで出会った人に参加してもらうと会話が活性化する、といった経験のある人は、割に多いのではないでしょうか。あるいは、ふと参加してもらった人から意外なつながりが広がったり、その場にとても良い影響をもたらしてくれたりする。私自身も、何度もこうした経験をしています。 

 

また、これも皆さん経験があると思うのですが、ソーシャル・メディアにしてもチャットやメッセージのやり取りにしても、インターネットでのコミュニケーションの中で、なんだか妙にリズムやタイミングがうまく合うなとか、逆に合わないとか、そういう相性やタイミングってありますよね。距離や時間を超えていくからこそ、インターネットは偶発性が促進されやすいメディアなのだと感じています。  

▎イノベーションを生む「偶発」の力  

従来のビジネスでは、偶発性は嫌われてきたんですよね。PDCAをまわす、といわれるように、まず計画を立てることが大事で、計画通りに実行することがよいことだ、と考えられていました。一方、偶発性をとらえて動いていくと、思いがけない方向へ行きます。計画や予想とは違うことがおこります。ですから、「偶発的なもの」は、きっちり計画した通りに実行することに価値を置く人たちにとっては、避けるべきもの、排除すべきものになってきました。 

 

ですが、これからは「イノベーションの時代」ですから、単に計画したことをきちんと実行するだけでなく、偶然起こることを、適宜うまく取り入れていくこと。そこで起こっていることをちゃんと見て、必要なことは受け入れ、次につなげていくこと。こうしたことが大事になっていきます。これは、私の好きな音楽のジャム・セッションやスポーツにも通じるものがあります。イノベーションとは、こうやって、偶発性を起点に起こっていくものではないでしょうか。 

 

さて、いくつかの実際にあった経験をお話ししました。神田駅の電話ボックスで、置き忘れたテキストに出遭ったことも、あるスタッフが、思いがけず理想を語ったことも、まったく「偶発的なこと」でしたが、それを見落とさず、かつ、否定しなかったことで、その後、次々と物事が展開していったわけです。インターネットがいいのは、こうした面白いハプニングに遭遇しやすい場だからですね。 

 

計画は大事ですが、それだけを絶対化しないこと。むしろこんな風に、偶発的な動きをうまく掴むと、それが後から見れば、イノベーションの起点だった、ということがあるわけです。 

 

これから本格化するイノベーションの時代では、計画一辺倒ではない、偶発性に開かれた姿勢が、ますます大事になっていくと考えています。 

 

【Engineering the Next】ダンクソフト・バザールバザール開発物語 Vol.1

全国的に寒波に見舞われた冬のある日、オンラインで各地から3人のDUNKメンバーが集合しました。「ダンクソフト・バザールバザール」開発チームのメンバーです。今回は、「Engineering the Next」と題し、開発者である3人がダイアログを行いました。製品開発のはじまり、開発ポリシー、思い出に残るエピソード、これからの開発構想など、過去、現在、未来の話に花が咲きました。「ダンクソフト・バザールバザール」をご利用の方にも、またそうでない方にも、ダンクソフト開発者たちの距離を感じさせないチームワークや、プロダクト、サービスに対する考えや思いを感じていただければと思います。


竹内 今日の徳島は雪なんですよ。橋は何本か通行止めになっているようですね。

澤口 埼玉も今日は結構寒いですけれど、徳島、雪なんですね。

 数年ぶりで、すごく珍しいことですよね。こちらも積もってきています。

澤口 そういえば、竹内さんは昔から私と話す時は標準語ですが、徳島同士の二人で話す時には徳島の言葉になるので、いつもいいなと思って聞いているんですよ。

竹内 こうやって改まって開発談義するのも珍しいことですが、今日はいろいろ話してみましょう。

 

◆竹内 祐介◆

竹内祐介が描く未来の物語
https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi 

徳島県徳島市に在住。当日はテレワークで自宅から参加。入社11年目。開発チームのマネージャで、「ダンクソフト・バザールバザール」の開発責任者。SE兼プログラマー。開発チームで扱っているサービス全般への責任を持つ。

◆澤口 泰丞◆

澤口泰丞が描く未来の物語
https://www.dunksoft.com/40th-story-sawaguchi 

埼玉県在住。当日はテレワークで自宅から参加。入社13年目。SE兼プログラマー。「ダンクソフト・バザールバザール」とは別の既存製品について、保守・運用、追加開発を担当する。ダンクソフト40周年プロジェクト・マネージャもつとめる。

 ◆港 左匡◆

徳島県徳島市に在住。2022年3月に阿南高専を卒業し、同年4月、新卒でダンクソフト入社。プログラマー。現在はプログラムをかいたり、製品のテストをしたり、kintone開発に携わるなど仕事の幅を徐々に広げている。

  

■「バザール」を、自分たちの手でいちからプログラミングしたわけ

 

竹内 バザールの提供が開始されたのが、2016年。ダンクソフトに入社して3年目ぐらいの頃に構想が始まったと記憶しています。

澤口 その時、僕も会社にはいましたが、別のプロジェクトに関わっていたので、ほんとうに最初の頃のディスカッションには入っていなかったかな。

 僕はまだまだ子供で、高専にも入っていなかった頃ですね(笑)

竹内 経営チームと開発チーム、そこにさらに今も連携しているパートナーの片岡さんがいましたね。浅草にある古民家をサテライト・オフィスとして使用していたころで、そこで第1回のミーティングを行ったことをよく覚えています。古民家なので、テーブルではなく座卓だったんですよ。なので、座布団にあぐらで、座卓を囲んで、文字通り“ひざ詰め”の状態で。合宿のように、連日どんな新製品のコンセプトにするのか、喧々諤々ディスカッションしていました。当時は結構な頻度で東京に出張したんですよ。

澤口 バザールには「会員かんり」という前身の製品があって。そのリニューアル版として「ダンクソフト・バザールバザール」が生まれたんですよね。

竹内 企画が大変でした。コンセプトもそうですし、実現するためにどんなフレームワークを使うかということも。それでいろいろディスカッションした結果、「自分たちの手でつくろう」ということになりました。だからバザールは、いちから私たちが書いたプログラムになっています。

澤口 前身の「会員かんり」は、マイクロソフトのDynamics CRM(現Dynamics 365)の上で動くソフトウェアでした。Dynamics CRMを使うとリッチな機能は多いのですが、1ユーザー当たりのライセンス料がかかってくるので、会員数が多い組織の場合は、組織に負担してもらうお金が増えてしまうという課題がありました。それと、バザールは、「バザールバザール」と名前に付けたように、1つの組織に閉じずに複数の組織をつなげるものにしたかったのですが、マイクロソフトのDynamicsではそれができなかった。それでいちからつくることに。

竹内 事務局と会員をつなげる機能部分は、「会員かんり」に搭載されていたので、ノウハウとしてもっていました。その部分はバザールでも活かしつつ、新たに会員同士のコミュニケーションを活性化しようということでした。イベント管理、イベント出欠、請求書発行などの機能は、澤口さんが担当してくれました。

港 「会員かんり」に比べて、バザールの方が使いやすさが向上していると感じます。組織同士のつながりにも対応しているという可能性も、「会員かんり」よりも広がりがあって、いいところだなと思っています。

澤口 港さんにそう言ってもらうと、なんだかうれしいですね。

竹内 それと、難しいものを作りこむことに時間をかけるよりも、開発力を無駄にせず、シンプルにつくることに決めました。ただ、立ち上げ時には、たくさんのコードを書かないといけないので、最初の頃は開発を6人前後のチームでやっていましたね。

 苦労した点はあったのですか?

竹内 それはありましたよ!1個の画面を出すのにこんな大変なのかという感じでした。たまに星野さんに見せても、顔色がよくないんです(笑)。すでに数カ月が経っているのに、まだここまでしかできていないのか?という反応で。

ただ、作っている自分たちもそう思っていたんですよ(笑)

例えば、お客様がログインします、といえば、パスワードが正解した時にだけ入るということをプログラムで書いていきます。ログインする動作は使っている人にとっては当たり前ですが、その当たり前のものもひとつずつ手作りしていくのですから、それは時間がかかりました。「今日は、ログインして会員一覧が出る、というデモをします」といわれても、「はあ、まだそれだけ?」という反応になりますよね(笑)

 当時のログが残っているので、ログを見ていると、初期の課題で悪戦苦闘した形跡がみられて、私にとってはとても勉強になります(笑)

  

■自然とボタンを押したくなる「バザール」を目指した

 

竹内 改めて、バザールが何者かというと、企業、NPO、PTAや社会人のクラブ活動などの団体に使っていただくプロダクトです。人が集まる場、団体であれば、どんな分野であれ、そこにまつわる共通作業があると考えています。名簿、年会費の管理、イベント実施のための招待や出欠管理など、これらが効率よくできるようにというのが、バザールの基本構想でした。いわゆる団体を管理している管理者や事務局の仕事効率化をサポートできないかが、スタートでした。 

竹内 ただ、せっかくなので、新しいイメージを追加しました。それは、「バザール」のイメージです。バザールというと、シルクロードなど中東の市場(いちば、マーケット)のイメージが浮かびませんか? そういう市場に人がワイワイ集まるように、会員同士がわきあいあいとしてコミュニティが活性化するといいよね、と考えて、機能を検討していきました。

澤口 さらに、ひとつのコミュニティが活性化するのはもちろんですが、となりにあるコミュニティとも交流できるといいよねと、バザールを2つ重ねて、「バザールバザール」という名前にしたんですよね。

竹内 そう、実際に、2つの組織をつなげて交流するという機能がバザールにはあります。バザールを、単なる効率化を求めた事務局運営ツールとしてではなく、会員間やとなりの団体とも交流するなど、さらに「コミュニティの活性化」を意識したサービスに進化させていこうとしています。ただ、まだやりたいことの一部しかできていないんですよね。

澤口 メジャー・バージョンアップとはまだ言えないかもしれませんが、会員同士のコミュニティ活性化を軸にして、2022年には少しずつ新機能を加えていきました。

竹内 「マッチング機能」という、掲示板(チャット・ツール)を搭載していますが、ここをもっと対話しやすくすることを、昨年から考えていますよね。2022年には、投稿されたコメントに階層型にして返信しやすく、見やすくする機能をいくつか追加しました。

澤口 その後はユーザーさんたちからの反応はどうですか?

竹内 そうですね、掲示板への投稿率が上がった組織がいくつかありますよ。大きくアナウンスしたわけではないですが、自然と使ってくださっているのだなと感じています。

澤口 自然と使えるのが大事ですよね。ダンクソフトの開発するプロダクトに共通することですが、ダンクは、マニュアルを読まないと使えないソフトウェアよりも、メニューがあったら押してみた。そうしたら使えた、というような製品を作りたいですよね。

竹内 そこが、バザールが目指すところでもありますし、私自身がバザールの好きな点でもあります。とにかく、バザールはわかりやすい。自身で作っているからそう感じるのかもしれませんが(笑)、何をしたいかに辿りつきやすいし、余計なメニューや余計なボタンがない。それが、広く使っていただけている理由の一つだと思っています。今後も、誰でも使えるシンプルなもので、デジタル・リテラシーが上下しても、どんな方でも対応できるツールにしたいと思っています。

  

■情報を保護し、使う人を守る「バザール」

 

竹内 デジタル・リテラシーといえば、今は無償で使える便利なコミュニケーション・ツールが世の中に増えましたよね。しかし、便利の代償として、アカウント情報を取られていることもあるし、データを商用利用されたことがニュースになることもありますよね。それを私たちは知っているけれども、デジタルに強くない方々には、そういう仕組みをご存じない方も多く、知らないうちに個人情報をとられている人たちがいます。個人情報を使われていることを知ったら、嫌ですよね? ダンクソフトでは、個人情報を第三者に売却しようとは思っていないです。

澤口 組織の個人情報は、ダンクソフトのモノではありません。利用される方々は、そのひとつひとつの団体の会員さんであって、ダンクソフトの会員さんではないと思っています。ですから、団体の情報を私たちが好き勝手に使っていいものだとは全く考えていません。

竹内 よくバザールのユーザーさんから、“バザールは私たち情報を守ってくれるから安心して使えます”とフィードバックをいただきます。無料のチャット・ツールなどは、個人情報がどう流れているかも、確認しないと危険なことがあります。例えば、データを保管するサーバーが中国にある場合は、中国当局が情報を閲覧できるということもあります。バザールは、マイクロソフトのAzureというサーバーを使っていますが、その置き場所は日本国内なので、より安心・安全な場にデータを保管しているんですよ。

 今、公共性の高い、セキュリティを気にしないといけない団体がバザールを選んでくださっているのも、こういうことが関係しているのかもしれないですね。

 

 

■2023年、バザールはどうなる? どうする?

 

竹内 2023年も、引き続き、掲示板で参加者間での会話・対話が活性化するところを注力していきたいと考えています。そのために考えていることが、「通知」なのですが、この先、「メール通知」を始めようと構想しています。

 スマホ・アプリがあれば便利だというユーザーさんからの声もいただいてはいますが…。でも、アプリでなくても、お知らせが来ると、さらに使いやすくなると思います。

竹内 そうですね、リソースが無限にあれば何でもできるのですが(笑)。メールは何十年も使ってきたツールなので古い印象もあり、メールからも脱却したいところでもあります。ただ、対話を活性化するには、まずは別の人が書いたコメントにタイムリーに気が付かないといけないので、誰かが掲示板に書き込んだよというお知らせがメールで届くようになります。

 確かにメールは古い印象があります。ただ、バザールの開発環境やユーザーさんの幅広い層を考えると、メールがいいのかもしれません。ツールの使い勝手に直結するものだと思います。

竹内 そうですね。今は、メール通知機能と、実現に向けて付随するバックエンドでのしくみづくりですね。

 数年後には、スマホのブラウザー経由でもブッシュ通知を送れるかもしれないという話を聞いたことがあります。いずれはこれから出てくる全く新しい手法を使って改良することも、可能性があると思っています。

竹内 それから、メール通知はお知らせ機能に過ぎないので、2023年以降、さらに対話を促す別の機能性も入れることを検討しています。ますます対話を推進していくツールにしていきたいですよね。

 私の方では今、2023年に始まると想定して、「インボイス制度」に向けた開発を進めています。

竹内 2023年10月に開始と言われている新制度ですが、これが始まると困る方がいる方々もでてきていて、運用開始は二転三転するのかもしれません。ただ、バザールとしては準備を始めています。具体的には、領収書や請求書を発行できる機能がバザールにはありますので、10月の制度開始に備えて、裏側でデータを整えているところです。これを、4月入社の港さんが担当していると考えると、立ち上がりが早いですよね。

 細かいコードの指示をもらってそのまま書くというのは、よくあることだと思うのですが、今回は、どうやって実現するのかというところから任されているので、試行錯誤をするところも経験できました。3ヵ月前から検討を始めましたが、機能としては簡単な機能でも、実際には結構時間がかかりました。バザールの初期の開発がどれぐらい大変だったか、なんとなくイメージがつきます。

澤口 僕は、バザールには、前身の「会員かんり」から引き継いでいる固定観念があると思っていて、それをどこかで脱却したいです。全体的に今は、“事務局と会員”という構図が前提のしくみになっているのですが、事務局と会員ができることに差がなくてもいいんじゃないか、と。例えば、会員の方が、「○○作ったらいいじゃん」と思えば、事務局じゃなくても作れたり。さらに次の製品で実現ということになるかもしれないですが、その区別をもっとなくしていきたいですね。

