経営者対談:Unlimited Florist ─ デジタルと手仕事の美徳は引き立てあえる ─


今回のコラムは、株式会社ユーアイ 取締役社長の藤吉恒雄さんがゲストです。大変活躍されている日本を代表するフローリストです。グランドハイアット東京やハイアット・リージェンシー京都、HOTEL THE MITSUI KYOTOの装花デザインなどを手がけていらっしゃいます。コロナ禍を経験して見えてきた課題、今後のビジネスの展望や、「デジタル」がもたらす未来について、対話しました。  

株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄 

株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎


▎80年代、「やはりあのシステムがほしい」と転職先にも導入 

 

星野 ダンクソフトは、この7月から40期目に入りました。藤吉さんとの関わりは、もう40年近くになります。最もおつきあいの長いクライアントのお一人です。 

 

藤吉 きっかけは知人の紹介でしたね。当時勤めていた結婚式場で、花の仕入れ管理に苦労していたときでした。週末には20〜30件の結婚式が行われるわけですが、それらすべてを手作業で集計していたんです。限界を感じ、システム開発を依頼しました。それがとても使いやすく便利で、その後、今の会社に移った時にも「やはりあのシステムがほしい」となりました。結果、移籍先にも同様のシステムを改めて導入していただいたのです。 

 

星野 お仕事の特徴として、一般的な販売管理とは、時間のスパンが違いますね。今日明日の出来事ではなく、結婚式は、来年、再来年という“未来”のデータを扱います。顧客も、ご両家だったりするので一人ではありません。仕入れも独特です。要素がことごとく他の業界と異なるので、一般的な販売管理システムでは何ひとつ合いませんでした。それがまるごと表現できるように開発する必要がありました。 

 

当時はそれを特殊だと感じていましたが、その後、多くの業界に触れる中で、実は他の分野でも必要とされていたことだとわかりました。私たちもよい勉強をさせていただいたと感謝しています。 

 

藤吉 いつもひょっこり事務所にやってきて、ちょちょっと仕事をしてリュックを背負って帰っていく。当時の星野さんの後ろ姿が印象に残っています。 

 

星野 最初の開発時は、まだまだパソコンも黎明期で、使わなくなった中古パソコンをお貸しして使ってもらったんですよね。だからいつも何かしら荷物があったんです(笑)。データベースも、いちからつくるしかなかった時代で、記録媒体はなんとフロッピーでした。 

 

藤吉 パソコンもブラウン管のような時代でしたね。   

▎デジタルを取りいれて効率化するためには、意識を変えることが重要 

 

藤吉 結婚式のしくみは、その頃からほとんど変わっていないかもしれません。何より、花をさす仕事自体は変わりません。ですが、それ以外の事務的な作業をデジタルで効率化できるようになりました。ただ、ものづくり業界の特性でもあるのか、手間を美徳とする文化も根強くあり、デジタルへの拒否反応は、まだまだあります。やはり意識を変えていく必要があると強く感じています。 

 

星野 とすると、こう言ってみてはどうでしょうか。デジタルで効率化したぶん時間ができる。その時間で、より手間をかけられるのですよ、と。要するに、デジタルと手仕事の美徳は、引き立てあえるんですよね。 

 

それから、デジタルでの効率化のポイントは、同じ情報は再利用し、一度で済むものは一度で済まそうという発想です。再利用できるところは再利用するとよいですよね。 

 

藤吉 イレギュラーも多い業界です。急な仕事が入ったり、なくなったり、シフトが日々変わったり、時間がばらばらだったり。効率化していかれるよう、仕事を見直して、しくみを変え、デジタルの使い手である我々の意識を変えることで、業界をもっと良くしていけるはずです。 

 

星野 柔軟に対応できるシステムにしておき、合理的にできるところは合理化する。その分、浮いた時間や費用を使って、クリエイティビティを発揮するところに注力していくことができます。そのためにこそ、デジタルをうまく取り入れて、効率化していきたいものですね。   

▎コロナ禍の2年半を、会社の体質を変える意義ある時間に 

 

星野 イレギュラーと言えば、コロナはフラワー業界にとってはいかがでしたか。 

 

