対談:地域イノベーションが生まれる協働のしくみとは──徳島でACT倶楽部が始動

共同研究、特別講演、非常勤講師、ACTフェローシップ……。徳島県阿南市の阿南工業高等専門学校(阿南高専)とダンクソフトは、多岐にわたるプロジェクトを通じて協働を重ねてきました。そして今年「ACT倶楽部」が新たに発足。企業・学生・研究者たちが関わりあう活発な対話と協働の場が動き始めています。 

 

今回のコラムでは、阿南高専 創造技術工学科の杉野隆三郎教授をゲストにおむかえし、地域と企業との協働、地域のイノベーションについて対話しました。 

 

阿南工業高等専門学校 創造技術工学科 教授 杉野隆三郎 

株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎  



▎なぜ異例のスピード・スタートが切れたのか? 

 

ACTフェローシップのメンバー

星野 今年8月、阿南高専教育研究助成会(ACTフェローシップ)に、新たに「ACT倶楽部」が設立されました。設立からわずか2ヶ月で、現在、早くも5つのプロジェクトが始動しているのは驚異的なスピードです。杉野先生、これは快挙ですよ。 

 

杉野 ACTフェローシップは、サイエンスと産業連携により地域課題解決にチャレンジするプラットホームです。1995年に発足しました。本校を支援する卒業生や経営者や企業約100社からなる多様なステイクホルダーが参加しています。 

 

星野 ダンクソフトもACTフェローシップのメンバーです。 

 

杉野 このACTフェローシップから今年新たに生まれたイニシアチブが、「ACT倶楽部」です。企業が抱える課題を持ち込み、企業・学生・教職員・行政や地域社会が連携して課題解決に取り組む仕組みです。イノベーションが生まれる共創の場をつくっていこうとする、新たなチャレンジです。 

 

星野 ACT倶楽部が発足したことで、25年の実績あるACTフェローシップが、ここにきて新たな局面に入ったことを強く感じています。 

 

杉野 そうですね。ACT倶楽部はいいスタートを切れたと思います。その要因のひとつに、人と人とのあいだを結んで協働を推進する「インターミディエイター」を新たな役割として導入したことがあると思います。 

 

星野 目覚ましいスピードと成果ですね。企業、経営者、地域社会と、学生や研究者といった異質なステイクホルダーを、柔軟かつクリエイティブに結んで、よりよい協働関係をつくりだす役割ですね。 

 

杉野 よき共創の場を意図的にデザインできたことが奏効したのだと見ています。昨年2020年11月の計画スタートから1年、設立から2ヶ月。いよいよ本格始動です。  

▎協働を加速させるデジタル・テクノロジー 

 

星野 ACT倶楽部内のコミュニケーションを活性化することが、協働のうえでは重要ですね。今回、倶楽部を支えるコミュニケーション・ツールとして、ダンクソフトのバザールバザールが使われています。スピーディーでスムーズな情報共有はもちろん、コミュニティそのものの活性化が期待できますね。 

 

杉野 バザールバザールは、デジタルで共創場を創出していかれるすぐれたシステムだと期待しているんです。教育現場のIT化を進めるなか、さまざまなシステムやサービスを使ってきました。ですが、経験上、重かったり使い勝手が悪かったりと、負荷の大きさにストレスを感じるものが多くて。その点、バザールバザールは非常に軽快で、使いやすいです。 

 

星野 ありがとうございます。デジタルが苦手な方でも参加できるよう、使いやすさを重視しています。なので、アプリにはせず、ウェブ・ブラウザで使えることもポイントです。 

 

杉野 フル・オープンでないことも大きな魅力ですね。親密なコミュニティが成立するには、いい意味でクローズドな場である安心感が必要です。その方針からもバザールバザールが最適だと考え、採用しました。 

 

星野 安心して発言できるコミュニケーション・ツールとするため、クローズドであること、そこに集まる大事な情報を商用利用しないことは不可欠と考え、そのように設計したのがバザールバザールです。そう言っていただけると嬉しいですね。 

 

杉野 多様な人びとの協働を支え、加速させてくれるデジタル・テクノロジーの好例ですね。全国に同様のコミュニティが今後できていくと思いますが、ぜひ導入されていくと良いと思います。  

▎魚群の数理モデルを人間社会に応用する!? 