竹内 会員と管理者ではなく、会員の方にも、会を活性化させていく能力のある方もたくさんいらっしゃいますよね。そういう方がバザール上でもっと活躍できるようになっていくように、明確に役割を分けないで、グラデーションにしていきたいですね。ここ1年間、結構チームで対話をしてきましたが、1年も続けていると、やりたいことが多くでてきますね。

澤口 価格体系のリニューアルについても、ここ最近出てきた話ですね。

竹内 100人程度の会員がいる団体には、年間10万円という今の価格はリーズナブルだと思うんです。でも例えば、僕のクラブ活動で使うには、数名のメンバーなので、年間10万円には手が出せない。バザールを保護者会などで気軽に使ってほしいという考えはあっても、価格がハードルになってしまう。一方で、会員が1000人ほどの規模がある団体には、また別の価格体系があってもいい。同じ団体といえども、規模が色々ありますから、もう少しフレキシブルな価格体系を考えたいねと。

澤口 機能を制限してバザールを広く使っていただけるようにする話もありますよね。少人数の団体にも使っていただきたいのに、なかなかバザールに気軽に手が届かないのはもったいないですよ。制限をしてその分を抑えて、ということもありかもしれないですね。

  

◆広がる評判。使う人に自由度と遊びのある「バザール」へ

 

竹内 以前、事例でも紹介したのですが、今、徳島県阿南市の阿南高専が力を入れている「ACT倶楽部」でバザールを導入していただいています。バザールが、地域企業の課題解決に向けて、地域・企業・学生が協働してプロジェクトを実施する際の、コミュニケーションの場になっています。この阿南高専での活用から始まって、使った方が別の団体やコミュニティにも利用を始めるというように、波が広がりはじめています。会員全員に説明が必要ない、分かりやすい操作性を評価していただいているのが大きいのではないかと。

澤口 どう使ってほしいかについては、他力本願ではないんですが、僕ら開発者がイメージしていること以上のことをしてほしいし、お客様自身に合った活動で新しい使い方を生み出してもらえることを、目指したいと思っていますね。

竹内 それは、バザールに限らず、ダンクソフト開発チームでは共通の考え方でもあります。開発する側が、使い方を決めつけない。使う側の自由度や遊びを残しておくことが大切だと考えて、開発しています。こういう考え方が、ダンクの開発チームでの共通認識ですね。

 

 

ダンクソフト・バザールバザール開発チームの今後の動向に、どうぞご期待ください。

 

40周年 年頭所感:「インターネットに よりよいものをのせていく」


新年あけましておめでとうございます。

2023年の年頭にあたり、ご挨拶申し上げます。


 ▎「インターネットに よりよいものをのせていく」 ─ 明日の”ethics”

 

2023年、ダンクソフトは40周年を迎えます。

ここからの40年を考えると、インターネットを前提としながら、さらに目覚ましい速度でテクノロジーが進化していきます。だからこそ、ダンクソフトが大事にしているテーマが、ますます重要になってきます。

 

それは、

「インターネットによりよいものをのせていく」こと。

 

世界が動乱するいま、2023年は、よりよい社会をつくる方向に転じていかないと意味がないと思っています。そのための鍵が「ethics(エシクス、倫理)」です。よりよい社会に向かうためのethicsについて、ダンクソフトだけでなく、デジタルを使う多くの方たちと共に、このことを考えていく。今年はその “はじまりの年” にしていきます。

 

手始めに、ダンクソフトが重視するethicsは何か。さしあたり3つあげるなら、対話、協働、コ・ラーニング(共同学習)です。 

▎「コ・ラーニング」型のワークチームとコミュニティへ

 

社内に目を転じれば、2022年は40周年に向かう記念の年ということで、数々の部門横断プロジェクトを実施しました。これらを通じて、スタッフたちがめざましく成長したことは、ダンクソフトにとって大きなトピックでした。

 

長らく日本企業は人材育成への投資を行ってきませんでした。そんな中、ダンクソフトでは、2006年に初開催した、年に2回の社内プログラム「DNAセミナー」や、これからの考え方を学びあう講義やワークショップなどを実施。スタッフたちは、そこで得た学びを業務やプロジェクトで実践します。こうして、継続してスタッフたちが自然と育つための環境をつくってきました。

 

また、私たち技術者の特性として、常にあたらしい技術の習得を止めるわけにいかない、ということがあります。

 

ただ、学びつづけなければならないのは、デジタルの分野に限ったことではありません。誰もが、よりよい学びに出会って、自らの行動を変えていく習慣がついていれば、複雑・多様なこの時代でも、先を見透して成果が出せるようになっていきます。

  

しかも、これから直面する課題は、一人では十分に対応しがたい複合的なものになっていきます。ですからチームやコミュニティなど、ネットワーク的に解決していくことになります。その際、日本は資源が限られていますので、あらためて一人ひとりの知識的レベルを上げていかないといけない。要するに重要なのは、学びつづけ、それを活かせる人。もっとみんなで分かったことをシェアして、お互いにレベルアップしていくことが大事です。

 

これからは、年齢も関係ないし、住んでいる場所も関係ない。その意味で、対等に問題解決の場に参加する時代になりました。デジタル・ネイティブとも呼ばれる若い方々のクリエイティビティも存分に活かしながら、コ・ラーニング型のワークチームとコミュニティをつくっていきたいものです。

 

ここで重要なのが、「リバース・メンタリング」の考え方です。年長者が若い人たちに上から知識を教え込む時代は終わりました。これからは、それが逆転して、若い世代から学びとる時代です。彼らを教育するのでありません。むしろ、コ・ラーニングを通じて、お互いに変化していくことを目指していきたいです。それが互いの可能性を引き出し、イノベーションへとつながるからです。 

 ▎「スマートオフィス構想」の目的は、人々を幸せにすること

 

そこで、「スマートオフィス構想」です。日本は課題先進国といわれますが、ということは、日本だけでなく、いずれは世界中が似たような生活課題を抱える状況になっていきます。そのとき若い人たちとともに、そしてデジタルを使って身近な課題を解決していく場が、「スマートオフィス」です。あまり移動しなくても世界中をマーケットにして、高いレベルでビジネスができる流れを生みだせる時代に必要な場です。

 

こうした次代をつくる動きとは対極にあるのが、ロシア・ウクライナ戦争でしょう。2022年は、ロシアのウクライナ侵攻に象徴される、社会的分断と辛らつな戦いの1年でした。2022年の「今年の漢字」に「戦」の字が選ばれたことも記憶に新しいところです。

 

ですが、こうした時代の風潮や雰囲気に引っぱられてはいけない時だと考えています。

 

ビジネスを語るとき、よく戦争のメタファーが好んで使われます。例えば、戦略、戦術、ターゲット(標的)、ロジスティクス、そして領土の奪い合いであるシェア争いなどは、もともと軍事用語からの転用です。勝ち負け2分法を前提とした競争戦略論ではなく、お客様と対話を重ねながら、互いの足りないところを補完しあい、協働型で未来を描ければ、ビジネスはもっと創造的で豊かになるでしょう。「スマートオフィス構想」は、そうした考え方のうえに成り立つものです。

 

ダンクソフトが学童システムで関わっている石垣島からは台湾が見えたり、その先には中国があったりして、色々な船が行き来していますから防衛も大事です。しかし、コミュニケーションを通じて、社会をよりよい方向に向けていくことを誰もが考えないといけない。そのために“Building a Better Internet”、つまり、「インターネットの善用」がとても重要です。 

▎未来を果敢に描きだす企業に

 

今年は、課題をより解決するためのプロダクトやサービスへと、レベルアップしていく年になります。

 

例えば、ウェブARツール「WeARee!(ウィアリー)」や、会員組織運営を助ける「ダンクソフト・バザールバザール」などは、いずれもコミュニティのためのツールです。つまり、新しい関係を結び、既存の関係を豊かにし、相互信頼を深めるためのツールです。

 

2022年後半に開催した、地元・神田藍プロジェクトの感謝祭では、WeARee!(ウィアリー)のスタンプラリー機能を活用してイベントを盛りあげました。今年も、さらに使い勝手がよくなり、コミュニティを支える方向で、開発が進むでしょう。

 

バザールバザールは、今よりもっと参加者同士が対話できるツールとなるよう、開発チームで新機能を検討し、開発を進めています。ここでもお話したことのある、徳島県にある阿南高専と「ACT倶楽部」という連携プロジェクトに取り組んでいますが、バザールバザールを通じて、ずいぶんと活性化しています。2022年には、いよいよ内容が展開して、地域課題の解決事例が成果として出はじめました。



ここでも、参加する学生たち・教員たち・地域企業・その他の関係者たちを結ぶコミュニティ・ツールとして、バザールバザールを採用いただいています。

 

 事例:地域イノベーションを次々と創出する「ACT倶楽部」

 

学童保育の取り組みをサポートする「kintone学童保育サポートシステム」も、昨年「Cybozu Days2022」に出展した際、大盛況でした。開発メンバーたちが、学童システムを必要とする来場者の方々とじっくり話ができたようで、それらがこの後、ソリューションとして反映されるのが楽しみです。

“学童運営が楽になる” ダンクソフトの学童支援システム
https://www.dunksoft.com/kintone/gakudo/ 


また、ウェブチームは、金融機関を長年ご支援しています。近年、「貯蓄から投資へ」という流れが出てくる中、新たに投資を始めてみる生活者が増えたそうです。口座数はコロナ前後で300万件増となっています。

 

デジタル・デバイドの方々や、金融知識が必ずしも豊富ではない生活者も、今後こうした投資関連のサービスを利用することになります。だからこそ、こうしたデジタル分野にこそ、これからは機能する「ethics」が不可欠です。

 

私自身は、今年も総務省の地域情報化アドバイザーを継続します。その関係で、四国、松江をはじめ、全国各地に点在する先見性のある方々と「スマートオフィス構想」の取り組みを進めていきたいと考えています。

 

この他にも、プロダクトごとに、ユーザーの方々と一緒になって「感謝祭(イベント)」を開催する運びです。オンラインや動画もフル活用しながら、ダンクソフトの外の方々とのコミュニケーションを増やすこと、そして、より様々な場面で私たちのプロダクトが活用される1年にしていきます。

 

40周年を迎える2023年は、いま生まれているよい流れを、さらに盛りあげていく1年です。みなさまとの丁寧かつ的確な対話を通じて、ぜひ協働型でプロジェクトを進めていきましょう。10年先、50年先、100年先のよりよい未来を描きながら。

 

ダンクソフト40周年記念特設サイト
https://www.dunksoft.com/40th

物語だけでなく、その“結び目”もつくろう 


2022年最後のコラムとなる今回は、代表取締役 星野晃一郎と取締役 板林淳哉が対談しました。40年の節目に向けて、そしてこの先の50年を見据え、今年1年を振り返ります。

左:ダンクソフト 取締役 板林淳哉   右:ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎

▎未来の物語は自分でつくる

 

星野 今年1年を振り返ると、やはり創業40年目を迎える年だったことが大きいですね。板林さんはどんなことが印象に残っていますか。

 

「ダンクソフト40周年」特設サイト
dunksoft.com/40th


ダンクソフトに関わる人々の「未来の物語」
dunksoft.com/40th-story

板林 いろいろありますが、中でも全社で物語づくりをしてきたことです。7月にオープンした「ダンクソフト40周年」の特設サイトでは、何名かのメンバーが先行して、それぞれの物語を公開しています。その後、若いメンバーが中心になって、全員が物語を書くことになりました。ダンクソフトにとって、とてもよいことだと思います。

 

開発チーム 澤口泰丞の「未来の物語」
dunksoft.com/40th-story-sawaguchi

星野 40年目を迎えた節目に、思いがけず、みんなで未来を考えるきっかけになりました。というのも、最初は全社ではなく、有志だけでやろうかと考えていたんですね。ところが、開発チームの澤口さんが「全員に参加してほしい」「人の描いた未来に乗っかるのではなく、一人ひとりが自分で未来を描いてほしい」というようなことを言ってくれたんでしたね。

 

板林 はい、それを受けて、社内でどんどん物語が生まれはじめたのが嬉しいことでしたね。

 

星野 そう、若い世代がどんとボリュームのある、いきいきとした物語を書いてくるんですよね。本当に感心します。

 

ダンクソフトの歴史を、IT 業界や社会の出来事と共にご紹介しています
https://www.dunksoft.com/40th-history

代表取締役 星野晃一郎の「未来の物語」
dunksoft.com/40th-story-hoshino

板林 「40周年特設サイト」のなかにあるヒストリーのコーナーも、星野さんによるヒストリーのコラムも、よかったですね。僕も知らないことばかりで、毎回新鮮でした。

 

星野 コラム公開後に感想を持ちよってダイアログするのが、社内の習慣として定着しましたね。メンバーから「こうして今があるんだな」「ずっとイノベーションしつづけてきたから今があるのだな」「自分たちも学んで、イノベーションが起こせるようにしていきたい」という声が聞けたのも、嬉しいことでした。

  

▎対話次第で高まるチーム力

 

星野 2022年は、対話の機会を引きつづき増やしました。物語を書いたり、対話を重ねたりする中で、一人ひとりが育ってきました。結果、チームとしての力も上がってきました。それを実感する1年でしたね。スタッフそれぞれのコミュニケーションが、とても豊かになっています。他社と比較しても、ダンクソフトでは、スタッフが自分の考えや伝えるべきことを、自分の言葉で相手に届ける力がついてきています。今年はスタッフ一人ひとりの可能性が、さらに花開いた1年だったと言えます。

 

板林 その成果が次々と形になっていく場面が、とくに秋以降に多くありました。KOSEN EXPO 2022(コウセン・エキスポ2022)CybozuDays 2022(サイボウズデイズ 2022)、DNAセミナー収穫祭。要(かなめ)となるさまざまな場で、それをすごく感じました。

 

星野 多くのメンバーたちが、部門を超えて活動に参加していたのはよかったですね。特に、今年春に新卒で入った2人が、目覚ましい活躍をしてくれました。

 

 ▎若手の活躍が光ったKOSEN EXPO 2022

 

星野 KOSEN EXPOは、高専(高等専門学校)と産業界の連携創出を目的としたイベントです。今年は10月24日(月)から28日(金)まで5日間にわたってオンライン開催されました。その中で、ダンクソフトは30分の配信を行い、全国の高専生の皆さんに向けて、「SmartOffice構想」の話をしました。

中心を担ってくれたのが、この春、阿南高専を卒業してダンクソフトに新卒で入った濱口さん・港さんの若者コンビです。そこに徳島オフィスを立ち上げるきっかけとなった竹内さん、インターミディエイターの中川さんが加わって、番組を配信しましたね。いま手がけている、学生と地域企業の連携・協働を促進するプロジェクト「ACT倶楽部」の話からはじまり、地域の若者が活躍する未来を語りました。

 

■ACT倶楽部について
dunksoft.com/message/case-bazzarbazzar-actclub

■コロナ禍のなかオンラインでインターン経験を積んだ港さん
dunksoft.com/message/2020-11

 

板林 つい、この3月まで学生だった2人が、資料作成も含めてとても頑張っていましたね。準備は大変だったはずですが、ハロウィンの仮装をして楽しそうなよいプレゼンテーションになりました。

