#2023

徳島ツアーで実感した、コ・ラーニングのおもしろさ 

今年も、ダンクソフトはさまざまな立場の人たちと対話し、協働してきました。2023年最後のコラムでは、11月に行われた徳島ツアーを振り返りながら、高校生や高専生など若い人たちと仕事をしてきた若手スタッフをまじえて座談会を行いました。  



■徳島ツアーで体感した、異なる立場が協働”する可能性    

  

星野 3年半ぶりの徳島ツアーが無事終わりました。とても充実していましたね。  

   

ウムト すごく楽しかったです。私は、2度目のツアー参加でした。最初の参加は、2011年のインターンのときです。私がダンクソフトに入社したのも、あのときの体験が楽しかったから。今回、12年ぶりに神山に行ってみると、以前よりもさらにオシャレになっていて驚きました。プライベートでも遊びに行きたいくらいです。  

   

星野 神山もどんどんアップデートされていますよね。  

   

神山まるごと高専のガラス張りの部屋

 僕は、神山まるごと高専がとくに印象に残っています。徳島県民ですが、神山には数回しか行ったことはなく、神山まるごと高専も中に入るのは初めてでした。内部を見てみるとガラス張りの施設があったりして、僕が卒業した阿南高専とは雰囲気がぜんぜん違いましたね。出会った学生さんも切れ者ですし、しかも他人と協力するオープンな気質が感じられました。  

   

濱口 高専の見学はおもしろかったですよね。ツアーでは、阿南高専も訪れました。7年も通った場所なので目新しさはないかなと思ったら大間違い。新しい設備も導入されて、少しずつ変わっているのを実感しました。  

   

星野 2つの高専を見学できたのは、とてもいい機会でしたね。阿南高専の設備は、とくにVRの環境などものすごかったですよね。中小企業が真似できないほどの設備を学生さんが使えるのは、すばらしい環境だと思います。  

   

阿南高専を見学

濱口 阿南高専が情報技術を突き詰める方向なら、神山まるごと高専は、情報技術を用いて問題解決をすることを主題においているように感じました。方向性が違うからこそどちらも重要なんだなと思いましたね。  

   

星野 高専というと、日本では建築や機械、最近なら情報など理系のイメージが強くあります。けれど、文系でもいいんです。神山まるごと高専はかならずしも理系ではない学生さんも集まっていることも大きな違いです。阿南高専と神山まるごと高専は、明らかに成り立ちから違います。だからこそ、協働するメリットが相当にあるのを感じます。     

■多様な立場の人が集うからこそ、深まる「対話」   

   

星野 今回のツアーは対話型「体験学習」の機会でした。高専生と対話するほかにも、多様な人たちとの出会いがありました。東京からは神田藍のメンバーやダンクソフトのスタッフが参加して、徳島では阿南高専のACT倶楽部関係者も合流。とても多種多様なメンバーでしたね。  

   

ツアー参加者と記念撮影

ウムト はい、いろいろな人の話を聞きました。懇親会では深夜1時、2時まで参加者さんたちと話しました。  

   

星野 3日連続で懇親会というのは、コロナ前にもなかったような充実度でしたね(笑)。  

   

ウムト コロナがあけたのを感じましたね。ふつう、ツアー中に真剣な話をしていたとしても、夜になるとくだけた話になることが多いと思うんです。でも、今回のみなさんは、深夜になっても「クリーンエネルギーを日本でどう使っていくか」といった未来の環境を考える話が白熱していてすごいなと思いました。  

   

星野 みなさん、問題意識をしっかりとおもちでしたよね。ウムトさんが環境問題について議論していたのは、永原レキさんという徳島県の方ですね。藍染めでいろいろな製品をつくっておられます。もともとはサーファーなので、環境への意識がおありなんだと思います。  

   