株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄 氏

藤吉 コロナ禍のダメージは甚大でした。2020年の2月、大企業やブランドのパーティーなどのイベントが、いち早く中止になりはじめます。3月になると、学校が休校になり、結婚式や大小のイベントも軒並みキャンセル、または延期。4月、5月は、とうとうほぼゼロになりました。誰にも先の状況が読めないなかでしたが、5月末頃、持ちこたえるところまではやろうと、スタッフをひとりも手放さない決断をしました。現場仕事がない分、じっくり考えることができるため、これからの仕事の仕方について、スタッフ皆で考えはじめたんですね。 

 

星野 どんなことをされたのですか。 

 

藤吉 アイディアを出し合い、ミーティングを重ねて、どうすれば体質を変えられるか、考え抜きました。例えば、残業をなくす方法を突き詰めていくと、結婚式の打ち合わせから変えなければならないことが見えてきました。 

 

星野 その後、それを実践していかれたのですね。 

 

藤吉 2021年の秋頃には、幸いにも忙しさが戻ってきました。そこでトライ・アンド・エラーを繰りかえし、しくみを見直し、2年半かけて体質を変えてきました。チーム力もあがりました。その成果が今ようやく出てきたところです。 

 

星野 コロナ禍の時間を意義あるものにされましたね。 

 

藤吉 そうですね。じっくり考える時間をもらえたという意味では、意義ある時間でした。それまで馴染みのなかったオンラインでの打ち合わせにも慣れましたし。継続的に体質改善に向き合えたので、結果的には貴重な時間となりました。 

 

星野 そうなるように意志を持って、スタッフの皆さんと対話を重ねられたからこそですね。あらためて思うことですが、やはり「対話」が大事ですね。ダンクソフトでも、スタッフと私との対話、スタッフ同士の対話、お客様との対話を、約10年ほど前からでしょうか、意識的に重視してきました。 

 

くわえて、技術的なタイミングですね。ある意味、技術がコロナ禍に間に合ったと言えると思います。通信環境がこれだけ進化した今だったからこそ、コロナ禍でも、ストレスなくオンラインで対応できます。藤吉さんと出会った頃は、まだダイヤルアップの時代でした。そこからADSLを経て光ファイバーの時代になり、最大通信速度は、1980年からの30年で約10万倍になったと言われます。   

▎「デザイン価値」で、フローリストの地位を高める 

 星野 ところで、コロナ禍を経て、いま感じている課題は、どのようなことがありますか? 

 

藤吉 日本は生け花の世界ですと、伝統として確立されているところがあります。ですが、フローリストについては、どんなすばらしいデザインをしても、そこに対価を得るのが難しいことが、課題だと感じています。 

 

花を用いた空間装飾という私たちの仕事は、有形の花があってこそ成立します。ですが、そこにデザインや技術、ワザという無形のものがなければ成立しません。それこそ一番重要な部分であるにも関わらず、日本のお客様はモノ以外の側面、つまり無形のものには対価が発生しないと思っているようです。海外の企業や外資のクライアントは、「デザイン価値」に対価を払う文化が浸透しているのですが……。 

 

星野 わかります。分野は違いますが、実はダンクソフトでも、ウェブ・デザインやどこにもない新提案をする際に、同じような課題を感じています。 

 

藤吉 当社の社名は、「Unlimited Imagination」を略して「ユーアイ」(以下UI)です。想像性に限界を持たずにやろうという意味で、UIの花は「唯一無二の花」をコンセプトとしています。そのため、デザインにたどり着くまでに、多くの要素(エレメント)をふまえて考え抜きます。クラフトワークともいうべき手仕事のよさを生かしつつ、どうすれば無形の価値を評価する文化を確立、認知していけるのかを常々考えています。 

 

星野 業界を問わず、日本全体の課題ですね。例えば、ヨーロッパはブランディングにたけていて、価格設定が日本よりも高い。一人ひとりが長期休暇を取ることもできて、それでも会社が回ります。日本はそろそろ、安いものがいい、という風潮を変えないといけないタイミングにきていると思います。世界はとっくにそちらにシフトしているのですから。それがまわりまわって、若い人たちの賃金が上がらない問題に関連します。イマジネーションやクリエイティビティ、審美的要素など、無形のもの、いや、「デザイン価値」への評価や価値で対価を得ていく方向に、変えていかないといけないですね。 