KOSEN EXPO 2022の様子

星野 ダンクソフトに入社してからまだ約半年です。しかも、4月から週に1度の出社日以外はテレワークで働いています。それでここまで育っているのは、ダンクソフトが培ってきたテレワーク環境の質を象徴していますね。  

▎CybozuDays 2022での大成功

 

星野 11月には、サイボウズのクラウドサービス総合イベント「CybozuDays(サイボウズデイズ)」に出展しました。11月10日(木)から11日(金)にかけて、幕張メッセで3年ぶりのリアル開催でした。ダンクソフトの出展は、1コマの小さなブースでした。パネルは2枚だけ。石垣島の「はなまる学童クラブ」様の取り組み事例を紹介し、とてもシンプルなブースでしたが、大成功をおさめましたね。はなまる学童クラブの松原かいさんには石垣から来ていただき、今回ユーザーの生の声を語っていただいたんです。

 

■事例:「学童保育サポートシステム」が運営を楽に便利に、石垣島の子供たちを笑顔に
dunksoft.com/message/case-hanamaru-kintone

 

板林 こうした展示会では、一般的に言って、サービスを提供している側が、自分たちだけで作ったものを紹介するブースが多いですね。しかし、ダンクソフトのブースはそれと違って、開発者と利用するユーザーさんが、一緒にブースに立っていたんですよね。ですから、学童を運営する現場の悩みや課題をよく聞くことができました。それらを理解しながら、ブースに訪れた方々と学童システムについてお話できたのは貴重です。開発者とユーザーが一緒にブースで来場者に応対するスタイルは、なかなか思いつかないし、思いついても簡単にできることではありません。新しい形で成功した、面白い取り組みだったと思います。

 

星野 サイボウズの営業部長にも注目されて、「ユーザーが話してくれるのがいちばんだと気づきました」と高く評価されたそうですね。  

▎横断的チームが力を発揮した

 

ダンクソフトパートナー 片岡幸人の「未来の物語」
dunksoft.com/40th-story-kataoka

星野 このCybozuDaysも、社内横断的なプロジェクト・チームによって実現したものですね。部門を超えて、入社間もない若いスタッフたちも参加したのがいいことですね。メンバーとしては、学童システム開発者でもあり、プロジェクト担当者の中さんを中心に、kintone開発を担当している片岡さん、大川さん。そこに澤口さん、徳島オフィスのメンバーやウェブチーム、企画チームからも参加し、制作物のデザインやウェブ制作、当日の幕張メッセでのブース対応など、スピード感のある横断的チームが力を発揮しました。

 

■石垣はなまる学童クラブ KINTONE通信「祝!1周年」
dunksoft.com/hanamaru/210528

  

板林 サイボウズさんとの付き合いは10年近くになりますが、以前出展した時にはあまり人が来ず、淋しいブースだったりしたのが、今年は全く新しいスタイルがつくれて、本当によかったです。

 

星野 当日は11時の開場からすぐに人が集まり始めて、ちょっと見たことがないような活況ぶりでしたよ。ただ道行く人にチラシを配るようなやり方じゃなくて、2日で100人以上の方々にしっかり話をすることができたようです。1週間を待たず問い合わせが入って次につながるなど、充実した成果となっています。よい流れができました。

▎近況からはじまるCo-learning:DNAセミナー

 

板林 DNAセミナーは年に2回開催している全社セミナーで、2006年から実施しています。今回もオンラインを併用し、ハイブリット型で開催しました。トピックの発表では、前述の港さん・濱口さんが高専エキスポの体験を話し、ウェブチームのメンバー2名が、松江でのワーケーション体験を共有しました。

 

星野 一人ひとりの近況も面白かったよね。

 

板林 はい。全社テレワークになってからは、雑談もなかなかできないので、DNAセミナーの冒頭に、各自からの5分間近況シェアを取りいれました。それぞれが工夫して面白く話していて、コミュニケーションが豊かになりましたね。チームの関係を深めるよい機会にもなりました。

 

星野 個性というか、それぞれの地域差も面白くて、ダンクソフトに集うメンバーたちはほんとに特色がありますね。前にも増して、多様性をひしひしと感じました。最近ウェブチームに入ったあるメンバーは、周囲にクヌギ林があって、カブトムシを幼虫から育てていると話しながら、実際にカメラごしにカブトムシを見せたりもしていました。

 

板林 3日前から息子を誘ってベースを始めましたと、弾いてみせたメンバーもいましたね。あと、関西メンバーはどうしてもオチをつけたがる(笑)。やはりお笑いの精神が身についているんでしょうか。  

▎一人ひとりの物語づくりと未来志向の結び目づくり

 

板林 DNAセミナーのコアの部分として、物語づくりをしましたね。それぞれが自分とダンクソフトの過去・現在・未来の物語を書く30分のグループワークです。5月のDNAセミナーでは、まだまだ遠慮がちな書きぶりにとどまっていたものが、今回はしっかりと物語の形になってきました。テーマは、ダンクソフトに入る前、入ってからどうなってきたか、そして未来に何をしていきたいか。

 

星野 みんな楽しんで書いてたね。

 

板林 そうですね、他のメンバーの物語を聞くことからの発見も大きかったです。まだまだ未来の部分が書き足りない感じなんですが、それでも聞いているとやはり大きな方向は共有してるんじゃないでしょうか。それぞれが描いた物語をつくりっぱなしにせず、孤立させずに、物語と物語の“結び目”をつくっていくのがポイントですね。それによって互いが連携・協働していくことをイメージしているのですが、今回は未来に結び目ができていく期待が持てました。

 

星野 DNAセミナーは以前から、自ら学ぶこと、そして、お互いから学ぶことを大切にしてきました。では何を学ぶのか。はっきり言えるのは、エンジニアだからといって技術だけ学べばよいわけではありません。より広く、深く、永く生かせる学びを、コ・ラーニングできるといいなと思った時に、物語の力はこれからますます重要になると考えたんですね。というのも、物語を介してコミュニケーションをすることで、互いの理解が深まるんですね。これからは多様なメンバーがチームを組み、ネットワーク的に課題解決をし、需要創造に向かうことで、社会全体がより豊かになっていく。それとともに、ダンクソフトもよりよい未来に向かっていく。ここから50年先の未来を一緒に考えてみる機会。そんなイメージでいます。板林さんはどう思いますか。

 

板林 そうですね、会社の中にこもって、コードを書いてプログラムを作る人だけと話していると、未来から逆算してつくるより、今できることだけに取りくんでしまうというか、小さくまとまった守りの姿勢になって、閉じがちです。でも本当は未来に向かってやりたいことをどうすればできるかを考えたいですね。そして自分がそこにどう関われるかをポジティブに考え、主体的に結び目をつくっていく。このとき、お互いの物語を知ることで、相手と自分の結び目が見えて、一緒にやるきっかけになっていくんですよね。未来の部分がまだみんな書き足りないので、もっと豊かにしていきながら、かつ、たくさんの結び目を見つけていきたいです。

 

星野 そのためにも、「対話」が大事ですよ。

 

神田藍のプロジェクトでも、物語を描くことによって、それまでよく知らなかった近隣の人たちやコミュニティーとのつながりができていったんですね。しかも、話がトントン拍子に進み、プロジェクトが一気に加速しました。分断が進む時代ですが、だからこそ、対話と協働で、一人ひとりの物語を丁寧に重ねていくことが大切ですね。みんなで物語をつくる取り組みは、今後も続いていきます。来年に向けて、ぜひ社外の方々とも、多様な「物語の結び目」をつくっていきたいですね。それが、イノベーションにつながっていきますので。

 

■事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
dunksoft.com/message/case-kanda-ai

 

事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル

協働パートナー:「神田藍愛〜I love KANDA〜 プロジェクト」に参加する企業・団体・住民の皆様


ダンクソフト本社のある東京都千代田区の神田エリアには、その昔、染物屋の集まる日本有数の「紺屋町」があった。全国の藍や問屋が集まり、いろいろな地域同士を藍で結んでいた場所だ。2020年12月、この神田エリアで、有志を中心に「神田藍プロジェクト」が誕生した。神田にゆかりのある「藍」を媒介とし、地域で暮らす人々や働く人たちによるコミュニティをつくろうと、小さくはじまった「神田藍愛〜I love KANDA〜 プロジェクト」(以下、神田藍プロジェクト)が今、急速な展開を見せている。


 ■藍を媒介に地域がつながる「神田藍プロジェクト」がスタート

神田藍プロジェクトのメンバー
後列左から
2番目 東京楠堂 井上智雄氏
4番目 株式会社ハゴロモ 伊藤純一氏
5番目 一般社団法人 遊心 峯岸由美子氏
6番目 ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎

神田藍プロジェクトでイニシアチブをとるメンバーのひとりが、一般社団法人 遊心 代表理事の峯岸由美子氏だ。遊心は、「自然・家族・仲間が共にいる喜びを通して、どのような環境においても『しなやかに自律する』人を育てること」を理念に掲げ、都市部の自然をテーマに、親子や子供を対象としたワークショップの実績が豊富な団体だ。 

峯岸氏は以前、神田に本社を持つ株式会社ハゴロモのビルをフィールドに、伊藤純一 社長(当時)とともに、地域の子供たちと屋上で野菜を育てるプロジェクトを実施していた。しかし実際には、日差しが強すぎることによる水不足など、野菜を育てるには厳しい環境だった。そこで、都心のビル街という環境にも強いであろう「藍」を育てるのが面白いのでは、というアイディアが生まれ、これが神田藍プロジェクトへと形を変えていったのだ。

 

■「地域コミュニティの活性化」が「防災」につながる

一方、40年にわたり都心にオフィスを構えるダンクソフトには、もともと「防災」への課題意識があった 

ダンクソフトが考えるこれからの防災についてはこちらのコラムをご覧ください。https://www.dunksoft.com/message/2022-06

巨大地震などの災害時に、企業に求められるのは迅速なリカバリーである。ダンクソフトでは2008年からテレワークの実証実験をするなど、デジタル環境の整備は進み、BCP対策は万全だ。だが、防災を考える時、もうひとつの要となる「地域コミュニティとの連携」は、希薄な状態だった。  

ちょうど本社を神田駅前の新築ビルに移転後、ほどなくして、神田藍プロジェクトの話が舞い込んだ。それは、神田に住む人、働く人、愛する人たちが共に力をあわせ、神田をより楽しく、心地よく過ごせる街へと育てることを目指して、神田のシンボルとなるだろう「藍」をみんなで育てる活動だった。 

移転したばかりで、地域とのつながりを求めていたダンクソフトにとって、神田藍プロジェクトは渡りに船だった。このプロジェクトを通じて、地域コミュニティや地域企業との新たな結びつきが生まれ、将来的には神田エリアの防災にもつながる可能性がある。そこで、2021年12月、ダンクソフトは迷うことなく参加し、事務局メンバーにも加わった。

 

■デジタル企業が植物を育てるという試み

植物や自然に精通している峯岸氏いわく、神田藍プロジェクトは、最初の1年は試行錯誤の連続だった。思ったように藍がうまく育たない場所があったり、企業や地域の方々にもなかなか理解を得られないなど、色々な課題が出ていた。峯岸氏は、これらの課題へひとつひとつに丁寧に対応していくことで、様々な方たちがプロジェクトへ参加しやすい状況をつくる工夫を重ねた。

藍の育て方を紹介する動画「種まき編」。他にも、「植替え」「間引き」「水やり」などを紹介した動画もあります。

藍の育て方を動画でシェアしたり、藍を育てる方たちを訪ねてよく話をしながら、藍を育てることがコミュニティの活性化につながるという未来の物語を、粘り強く語りつづけていた。 

ダンクソフトでも、その未来の物語に賛同し、いち参加企業として、藍の鉢植えを1つベランダで育てることから1年目が始まった。コロナ禍となり、全社在宅勤務となったオフィスのベランダで、藍は元気に育っていた。オフィスに出社していたダンクソフト代表の星野は、在宅勤務する全国のスタッフたちへ、藍の様子を共有した。また毎日の水やりをする中で、育成プロセスをデジタル化することを試みた。ウェブカメラを設置し、24時間どこからでも藍の様子が見られるように簡易なシステムをつくり、自動で藍が水を吸い上げる装置を入れるなど、藍が育つ環境をデジタルを使って整えた。

 

■多様性から広がる神田藍コミュニティ

メンバーたちの活動の様子を見て、徐々に徐々に神田藍プロジェクトの輪は広がっていく。神田明神の境内にも藍が育ち、美容院や酒問屋の軒先にも藍のポットが置かれ、藍をめぐる会話が街に増えはじめた。興産信用金庫や神田学会などの企業・団体も、この新しい動きに関心を寄せて、協力・連携が生まれはじめた。 


そんななか、東京楠堂の井上智雄氏が参加することになり、神田藍プロジェクトに大きな変化が起こりはじめる。楠堂さんといえば、和本や集印帳などの製造販売をする神田の老舗企業である。地域とのつながりも強い。

 自治会とのつながりを持つ井上氏が起点となり、2022年春には神田東松下町の町内会とプロジェクト・メンバーが対話する機会が生まれた。これをきっかけに、5月の子供の日にあわせて、地域の子どもたちへ160個もの藍の種を育てる牛乳パックの鉢植えを配布するイベント実施が決まった。続いて、8月20日には、各自で育てた藍の葉を持ち寄って、叩き染めをするイベントを開催。「自分で育てた藍の葉で布を染める」という初めてだらけの体験は、参加者から大変好評を得た。「藍」を媒介に多様な属性の人々が偶発的に集まり、今までにない神田藍コミュニティが、さらに広がりはじめている。

  

■「WeARee!」と「ダイアログ・スペース」で活性化する地域コミュニティ

ダンクソフトでは、神田藍プロジェクトのなかで、デジタルを活用した2つのことを提供している。

ひとつ目は「WeARee!」(ウィアリー)を活用したウェブサイトである。WeARee!とは、バーチャルツアーやARカメラを使ったコミュニティ・イベントを誰でもカンタンにつくれるウェブ・ツールだ。

すでに遊心は、2020年に WeARee!を活用し、ダンクソフトと協働プロジェクトを行っている。今回の神田藍プロジェクトでは、WeARee!の機能の一部である「ウェブサイト機能」と「写真投稿&チャット機能」が生かされている。藍の写真を自由に投稿できるオリジナル・ウェブページを制作。会員専用ページでは、メンバーが投稿した写真について、チャット機能でメンバー同士が対話をすることができる。藍の発育状態が良くない時に写真を投稿すれば、メンバーからアドバイスが自然と届く。オンライン上で場所や時間を選ばず交流できるコ・ラーニング(Co-learning/共同学習)のコミュニティが、WeARee!上に誕生している。

WeARee!を使った、神田藍プロジェクトのページ
https://yushin.wearee.jp/kanda-ai

遊心とダンクソフトの協働プログラムの事例紹介はこちら
https://www.dunksoft.com/message/yushin

 

「神田藍プロジェクトに関わる方には、ご高齢の方もいます。実際に運用してみると、そもそもWeARee!にログインできないという声も出ました。ダンクソフトさんに相談すると、従来型のログイン方法にとらわれない、使いやすいシステムに作り直してくださいました。神田のメンバーのみなさんと対話をしながら、ダンクソフトさんと協働して、より使いやすいUIづくりができて助かっています」と、峯岸氏は語る。