 僕は懇親会には参加しなかったのですが、永原さんとお話しする機会がありました。そのなかで、自分にはなかった視点を得られたんです。それは技術について。永原さんが藍染めの技術を継承しているということをお聞きして、僕は、技術が失われるのがもったいないから受け継いでいるのだろうと思っていました。けれど、永原さんは「人類の生存のために必要だ」と考えておられたんです。そんなに切実な思いがあることに心動かされました。  

   

星野 その人の信念に触れるような深い対話ができましたね。このような対話があちこちで起きていたと思います。これまでのツアーの参加者は、経営者などビジネス関係者がメインでした。ですが、今回はそれ以外の人たちも増えました。立場が違う人同士ですから、お互いに情報交換することも増えました。同じ場所をめぐっても、見え方もぜんぜん違いますし。多様な人たちが参加してくれたことで、人と人との結びつきも生まれ、イノベーションにもつながる予感があります。  

  

■「答えられない質問」から起こった阿南高専生とのコ・ラーニング  

   

星野 人とのつながりと言えば、今年、港さんや濱口さんは阿南高専で学生さんと学びあう機会があったのですよね。  

   

 はい、僕と濱口さんとで「ACT倶楽部」で学生さんと活動したり、「協働教育およびシステム設計」という授業のメンターを担当したりしています。授業では、名前のとおりシステム設計やシステム開発に関することを学んでいます。僕たちも4〜5年前に受けていた授業です。  

   

濱口 学生さんは意欲が高くて、質問してくる内容も高度なものが多いです。僕らはエンジニアとして働いて2年目なので、実務的な内容などはすぐに答えられないケースも正直あります。  

   

ウムト そういうときはどうしているんですか?  

   

濱口 学生さんといっしょに考えるようにしています。そうすると、僕にも発見があります。これの繰り返しですね。  

   

星野 阿南高専の授業で起きているのは、まさにコ・ラーニングであり、リバース・メンタリングですね。とてもいいですよね。こういう学びが、日本全国のあらゆる場面であたりまえになっていく必要があるなと感じます。     

■「1週間だけ社員として」仲間と協力してプロジェクトを進めたID学園の高校生  

   

ウムト 私も、今年は高校生のみなさんと学びあう機会がありました。ID学園さんという高校でインターンシップをおこないました。内容はWeARee!を使ったデジタル・スタンプラリーをつくるというものです。  

   

 生徒さんたちはどんな反応でした?  

   

ウムト 感動しましたね。最初の企画会議から、にぎやかに盛り上がっていました。みなさん、とても積極的でした。自分の考えをもっているのもすごいなと思いましたし、相手の意見を聞きながら協力して進めていこうという姿勢もすばらしかったです。  

   

ID学園の生徒さんたちと企画会議(ダンクソフト本社)

星野 ID学園さんでは、ふだんあまり授業には出ていないという生徒さんもインターンシップに参加してくれたんですよね。  

   

ウムト そう聞いています。高校生のみなさんには、ただ参加するのではなく「1週間だけ、ダンクソフトの社員としていっしょに働きましょう」と呼びかけました。実際、ダンクソフトのオフィスにも来て星野さんとも話したり、私たち開発者とともに活動したり。企業の人たちのプレゼンを一方的に聞くのではない、こういう場は初めてだったようで、とても楽しんでもらえましたね。  

   

星野 彼らとリアルに会ったときは、若い力の可能性を感じてワクワクしましたね。プロジェクト自体は、スピード感もあるし、クオリティも高かったです。WeARee!というサービス自体が、冒険しながら新しいものをつくる先駆的なものですから、この楽しさが伝わったのかなと思います。      

■高校生のフィードバックでWeARee!が変わった  

   

星野 ID学園さんでのインターンシップで、ウムトさんが高校生のみなさんから学んだことはなにかありました?  