 

藤吉 ブライダルのお仕事の場合、約3か月前からお会いして、当日までに複数回のお打合せをします。ですが、私たちは本番になるまで、どのような空間になるか実物をお見せすることができないんです。ですから、やはりヒト対ヒトの信頼関係が大事です。当日を迎える頃には、お友達のようになっている、そんなふうになりたいものです。 

 

星野 プロセスの価値ですね。 

 

藤吉 私たちUIは、マス・プロダクションとアートのあいだにいる、と考えています。手仕事の温かさを残しつつも、デジタルを使いながら効率化していくことが大事だと感じています。ですが、一方で、その2つの相反するものをいかにつなぎ、成果を出していくか。それが難しいところだとも思っています。星野さんから知恵を頂いたり、自分たちのタレント性をさらに磨いたり、意識をもってやっていかないといけないですね。 

 

星野 すばらしい考え方ですね。でも、実はデジタルって、とても温かみのあるものなんですよ。『「人を幸せにするシステム・デザイン」をimagineする』というコラムを先日掲載しましたが、デジタルがあれば、人やアイディアがつながって、温かくてクリエイティブな関係コミュニティをつくることができますしね。このプロセスで一人ひとりの可能性をひらくことができることも実感しています。ぜひご一緒に取り組んでいきたいですね。   

▎予期せぬ天変地異で左右される原価管理を、システムがサポート 

 

藤吉 もうひとつの課題は、原価管理です。生花の市場は“競り(せり)”で売買されます。値段が決まっておらず、状況により乱高下します。そのため、原価が安定しません。事前に「こんな花にしましょう」「あの花を使いたい」と相談していても、使う時期にいくらで買えるか、お客様のリクエストが、変動する市場に合致するとは限りません。原価予測がきわめて難しいんです。 

 

星野 競りというのは、また大変ですね。 

 

藤吉 ええ。天変地異で温室が飛んでしまうこともありますから、原価は常に変動します。ダンクソフトさんにつくっていただいたシステムでは、原価を記入するようになっています。そこで、原価の精度を高めるために、仕入れ担当者が、中卸業者さんに価格予想を出してもらうようにしました。それをもとに予想原価を記入していく。それによって原価管理が、以前よりは随分できるようになっています。また、会社が目標にする数値がコンピュータに入っているともいえますので、じゃあそこにどう合わせるか? と、担当者たちが、状況をみながらやりくりできるようになっています。 

 

星野 システム開発の時点では想定していなかった使い方ですね。システムはそのままでも使い方を発展させて、システムを、より有効に活用してくださっています。それで想定以上の積極的な効果を出されているということですから、開発者として、とても嬉しいお話をお聞きできました。 

 

 ▎花を再生する農場をつくりたい 

 

星野 最後に、未来にこうしていきたいという展望をお聞きできますか。 

 

藤吉 そうですね、もっとフローリストという職業がさらに認知され、地位が上がるようにしていきたいですね。当社UIを、考え抜いた商品・サービスを提供するプロフェッショナル集団にしたい。そのために私がすべきことは、スタッフにとってより良い環境をつくることだと考えています。労働時間にせよ、効率化にせよ、環境は私が整えるから、みんなそこで好きに暴れてくれたらいい、と。それと、個人的には、現役リタイア後は、農場をつくりたいという夢があるんです。 

 

星野 農場ですか? 

 

藤吉 花は、多くの場合、切り花で使います。根のついた状態で仕入れたものを切って使うことがあります。例えば、アジサイなどは株で買って、それを切って使うので、株が大量に残ってしまいます。これを農家は引き取って、育てなおしてはくれません。その、花を切り落とした後の根や株を、再生できればと思うのです。 

 

星野 そのためのプラント農場や温室というわけですね。 

 