 

ダンクソフトのダイアログ・スペースに集まる神田藍プロジェクトのメンバー。

ふたつ目は、ダンクソフトのオフィス内にある「ダイアログ・スペース」の活用である。 この「ダイアログ・スペース」は、オンラインとオフラインのハイブリッド型ダイアログにも対応した、良質な対話空間だ。社外のイベントや会議にも多く利用されており、神田藍プロジェクトもこのダイアログ・スペースで集まることが多い。

 

また、オフィスにはアイランド・キッチンが備わっているため、ちょっとした生葉染めも、このスペースですることができる。メンバーそれぞれが、自分で育てた藍の葉を持ち寄って、ダンクソフト代表である星野と共に、わきあいあいと生葉染めを楽しむ場面も増えてきた。

 

■「藍×デジタル」で育まれる神田藍コミュニティ

ダンクソフトの社内でも、神田藍プロジェクトを通じて、予想外の効果が生まれた。それは、神田地域を越え、全国で働くダンクソフトのスタッフのあいだに「藍」を媒介にした交流が活性化したことだ。

 

2022年春、徳島サテライト・オフィスのメンバーが揃って神田オフィスに訪れた際に、神田で育てた藍の種を持ち帰った。東京で育てた藍が、神田を離れ、徳島でも花を咲かせたのである。東京・徳島間のオンライン・ミーティングでは、当然のように「藍」が話題にあがり、自然と対話も活性化していく。先日は、東京と徳島合同で、生葉染めのオンライン体験を行ってみた。他にも、栃木や江ノ島に住むスタッフたちも苗を持ちかえり、藍をそれぞれの地域で育てている。今や「神田藍」は、既に神田エリアにとらわれない、様々な人々のコミュニティを結ぶ「媒介」となった。

 

東京楠堂の井上氏は、「ゆくゆくは育てた藍を使った自社ブランドをつくりたい。また体験型の藍染ワークショップなども視野に入れていきたい。」と、神田藍を活かした新しいビジネスの可能性に胸を膨らませている。遊心の峯岸氏も「コロナが落ち着いたらWeARee!のARの機能を活用した、オンライン・オフラインのハイブリッドなイベントを企画したい」と期待を語る。

「20年後、自分で藍染めした法被を着た若者たちが、神田祭で練り歩く」。これは、神田藍プロジェクトが描く、ひとつの未来の物語である。「藍×デジタル」を活かした神田藍プロジェクトは、これからも、神田地域の「ソーシャル・キャピタル」を豊かに醸成する新しいコミュニティとして育っていくことだろう。


■導入テクノロジー

WeARee!
ダイアログ・スペース(ダンクソフト内)

 

■神田藍愛〜I love KANDA〜とは

神田に住む人、働く人、愛する人達が共に力を併せ、神田をより楽しく、心地よく過ごせる街へと育てるためのプロジェクト(運営:一般社団法人遊心)。藍を新たな街のシンボルとし、神田の名産として様々な商品やサービスを 提供・発信する仕組みづくりを行う。一連の活動は持続可能な地域づくりの基盤となり、また人と人、人と地域の絆を深める結び目となることを目的としている。

https://yushin.wearee.jp/kanda-ai

HISTORY5:自律・分散・協働型社会への先駆的助走(2010年代) 


ダンクソフトの歴史を語る「HISTORY」シリーズ。第5回目の今回は、2010年代から現在までをお話しします。2011年の東日本大震災からコロナ禍まで、世界が大きく変化しています。そのなかでダンクソフトの未来への起点を、いくつもつくった転換期です。  

▎流れを変えた、徳島サテライト・オフィス設立 

 

前回の「HISTORY4」では、2000年代を取り上げました。GAFAが急速に世界に展開していった時期です。その一方で、日本のデジタル化は大きく出遅れ、世界から取り残されていきました。思ったように進まない日本の状況に、もどかしさを感じざるを得ませんでした。 

 

そのような中にあっても、まずは自分たちから「理想のインターネット」を実現していこうと、ダンクソフト社内の働き方改革や環境改善を進めていきました。働く一人ひとりの「人間」に注力して、デジタルでどこまでできるかを模索したタイミングです。 

 

これら2000年代の努力やしかけが、いよいよ顕在化してきたのが2010年代です。この時期、ダンクソフトは、時代に先駆けてサテライト・オフィスやテレワークの実証実験を、日本各地でスタートします。ペーパーレス、自由度の高い働き方など、ダンクソフト文化の先進性が高く評価されはじめ、大きな潮流が生まれていきました。 

 

中でもダンクソフトにとって大きな転機となったのは、やはり徳島にサテライト・オフィスをかまえたことでした。徳島以前と以後では、組織も文化も変わりました。それほどに影響力のある出来事でした。 

  

▎自分たちが「進んでいる」と気づき始めた 

 

2009年、ダンクソフトは「中央区ワーク・ライフ・バランス推進企業」認定制度の、第1回認定企業に選ばれました。翌2010年には、中央区に続いて、東京都産業労働局が合計10社程度選定する「東京ワーク・ライフ・バランス認定企業」にも選ばれます。こうした受賞をきっかけに、自分たちの働き方が、世の中より進んでいることに気づき始めたのが、2009年頃でした。 

 

また、2010年には、経済産業省が主催する「中小企業IT経営力大賞」も受賞しています。この頃、ダンクソフトはすでにペーパーレスをほぼ実現していました。紙のない会議や、複写機のないオフィスを、多くの企業や行政が視察に訪れました。皆さんずいぶん驚かれたのですが、自分たちにとってはもう当然のことになっていたので、驚かれることに私たち自身が驚いていたものです。ただ、この現象は、10年以上たった今でも、続いています。 

 

ダンクソフトの受賞歴はこちら
https://www.dunksoft.com/award

実際には当時、ワーク・ライフ・バランスを推進する企業はまだまだ少なく、特に中小企業では「そんなことをしていたら会社がつぶれる」という考え方の経営者が多かったのです。ペーパーレスも、世の中ではまだ夢のような話でした。景気も調子のいい時期でした。 

 

こうした流れのなかで、3.11が起こりました。これは大きな衝撃でした。  

▎アフター3.11、新たなパラダイムの中で 

 

2011年3月の東日本大震災で、世の中のパラダイムは大きく変わりました。震災と原発事故によって、それまであたりまえだった「日常」が足元から崩れました。仕事をする意味を考え始める人も出てきました。人は自然にあらがえない。あの事象をまのあたりにして、あらためてそう気づき、価値観を変えていこうとする人も多くいました。 

 

私たちも、BCP(事業継続計画)の観点から、震災後に徳島に行くことになり、ものの見方がまったく変わりました。それまで山手線の内側だけが商圏だったものが、一気に視野が広がったのです。 

マイクロソフトの事例紹介で、ダンクソフト星野が東日本大震災当時の考えを語っています。

  

▎新たな希望と可能性:「デジタルを活用すれば、できる」 

 

少子化、首都圏一極集中、地方の衰退、過疎化、消滅集落、少子高齢化。地方には仕事がなく、一方で都会では技術者不足の未来が目に見えており、日本の課題は深刻化するばかりです。地球規模で見ても、気候変動、森や海などの環境破壊、戦争や紛争、エネルギーや食料の枯渇など、課題が山積みです。社会全体が行き詰まって、このままでは無理なことは明らかでした。 

 

当時、世間では「打つ手がない」という論調がほとんどでした。ですが、私たちにはそれとは違う可能性が見えていました。 

 

それは、 

「デジタルを活用すれば、できる」ということでした。   

▎NHKで全国に衝撃をもたらした徳島の情景 

 

2011年9月、徳島県神山町で、県内の地域団体と連携して、サテライト・オフィスの実証実験をしました。地域団体と連携したのは、ヨソ者だけでやるのではなく、地元の方たちと一緒にやることが大切だと考えていたからです。 

 

それでも、最初は東京の会社がマーケットを広げに来たと誤解され、「黒船」と呼ばれたりもしました。だからこそ、丁寧に「対話の場」を設けることを決め、地道に丁寧なコミュニケーションを重ねるなかで、次第次第に地域との関係を深めていくことができたんですね。 

 

さて、このときの取り組みをNHKが取材に来ていたんです。10月に徳島放送局で、12月にはNHK総合テレビ「ニュースウオッチ」で紹介されました。放映された情景は、川の中でPCを使って仕事をしている人の姿。この映像は観る人に強烈なインパクトがあったようですね。 

 

その後、「あの映像を観ましたよ」という人たちに、いったい何十人あったかわかりません。目にした方々に、新しい未来や希望を直感させる光景だったのでしょう。これが全国に流れました。この映像を観た人たちの中で、デジタル化への意識が芽生える転換点となったことは間違いありません。   

▎何も諦めなくていい 

 

こうした一連の流れから、ダンクソフトでは、徳島市内にサテライト・オフィスを開設することになります。きっかけは、ひとりの働きかけです。「地元・徳島を離れず、自分の持てる力を活かして、ダンクソフトで働きたい」とプロアクティブに行動した、ひとりの人間がいたことで、徳島にオフィスが生まれたのです。彼はエンジニアであり、夫であり、父であり、生まれ育った徳島での生活を望む徳島市民でした。 

 

ダンクソフト 竹内祐介の「物語」はこちら
https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi

これが当社の竹内さんなのですが、当時の状況では、彼が望むワーク・スタイルをかなえる道がありませんでした。エンジニアとしての仕事は、徳島県内にはほとんどなかったのが実情です。徳島で暮らし続けるには、「何かを諦めなくてはいけない」。この切実な発言を聞き、そんなナンセンスな話はないと考え、竹内さんをスタッフに迎えいれ、徳島に拠点をつくりました。それから10年、何も諦めなくてよい環境で、彼は開発チームのマネジャーとして活躍しています。 

  

▎事情や課題は一人ひとりちがう 

 

これに先立って、2010年には、育休から復帰したスタッフがダンクソフト初のテレワーカーとして、仕事を再開する場面もありました。彼らのような人たちがいることで、ダンクソフトにはそれ以降、より多様で、優秀な方たちが集まってくるようになりました。 

 

私が、がむしゃらに働いた80年代90年代を経て、フランスでの体験をきっかけに無茶な働き方に疑問をもつようになったことは「HISTORY3」で話したとおりです。 

 

事情や課題はスタッフごとにちがいます。それを丹念に聞いて課題解決し、事例化していくことは、企業としての蓄積になります。もちろん、後に続く人にとっても、これからの若者の未来にとっても望ましいことです。 

 

今では、様々な地域にいながら、子育てをしながら、介護をしながら、あるいは海外から、優秀な人たちが多様なスタイルで働くダンクソフトになっています。   

▎「インターミディエイター」という概念に出遭って見えた未来 

 

2013年、もうひとつの大切な出来事がありました。それは「インターミディエイター」という概念に出遭ったことです。 

 

それまで手探りしながら、あるいはポール・フルキエの『哲学講義』、中国との縁がきっかけで読んだ孔子の『論語』、荘子の『荘子』などに学びながら、自分なりに考えてきたことが、ここで明確に言語化されました。このフィロソフィーが入ってきて、勇気づけられて、ほっとして前を向けるところがありました。 

 

また、一般的にいわれる「マーケット」という概念をリセットできたことも大きかったですね。お金のやりとりをするだけがマーケットではない。マーケットとは本来、人と人が集まって交流する場であり、対話の場であって、経済的な取引はその一部で起きているにすぎません。 

 

震災の直前に始めた生放送のラジオ番組を「ツイッター市(いち)」と名づけたのは、まさにそうしたマーケット本来のイメージを「市」に託したものでした。多様な人々が集まり、交流し、対話を行うこと、つまり、場における相互作用が、市でのイノベーションを生み出します。この考え方は、後にソリューションとして開発した「ダンクソフト・バザールバザール」(2016年)の名前にも、継承されています。 

 

ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」を紹介しています。https://www.dunksoft.com/40th-story

最近も、どうして先んじて未来を実現できるのかと、ご質問いただきました。「インターミディエイター」のマインドセットのひとつに、未来の物語を描く“ナラティブ・ケイパビリティ”というものがあります。未来を構想し、物語化することで、連携・協働がしやすくなって、構想の実現がはやくなるわけです。物語を未来にむけて実践し具現化していくことによって、ダンクソフトではここのところ、様々な新しい動きがここそこに生まれています。   

▎いつまでファックスを使い続けるのか? 

 

一方、社会の動きとしては、2014年に、まち・ひと・しごと創生「長期ビジョン」「総合戦略」が閣議決定されています。ようやくというか、今ごろというか、世の中の変化というのは、私たちの思うようなスピードでは進んでくれないものです。 

 

働き方改革、テレワーク推進、ペーパーレスも同様です。これだけ「DX」(デジタル・トランスフォーメーション)と言われながら、まだファックスを全廃できていない状況を一刻も早く何とかしなければ、子どもたちの世代に負の遺産を遺してしまいます。   

▎オープンでフラットなインターネット社会をつくるために 

 

問題は他にもあります。インターネットがここまで広がると、怪しいサービスや広告モデルに席巻されてしまい、今や、インターネットの安心・安全・セキュリティは、ますます重要な課題になりました。 

 

以前からお伝えしてきた通り、インターネットは便利ですが、パーフェクトなツールではありません。国家をまたいで情報が行き交うサイバー・スペースには、警察がいません。フェイクニュース問題はもちろん、世界では子どもの誘拐など実害も多発しています。情報格差・学習格差も深刻な課題です。 

 

ですから、これからますます重要になるのは、「インターネットに “よりよいもの” をのせていく」ことです。ダンクソフトは、これを掲げながら、よりオープンでフラットな、健全なインターネット社会をつくっていけるよう、努力を続けていきたいと考えています。   

▎「リバース・メンタリング」の時代へ 

 

今後のカギは「リバース・メンタリング」です。年長者が若い人たちに上から知識を教え込む時代は終わりました。これからは、それが逆転して、むしろ若い世代に学ぶ時代、そして、ともに学びあうCo-learningの時代です。特に、デジタル分野についてはそれが顕著です。 

 

日本にもデジタル・ネイティブ世代が育っています。AIでトレーニングを積んでいる将棋の藤井聡太さんもそうですし、若いテニス・プレーヤーは、ゲームを通じてフェデラーやナダルのプレイを体験し、経験値を積んでいます。ダンクソフト新入社員の港さんは、家庭のデジタル大臣として、年長者たちをサポートしながら家庭内デジタル・デバイドを解消しているようです。 

 

また、ゲーム世代は、オンライン・ゲームなどで、国境を越えて協働することの愉しさや効果を、身をもって知っています。従来の考え方に縛られている大人よりもずっと、これからの新しい発想やリテラシーを身に着けています。さらに急激に進化していくデジタルやインターネットは、チームで学ぶ習慣が求められて、Co-learning 自体が組織文化に必須になる、と考えています。こういうことを、かえって大人たちは知りません。「またゲームか」と眉をひそめているあいだに、彼らはやってくる未来に積極的に適応しているのです。 

 

ここからさらにデジタル技術は進歩していきます。Co-learning を通じて新しい世代の得意なデジタルと、大人たちの経験や知恵とを交換していくことが、イノベーションを起こしていくと確信しています。なにしろイノベーションとは異質なものの関わりから生まれるのですから。彼らを教育するのではなく、ともに学び合って、エンパワリングし、力になっていけるか。私たちがこれをできるかどうかで、身のまわりも、日本人の未来も変わってくることでしょう。 

