事例:学生・教員・企業による対話と協働をデジタル・ツールで支え、地域イノベーションを次々と創出する高専の未来

■学生・教員・地域企業が参加、協働事業「ACT倶楽部」がはじまった

徳島県阿南市で、地域のソーシャル・キャピタルを活かしたユニークな協働事業がはじまっている。

 

阿南市には、科学・技術を学ぶ学生が集う、国立阿南工業高等専門学校(以下、阿南高専)がある。実践的技術者が育つ場として、1963年に設立された学校だ。いままでに7700人の卒業生を輩出しており、地域企業の中にも本校を卒業した経営者や技術者が多数活躍している。そして、1995年、その地域の力を阿南高専の学生の未来にいかしていこうと、学生を支援する企業と個人の会として、「阿南高専教育研究助成会/ACTフェローシップ」が発足した。

 

サイエンスと産業連携により、地域課題解決にチャレンジするプラットフォームとして立ち上がった「阿南高専教育研究助成会/ACTフェローシップ」は、卒業生、経営者など企業約100社からなる多様なステイクホルダーが、現在参加している。 ACTフェローシップでは、以前から挑戦したいことがあった。それは、会費などによる金銭的な支援のみならず、ステイクホルダーの多様性をいかして、学生と社会人が一体となって何かに取り組むことができる場づくりである。そして、学生の未来に貢献し、地域イノベーションにつなげていく方法を模索していた。

2021年、その思いを実現する、ある動きが起こる。ACTフェローシップ会員と学生の協働プロジェクトからイノベーションがうまれる仕組みとして、「ACT倶楽部」が発足されることになったのだ。以前から阿南高専とはパートナーシップ協定を結び、サテライト・オフィス設置による学生との共創の場づくりに携わってきたダンクソフトは、連携パートナーである阿南高専の杉野隆三郎教授から、いちはやくこの動きを知ることになった。

  

■昭和の家具x最新テクノロジーでIoT家具をつくりだすプロジェクト・チームを結成

右から2番目が中川桐子氏 、一番左はダンクソフト 星野晃一郎

このACT倶楽部の立ち上げが一気に前進するきっかけとなったのは、ダンクソフト徳島オフィスの竹内祐介と、ダンクソフト・パートナーの中川桐子氏の存在といっても過言ではない。

 

ちょうどそのころ、中川氏は、生まれ育った阿南市の自宅解体に立ち会っていた。100年住宅が解体され、多くの貴重な木材や、昔から大切にされてきた家財道具が次々と運び出される中、これらの家財を廃棄するのではなく、なんとか今の時代に生かしていきたいという考えが強くなった。そこで、ふと、昭和の家具と最新の技術という異質な組み合わせが、何かイノベーションにつながるのではないかと思いついた。

 

ダンクソフト徳島オフィスの竹内祐介とともに、昭和時代からの家具を「IoT家具」として現代生活によみがえらせるプロジェクトに、学生とともに取りくむ可能性を、杉野隆三郎教授に相談してみることにした。すると、地域課題を地域と学生が協働して解決するイメージが、以前から杉野教授やACTフェローシップが考えてきたイメージと合致していることが判明。ほどなくして、新しい協働プラットフォーム構想「ACT倶楽部」が動き出すことになる。

 

また、阿南市出身で、地域ネットワークにも精通している中川氏は、IoT家具プロジェクトの提案者という役割だけでなく、ACT倶楽部と地域社会の媒介役「インターミディエイター」として抜擢される。その抜擢について中川氏は、「学校関係者ではない、また一企業に属しているわけではない存在が、中立性をもって趣旨を理解し倶楽部に関わることで、偏りなくACT倶楽部が純粋にイノベーションに向かっていくことに寄与できるのではないかと考えています」と話す。

 

ダンクソフトは、中川氏が提案した、廃棄寸前の家具をIoT家具としてよみがえらせる「Project KIRI」をいち企業メンバーとして支援するのと同時に、ACT倶楽部のITパートナーとして、学生・教員と参加企業メンバーのコミュニケーション・ツールとして、「ダンクソフト バザールバザール」を提供している。