   

ウムト たくさんありました。とくに印象的だったのは、WeARee!のなかにあるランキング機能についてです。私は、データを見せるのが大好きなので、WeARee!の機能のなかにランキングを表示していました。ユーザーのスタンプ取得数やタイムを順位付けしたものです。でも、生徒さんから「ランキングが見えるとレースっぽい」「ゆっくり遊びたい人もいる」という意見をもらって、なるほどと思いました。そこで、ランキングを非表示にできるような機能を実装しました。  

     

 生徒さんからのフィードバックが反映されるって、とてもいいですね。  

   

ウムトを囲む学生たち(ダンクソフト本社)

ウムト 意見をもらって、その場で開発を進めました。私が実際に開発している画面を見せると、生徒さんもテンションがあがるし、私もそれを見て嬉しくなりました。いまのWeARee!のログイン画面は、生徒さんからもらった意見を反映したものになっています。  

   

濱口 生徒さんから、サービスへの改善案がでるのがすごいなと思いました。ふつうは、使いにくい部分があっても「ふーん」って流しちゃう人が多いのかなと思います。意見を引きだす工夫は何かあったのでしょうか。  

   

ウムト 生徒さんは、実際の現場で開発がどのように進むのか興味があったようなのです。そこで、お客さんからフィードバックをもらったとき、どのように修正をかけていくか実際のプロセスを説明したんです。なので、生徒さんとしては自分の意見がしっかりと反映されるのだという手応えを感じてくれたのかなと思います。  

   

星野 生徒さんの声を聞いて、実際に開発が進む。そういう場面を体験してもらったのは、とてもよい機会でしたね。WeARee!は、ノー・コードでユーザーの求めている機能を作ってみせることができます。ノー・コードやロー・コード、少なめのコードで書ける製品やサービスがすごく増えてきています。そうすると、専門知識のある開発者だけでなく、ユーザーも開発に参加できるようになります。コ・ラーニングするほうへ、時代が進んでいるのですね。    

■社内で起こったリバース・メンタリング:孫ほど年齢が離れていても  

  

星野 学びあいといえば、思い出したエピソードがあります。ダンクソフト役員の渡辺さんは、濱口さんたちに対して業務内容のオーダーを口頭で伝えていたんです。でも、そうすると聞くほうは困りますよね。言われたことを、その場でぜんぶ記憶できるわけではない。記憶できないから、パソコンを使うわけです。そこで、濱口さんが口頭の伝達だと困っているということを伝えたんですよね。  

   

濱口 はい。文字で共有していただけるとありがたい、とお話ししました。  

   

星野 そうすると、テキストベースでの連絡へと切り替わりました。孫ほどの年齢が離れたスタッフからの意見を聞いて、行動が変わる。ダンクソフトでもリバース・メンタリングが機能していることを実感した例でした。  

  

■一瞬で時代は変わる。変化をキャッチし、変わり続けるダンクソフト  

  

星野 最近「茹でカエル」という言葉を知りました。自分が鍋のなかで茹でられているのに、変化がゆるやかなために気づかず、そのまま手遅れになってしまうということを指します。変化しない人たちへの視線は、ますます鋭くなってきています。  

   

時代は一瞬にして変わります。来年、再来年は、劇的に変わる可能性があります。たとえば、文字起こしの精度はいま、ものすごく上がっています。生成AIと連携することによって、要約もできるようになります。そうすると、会議しながらメモを取ることも楽になります。いま、電話を連絡ツールとしている業界なら、電話からTeamsなどのウェブアプリに変えるだけで、仕事の仕方も一気に変わるでしょう。  

   

私たちのようにプログラムを書く人は、つねに変化をキャッチしています。仕事の場面だけでなく、プライベートの時間もそうです。つねに新しいことに関心をもち、自分のお金を使って新しいことを試そうとする人も多いです。  

   

でもいっぽうで、技術の進化やまわりの変化に気づかない人もいます。そういう人たちも、ダンクソフトと関わることで学んでいけるようになっていってほしいですよね。  

   

2023年、コ・ラーニングやリバース・メンタリングの重要性を実感し、これからダンクソフトに関わってくれそうな若い方たちともコラボできたのは、とてもよかったと思います。いよいよ、50周年にむけてのスタートです。「学習する組織」を目指して、みなさん、ますます学びあっていきましょう。    