ダンクソフト 星野晃一郎の「物語」はこちら
https://www.dunksoft.com/40th-story-hoshino


CROSS TALK:ダンクの対話するエンジニアたち 


今回は、ダンクソフトの開発方針についてお話しします。お客様との持続的な対話があるからこそ、つねに先んじて変化に対応した提案が可能になります。こうしたダンクソフトのフレキシブルな開発アプローチと、まだ業界でもめずらしい“対話するエンジニア”たちの姿勢を感じていただければと思います。   

▎ずっと前からアジャイルだった 

 

星野晃一郎

星野 ダンクソフトのシステム開発は進め方が他とは違います。よく「業界のやり方にとらわれない会社」と言われてきました。今でいうアジャイル開発的なアプローチを、昔からずっと追及していたからでしょう。アジャイル開発の概念自体は、21世紀に入って生まれたものです。今でこそ、言葉も手法も市民権を得ていますが、当時はまったく馴染みがありませんでした。 

 

竹内 そうですね、少し解説すると、アジャイル開発の「アジャイル」とは、直訳では「速い、機敏、俊敏」という意味です。文字通り、開発スピードをあげて、素速く提供します。そして、設計、実装、展開を速いサイクルで何度も繰り返しながら、より発見的にすすめていくアプローチです。予め決まったゴールに向かっていって、つどつど変更できないのではなく、むしろ、予想もしなかった結果を生みだすこともできます。サービスインまでが速いことに加え、状況の変化に応じて柔軟に対応できるのが長所です。  

一方、従来型のウォーターフォール開発では、最初にゴールを明確に設定します。まず見積りと設計書を用意。その後、仕様書に従って、決まった各工程を順々に進めていきます。柔軟性には欠けますが、最初に全体像が決まるわかりやすさはあります。 

 

星野 ダンクソフトは昔から、お客様との丁寧な対話と柔軟な変化対応を大切にしてきました。対話を重ねながら、相互的に開発を進める中で、最初に想定していたゴールよりも、もっといいゴールに到達できます。そういう発見的でアジャイルな開発姿勢でずっとやってきました。技術の進化が速い業界ですから、言語や手法やサービスなど、ツールはどんどん進化します。ですが、開発ポリシーの根本は変っていません。そこに多様な経験と高い技術を持つポリバレントなエンジニアが加わって、より盤石の体制となっているのが、現在のダンクソフトなんですね。 

 

よく対話型だと時間がかかりませんかと訊かれますが、対話的であることと、アジャイル型であることは矛盾しません。むしろ、環境変化が速いですから、お客様とたえず情報をやりとりできる関係のほうがいいわけですよ。ちなみに、“対話するエンジニア”というのは、業界ではめずらしいスタイルです。 

 

※ポリバレントとは 

https://www.dunksoft.com/recruit#philosophy 

▎バラエティ豊かな背景のエンジニアたち 

 

星野 今回は、私を含めて、4人のエンジニアが参加していますが、いずれも、経歴も性格も本当に多様で個性的です。バラエティ豊かなんです。それぞれ異なる知見と経験を持つエンジニアたちがチームで協働することは、お互い刺激になりますし、ダンクソフト全体の技術が高まります。価値観も、ずいぶん多様になりました。対話する文化の浸透と相まって、次第に相乗効果を発揮し、いいダンクソフト文化を形成しています。せっかくなので、自己紹介をしてみましょうか。 

 

竹内祐介の「未来の物語」https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi

竹内 ダンクソフトに参加する前は、私は地元徳島で、ジャストシステム社にいました。約10年にわたり、エンタープライズ向けソリューションや日本語入力システムの開発等に携わっていました。ダンクソフトでは、企業向けシステムや「バザールバザール」等の開発を担当しています。 

 

大川慶一

大川 私は栃木在住ですが、前職は県外の会社で、制御系のシステム開発をしていました。秘匿性の高いソース・コードを扱っていましたので、情報管理に厳しい、かなりクローズドな職場でした。オープンソースやテレワークの対極ともいえる環境でしたね。 

 

ダンクソフトに転職して以降は、地元栃木からの完全テレワークです。サイボウズ社のkintoneなどプログラミングだけでなく、Microsoft社製品やウェブサイト制作のサポートも行っています。 

 

片岡幸人の「未来の物語」https://www.dunksoft.com/40th-story-kataoka 

片岡 大学は文系学部を卒業しました。キーボードも満足に打てないのに、システムエンジニアという響きのかっこよさから、思い立って名古屋のIT企業に入社。エンジニアの道に入りました。やがて地元の高知にUターンし、教育委員会で5年間本業の一般的な事務作業などをこなしながら、平行してさまざまなIT関連業務に携わりました。その間、デジタルで効率化して得られた時間を活かして、教育委員会内で新しいことを提案したり、高知大学の大学院に進んで、学び直したりもしました。その後、教育委員会を退職、ベンチャー企業への参加を経て独立しまして、現在はパートナーとしてダンクソフトのプロジェクトに参加しています。 

▎肌で感じていた、ウォーターフォール型の限界 

 

星野 私たちが今でいうアジャイル型開発を独自に手探りで実践していた時代から、いよいよ本格的にアジャイル開発の手法を取り入れていくことになったのが、2015年です。「バザールバザール」の開発に乗り出した時でした。 

 

竹内 まずはセオリー通りの方法を忠実に取り入れてみようと考えて、アジャイル開発の具体的な手法の1つであるスクラム開発を採用しました。 

 

星野 片岡さんがジョインしたのが、ちょうどこのタイミングでしたね。 

 

片岡幸人

片岡 はい。当時私はアジャイル開発にいくつかの疑問をもっていました。というのも、名古屋のIT企業時代の頃から顕著でしたが、まず見積が重要になるケースがやはり多いですね。最初に予算と全体像を決めてスタートする進め方が、どうしても打破できない。こういうクライアントに対して、アジャイル開発の手法は使えないと思い込んでいたんです。 

 

でも、実際のところ、うまくいっていないプロジェクトを見ると、失敗の原因はだいたいの場合、クライアントとのコミュニケーション不足です。早い段階でコンセンサスがとれていないことがトラブルの原因となっていることがほとんどなんですよ。回避するためには、少しでも早くモックアップを見せ、イメージを共有しながら進めていくこと。勝手に一気につくりすぎない。それって、結局はアジャイルなんですよね。  

▎互いに変化していく“顧問型プロジェクト” 

 

「大田・花とみどりのまちづくり」様を紹介したコラム、『「人を幸せにするシステム・デザイン」をIMAGINEする』 
https://www.dunksoft.com/message/2022-03 

星野 ダンクソフトでは“顧問型プロジェクト”と呼んでいるものがあります。お客様との対話を重視し、連携しながら開発と刷新を繰り返していく進め方を言います。例えば、大川さんが担当したNPO法人「大田・花とみどりのまちづくり」様のプロジェクトは、その好例のひとつとして、以前、コラムでも紹介しました。 

 

大川 私も、前職では完全にウォーターフォール型でした。ダンクソフトに入って初めて目の当たりにした“顧問型プロジェクト”の進め方は、とても新鮮で魅力的でした。大田・花とみどりのまちづくり様のプロジェクトでは、月1回の定例ミーティングを重ねるなかで、お客様が次第に自律的になっていって、自分たちの手でデジタルにチャレンジしていかれる姿に感動しました。 

 

星野 そこは大川さんの持ち味も大きいですよね。エンジニアでありながら、パソコン初心者にもわかりやすい、やわらかい言葉でデジタルを説明してくれます。なにより、お客様と丁寧に対話を重ねていますよね。それによってお客様が一緒になって変わっていく様子が見られます。お互いに学びあって、自律的に育つ環境が生まれたのはなかなか誇らしいことです。  

▎リバース・メンタリングは、開かれた社会の入り口 

 

星野 先ほどのケースはご高齢の方々が運営する団体で、大川さんという孫ほどのエンジニアとCo-learningの関係(互いに学びあう関係)ができました。こんなふうに、うんと若い人からデジタルを学ぶ時代が、もうそこまで来ています。これを「リバース・メンタリング」と言います。その動きは、今後間違いなく加速していくでしょうね。 

 

片岡 そうですね、子どもはどんどん進化します。私の子供も、スマホで話しながらチームを組んで、PCのオンライン・ゲームをやりながら、TVのYouTubeで攻略動画を流し、マルチタスクでデジタルを使いこなしています。順応力が高いんですよ。けれども、まだまだ学校の尺度では、子供のデジタル活用は悪とされることも多いんです。大人がそれを邪魔することのない社会をつくっておかないといけません。 

 

竹内 日本のデジタル化がまだまだだ、ということを星野さんもよく話していますが、日本は、多様性への許容も、ずっと乏しかったのだと思います。世界のなかでもずば抜けて変化が好きでない性分。新しいシステムにのりかえる、そうしたイノベーション・コストを受け入れるのが苦手な人たちというか。そのような考え方は変えていかなければ、と思いますね。 

 

大川 想起されるのは、台湾のコロナ対策の機敏さです。2020年に、IT担当大臣のオードリー・タンが、広く国民の意見をききながらシステムをつくり、広く人々が参加できる場をつくりました。何かと囲い込んで、クローズド環境でプロジェクトをすすめる日本とは、あまりに対照的です。すべてがオープンソース化されている状態がいちばん幸せだと考えています。そういう社会をめざしたいですね。  

▎人々の善さが引き出されるインターネット空間とは 

 

星野 いかにソーシャル・キャピタルを高めて、コミュニティを活性化していくか。これが今、とても重要だと考えています。そのためのコミュニケーション環境を充実させることは、デジタルの大切な役割のひとつです。そこでダンクソフトでは、このことを念頭に、現在、「バザールバザール」のバージョン・アップを進めています。 

 

竹内 もともとバザールバザールは安心・安全な場を提供することを理念としてきました。これに加えて、人の善さが自然と引き出される、いわば性善説が機能する雰囲気・空間にバージョン・アップしていきたいと考えています。 

 

竹内祐介

やらないと決めていることは、既存のSNSとの比較や競争ですね。逆に、ぜひ取り入れたい機能としては、「インターミディエイター」の特徴をバザールバザールに積極的にフィードバックしていくことです。インターミディエイターとは、人と人のあいだを上手に結んで、対話と協働を促進する役割です。 

 

バザールバザールを使うと、さらに対話が活性化されるものにしていきたいと検討しています。具体的には、お互いが大事にしている未来志向の物語を関連づけたり、その結果、参加者(ユーザー)の積極的な参加・関与をうながしたり、使えば使うほど、使う方の可能性が引き出されたりといったあたりを実現したいですね。 

 

また、アジャイルっぽい考え方なのですが、つくり手が使い方を決めすぎない、遊びを持たせた場にしようとも、考えています。私たちが思いもよらなかったような使い方をしてもらえると嬉しいです。  

▎デジタル化で、より楽に仕事ができる環境を 

 

星野 ダイアログが活発になるというのは期待がかかりますね。ダンクソフト・バザールバザールは、コミュニティを形成していくうえでますます重要なツールとなっていきます。実際、阿南工業高等専門学校のACT倶楽部で採用いただき、そこから他の高等専門学校へも、バザールバザールの輪が広がっています。 

 

ダンクソフトの“さきがけ文化”を体験するインターンシップ 
https://www.dunksoft.com/message/2021-10   

事例:学生・教員・企業による対話と協働をデジタル・ツールで支え、地域イノベーションを次々と創出する高専の未来 
https://www.dunksoft.com/message/case-bazzarbazzar-actclub    

「テレワーク」をテーマに阿南高専で特別講義を実施 
https://www.dunksoft.com/news/2019/9/11    

高専×産業界 KOSEN EXPO 2022 
https://expo2022.kosen-k.go.jp/   

星野 一方で、社会全体を見ると、デジタル化がまだまだ、という印象です。河野太郎さんがデジタル大臣に戻ってきましたが、一昨年の3月、河野さんにオンライン上でFAXをやめることを進言しました。しかし、実際にはなかなか減りません。 

 

時々思い出すのが、以前、萩の立明木(あきらぎ)中学で授業をして、先端を示したときのことです。子どもたちは感激して喜んでくれました。あの子たちが大人になって就職し、会社でFAXを使うという未来は避けたい。また、デジタル化の名目で複合機を普及させる会社が多いですが、それではペーパーレスは進みません。 

 

こんな状況がまだまだ多いのですが、私たちはデジタル・デバイドの解消とスマートオフィス構想を着々と進めています。そのかなめになるのは、こうした“対話するエンジニア”たちです。ますますデジタル化を進めて、より楽に仕事ができる環境を、ぜひ多くの方々に整えていただきたいですね。 

 

事例:前例のなかったNPO評価認証プロセスをシステム化、効率と高品質を同時に実現へ

お客様:公益財団法人 日本非営利組織評価センター(JCNE)様

 

公益財団法人 日本非営利組織評価センター(以下:JCNE)は、2022年4月から、NPO(非営利組織)を対象とした組織評価制度「ベーシックガバナンスチェック」について、kintoneによる管理・運用システムを開始した。エクセルやメールを使っていたかつての申請プロセスが、フォームに入力するスタイルへと簡素化。その結果、導入から半年足らずで、団体内の事務作業が効率化されただけでなく、利用団体の手続き負荷が軽減されるなど、すでにいくつもの成果があがっているという。今回は、新しいシステム導入の経緯や効果について、JCNE事務局の村上佳央氏にお話をうかがった。


 ■目の前の業務に追われ、後回しになっていたシステム改善

 

JCNEは、2016年の設立以来、NPOを対象に団体の組織評価・認証制度を提供している。NPOにとっては、JCNEのような第三者機関から評価を受け、ガバナンスをみなおすことが、団体の基盤強化につながる。加えてJCNEでは、集約した評価情報を関係機関へ提供したり、広く公開することで、NPOの信頼性や認知向上に貢献している。近年では、助成財団が助成対象となるNPOを審査する際に「ベーシックガバナンスチェック」の利用を推奨するなど、JCNEの評価制度にますます注目が集まっている。

https://jcne.or.jp/data/gg-voice2022.pdf 

グッドガバナンス認証を取得した団体を紹介する「Good Governance Voice」。応援したい団体を見 つけることができるガイドブックとなっている。

「全国レベル、分野共通の非営利組織の評価機関の設立は初の試みです。ですので、日本社会においての『組織評価制度の確立』が、当初、JCNEの大きな課題でした。」と本プロジェクト主担当である村上佳央(かなか)氏は、スタート当時を振り返る。NPOは規模も分野も多岐にわたり、企業に比べて運営体制も脆弱な団体が多い。その状況を考慮しながら、どのような指標やデータを評価対象とするかなど、制度をゼロから設計するところに工夫が必要だった。 

現在、JCNEは「ベーシックガバナンスチェック」「グッドガバナンス認証」という、2段階の評価制度を提供している。申請件数は年間数百。これだけの申請数をわずか5名の事務局員で対応している。これまでは、データはすべてExcelで管理し、申請団体とのやりとりもメールが中心だった。そのため、申請団体からのちょっとした登録内容の変更依頼に対しても、その都度スタッフが手作業で対応する必要があった。