 

ダンクソフトには、「答えがない複雑・多様な時代の対話と協働」について学びを修得しているメンバーがいる。そのため、そのメンバーがプロジェクトに関わることで、対話から新しいイディアが次々と生まれる場をつくることができる。また、プロジェクトを協働のスタイルで進めるため、参加者の多様性をいかしながら大小のイノベーションを創出しやすい環境をつくることが可能だ。こうして、中川氏の「いにしえの家具をIoT家具に」という課題提起をきかっけに、ダンクソフトが場づくりに関わりながら、学生・教員と社会との連携・協働の場が動きはじめたのだ。

  

■ACT倶楽部スタート早々、11もの協働プロジェクトが企業から提案される

ACT倶楽部は、2021年8月に設立され、10月に学生の募集を始めてからわずか2ヶ月で5つのプロジェクトが地域企業から提案され、2022年明けにはいくつかのプロジェクトがスタートするという、想定以上のスピードで動きはじめた。2022年4月現在、11の多岐にわたるプロジェクトが会員企業や個人から提案され、走り出している。

ACT倶楽部立役者の一人である杉野教授は、スタンフォード大学の客員研究員としてシリコンバレーの発展を自身の目で見てきた経験があり、長年温めてきたひとつの構想がある。当時も今もシリコンバレーでは、企業経営者から青少年まで幅広い人々が集まる地域クラブが多数あり、そこでは毎日のように様々なプロジェクトが実践されイノベーションが生まれている。同様の仕組みを、ここ阿南市でも生み出したいと杉野教授は考えてきた。

 

ダンクソフト社長 星野晃一郎と対談した際には、「あのころ世界を牽引していたシリコンバレーのように、クリエイティブなイノベーションがどんどん生まれる“共創の場”を、阿南につくりたいのです。そこから第2、第3のジョブズやAppleが生まれて、世界にはばたいていく。10億円規模の事業にも発展する。そんな大きな夢を思い描いて、このACT倶楽部を展開しています」と、熱く語って聞かせてくれた。

対談:地域イノベーションが生まれる協働のしくみとは──徳島でACT倶楽部が始動

  

■答えを共につくりだす“Co-learning”と“対話”を重視したプロセス

 

中川氏が提案した、いにしえの家具をテクノロジーで現代生活に再生するプロジェクト「Project KIRI」には、現在、4名の学生が参加している。建設コースの3年生が3名と、情報コース5年生1名の計4名、17歳~20歳の学生たちだ。ものづくりをする建築コースのメンバーと、プログラミングができるメンバーという異質な組み合わせが頼もしい。プロジェクトに参加する学生たちはみな、大人と関わって、学生のうちに色々と経験してみたいという動機でやってくる。

 

オンラインミーティングに集まる、プロジェクトKIRIのメンバー

「おもしろそうだったから興味を持ちました。実際におもしろいプロジェクトで、参加して良かったと思っています。この場で学んだことは、将来、自分の部屋をつくる際に参考にしたり、ICTコースに進んだ後は、自身の趣味にも生かしていきたいと思っています」
— (Aさん/情報コース5年生)
「興味本位からですが、仲の良い友人たちとACT倶楽部に参加しようと思いました。色々な会社の方や先生方と話ができて、交流の場としていいし、自分にとって役に立つ経験ができています」
— (Tさん/建設コース3年生)

プロジェクト開始以来、中川氏と竹内は学生たちと教員2名とともに、6回にわたりオンラインでのアイディア出し、交流を深めている。

 

「私たち自身も、最終的にIoT家具ができるのかどうか、定かではないのです。極端な話、できなくてもいいとも思っています。みんなで対話した結果、IoTすら乗らずに、別の最終形になってもいいと考えています。生活の中で、本当に生活者が喜んで使うものになればそれでいい。むしろこの学びあいのプロセスに価値があると考えます」と、プロジェクト発案者の中川氏は重視するポイントについて触れる。

 