事例:受注者・発注者という枠を超え、アイディアを出しあい実現した「働き方改革」

お客様:一般財団法人 地域活性化センター 様


kintoneを使った電子決裁システムの導入で、業務効率を大幅に改善し、「働き方改革」を実現された 一般財団法人 地域活性化センター 様。ひとづくり、まちづくりなど地域社会活性化のための諸活動を支援し、地域振興の推進に寄与するために、1985年10月に設立された団体だ。職員79名のうち、約8割の63名が地方公共団体等からの出向者で、ほとんどの出向者の任期が2年のため、毎年多くの職員の入れ替えが起こる。また、職員の総出張数が年間800以上という業務上の特殊性があり、電子決裁システム導入、情報のデータベース化が急務だった。

2023年4月から運用を始めた電子決裁システムが軌道にのり、すでに第2フェーズがはじまっている。今回は、地域活性化センターの総務課で情報担当をされている西田周平さんにお話を伺った。


■約8割の職員が、地方公共団体等からの出向者

地域活性化センター、オフィスの様子

地方創生を実現するために様々な事業を展開している 地域活性化センターの職員は、現在79名。その約80パーセントにあたる63名が、地方公共団体等からの出向者である。ほとんどの出向者の任期は2年のため、毎年多くの職員が入れ替わる。人の出入りが激しく、出向元へ戻る職員と、新たに出向してくる職員に接点が必ずしもあるわけではない。このような要因が重なり、過去の情報がうまく引き継がれていないことが、長年の課題となっていた。

「過去の資料やノウハウのすべて紙ベースで蓄積されていて、データベースとしてまとまっていませんでした。必要な情報が見つからない、引き出すのに時間がかかることがよくあり、とても効率が悪かったです」と、西田さんはかつてのワークスタイルを回想する。

また、年に800件を超える出張が発生するにも関わらず、出張申請は紙で提出する必要があった。オフィスに出勤しないと申請できないうえ、承認する人が出張や休暇中の場合は、そのプロセスがストップしてしまう。承認者の机やポストは申請書であふれ、書類を紛失しそうになったり、出張の日までに決裁が間に合わないこともあったそうだ。

以前は、ポストや机に申請書があふれていた。

西田さんのデスクやポストにも、1日でも休むと決裁を必要とする書類が山積みになっていたという。「休暇明けに出勤してまずすることは、ポストと机に山積みになっている決裁が必要な書類をかたづけること。半日が過ぎてしまうこともあり、休み明けは少し憂鬱でした」(西田さん)。

2022年、「長期的な視点をもってデジタル化に取り組むべき」と、センターの新方針が発案され、西田さんが情報担当に任命された。それまで、「たまたまデジタルに詳しい出向者」がなんとか回していたセンターのデジタル化は、西田さんと数名の職員を中心に、出向者も交え、本格的にスタートすることになった。

■現場の意見を最大限に反映しながら進めるアジャイル開発

ダンクソフトをシステム開発のパートナーとして選んだ理由は、いくつかある。まず、今までにも多くの財団やNPO法人などへのシステムを開発していることで、安心感を得られた。また、ダンクソフトが得意とする “アジャイル開発” が、センターには適していると感じたことが大きかった。

「職員全員が新システムを使わないことには、導入の意味がありません。ですので、いったん導入をした後で、実際に使う現場の意見を聞きながら、システムに落とし込んでいく “アジャイル開発”が、私たちにはあっているのではと思いました」と、西田さんは言う。

この聞き慣れない “アジャイル開発” に難色を示した職員もいた。あらかじめゴールを明確に設定し、仕様にそって開発、出来上がった完成品が納品されるウォーターフォール型の開発に慣れている職員たちもいた。「ただ、無理に進めるのではなく、実際に使う職員には、丁寧に話していきたかったのです」(西田さん)。

