事例:テレワークで実現したNPOの働き方改革と拡がる可能性

お客様:特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会様

介護のために仕事を辞めることになるかもしれない――職員からの相談をきっかけに、樹木・環境ネットワーク協会はテレワーク体制を導入した。導入直後に新型コロナウイルス感染症が拡大。しかし、いくつかの事業は休止や縮小を余儀なくされたものの、基本的な業務は継続することができた。テレワーク導入時に直面した課題、そして広がった可能性について、お話を伺った。

 

■事務所に縛られず、フィールドでの活動を増やしたい

フィールドでの活動風景

フィールドでの活動風景

 樹木・環境ネットワーク協会は、森や里山の保全活動と、そのための人材育成を主軸に置くNPOだ。「聚フィールド」と呼ばれる山林や里山、公共緑地を全国13カ所で管理する他、植物や生態系の知識を持つ人材を育てる検定制度「グリーンセイバー」も設立当初から運営している。検定に合格した人々が中心となってフィールドの保全活動を行っているのが特徴だ。

自分たちが保全してきたフィールドだから、自分たちしか手をつけられない……と閉鎖的になるのではなく、「もっと広くいろいろな方にかかわってもらうことで、自然との付き合い方や自然への関心を高める普及啓発活動を大切にしています」と語るのは、事務局長を務める後藤洋一氏だ。人と自然の関係がもっと近しいものとなり、「人と自然が調和する持続可能な社会」を目指すというのは、同協会の理念でもある。 

特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会 理事・事務局長 後藤洋一 氏

特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会 理事・事務局長 後藤洋一 氏

だからこそ、後藤氏は8~9年前に同協会にかかわるようになってすぐに、「事務所に縛られて行動が制限されてしまうことなく、もっと自由な働き方ができないだろうか」と考えるようになった。そうすれば、もっとフィールドでの活動を増やすことができるからだ。

 



■介護と仕事の両立を模索 

2018年春、後藤氏は「事務所に来るのが難しくなるかもしれない」と広報担当の石崎庸子氏から相談を受けた。両親の介護が必要になり、事務所に来るシフトを組みにくくなるかもしれないというのだ。実家は自宅から近いが、事務所から電車で1時間ほどかかってしまう。急用が発生しても、すぐに駆け付けることが難しい。これから状況がどのように変わっていくかが分からないため、仕事を続けられなくなるのではと不安を抱えていた。

実は後藤氏もかつて、実家の介護や通院を手伝いながら、仕事と両立させることの難しさを痛感した時期があった。そこで石崎氏の相談に背中を押され、「テレワーク」という働き方を選択肢に加えるべく動き出した。

ダンクソフト星野との打ち合わせの様子

ダンクソフト星野との打ち合わせの様子

テレワークについて、ダンクソフトの代表取締役 星野晃一郎に相談したところ、テレワークの助成金があることを知った。8月から情報収集を開始し、申請準備を10月から進めて12月に取得。その後に機器やシステムの導入を完了し、翌年2月には最終報告書を提出するというハードスケジュールを決行した。ダンクソフトには、申請書類の書き方や導入後のフォローまでを相談した。

 後藤氏と星野は、以前からNPOのためのクラウド勉強会を毎月共催してきた間柄だ。だがダンクソフトに支援を頼んだ理由は、他にもあった。「相見積もりを取るために来てもらった他社の方が、とても営業的だったのです。その点、星野さんはフレンドリーで、気さくにいろいろ話すことができました」

またダンクソフト自身がサテライト・オフィスやテレワークに取り組んできた実績や、さまざまなNPOとの協働経験が豊富なことも安心だった。「地域活動に積極的に取り組むダンクソフトは、NPOに対する理解が深いと感じました」

 

■わずかな準備期間で情報収集から導入まで

 テレワークの本格導入を始める前から、同協会では共有サーバーとメールを基盤に運営していた。皆で共有するデータは必ずサーバーに入れておき、メンバーは誰でも見られるようにしていた。この共有サーバーに外からアクセスできるよう、今回から安全性の高いネットワーク接続が可能な「VPN」を設定した。