 

星野 杉野先生との出会いは、今から6年前、2015年の秋でした。ACTフェローシップで私が講演をさせていただき、その後の交流会、そして徳島までの帰路も通して、幅広く深く話し込みましたね。印象深い出会いでした。 

 

杉野 ええ、阿南市から徳島まで、汽車のボックスシートで膝を突き合わせて。その日の講演のこと、ダンクソフトさんのサテライト・オフィスやさまざまなプロジェクト、それに私の研究テーマなど、非常に意気投合して多岐にわたってお話ししました。 

 

星野 ちょうどその頃ダンクソフトは、サテライト・オフィスやウェブ・ライター養成講座など、徳島でいくつかの協働プロジェクトを進めているところでした。動物の群れ行動の研究から、人間界でイノベーションを生む共創プロジェクトへと発展してきたという杉野先生の研究テーマが興味深くて、すっかり惹き込まれました。 

 

杉野 私はもともと数理工学を専門としていて、魚の群れ行動を数値化する研究をしていました。群れの動きが環境や刺激によってどう変わるかを調べ、数理モデル化して応用していこうという研究です。徳島県水産研究所と10年にわたって共同研究をしていました。 

阿南高専 杉野教授の魚の群れ行動を数値化する研究。

水槽のマアジに当てる光の色を変え、群れ行動の変化を観測。カオス・フラクタル理論に基づき数学的法則性を導き出して数式化する。結果を比較することで、場が作用して行動が変化していることがわかる。これが人間にも当てはまるのではないかという仮説から、杉野先生の現在の研究へと発展した。 

 

杉野 ですが、私が考えたい究極のテーマは、やはり「人間って何だ? 人間社会はどこに向かうべきか?」でした。群れ行動の数理モデルを人間社会に応用していきたいと考えていました。数学と社会を結ぶよきパートナーを探していたときに、星野社長と出会ったのです。 

▎「開かれた対話と創造の場」がイノベーションを生む 

 

星野 出会いから半年後に共同研究のご提案をいだきました。 

 

「共創場」のイメージ

杉野 依頼に快諾いただき、2016年に「共創場」の共同研究が始まったんですよね。あれから5年。IT企業であるダンクソフトとの共同研究のおかげで、学問的な領域に深みと拡張性が出てきました。 

 

星野 ぜひ詳しく聞かせてください。 

 

杉野 キイワードは「自他非分離」です。自分と他人を切断していない。それが創造性に寄与していると考えています。清水博著『場と共創』に大いに影響を受け、イノベーションが生まれる「共創場」の創出についての研究を続けています。まだ研究途上ではありますが、環境が生物の群れ行動に作用することは確実です。 

 

星野 2016年から共同研究を開始し、2018年には早稲田大学で開催された情報処理学会の全国大会にも一緒に出席しました。 

 

杉野 通常、科学や技術は最適性に向かうことが多いのですが、この研究では関連性(relevancy)を重視しています。関係の中から何かよきものが出てくると考えるサイエンスです。 

 

星野 貴重なスタンスだと感じます。コンピュータを使うと、どうしても生産性や効率性にいきがちです。ですが、大事なのは「クリエイティビティ」ですから。クリエイティブなイノベーションが起きる場づくりを追求する杉野先生の研究は、ダンクソフトがまさに得意とするところでもあります。 

 

杉野 星野社長ご自身が人間同士の関係に関心を持っていることもあって、閉じた方向に向かったりしないのですね。人間の可能性や能力を拡張する方向を見ておられる。実際に、ウェブ・ライター養成講座をはじめ、複数の共同学習プロジェクトにも取り組まれていました。そうした新しいビューポイントを具体的な活動のなかで得られたことは、研究者として大きな成果です。ダンクソフトとの共同研究だからこそ得られた結果ですね。 

 

星野 私から見ると、阿南高専で動き始めていたACTフェローシップの動きが面白かったですね。やはり杉野先生が「協働」のイメージをもっていることが大きいと思っています。 

 

ダンクソフトでは、「開かれた対話と創造の場」を重視しています。共創とは、つまり、多様な人たちと開かれた状態で対話をするなかで、予期しなかった新しいことが創造されて、イノベーションがおこっていくことですよね。また、最近はやはり「主客未分」ということを考えており、非常に近いものを感じています。 

 

その杉野先生がつくる場は、他にはない柔軟でクリエイティブな人のつながりで構成されています。高専の教員の方でこんな方がいるのかと驚きました。 

 

杉野 イノベーションを起こせる場づくりをまさに始めようというタイミングでした。その中に共通の知人や友人がいるというご縁もありましたね。 

 

星野 そこから5年で、よくぞここまで来ましたよね。すばらしい成果と速度です。よくダンクソフトを選んでいただいたと感謝しています。  

▎阿南高専と「スマートオフィス構想」の未来 

 

星野 この先に向けて、どのような展望や未来構想をお持ちなのですか。 

 

『阿南にクリエイティブなイノベーションがどんどん生まれる「共創の場」をつくりたい』と語る杉野教授。

杉野 私は以前スタンフォード大学に客員研究員として在籍していたことがあります。その時に見ていたシリコンバレーには、多様な地域クラブが多数あり、企業経営者から青少年まで幅広い人々が集まって、さまざまなプロジェクトが実践され、そしてイノベーションが生まれていました。 

 

星野 Appleもそのようにして生まれた企業でしたね。 

 