また、竹内は「これからの時代、誰かが答えを持っているわけではないのですね。だから、対話しながら次をつくるプロセスをいちばん大切にしています。大事なのは誰かが答えを教えるのではなく、Co-learning、共にに学びあうことだと考えています」と語る。

 

「ただ、そうは言っても、最初の頃、学生さんたちはこのプロセスに慣れなったようで、大人の側に答えがあるものだという感覚があったようですね。ですが、対話を重ねるごとに、一緒に考えて次をつくっていく感覚が、学生にも身に着いてきました。今では学生・教員・企業人という立場を超えて、メンバーみんなで建設的に、クリエイティブな対話ができるようになってきました。このことだけでも、価値のあることだと思います」。(竹内)

  

■オンライン対話の場「バザールバザール」でアイディア出しを重ねる

企業と学生との協働プロジェクト内で、コミュニケーション・ツールとして使用されているのが、ACT倶楽部のITパートナーであるダンクソフトの「バザールバザール」だ。プロジェクトKIRIのみならず、現在進行中の3つのプロジェクトで、オンライン対話の場となっている。

 

ダンクソフト バザールバザールを使って対話。

「チームでアイディアを収集するときに使っています。プロジェクトの開始時は、最初に私からコメントを入れました。すべてを書き切らず、皆が参加しやすい程度の内容で投稿したら、すぐにスレッドができて、パンパンとコメントが他の方からも入ってきました。バザールはシンプルなツールなので、後から参加した人でも上から順に投稿を見ていけば、こんな風に皆が参加しているんだなと状況がよくわかります」と、中川氏はバザールバザールを使ったコミュニケーションを評価する。

 

「事務連絡というより、バザールはある意味、なんでも書いていい掲示板のような場なんです。出席の確認もそこでするし、思いついたアイディアを投稿したり。学生さんは撮ってみた動画を投稿してくるという事もあります。そのポイントポイントで、学生のアイディアが進化していくのが時系列でわかるのもいいですね。つい最近私は、おもしろそうなテレビ番組の情報をみなさんに参考として共有してみました」。(中川氏)

 

アイディア出しを重ねてきた学生たちも、プロジェクトやバザールバザールについて、率直な感想を聞かせてくれた。

「バザールバザールで、色々な方々と話し合ってアイディアを出すところが楽しいです。たまにコメントが来ているのを見逃したりしているので、通知機能があったら、なおありがたいです」
— (Mさん/建設コース3年生)
「アイディア出しは案外難しいこともあって、でもそれが楽しいところだと思っています。バザールバザールの使い勝手はいいですし、コミュニケーションについてはスムーズにいっています。1点、アイディア出しの投稿数が多くなると、最新のコメントを読むときに一番下までスクロールしないといけないのが大変。そこだけ改善していただけたらうれしいです」
— (Tさん/建設コース2年生)

学生たちのコメントを聞いた竹内は、開発者の顔をのぞかせる。開発者本人である竹内自身が、学生たちや先生方と協働する中で、ツールの使用者ともなっていることは、開発者としては稀有な状況でもある。

 

「この協働プロジェクトを通じて、学生から直接なまの声が聞けることは、開発者としてありがたいことです。開発側が決めた使い方はないので、バザールバザールを皆さんに自由に使ってほしいです。そのうえで協働ツールとして使っていただいて、不便なところを改修していきたいと考えています」。(竹内)

 

■「シンプルで使いやすいツール」から、「対話・協働がもりあがるツール」へ

ダンクソフトでは、バザールバザールを開発するにあたり、できる限り汎用的でシンプルなツールにするため、あえて機能を絞ってきたところがある。つまり、 Microsoft TeamsやSlackのような複雑なツールをパッと直感では使えるようなITを得意とする方からそうではない方までが、迷わずに使えるツールを心がけて開発している。「シンプルで軽くて、サクサク動く」。これは、現在ツールを利用している団体や企業からも高く評価される点のひとつだ。そこが、年齢もIT経験も多岐にわたるACT倶楽部にぴったりハマった。