左:お話を伺った西田周平さん、右:前事務局長の杉田憲英さん

実際、プロジェクト監修を担うダンクソフトの片岡幸人は、打ち合わせで見る西田さんの振る舞いに着目していた。「西田さんの伝える力が強いんですよ。伝え方が丁寧で、適格で、やわらかく、腑に落ちる。私たちも学ぶところがたくさんありました」と、片岡はプロジェクト開始時を振り返る。当時、事務局長をつとめていた杉田憲英さんの強い後押しも、プロジェクトを大いに前進させた。西田さんの丁寧な説明、ダンクソフトの適切なアドバイスなどが功を奏して、いよいよシステム開発がはじまった。

■受注者・発注者という枠を超え、アイディアを出し合う 

“アジャイル開発”では、ある程度運用できる状態のシステムをまず初めに導入する。その後、実際に使ってみて、課題や改善点があれば、その都度解決していくことを繰り返す。隔週で行われる定例の打ち合わせでは、他部署の職員も交えてアイディアを出し合った。西田さんは「発注者、受注者でなく、お互いにアイディアを出し合って、より良いものをつくれたことが、今回の開発の肝でした。ダンクソフトさんとは、同じ目標に向かって協働できたことがとても良かった」と、振り返る。

「アジャイルはひとつのチーム。一緒にアイディアを出し合って、ともに創っていかれたことが本当に良かった。」と、片岡もプロジェクトで感じたセンターの協働力を評価する。

プロジェクトメンバー

■業務プロセスを見直し、組織としても成長

それまでの出張申請には、複雑なマクロを駆使したエクセルを使用していた。その形式をそのままkintoneのアプリに落とし込むこともできたが、今回は新しいことを試みた。それは、システム開発と同時に「業務プロセスの見直し」をしてみることだった。「現在の業務プロセスに合わせてシステムを組むのではなく、システムに合わせて業務をシンプルにしていくことが、効果が高いことに気がつきました。ダンクソフトさんにご提案いただいたその点は、特に大きな学びでした。組織としてもひとつ成長ができました」(西田さん)

連動して、決裁の階層も見直された。今まで決裁の承認者となっていたが、回覧のみで十分だった人を分けて、承認の階層を減らしたのだ。地方公共団体のデジタル化にも精通する片岡は、「決裁の方法を変えるのは、団体にとっては大きな決断だったはずです。でも、元のやり方を残して複雑なシステムを作って、結局使えない人がでてくると、元も子もない。システムは導入がゴールではなく、そのシステムによって業務が改善されて初めて、本当のDX改革がなされていると思います。その意味で、最後までやり切って素晴らしい成果です」と語る。

■成果は上々、約9割の職員が「時間を短縮できた」と高評価

2022年11月から開発をスタートし、2023年3月に職員向けの導入説明会、4月から本格的に運用開始と、プロジェクトは順調にスピーディに進んだ。導入する際になにか問題がなかったかとたずねると、デジタルが当たり前の年代の職員が多く、比較的すんなりと新しい仕組みを受け入れてくれたという。

「システム自体が使いやすくデザインされていましたし、デジタルが得意でない方々には、とにかく丁寧にフォローしました。また、詳しいマニュアルもkintone上に作りましたので、それを参考にしている職員もいます」(西田さん)。

導入後に集めた職員のアンケートでは、「起案の手間が減った」「決裁に要する時間が飛躍的に短縮された」「過去の情報が探しやすくなった」など、たくさんの好意的な意見が寄せられた。実に、約9割の職員が「起案や申請、決裁にかかる時間を短縮できた」と答えた。

承認する側の職員からも、「外出中にスマホでも決裁ができるようになり、本当に楽になった」という意見が寄せられている。「出向元の自治体でも、センターのような電子決裁をとりいれていきたい」という前向きなコメントもあった。自らが “地域力創造大学校®”としての役割があると標榜するセンターで、自治体職員が出向時に、新しい働き方改革を体験してから地元に戻れることも、波及効果のひとつとして大きい。