藤吉 そうです。最たる例がクリスマス・ツリーです。何年もかかって育った樹木が、12月の約ひと月の役目を終えたら、そこまで。ツリーとして鉢植えにするため、根を小さく刈り込んでしまうので、もう再利用ができません。1~2メートルの背丈になるまで3、4年はかかります。このペースで行けば、育てる方が追いつかない。お金の問題より何より、ただただもったいない。このことがずっと気になっていて、現役を離れたらどこかで植物の再生活動ができればと思っているんです。 

 

星野 農業・林業×ITには大きな可能性が眠っています。ダンクソフトはデジタルの会社ですが、実は私は少し前から「自然と機械と人間の協働」に注目しているんですね。これがますます重要になっていくのは間違いないと思っているんです。そうした考えもあって、ダンクソフトは、この神田オフィスに移転してから、地域の皆さんと藍(あい)を育てる「神田藍プロジェクト」に参加するようになりました。オフィスのテラスで藍を栽培し始めて2年目になります。 

  

▎神田で藍を育てる コミュニティがあれば、どこにいても働ける未来へ 

 

オフィスのベランダで育てている藍の植木鉢

藤吉 ビルのテラスで藍を栽培? そんなことをされているのですか。 

 

星野 ええ。そこのベランダにあるんですよ。都会には地域コミュニティがあまりないので、身近な人を知っているコミュニティをつくりたいと思って始めたのですが、藍自体の魅力もわかってきました。株もどんどん増えて、今年はついに、神田で採れた種を植えて、藍を神田で育てて、神田で染めた「生葉染め」ができましたよ。 

 

通常、藍は染料に加工して使いますが、新鮮な生葉なら生葉染めができます。木綿や麻は染まりづらいのですが、動物性の生地は染めやすいそうですね。先日、群馬県にある世界遺産の富岡製糸場に行きまして、絹のポケットチーフを手に入れてきました。それを生葉染めで染めたものが、こちらです。 

 

藤吉 星野さんが染めたものですか? それは驚きました。 

 

星野 先日このオフィスで生場染めをしたところなんですよ。今日、藤吉さんにお渡ししようと思って用意しました。生葉染めの特徴で、色の濃淡も風合いも均一でなく表情豊かに染まります。お好きなものを一枚どうぞ。 

 

藤吉 青は好きな色で。では、濃いものをいただきますね。いい色だな、ありがとうございます。 

 

星野 それで、この藍の鉢植えのそばにカメラをセットして、リモートでウォッチしているんですよ。そうすることで、離れたところにいて、毎日様子を見に来ることができなくても、世話ができています。今はまだ水やりまで自動化できていませんが、それも手の届く未来です。 

 

いま進められている第5世代移動通信システム(5G)の通信速度は、第4世代(4G)の実に100倍以上も高速です。総務省では大型予算を組んで、離島や山間部をふくむ日本全域の5G化を急ピッチで進めています。過疎地や人間が住んでいない山林地域にもインターネットが行き渡れば、距離や住環境は大きな問題ではなくなります。人がこれまで住めないところでも活動や仕事ができるようになります。 

 

藤吉 そんなに進んでいるんですね。 

 

星野 そうなれば、藤吉さんがおっしゃった花の農場のようなことは、どこにいてもできるようになりますね。それと先ほど、環境は私が整える、とおっしゃいましたが、それこそダンクソフトでは、インターネットを上手に利用してクリエイティブに仕事ができるビジネス環境をつくるため、「スマートオフィス構想」を提唱しています。首都圏への一極集中を緩和し、地方にいてもやりたい仕事を選んで働ける環境を実現していく構想です。これが、これからますます重要になっていくでしょうね。地域にいながらにして日本各地、あるいは世界各地と連携・協働していくきっかけになる場としても、期待しています。 

 

藤吉 とすると、もっといろんなところで働けるように、価値観を変えていかなければなりませんね。 

 

星野 私のイメージだと、近いうちに鉄腕アトムが登場して、行きたいところに私を背負っていってくれると思っているんですよ(笑)。夢物語と思っていることが現実となるのも、きっとそう遠い未来ではありません。 

それにしても今回の対話は、思いがけず「再生」がテーマになりましたね。デジタルがあれば、手仕事も、植物も、コミュニティも再生できる。古代からあるものが、最新技術で、より魅力をもつ。今日は、unlimitedな夢もともに描ける時間をいただきました。ありがとうございました。