「団体の評価情報を適切に管理したり、もっとデータを活用したくても、手作業の多いExcel管理に追われ、人的リソースを割けずにいました」(村上氏)と、普段からもどかしさを感じていたという。こうした管理体制は、事務局と申請団体の双方に負担がかかり、変更漏れや入力ミスといった情報管理上のリスクも含んでいた。 

JCNE事務局の村上佳央氏。「以前働いていた印刷会社が、大量のゴミを出して環境を害していることに疑問を感じ、NPOへの転職を考えた」という。村上氏は、職場の同僚が、近くにある有名なNPOのことさえ知らなかったことに課題意識を抱き、NPOの認知向上に寄与するJCNEへの就職を決意したという。

■ダンクソフトの「NPOへの実績」と「評価制度への理解」が決め手に

 

 そこで、業務の手間を減らして効率化していくことが、より質の高い体制や、多くの団体評価を実現してNPOの信頼を高めることにつながるだろうと、JCNEの業務改善に取り組むこととなった。NPO業界では、業務プロセス改善にkintoneを使っている団体も多いことから、今回、JCNEもkintoneを使うことを決めた。kintoneの無料相談窓口に問い合わせると、複数の企業を紹介された。その中から、最終的にダンクソフトへ依頼することとなり、2021年12月に、本プロジェクトがスタートした。

 

「ダンクソフトさんは、理解することがなかなか難しいJCNEの評価制度について、提供した資料以上のことを理解しようとしてくださいました。このことが決め手になりました。」と村上氏は振り返る。

 

また、ダンクソフトがサイボウズのパートナー企業であり、NPOへのkintone導入実績が充実していることも、安心感につながったという。

 

「実は“評価”というのは、システム化するのが一番むずかしい分野なのです」と語るのは、ダンクソフトの片岡幸人だ。片岡は、サイボウズ社公認のkintoneエバンジェリストでもあり、今回導入したシステムの全体設計を担当した。JCNEの評価制度は仕組みが緻密で、評価項目も多岐にわたる。このことから、kintoneでのシステム化や運用は、相当にハードルが高いものと予想していた。

 

しかし、実際には、予想以上にスムーズに初期バージョンを完成させることができた。それは、JCNEのシステム化チーム(村上氏・浦邉氏)と、ダンクソフトの中香織が中心となって、対話的なプロセスを重視したことが大きな要因だろう。

 

JCNEには当初から、「こういう課題を解決したい」という明確なイメージがあった。また、中香織はウェブ・デザイン出身の強みを活かし、JCNEの課題に対して、ユーザーが使いやすいUIデザインの提案を続けた。相互に対話を重ねながら、徐々にシステムを形にしていき、運用がスタートしたのは、2022年4月。最初の問い合わせから、わずか4か月で導入に至った。

 

■kintone導入で実現した3つのシステム改善 

kintoneによるシステム化によって、JCNEが重視していた点が、いくつも改善している。ここでは、その中から3つのシステム改善を紹介する。

 

1つ目は「長期的に継続利用できる団体データベース」であること。

kintoneによる管理ページの一部。団体の審査ステータスが視覚的にわかりやすく、別ステータスのレコードにも簡単に移動できるステータス・バーが実装されている。

JCNEの評価制度は、認証が得られたら終わりではなく、3年ごとに更新をおこなっている。また不足があって認証されなかった団体からも、再評価申請を受けつけている。そのため、1回の申請で終わりではなく、長期的に活用できるデータベースである必要があった。更新や再審査にまつわる情報もすべて含めて管理できることで、申請団体を長い目で見守ったり、長くお付き合いしたりすることができるようになる。

2つ目は、「ユーザーが使いやすいレイアウトの実現」だ。

これまで利用していたExcelのレイアウトをベースにデザインされたデータベース。従来のレイアウトにそったUIにすることで、スタッフの負荷なくkintoneのシステムへと移行できた。

kintoneは情報を上下にレイアウトしていくのが得意なアプリだが、JCNEではExcelで使っていた横長レイアウトに馴染みがあった。そのため、「横長のレイアウト」へのリクエストに対応。スタッフが慣れ親しんだフォーマットを尊重したデザインとなった。小さな工夫ではあるが、もたらした成果は大きい。スタッフたちが新しい業務プロセスへ移行する際の負担を、大幅に減らすことに貢献した。

 

3つ目は、「団体用マイページの作成」である。

これまでメールで届いた登録内容の変更はJCNE事務局が修正し、評価結果のステイタスはメールで連絡していた。それが、すべてマイページ上で、申請した団体が自分たちで更新やステイタスの確認をできるようになった。この機能は申請団体からも好評で、「マイページであらゆる手続きができるため、以前よりプロセスがスムーズになった」と嬉しい声も多数届いている。

申請団体が利用するマイページ「じぶんページ」(左)。申請団体は、評価の進捗状況の確認や登録内容の更新をマイページでいつでも自分の手でおこなえる。右図では、提出書類のチェック結果が表示されている。

■「アジャイル方式」で、お互いの専門を超えた協働が実現

 

とはいえ、前例のないシステムづくりゆえに、想定外の事態も起こった。

 

「一言に“NPO”といっても、規模も分野もさまざまです。ですから、いざ新しいシステムで申請が始まると、ほとんどがイレギュラー対応という感じでした」と、村上氏は振り返る。運用が始まったばかりのシステムではまだ対応できない、想定外の申込内容が、システム導入後に次々に届き、その度にシステム修正の必要性がでてきた。

 

新たに表出した課題ひとつひとつに対して、ダンクソフトはスピーディーに柔軟に改善していき、システムは、多様な団体の申請にこたえられるように進化していった。これは、ダンクソフトの顧問型支援の特徴でもある。世の中では「アジャイル方式」とも呼ばれ、小さな単位で開発と実装を繰り返すため、開発がアジャイル(機敏)になるというものだ。

 

「まだまだ制度が確立しきっていない私たちからすると、できるところから改善して、新たな課題が見つかったら改善して・・・、というやり方はとてもフィットしました。NPOやJCNEに向いているスタイルでした」(村上氏)

 

また、対話を重視するダンクソフトとの協働スタイルについて、村上氏はこう振り返る。「NPOのよりよい組織づくりには、NPOの専門家だけでなく、それを形にするシステムの専門家も加わって、両者による連携が必須です。今回のシステム導入がうまくいったのは、システムの専門家であるダンクソフトさんが、JCNEの組織評価制度を本当によく理解してくださっているからだと思います。私たちにとって、ダンクソフトさんは評価制度を推進するパートナーですね」。 

 

■デジタルでまだまだ広がるNPOの可能性

 

kintoneのシステム導入からまだ半年足らずであるにも関わらず、単なる業務効率化にとどまらない効果がすでにあらわれている。(2022年9月現在)

 

まず、サポートが必要な団体へのフォローや、評価にかかわる業務など、本業や今まで手の届かなかった業務に注力できるようになった。また、ダンクソフトが作成したマニュアルを活用することで、これまで担当者ごとに微妙に異なっていた管理ルールが統一され、データ管理リスクが軽減された。さらに、申請団体側のプロセスも、わかりやすくスムーズになった。「“評価”というと、ハードルが高いものと思われがちですが、そのハードルをいかに下げられるかという点で、今回のkintoneによるシステム化が大きく貢献しています」と、村上氏は嬉しそうに語る。

 

今回のシステム化の成功を受けて、JCNEではすでに今後実現したいプランがいくつも出てきているようだ。

 

「信頼性の証」となるグッドガバナンス認証マーク
https://jcne.or.jp/evaluation/good_governance/

ひとつは「グッドガバナンス認証」へのkintone導入だ。「グッドガバナンス認証」は、今回システム導入をした「ベーシックガバナンスチェック制度」のアドバンスド版である。評価項目がさらに多く、数値では表現しづらい団体の想いやヒアリング情報も扱う必要がある。こうしたデータをどのようにハンドリングしていくかなどの難しい課題はあるものの、今後チャレンジしていきたいという。

 

 また、「評価情報の活用」を、デジタルでさらに有効にしていくという展望もある。今回のシステム化によって、蓄積したデータをいかす基盤ができあがった。研究機関へデータを提供したり、一般の方々がNPOを検索しやすくするために用いたりなど、デジタルによって新たなデータ活用の可能性がうまれている。

 

さらに、「グッドガバナンス認証団体のコミュニティづくり」も、次に実現したいことのひとつである。JCNEでは、グッドガバナンス認定を受けたNPOの優れた組織運営ノウハウを、他のNPOへシェアするコミュニティをつくることで、NPO組織全体の底上げに寄与したいと期待を寄せている。ダンクソフトでは、デジタル化の価値は、単なる効率化にとどまらず、その先のお客様や関係者とのコミュニティを活性化するところにこそ、活用の真価があると提唱している。

 

村上氏は、「ほとんどのNPOは、どうしても自分たちの“事業”やその成果に重きをおきすぎています。組織評価を通じて、自分の“組織”にも目を向けてケアをしたり、足元をかためることに力を割いていただきたい」と述べる。さらに、JCNE自身も、グッドガバナンス認証を600団体にするという、次の目標を掲げている。「自身の団体力強化にも目を向けていきたい。そのためにも、これからも、ダンクソフトさんと協働しながら、徐々にシステム改善を続けていきたいとも思っています」と、今後の展望に胸を膨らませた。 


■導入テクノロジー

  • kintone

  • kintone顧問開発

※詳細はこちらをご覧ください。https://www.dunksoft.com/kintone

 

■ 公益財団法人 日本非営利組織評価センター(JCNE)とは

https://jcne.or.jp/

2016年に設立した非営利組織(NPO)。「グッドガバナンス認証」と「ベーシックガバナンスチェック制度」という組織評価制度をつうじて、NPO組織の基盤強化をおこなうとともに、その評価情報を活用することで、NPOの信頼性向上と認知向上にも取り組む。また、世界約20ヶ国の評価認証機関からなる国際ネットワーク「ICFO」に加盟し、加盟団体との意見交換や最新の情報収集をおこなっている。

 

HISTORY4:ヨコをみず、未来を見てきた(2000年代)


今月のコラムは、ダンクソフトの歴史を語る「HISTORY」シリーズ第4回目。2000年代をとりあげます。21世紀に入り、IT業界の動きが社会全体の潮目をつくりはじめました。ダンクソフトも、現在につながるさまざまな変革や転機を経験していきます。  

▎GAFAの萌芽と、日本のガラパゴス化 

 

前回の「HISTORY3」では、インターネットが登場しはじめた90年代後半のエピソードをお話ししました。Windowsが95から98へと大躍進し、AppleからはiMacが登場してV字回復。一方、ダンクソフトでは、私がインターネットに感じた可能性をいち早く実験し、フランスへの旅で未来への確信をつかんだ時期でした。働き方を変えていく方向も、その中で見えてきました。 

 

今回は、2000年代です。Google、Amazon、Facebook、そしてTwitterなどの新興企業が次々と登場し、EコマースとSNSが急激に伸張しました。ですが、日本ではいくつかのハードルのために、インターネットと基幹システムの接続がうまく進みませんでした。私の感覚では、インターネット化への動きがぱたっと止まってしまった。むしろ後退して世界から日本が取り残されてしまった時代でもありました。 

 

何がハードルとなっていたのか。その中で、ダンクソフトは何をしていったのか、2000年代の葛藤と挑戦をお話ししてみようと思います。 

 

HISTORY3:「インターネット」をいち早く実験、フランスへの旅で可能性を確信(90年代後半) 

https://www.dunksoft.com/message/2022-05  

 

▎大きく出遅れていた日本 

 

2000年9月、Googleが日本語による検索サービスを開始。同11月、Amazonが日本でのサービスをスタート。2001年1月には英語版Wikipediaが初めて公開されるなど、世界はいよいよインターネット時代かと思われました。実際、日本の企業でも電子メールはいち早く広まりましたし、パソコンもようやく1人1台時代になってきていました。しかし、そうした表面的なインターネットの普及とはうらはらに、システムの根幹のところでは、日本は実は大きく出遅れていたのです。 

 

欧米では、インターネットの普及に先立ち、MS-DOS時代にすでにネットウェアやネットワーク・システムによるファイル・サーバーが広く浸透していました。つまり、これは、社内LANが普及して、同僚たちとファイル共有が社内で行える状態です。その後でインターネットが入ってきたため、情報が保存される基幹システムが社内にまずきちんとあり、その上でインターネットを介して外部とつながるという、あるべき順序で展開されました。 

  

▎日本のデジタル化を阻んだ3つの理由 

 

しかし、日本は違いました。日本が出遅れたのには、3つの理由がありました。 

 

ひとつ。日本では、まだLAN環境さえ十分に整わないうちに、インターネットが来てしまったことです。そのため、基幹システムでデータベースをしっかり構築することをしないまま、それとは別のところで、インターネット上で動的に情報を動かす試みが始まってしまいます。 

 

これにより、多くのECサイトは基幹システムと連携できず、ECサイトで集めた情報を社内データベースに改めて入力しなおすなど、情報が二重化していたのです。企業やビジネスの情報の持ち方としては、良い状態ではありませんでした。 

 

2つ目の理由は、ネットワーク回線が遅く、速度がまったく足りなかったこと。できなかったというより、古いサービスを優先して、キャリアが普及させたくなかったのではないかと思っていますが、その後、ソフトバンクBBが登場してADSLを日本中に配ることで、高速インターネットが普及します。それまで、日本のネットワーク環境は大変もどかしいものでした。 

 

3つ目として、日本語という言語特有の課題がありました。27文字のアルファベットで完結する英語に対して、日本語はひらがな・カタカナ、それぞれの全角と半角、さらに膨大な数の漢字があります。これらを処理するジャストシステムのフロントエンド・プロセッサは画期的な発明でした。同時に、システムにとっては大変負荷のかかるものでもあり、文字通り“PCの重荷”となっていました。日本語をのせると使い物にならない。そこでダンクソフトでは、ネットウェアは英語版、ATOKは明朝体以外のフォントをはずし、必要最低限にスリム化してシステムを動かすというアクロバティックな方法で、この課題をクリアしていました。 

  

▎自分たちが「理想のインターネット」を実現していく 

 

こうした複数のハードルのために、もっと画期的に進んでいくと考えていたデジタル化が、日本では思ったように進みませんでした。それどころか、むしろ後退して、世界から取り残されて止まってしまった感じがありました。それが2000年代の日本のIT事情で、当時感じていた歯がゆさでした。 

 

それでもダンクソフトは、「インターネットの理想」を追求していきます。データベースが得意なことと、いち早くインターネットの可能性を試していたことが、功を奏しました。既存の社内データベースとEコマース・サイトを連携するプロジェクトへの要請が増加していきます。アメリカの大手スピーカー・ブランドも、当時のクライアントのひとつでした。 

 

また、予測したように世の中のデジタル化が進まないならと、むしろ自社内の環境改善に力を注ぎ始めました。デジタルで実現したいこと、未来のあるべき姿を自分たちで実践していき、「ほら、こういうことだよ」と周囲に見せられるようにしようと、動き始めます。  

 

▎何よりも「人間」に注力した 

 

根底にあったのは、会社がより良くなっていくためには、会社の体質を変え、働きやすい環境をつくることだ、という思いでした。そうすることで、スタッフがモチベーションをもって働けるようになるだろう、と考えたんですね。そうした先にしか未来はないという確信がありました。 

 