左:自宅のテレワーク環境  右:オフィスのテレワーク環境

左:自宅のテレワーク環境  右:オフィスのテレワーク環境

 そして、テレワーク中はマイクロソフトのグループウェア「Teams」を常時接続することとした。画面には作業中のソフトウェアとTeamsが表示されるため、作業効率を上げるためのサブモニターも購入。会議用スピーカーやWebカメラも用意した。これらの機器は自宅でも必要になるが、個人負担で購入しなくても済むよう、協会から貸与することとした。

苦労したのは、助成金ごとに助成対象が異なることだ。例えば最初に申請した助成金では、サブモニターやWebカメラは助成対象だが、パソコン自体は対象外。業務を行いながらTeamsを常時接続すると、古いパソコンには負荷が大きいため、後に別の助成金を申請して購入することとなった。

ダンクソフト企画チーム大川慶一が、ダンクソフトでのテレワーク勤務体験談をお話しました

ダンクソフト企画チーム大川慶一が、ダンクソフトでのテレワーク勤務体験談をお話しました

12月半ばに助成金を取得してから、星野によるセミナーと体験会が実施された。スケジュールを組んでみると、セミナーを年内に始めておかなければ、2月の報告書提出には間に合わない。1回目のセミナーは年内最終営業日に、2回目と3回目は1月中に行った。東京事務所6名のうち、テレワークの対象となる4名が参加した。

 

「なんとなく理解しているつもりだったことを、きちんと体系立てて説明していただきました」と石崎氏は振り返る。「具体的に何をどのように進めていくか。その前段階として、世の中の流れや、テレワークの基本的な考え方を、この機会にひととおり教えていただけて、ありがたかったです」

 

■緊急事態宣言に間に合った、テレワークへの移行

 助成金のスケジュールの関係で、テレワーク環境を急ピッチで整えた直後に、新型コロナウイルスの感染が国内で拡大した。そのおかげで、3月末に第1回目の非常事態宣言が発令された頃には、事務所の作業の9割近くをテレワークに切り替えることができた。

だが、対外的な窓口である事務所を完全に閉めることはできないし、郵便物の受け取りや発送作業など、事務所での作業はゼロにはならない。「テレワークには合わず、休業状態になった仕事もありました」と後藤氏は打ち明ける。「それでも、基本的な業務は稼働していますし、テレワークに対するハードルはだいぶ下がったと感じています」 

スタッフとオンライン会議中の後藤氏

スタッフとオンライン会議中の後藤氏

これまでも共有サーバーを使っていたとはいえ、新しいツールに慣れるまでは若干の混乱が生じた。Teams内には、さまざまなプロジェクトごとのチャネルを設けているため、いつどこで話された内容だったのか混乱することもあった。Teamsを見られない環境にいる人には、メールで情報共有をすることもある。「Teams内に保存するのか、メールで送るのか、共有サーバーに置くのか。情報をきちんと一括して残しておくことが、慣れるまでは難しかった」と石崎氏は語る。

 Teamsを使って、常時接続の会議が毎日開かれているので、顔を見ながら話せる場がある。これにより、離れていても事務所にいる時と同じように、一緒に働いている感覚が得られる。それでも「もっと他愛のない雑談ができる場を作れないか」と石崎氏は考えている。「雑談が減って、何かが目に見えて滞っているということはありません。でも事務所では雑談をきっかけに何かが生まれたり、仕事がうまくまわっていくための種みたいなものが、もっとあったように思うのです。次は、テレワークの中でも、うまく雑談かできる工夫をしてみたいですね」

  

■介護しながらも働けることが、団体の価値を高める

特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会 広報 石崎庸子 氏

特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会 広報 石崎庸子 氏

 石崎氏には、気がかりなことがもうひとつあるという。出勤回数を大幅に減らし、基本的には在宅で勤務していることで、他のスタッフの負担が増えているのではないか、という点だ。「私は主に広報関連の仕事をしていますが、事務局に行けば電話応対や、発送の仕事が忙しいようならば手伝うこともできます。でも行かないと、自分の担当業務のみになってしまうので、申し訳ない気持ちになります」

この心配に対し、星野は「そこはお互いさまであって、これから介護は誰もが避けられないこと。石崎さんがそういう事情を抱えながらも働けるということ自体が、周りの人にとって、よい事例になっていると思います」と語る。