 

ただ、利用者の様々のフィードバックを受けて、このバザールバザールをもっと協働に寄与できるツールにしていきたいと、バザールバザール開発チームは2022年6月に製品のバージョンアップに向けて、急ピッチで開発を進めている最中である。使いやすいシンプルさを残しつつ、今よりもっと対話と協働が促進されるツールとなるために、いくつかの大きな機能が追加される。

 

バザールバザールの開発マネージャー、ダンクソフト竹内

「何よりも、新しいアイディアや価値をうみだすための“対話ツール”として、もっと使いやすい環境にすることを主眼に、今回は改良を実装する予定です」と、開発マネージャーとしての竹内は解説する。

 

改良点のひとつは、アラート機能ができることだ。他のSNSツールと連携することで、バザールバザールにログインしなくても、メッセージが届いていることがわかるようなる。ふたつめは、コメントを3階層構造にすること。今は上から一覧で時系列に並ぶインターフェイスだが、今後は特定のコメントを選んで、そのコメントに続けて返信コメントが連なるようになる。掲示板コーナー内にいくつもスレッドを立てられるので、検索しやすく見た目もすっきりするだろう。これら2つの改良によって、メンバーはさらにタイムリーに対話に参加できるようになり、アイディア出しや連携が盛り上がる効果が期待できる。

 

もうひとつの改良点は、自分が投稿したデータを削除できるようにすることだ。現状では、既存の投稿を編集することはできるが、コメント削除ができない仕様だ。しかし、これからの時代は、こうしたツールのなかで、自らの情報を自らがコントロールできることがますます重要となる。個人情報保護の観点からも、ツールが一段ステップアップすることになる。より安心して使える環境が整うわけだ。

  

■“ソーシャル・キャピタル”が地域イノベーションを創出する未来

この後、プロジェクトKIRIでは、オンラインでのアイディア出しを終えて、いよいよ学校内に集まって、昭和の家具を触りながらの活動がはじまる。

 

竹内は、「阿南高専が田舎の高専で終わってしまうのはもったいない、それではだめだと考えています」と話す。

 

「田舎だからこそ、実現できることがあります。都会ではやりにくいことが、ここ阿南でできるはずだと考えています。ACT倶楽部の取り組みは、ACTフェローシップ会長の西野氏が長年やりたいと考えてきたイニシアチブだけあって、参加者の皆さんからの地域愛をかなり感じています。阿南高専を卒業して地域の経営者になった方々の後輩たちを見る顔で、誰もが学生を大事にしていることがわかります」。

 

社会的ネットワークのかなめとして、全プロジェクトを俯瞰して見守る立場でもある中川氏はこう指摘する。

 

「阿南高専の学生たちは、あずない子供たちなんです。純粋でいい子過ぎるところがあるので、突然都会に出てはつらいかもしれないと思う時があります。でも、このACT倶楽部では、学生のうちから最先端を見ることができます。第一線で活躍する大人たちと出会うことができます。また、みんなで手をかけていく家具は、ACT倶楽部の呼びかけを聞いて、地域にお住いのある方が寄贈してくださったものなんです。学生たちが、大人の人としゃべることができて刺激になっているとコメントしていました。だからこそ、私は“インターミディエイター”として、色々な大人に子供たちを会わせたいと思っています」。

 

イノベーションには、 “ソーシャル・キャピタル”が不可欠だ。しかし、これが都会では気薄になりがちだ。“相互信頼・社会的ネットワーク・互恵性”があってはじめて、“ソーシャル・キャピタル”が醸成される。そしてこれらは、“よいコミュニティの条件”でもある。

 

阿南高専のACT倶楽部には、立ち上げ以来、集まる人々や地域のあいだに“ソーシャル・キャピタル”が生まれてきているようだ。この先、インターミディエイターの存在や、バザールバザールのバージョンアップを経て、メンバーたちの対話や協働がさらに促進されていくことになるだろう。ACT倶楽部が、地域イノベーションの芽を様々に育む場となることに、さらに期待がかかる。