就業規則を創業以来はじめて変更したのが、この時期です。女性スタッフが抱える出産・子育ての課題を中心に、働きやすい環境を自分たちで積極的にデザインしました。例えば、就業規則をスタッフ自らが作成したのは、その典型例です。驚くほど効果がありました。自分たちでつくったルールですから、スタッフたちが内容をよく覚えているんです。普通は誰も関心がないんですが、就業規則なんて。このタイミングで人事評価制度も新たにつくりました。数値的に見えやすい結果を評価するだけでなく、一人ひとりの行動を丁寧に評価し、プロセスを評価してきました。今では、スタッフの評価をめぐって、もっとじっくり対話するようになっています。 

 

その後も、社内コミュニケーションの機会を増やし、2006年には初の「DNAセミナー」を開催しました。以来、年に1、2回は全社員が集うCo-learningの場を用意しています。2022年6月に内閣が提示した新政策の中に、「人材への投資」が重点テーマとして入りました。この背景には、実は世界各国と比較して、日本企業は人材への投資をしてこなかったという事実があります。こうした中、継続的にスタッフが互いに育っていく環境づくりをしてきたことは、誇らしい取り組みだと考えています。 

  

▎『哲学講義』から受けた刺激 

 

当時も今も、私がイメージしているのは、ヨーロッパの働き方です。1998年のフランス滞在で、彼らの働き方や休暇の取り方をじかに見る機会がありました。 

 

また、当時プロジェクトで連携した法政大学教授から紹介された書籍からの学びも、大事なモチーフになっています。 

 

これは、ポール・フルキエの書いた『哲学講義』という本なのですが、フランスのリセ(高等学校)で、哲学の代表的な教科書になっている分厚いテキストです。その中に、フランスの労働社会学者ジョルジュ・フリードマンによる一節があります。 

 

「未来の問題は労働ではなく、逆説的ではあるが、余暇の問題となろう」 

 

つまり、働く人にとって、余暇は本来、人間性の発達と倫理的進歩の時間となるべきもの。しかしそれは反対に、堕落と倫理的無秩序の機会にもなりうる。これをどう防ぐかが問題だ、というのです。 

 

ここには余暇の生かし方の問題があるわけですが、余暇を人間性の発達につなげるには、人は学び続けることが大事でしょうね。こうしてクリエイティビティも発揮していくことができるのだと考えています。 

 

私自身、時代時代で必要な本を読み、話に耳を傾け、かつ実践しながら、新しいはじまりをつくってきました。ダンクソフトには、「時間は人生のために」というモットーがあるのですが、これは、この頃に生まれました。フルキエの『哲学講義』もそうですし、中国との縁がきっかけで読んだ孔子の『論語』、荘子の『荘子』も好きです。本は時代を超えて人に出会えるので素晴らしいと思います。 

  

▎初のMicrosoftアワード受賞 

 

2000年代後半のハイライトのひとつは、初めてMicrosoftからアワードを受賞したことです。 

 

2006年にアメリカでDynamics CRMというデータベース・ソフトが発売されました。日本支社のダレン・ヒューストン社長(当時)に相談をすると、本社の担当者を紹介してくれました。すぐにシアトルまで会いに行きました。 

 

話をしてみると、Dynamics CRMでダンクソフトの実現したいことが表現できることを確信、その年の後半から、開発をスタートしました。 

 

結果、2007年には、Microsoftのパートナー・プログラムで実績を評価され、パートナー・オブ・ザ・イヤーを受賞。パートナー企業の数は、日本だけでも万を超えますが、ゴールド・パートナーは数えるほどしかありません。しかも、ゴールドの中では一番小さな規模の会社だったので、嬉しく光栄なことでした。 

  

▎「SmartOffice構想」の兆しは2000年代に 

 

ここから、ダンクソフトはさらに加速します。 

 

翌年の2008年には、クラウドサービスの導入・運用支援の提供を開始。伊豆高原でサテライト・オフィスの実証実験にも挑戦します。これについて、40周年を機に、詳しい物語を書いてみました。よろしかったらご覧ください。 

 

そして、ダンクソフトで最初のテレワーカーが誕生するのが2010年4月。今にして思えば、現在かかげる「SmartOffice構想」の布石ともいえる動きが、2000年代には始まっていたのでした。 

 

2010年に入ると、テレワークやサテライト・オフィスを本格稼働させます。「インターネットに よりよいものをのせていく」という現在の流れに向かって、インクリメンタル・イノベーション(漸進的イノベーション)に着手した時期です。この2010年代については、また次の機会にお話ししようと思います。 

 

SmartOffice Adventure ─ ぼくらは人がやらないことをやる ─ 

https://www.dunksoft.com/40th-story-hoshino

 

 

経営者対談:Unlimited Florist ─ デジタルと手仕事の美徳は引き立てあえる ─


今回のコラムは、株式会社ユーアイ 取締役社長の藤吉恒雄さんがゲストです。大変活躍されている日本を代表するフローリストです。グランドハイアット東京やハイアット・リージェンシー京都、HOTEL THE MITSUI KYOTOの装花デザインなどを手がけていらっしゃいます。コロナ禍を経験して見えてきた課題、今後のビジネスの展望や、「デジタル」がもたらす未来について、対話しました。  

株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄 

株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎


▎80年代、「やはりあのシステムがほしい」と転職先にも導入 

 

星野 ダンクソフトは、この7月から40期目に入りました。藤吉さんとの関わりは、もう40年近くになります。最もおつきあいの長いクライアントのお一人です。 

 

藤吉 きっかけは知人の紹介でしたね。当時勤めていた結婚式場で、花の仕入れ管理に苦労していたときでした。週末には20〜30件の結婚式が行われるわけですが、それらすべてを手作業で集計していたんです。限界を感じ、システム開発を依頼しました。それがとても使いやすく便利で、その後、今の会社に移った時にも「やはりあのシステムがほしい」となりました。結果、移籍先にも同様のシステムを改めて導入していただいたのです。 

 

星野 お仕事の特徴として、一般的な販売管理とは、時間のスパンが違いますね。今日明日の出来事ではなく、結婚式は、来年、再来年という“未来”のデータを扱います。顧客も、ご両家だったりするので一人ではありません。仕入れも独特です。要素がことごとく他の業界と異なるので、一般的な販売管理システムでは何ひとつ合いませんでした。それがまるごと表現できるように開発する必要がありました。 

 

当時はそれを特殊だと感じていましたが、その後、多くの業界に触れる中で、実は他の分野でも必要とされていたことだとわかりました。私たちもよい勉強をさせていただいたと感謝しています。 

 

藤吉 いつもひょっこり事務所にやってきて、ちょちょっと仕事をしてリュックを背負って帰っていく。当時の星野さんの後ろ姿が印象に残っています。 

 

星野 最初の開発時は、まだまだパソコンも黎明期で、使わなくなった中古パソコンをお貸しして使ってもらったんですよね。だからいつも何かしら荷物があったんです(笑)。データベースも、いちからつくるしかなかった時代で、記録媒体はなんとフロッピーでした。 

 

藤吉 パソコンもブラウン管のような時代でしたね。   

▎デジタルを取りいれて効率化するためには、意識を変えることが重要 

 

藤吉 結婚式のしくみは、その頃からほとんど変わっていないかもしれません。何より、花をさす仕事自体は変わりません。ですが、それ以外の事務的な作業をデジタルで効率化できるようになりました。ただ、ものづくり業界の特性でもあるのか、手間を美徳とする文化も根強くあり、デジタルへの拒否反応は、まだまだあります。やはり意識を変えていく必要があると強く感じています。 

 

星野 とすると、こう言ってみてはどうでしょうか。デジタルで効率化したぶん時間ができる。その時間で、より手間をかけられるのですよ、と。要するに、デジタルと手仕事の美徳は、引き立てあえるんですよね。 

 

それから、デジタルでの効率化のポイントは、同じ情報は再利用し、一度で済むものは一度で済まそうという発想です。再利用できるところは再利用するとよいですよね。 

 

藤吉 イレギュラーも多い業界です。急な仕事が入ったり、なくなったり、シフトが日々変わったり、時間がばらばらだったり。効率化していかれるよう、仕事を見直して、しくみを変え、デジタルの使い手である我々の意識を変えることで、業界をもっと良くしていけるはずです。 

 

星野 柔軟に対応できるシステムにしておき、合理的にできるところは合理化する。その分、浮いた時間や費用を使って、クリエイティビティを発揮するところに注力していくことができます。そのためにこそ、デジタルをうまく取り入れて、効率化していきたいものですね。   

▎コロナ禍の2年半を、会社の体質を変える意義ある時間に 

 

星野 イレギュラーと言えば、コロナはフラワー業界にとってはいかがでしたか。 

 

株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄 氏

藤吉 コロナ禍のダメージは甚大でした。2020年の2月、大企業やブランドのパーティーなどのイベントが、いち早く中止になりはじめます。3月になると、学校が休校になり、結婚式や大小のイベントも軒並みキャンセル、または延期。4月、5月は、とうとうほぼゼロになりました。誰にも先の状況が読めないなかでしたが、5月末頃、持ちこたえるところまではやろうと、スタッフをひとりも手放さない決断をしました。現場仕事がない分、じっくり考えることができるため、これからの仕事の仕方について、スタッフ皆で考えはじめたんですね。 

 

星野 どんなことをされたのですか。 

 

藤吉 アイディアを出し合い、ミーティングを重ねて、どうすれば体質を変えられるか、考え抜きました。例えば、残業をなくす方法を突き詰めていくと、結婚式の打ち合わせから変えなければならないことが見えてきました。 

 

星野 その後、それを実践していかれたのですね。 

 

藤吉 2021年の秋頃には、幸いにも忙しさが戻ってきました。そこでトライ・アンド・エラーを繰りかえし、しくみを見直し、2年半かけて体質を変えてきました。チーム力もあがりました。その成果が今ようやく出てきたところです。 

 

星野 コロナ禍の時間を意義あるものにされましたね。 

 

藤吉 そうですね。じっくり考える時間をもらえたという意味では、意義ある時間でした。それまで馴染みのなかったオンラインでの打ち合わせにも慣れましたし。継続的に体質改善に向き合えたので、結果的には貴重な時間となりました。 

 

星野 そうなるように意志を持って、スタッフの皆さんと対話を重ねられたからこそですね。あらためて思うことですが、やはり「対話」が大事ですね。ダンクソフトでも、スタッフと私との対話、スタッフ同士の対話、お客様との対話を、約10年ほど前からでしょうか、意識的に重視してきました。 

 

くわえて、技術的なタイミングですね。ある意味、技術がコロナ禍に間に合ったと言えると思います。通信環境がこれだけ進化した今だったからこそ、コロナ禍でも、ストレスなくオンラインで対応できます。藤吉さんと出会った頃は、まだダイヤルアップの時代でした。そこからADSLを経て光ファイバーの時代になり、最大通信速度は、1980年からの30年で約10万倍になったと言われます。   

▎「デザイン価値」で、フローリストの地位を高める 

 星野 ところで、コロナ禍を経て、いま感じている課題は、どのようなことがありますか? 

 

藤吉 日本は生け花の世界ですと、伝統として確立されているところがあります。ですが、フローリストについては、どんなすばらしいデザインをしても、そこに対価を得るのが難しいことが、課題だと感じています。 

 

花を用いた空間装飾という私たちの仕事は、有形の花があってこそ成立します。ですが、そこにデザインや技術、ワザという無形のものがなければ成立しません。それこそ一番重要な部分であるにも関わらず、日本のお客様はモノ以外の側面、つまり無形のものには対価が発生しないと思っているようです。海外の企業や外資のクライアントは、「デザイン価値」に対価を払う文化が浸透しているのですが……。 

 

星野 わかります。分野は違いますが、実はダンクソフトでも、ウェブ・デザインやどこにもない新提案をする際に、同じような課題を感じています。 

 

藤吉 当社の社名は、「Unlimited Imagination」を略して「ユーアイ」(以下UI)です。想像性に限界を持たずにやろうという意味で、UIの花は「唯一無二の花」をコンセプトとしています。そのため、デザインにたどり着くまでに、多くの要素(エレメント)をふまえて考え抜きます。クラフトワークともいうべき手仕事のよさを生かしつつ、どうすれば無形の価値を評価する文化を確立、認知していけるのかを常々考えています。 

 

星野 業界を問わず、日本全体の課題ですね。例えば、ヨーロッパはブランディングにたけていて、価格設定が日本よりも高い。一人ひとりが長期休暇を取ることもできて、それでも会社が回ります。日本はそろそろ、安いものがいい、という風潮を変えないといけないタイミングにきていると思います。世界はとっくにそちらにシフトしているのですから。それがまわりまわって、若い人たちの賃金が上がらない問題に関連します。イマジネーションやクリエイティビティ、審美的要素など、無形のもの、いや、「デザイン価値」への評価や価値で対価を得ていく方向に、変えていかないといけないですね。 

 

藤吉 ブライダルのお仕事の場合、約3か月前からお会いして、当日までに複数回のお打合せをします。ですが、私たちは本番になるまで、どのような空間になるか実物をお見せすることができないんです。ですから、やはりヒト対ヒトの信頼関係が大事です。当日を迎える頃には、お友達のようになっている、そんなふうになりたいものです。 

 

星野 プロセスの価値ですね。 

 

藤吉 私たちUIは、マス・プロダクションとアートのあいだにいる、と考えています。手仕事の温かさを残しつつも、デジタルを使いながら効率化していくことが大事だと感じています。ですが、一方で、その2つの相反するものをいかにつなぎ、成果を出していくか。それが難しいところだとも思っています。星野さんから知恵を頂いたり、自分たちのタレント性をさらに磨いたり、意識をもってやっていかないといけないですね。 

 

星野 すばらしい考え方ですね。でも、実はデジタルって、とても温かみのあるものなんですよ。『「人を幸せにするシステム・デザイン」をimagineする』というコラムを先日掲載しましたが、デジタルがあれば、人やアイディアがつながって、温かくてクリエイティブな関係コミュニティをつくることができますしね。このプロセスで一人ひとりの可能性をひらくことができることも実感しています。ぜひご一緒に取り組んでいきたいですね。   

▎予期せぬ天変地異で左右される原価管理を、システムがサポート 

 

藤吉 もうひとつの課題は、原価管理です。生花の市場は“競り(せり)”で売買されます。値段が決まっておらず、状況により乱高下します。そのため、原価が安定しません。事前に「こんな花にしましょう」「あの花を使いたい」と相談していても、使う時期にいくらで買えるか、お客様のリクエストが、変動する市場に合致するとは限りません。原価予測がきわめて難しいんです。 

 

星野 競りというのは、また大変ですね。 

 

藤吉 ええ。天変地異で温室が飛んでしまうこともありますから、原価は常に変動します。ダンクソフトさんにつくっていただいたシステムでは、原価を記入するようになっています。そこで、原価の精度を高めるために、仕入れ担当者が、中卸業者さんに価格予想を出してもらうようにしました。それをもとに予想原価を記入していく。それによって原価管理が、以前よりは随分できるようになっています。また、会社が目標にする数値がコンピュータに入っているともいえますので、じゃあそこにどう合わせるか? と、担当者たちが、状況をみながらやりくりできるようになっています。 

 

星野 システム開発の時点では想定していなかった使い方ですね。システムはそのままでも使い方を発展させて、システムを、より有効に活用してくださっています。それで想定以上の積極的な効果を出されているということですから、開発者として、とても嬉しいお話をお聞きできました。 

 

 ▎花を再生する農場をつくりたい 

 

星野 最後に、未来にこうしていきたいという展望をお聞きできますか。 

 

藤吉 そうですね、もっとフローリストという職業がさらに認知され、地位が上がるようにしていきたいですね。当社UIを、考え抜いた商品・サービスを提供するプロフェッショナル集団にしたい。そのために私がすべきことは、スタッフにとってより良い環境をつくることだと考えています。労働時間にせよ、効率化にせよ、環境は私が整えるから、みんなそこで好きに暴れてくれたらいい、と。それと、個人的には、現役リタイア後は、農場をつくりたいという夢があるんです。 

 

星野 農場ですか? 