杉野 まさにですね。あのころ世界を牽引していたシリコンバレーのようにクリエイティブなイノベーションがどんどん生まれる「共創の場」を、阿南につくりたいのです。そこから第2、第3のジョブズやAppleが生まれて、世界にはばたいていく。10億円規模の事業にも発展する。そんな大きな夢を思い描いて、このACT倶楽部を展開しています。 

 

星野 ダンクソフトが推進する「スマートオフィス構想」の将来像と重なります。私達は、どうすれば愛着のあるふるさとに若者が定着していけるかを重視しています。学生と企業の協働から新たなイノベーションが生まれていく。ここで育った若者が、暮らしたい場所で暮らしながら仕事ができる。愛着のあるふるさとに暮らし、地域社会のための活動もできる。そんなプロジェクトが、数十、数百、千と増えていけば、徳島の未来が見えてきます。長期で見れば、日本の未来を変えていく動きになっていくでしょう。 

 

杉野 ACT倶楽部での関係や学びを生かして、学生が在学中にどんどん起業していくといいですね。失敗は成功の母というとおり、失敗なしに良いものは生まれません。世の中にサービスやプロダクトを出してビジネスを生み出していくのは大変なことです。早く始めて、失敗も経験して、どんどんチャレンジしていくのが何よりです。 

 

星野 そのとおりだと思います。 

 

「共創の場」の準備をする学生

杉野 ですから、始めるのはやはり若いほうがいいですね。高専生は15歳で入学し、20歳で卒業します。在学中から起業してチャレンジしはじめれば、まだまだ何度でも失敗できます。ACT倶楽部というコミュニティのなかでトライ・アンド・エラーを繰り返していけることが、イノベーションを育むよい環境となります。 

 

星野 まずは事例をつくっていくこと、ひとりの成功例を生み出していくことが大事ですね。目の前に実際に実現している人がいる。そういう人が確実に地域に増えている。成功事例が増えていくことで、他地域のモデルにもなっていきます。高専で5年かけて技術や経験を積んで卒業していく若者が、地域の外に出ざるをえない状況はもったいないです。 

  

▎「コ・ラーニング」なくして先に進めない時代 

 

星野 日本は課題先進国です。地域の課題をどう解決していくか。協働の場からどのようにイノベーションを生み出していけるか。そのためのメソッドと可能性を、今、世界中が必要としています。コロナ禍によってその必要性はさらに高まっています。 

 

杉野 首都対地方、若者対高齢者、男対女……。なんでも二項対立の対立構造で捉えがちな世の中です。その呪縛から解放され、役割を担いあえる「自他非分離の共創の場」をつくりたい。ITベースのスマートオフィスなら可能なのではないでしょうか。 

 

また、人的環境は、より多様で多年代であるほど良いと考えています。人それぞれに得意なことがあり、異なるものを持っています。多様な人々による自他非分離のよき場をつくることは、「スマートオフィス構想」の真の姿でもあるのかもしれません。 

 

ダンクソフト 星野晃一郎

星野 おっしゃるように、多様な人たち同士での「コ・ラーニング」(共同学習)なくして先に進めない時代です。各自がイノベーションを担うためには、マインドセットを切り替えることがますます重要になっていきますね。 

 

杉野 私自身も痛感していますが、人間、年齢を重ねると身体的な課題が必ず出てきます。それでもなお、すべての人が受容されるべきだと私は思うのです。一人ひとりが秘めている未知の可能性は必ずあります。ITベースのスマートオフィス構想は、それを可能にしてくれると確信しています。そういう意味では、「スマートオフィス構想」とは、ある種の社会運動なのかもしれませんね。 

 

星野 日本が直面する多くの困難や課題を越えていく、小さくても確かな事例を広げていきたいですね。人間の可能性から、ひいては社会の未来、人類の未来まで見据えるような広く深いお話をありがとうございました。 


 [voice] 

ダンクソフト 竹内祐介

竹内祐介(開発チーム マネージャー、インターミディエイター、徳島サテライト・オフィス勤務) 

 

 2018年度から私は阿南高専で非常勤講師として授業を受け持っています。情報コースの学生を対象に、最新技術など実践的なテクノロジーを担当しています。 

 サテライト・オフィス、人も技術も多様である状態、そして、対話と協働からイノベーションを起こしていくという考え方は、ダンクソフトが文化として以前からもっていた特性です。そこに、杉野先生との連携によって、学術的な見地からの裏付けが付加されたことは大きいです。 

 ITの分野は、学びつづけないと仕事ができません。学び直しの必要性はどんなエンジニアもよく理解しています。「ACT倶楽部」のように、学生たちと協働できる未来志向のコ・ラーニングの場はとても重要で、エンジニアにとって有意義で有益です。企業や先輩が学生に一方向に教えるということはもはやなく、むしろ、コ・ラーニング型で進めていかないと、学生は参加意欲が削がれ、企業の側もやっていけなくなる時代です。ACT倶楽部やACTフェローシップの価値は、今後ますます高く認識されていくでしょう。