「今までは、そういう個人的な事情を隠すのが日本の企業文化でした。介護は結構大変なことなのに、自分だけで背負ってしまい、結果的に会社を辞めてしまっていました」。だが介護される側の人数が増え、公の部分だけでは支えられなくなり、民間の力で支えていく時代に変わってきているのだという。

「負担を組織としてシェアできるというのは、価値が高いこと。同じような課題を抱えた人にアドバイスできるということの価値は、今後高まっていくのではないでしょうか。お互いを尊重して、それぞれが助け合って、無理のないやり方で進めていくことの方が、成果が出やすいと思います」

  

■テレワーク環境整備の、その先に見える未来

テレワークのスピード導入と、その後の試行錯誤が功を奏し、2020年10月には、総務省の令和2年度「テレワーク先駆者百選」(注1)に選ばれた。「おめでとうございますという声はありますけど、今のところはまだ大きな反響はないですね」と笑う後藤氏だが、企業連携を推進する団体としては百選に選ばれたことが、企業との信頼づくり、新しい連携先企業との関係づくりにも通じるだろうと期待する。

また、「テレワークの導入に積極的に取り組んでいるNPOは、まだ多くありません。働き方を模索している団体に、何らかの刺激になれればと思います」と、NPO界全体のデジタル化推進に目を向ける。実際に、受賞をきっかけに、テレワーク環境の整え方や助成金の使い方について、さまざまなアドバイスを求められる機会が増えたという。

今回のテレワーク導入によって変わったのは、働き方だけではない。2020年12月には、大規模なオンライン・イベントも実現した。運営サポートとして携わっていた後藤氏は、事務局に「星野さんにアドバイスをしてもらってはどうか」と紹介。オンライン配信の機材や段取りのアドバイスだけでなく、シンポジウム会場としてダンクソフトのダイアログ・スペース(注2)を活用した。

「テレワークを導入して終わりではもったいない。さらに、オンライン・イベントを一緒に実施したり、セキュリティについて学びを重ねたりすることで、“Co-learning(コ・ラーニング/共同学習)”の関係を続けていくことが大事だと考えています。ダイアログ・スペースが、こうしたCo-learningの一助となれば」と、星野は今後の展望を語る。

 

「森林と市民を結ぶ全国の集い2021」

「森林と市民を結ぶ全国の集い2021」

3月には、1週間におよぶ『森林と市民を結ぶ全国の集い2021』も開催を予定している。第25回目となるシンポジウムだが、今年はオンラインでの配信となる。東日本大震災から10年という節目でもあり、オンラインでの自然体験やグリーンリカバリーといったタイムリーな話題も議論される。ダンクソフトのダイアログ・スペースの他、東北3県からも配信するということで、初めて尽くしの準備は佳境に入っている。

「今までリアルに実施してきたイベントがオンライン化していく中で、さまざまなアドバイスをいただいたり、イベント会場を借りることも今後増えていくのではないでしょうか。テレワーク導入を超えて、ダンクソフトさんと継続的に協働して、何か企画していきたいですね」。後藤氏は、テレワーク導入の経験から、この先の可能性に大きな期待を寄せる。後藤氏をモデルに、森林や自然に関わるNPO団体が、デジタル・テクノロジーを活かして、さらに躍進する未来が待ち遠しい。


 注1)総務省が平成27年度から、テレワークの導入・活用を進めている企業や団体を「テレワーク先駆者」とし、その中から十分な実績を持つ企業等を「テレワーク先駆者百選」として公表している。

 

注2)ダイアログ・スペースは、ダンクソフトの神田オフィス内に設けられた場。全社員がテレワークに移行し、誰も出社しなくなったオフィスの一部を活用しており、オンラインとオフラインのハイブリッド型のイベントを良質な環境で開催できる。


 ■ 導入テクノロジー

テレワーク導入支援テレワーク検定

  

■特定非営利活動法人 樹木・環境ネットワーク協会とは

森づくりを通して環境を考える任意団体として1995年に設立され、1998年よりNPO法人として活動をスタート。各地で森づくりや里山再生に取り組みながら、グリーンセイバー資格検定制度を運営するなど、「森を守る・人を育てる・森と人を繋ぐ」をテーマに、活動の幅を広げている。

https://shu.or.jp/