 

藤吉 花は、多くの場合、切り花で使います。根のついた状態で仕入れたものを切って使うことがあります。例えば、アジサイなどは株で買って、それを切って使うので、株が大量に残ってしまいます。これを農家は引き取って、育てなおしてはくれません。その、花を切り落とした後の根や株を、再生できればと思うのです。 

 

星野 そのためのプラント農場や温室というわけですね。 

 

藤吉 そうです。最たる例がクリスマス・ツリーです。何年もかかって育った樹木が、12月の約ひと月の役目を終えたら、そこまで。ツリーとして鉢植えにするため、根を小さく刈り込んでしまうので、もう再利用ができません。1~2メートルの背丈になるまで3、4年はかかります。このペースで行けば、育てる方が追いつかない。お金の問題より何より、ただただもったいない。このことがずっと気になっていて、現役を離れたらどこかで植物の再生活動ができればと思っているんです。 

 

星野 農業・林業×ITには大きな可能性が眠っています。ダンクソフトはデジタルの会社ですが、実は私は少し前から「自然と機械と人間の協働」に注目しているんですね。これがますます重要になっていくのは間違いないと思っているんです。そうした考えもあって、ダンクソフトは、この神田オフィスに移転してから、地域の皆さんと藍(あい)を育てる「神田藍プロジェクト」に参加するようになりました。オフィスのテラスで藍を栽培し始めて2年目になります。 

  

▎神田で藍を育てる コミュニティがあれば、どこにいても働ける未来へ 

 

オフィスのベランダで育てている藍の植木鉢

藤吉 ビルのテラスで藍を栽培? そんなことをされているのですか。 

 

星野 ええ。そこのベランダにあるんですよ。都会には地域コミュニティがあまりないので、身近な人を知っているコミュニティをつくりたいと思って始めたのですが、藍自体の魅力もわかってきました。株もどんどん増えて、今年はついに、神田で採れた種を植えて、藍を神田で育てて、神田で染めた「生葉染め」ができましたよ。 

 

通常、藍は染料に加工して使いますが、新鮮な生葉なら生葉染めができます。木綿や麻は染まりづらいのですが、動物性の生地は染めやすいそうですね。先日、群馬県にある世界遺産の富岡製糸場に行きまして、絹のポケットチーフを手に入れてきました。それを生葉染めで染めたものが、こちらです。 

 

藤吉 星野さんが染めたものですか? それは驚きました。 

 

星野 先日このオフィスで生場染めをしたところなんですよ。今日、藤吉さんにお渡ししようと思って用意しました。生葉染めの特徴で、色の濃淡も風合いも均一でなく表情豊かに染まります。お好きなものを一枚どうぞ。 

 

藤吉 青は好きな色で。では、濃いものをいただきますね。いい色だな、ありがとうございます。 

 

星野 それで、この藍の鉢植えのそばにカメラをセットして、リモートでウォッチしているんですよ。そうすることで、離れたところにいて、毎日様子を見に来ることができなくても、世話ができています。今はまだ水やりまで自動化できていませんが、それも手の届く未来です。 

 

いま進められている第5世代移動通信システム(5G)の通信速度は、第4世代(4G)の実に100倍以上も高速です。総務省では大型予算を組んで、離島や山間部をふくむ日本全域の5G化を急ピッチで進めています。過疎地や人間が住んでいない山林地域にもインターネットが行き渡れば、距離や住環境は大きな問題ではなくなります。人がこれまで住めないところでも活動や仕事ができるようになります。 

 

藤吉 そんなに進んでいるんですね。 

 

星野 そうなれば、藤吉さんがおっしゃった花の農場のようなことは、どこにいてもできるようになりますね。それと先ほど、環境は私が整える、とおっしゃいましたが、それこそダンクソフトでは、インターネットを上手に利用してクリエイティブに仕事ができるビジネス環境をつくるため、「スマートオフィス構想」を提唱しています。首都圏への一極集中を緩和し、地方にいてもやりたい仕事を選んで働ける環境を実現していく構想です。これが、これからますます重要になっていくでしょうね。地域にいながらにして日本各地、あるいは世界各地と連携・協働していくきっかけになる場としても、期待しています。 

 

藤吉 とすると、もっといろんなところで働けるように、価値観を変えていかなければなりませんね。 

 

星野 私のイメージだと、近いうちに鉄腕アトムが登場して、行きたいところに私を背負っていってくれると思っているんですよ(笑)。夢物語と思っていることが現実となるのも、きっとそう遠い未来ではありません。 

それにしても今回の対話は、思いがけず「再生」がテーマになりましたね。デジタルがあれば、手仕事も、植物も、コミュニティも再生できる。古代からあるものが、最新技術で、より魅力をもつ。今日は、unlimitedな夢もともに描ける時間をいただきました。ありがとうございました。 

  

Cross Talk:課題を課題として感じていないという課題 


[参加者] 

ウェブチーム 大村美紗 

開発チーム 澤口泰丞 

企画チーム Umut Karakulak 

代表取締役 星野晃一郎 


 ▎はじまりをつくり続けて 40 年 

 

星野 ダンクソフトは 7 月から新年度を迎え、40 期目に入りました。今回は、これからのダンクソフトをつくっていくスタッフ3名とのクロス・トークです。 

 

最初に、「ダンクソフトが 40 周年を迎える」と聞いて、どうですか。 

 

澤口 40 年というと、今の自分の年齢を上回ります。僕が生まれる前からこの会社があった。しかもその頃から IT に関する事業をしていたのだと思うと、それはすごいことだなと、素直に感心してしまいます。自分が 5 歳のとき、未来がこんなにデジタル社会になるなんて、想像もできませんでした。 

 

ウムト たしかに、40 年前にITの仕事をするって、とても大変だっただろうなと思いますね。5 年前でさえ、今使っているツールもなかったですし。技術も 5 年あれば相当変わっています。今思えばとても大変だったのに。 40 年前だとインターネットもなかったですよね? 

 

星野 そうですね。ダンクソフトの創業は 1983 年。日本でインターネットが一般に運用されはじめるのは 1990 年代以降ですから。 

 

大村 会社としてすごいことですよね。そして、それだけ続いているということは、続けるために業務内容もどんどん変化してきただろうし。でもデジタルという軸はずっとぶれていない。そこもすごいなと思います。 

 

星野 変化については、意識的に変えていることもあれば、状況が変わって変化したこともあります。世の中がすごいスピードで動いていますから。振り返れば、初期の頃は何もありませんでした。ウィンドウシステムもデータベースも何もないから、何でも自分たちでつくるしかなかったんですね。 

 

技術も社会も高速に進んで、ウムトも言ったように 5 年前と比べても想像もつかないくらい進みました。そう考えると、5 年後はさらに変化が加速しているかもしれません。たとえばデバイスも、今はスマホが主流ですが、これが指輪やメガネになったり、身体の中に入ったりするのかもしれない。いずれにせよ、デジタルはもっと身近になっていくでしょう。  

▎誰のどんな課題を解決していくのか 
─クライメイト・チェンジ、ペーパーレス、セキュリティ、フェイク・ニュース 

 

星野 これまでも、ダンクソフトは誰かの課題や、社会の課題を解決するためのソフトウェアを開発してきました。皆さんには、いま気になっている社会の課題がありますか?  

 

ウムト クライメイト・チェンジ。気候変動です。状況はとても深刻で、今、最優先すべき課題だと思います。 

 

この課題解決のために、デジタルに何ができるか。先日仲間と話しあったときには、使用した電気量を可視化するアプリを作成するアイディアが出ました。 

 

生活のなかで、どこでどれだけの電気を消費しているか、みんなはあまり気にせず暮らしていると思います。状況をデジタルで見えるようにします。そうすれば、節電しようとする行動を促せるのではないかと考えたんですね。実状を知るだけでも、人の行動は影響を受けますから。 

 

澤口 それにも通じますが、課題を課題と感じていないことも課題だと思います。現状に疑問を持たず、それでいいと思ってしまい、気づかない。 

 

たとえばペーパーレスが進まない企業もそうです。ずっと紙でやってきた。社内は相変わらず紙を使っている。だから、それでいいと思ってしまうんですね。別に課題だと思っていない。でも、もっと便利なツールや効率のよい方法があって、活用すれば色々な効果が期待できる。でも、なかなかそうした認識に至らない企業が多いのではないでしょうか。ですが、テクノロジーが進化したことで、敷居が低くなり、実は今はかえって導入のチャンスとも言えます。 

 

ダンクソフトが、よりよいソリューションを展開していくために、まだ課題を課題として気づいていない人に気づいてもらえたらと思います。そのための働きかけをするのも、僕たちの役割だと思います。 

 

大村 IT は便利です。同時に、メリットの背後に、デメリットや危険性も伴っているものです。ですが、どんなデメリットや危険性があるか、認識にはばらつきがあります。詳しい人はわかっているけれど、そうでない人は知らない。知らないまま、便利さを取り入れるつもりで、リスクにさらされてしまいます。 

 

星野 メリットを享受する裏側のデメリットの問題、大事ですね。その筆頭が、やはり、セキュリティとフェイクの問題でしょう。タダほど高いものはないのです。無料のサービスをかしこく使っているつもりが、実は自分のプライバシーを売り渡していた、ということになってしまいます。インターネット上には残念ながらフェイク・ニュースが横行しています。適切な自衛が必要であるにもかかわらず、そこはあまり語られていませんね。 

 

そういう意味でも、これからは「インターネットに よりよいもの をのせていく」ことがますます大切になります。インターネットとデジタルの未来のためにも。ダンクソフトは、そこを大切にしています。  

▎将来は、世界各地から参加者が集まる場に 

 

星野 みなさんは将来、どんなダンクソフトにしていきたいですか? 

 

澤口 僕には将来したいことがあるんです。全国各地を訪れ、いろんな地域の人たちをダンクのメンバーにしたいんです。 

 

ダンクソフトは働きやすい会社です。長く働くことができます。でも、それが同質化にならず、新陳代謝を起こしつづけていたい。そのためにも、日本中のあちこちから、クリエイティブな人たちが参加し続けるダンクソフトであってほしいと思います。 

 

異なる文化圏の人どうしが刺激を受けあえる風通しのよい環境は、イノベーションをもっと促進するでしょうから。 

 

星野 まさに「スマートオフィス構想」の発想ですね。それぞれの居場所や愛着のある土地がスマートオフィスになっていく。僕たちが理想とする未来です。 

 

▼スマートオフィス構想とは  
https://www.dunksoft.com/message/2021-04

 

 

澤口 その土地でしか知られていない、外の人にとって魅力的なモノやコトなどの情報が、各地にたくさんあるはずです。地元の人には当たり前だけど、違う地域や外国の人にはとても貴重で価値があるとか。ささいな情報も、インターネットにのせることで世界に開かれ、世界中に知ってもらうことができる。そこから始まるものがきっとあると思います。 

 

星野 インターネットがこれだけ進んだ今、距離は問題ではなくなりました。ウムトは出身地のトルコと、日本にいても変わらずコミュニケーションがとれていますし。コロナ禍がおさまらない中で、フランスの学生がフランスに居ながらにしてダンクソフトでインターンを経験しましたね。 

 

ロシアとウクライナ問題のなかでも、例えば、イーロン・マスクがいちはやく衛星インターネット回線を開放しました。世界中のホワイト・ハッカーたちが、遠隔からウクライナに手を差し伸べました。かつてないインターネットと情報の動きが、支援の輪を広げています。 

 

インターネットがあれば、物理的な地域の壁を軽々超えて協働できる時代です。世界中からダンクソフトに参加者が集まる未来は、案外近いかもしれませんよ。 

▎時代と対話しながら、次のプロジェクトを生みだし続けるダンクソフトへ 

 

ウムト ダンクにはフレキシビリティがあって、まだまだ新しいワークススタイルに挑戦できる会社だと思います。一人ひとりがオーナーシップを発揮して、もっと面白いプロジェクトを進めていける可能性を感じています。 

 

大村 そうですね。ダンクソフトは、メンバーを自由にさせてくれます。良くも悪くも、“放し飼い”というか(笑)。だからみんないろんなことを考えて、それぞれに行動に移していくことができます。いまはコロナ禍を経験し、メンバー同士がなかなか直接会えなかったこともあり、ちょっとばらつきを感じています。ですから、ダンクソフトの長所である開放感を保ちつつ、これからは、スタッフ同士のコミュニケーションがもっと活性化される環境にしていければと思っています。 

 

こうして他のチーム・メンバーと話すのもいいですね。澤口さんとは同期ですが、今日初めて知った新たな面がありました。ウムトにも「え、そうだったの?」という意外な発見がありました。 

 

ウムト たしかに、ダンクはいろんなスキル持ったポリバレント(※1)な人たちが集まっていて、とても個性豊かです。ダンクソフトのメンバーそれぞれの特長や魅力が混ざりあえば、すごく面白いことが起こりそうです。 

 

星野 それぞれのメンバーが未来を考えて、次をつくっていく集合体が、ダンクソフトなのだと思っています。今回、皆さんの話を聞いていても、やっぱりそう思いました。ひとつのプラットフォームというか、もっと信頼感のあるコミュニティのイメージですね。 

 

年代も住む地域も多様ないろんな人たちが関わって、コ・ラーニングできる場所。みんなで社会課題を解決していく場所。時代と対話しながら、次のプロジェクトを生みだし続ける場所。ダンクソフトはそういう場所になっていってほしいと、あらためて思いました。 

 

みなさん、今日はありがとうございました。 

 

※1 ポリバレントとは?https://www.dunksoft.com/recruit#philosophy    


参加者プロフィール 

大村美紗 ウェブチーム 

2009年に新卒採用で入社。ウェブデザインを担当。コロナ禍でデジタル化やクラウド化が進むなか、デジタルの苦手な人が取り残されることが心配。デジタルに苦手意識を持つ人にも使いやすいものを提供したいと考えている。 

 

澤口泰丞 開発チーム 

2009年に新卒採用で入社。ダンクソフト・バザールバザールの開発、顧客へのシステム導入などを担当。対面に比べてリモートでのコミュニケーションに物足りなさを感じており、そこをデジタルで解消する有効な方法を探索している。 

 

UMUT KARAKULAK 企画チーム 

インターンシップを経て、2016年に新卒採用で入社。 ARシステムWeARee!の開発に携わる。いま注目しているのはAI。技術的にも環境的にもいよいよ準備が整い、イノベーションが期待できるとみている。 

 

ダンクソフト40周年特設サイトをぜひご覧ください→ https://www.dunksoft.com/40th