「新システムの導入はセンターとしては大きな転換でした。最初は心配でしたが、みんなが好意的に受け入れてくれて、大きな混乱もなく安心しています。今は出勤中の電車の中からも、出張の移動中も、昼食中でもスマホを使って決裁ができるので、憂鬱が解消されました」と西田さんは微笑む。決裁途中の申請も、今は、どこでストップしているかすぐに検索できるようになっている。

以前は決裁を必要とする書類がポストにあふれていた

現在はあふれている書類もなくすっきりしたセンターのポスト


■ 地域活性化センターの「働き方改革」は続く

現在、センターのデジタル化は、第2フェーズが始まっている。


「セミナーの運営業務について、受付から企画、実施後のアンケート調査までをシステム化していきたいと考えています。今までは、情報が一元化されていなかったので、セミナー内容や参加者の名簿、講師のリスト、アンケートなどをうまくデータベース化して、その次のセミナー企画に活用していきたい。その次は、今まで発行してきた情報誌の記事をデータベース化して、会員の方たちが記事の内容で検索できたりするシステムを作ってみたい。センターがもっている有益な情報を地域に還元したり、有効活用する方法を模索しているところです」と、次々に未来への構想が西田さんからあふれ出す。


「組織を運営していると、業務形態が変わったり、社会上のルールが変わったりするので、システムを柔軟に変えていく必要があります。現場の意見も聞きながら、ダンクソフトさんのアドバイスもとりいれつつ、これからも柔軟に対応していきたいですね」(西田さん)。


プロジェクトを担当された西田さん自身も、プロジェクト担当をすることでエンパワリングされている。導入したkintoneは、プログラミングの知識がなくても、アイディア次第でいいものができる特色がある。西田さんは独自でkintoneの学習を進め、日々の業務の中で、デジタル化できそうなことを見つけては、自身でkintoneのアプリを作り始めている。「ダンクソフトさんと一緒に仕事をして新しいことを学び、とても楽しかった。今も、働き方が変わるようなデジタル活用を考えるのが楽しい」と目を輝かせる。


プロジェクト・チームのダンクソフト中香織は、自発的に担当者がアプリ開発をするようになったことを喜び、この動きに期待を寄せている。


「ダンクソフトが第1フェーズで作ってきたことは、今の西田さんだったらできるのではと思うぐらい、ご自身で学ばれているんですよ。プロジェクトも第2段階に進んでいますが、組織もスタッフも、第2段階に突入しています。そのうち私たちダンクソフトのご支援がなくてもアプリ開発ができていきそうですが、それが理想の形かもしれません。ご一緒に学びあいながら、進化していけたらいいですね」(中)。


地域活性化センターの「働き方改革」はまだまだ続く。


■    導入テクノロジー

  • kintone

  • 顧問開発

※詳細はこちらをご覧ください。https://www.dunksoft.com/kintone

■    プラグインの開発

地域活性化センターの業務の特徴と職員の使いやすさを追求するために、今回、いくつかのプラグインも作成した。プラグインとは、必要な所に自由に組み込むことができる拡張機能のことだ。このプラグインによって、画面が見やすくなり、感覚的にシステムを活用できるようになる効果が期待される。西田さんがご自身で作ったシステムのマニュアルにも、このプラグインを使っている。

ダンクソフトが作成し、地域活性化センターへ提供したプラグインの一部を紹介する。

① 24時以降の時刻をプルダウンで入力できるようにする時刻入力プラグイン

通常の時刻入力フィールドだと、23:59までしか入力ができないが、超過時間勤務を入力する際には24時以降の入力が必要だった。

② kintoneの複数レコードの内容を、1つの文書のように表示するプラグイン

これにより、kintoneや業務のマニュアルをkintone上で使いやすく作成することができるようになった。


③ 指定した条件で、指定したフィールドのみを編集できるようにするプラグイン

フィールドごとに編集の権限を設定したい際に、編集可能なフィールドを選べるプラグイン。


■一般財団法人 地域活性化センターとは

一般財団法人地域活性化センターは、活力あふれ個性豊かな地域社会を実現するため、ひとづくり、まちづくり等地域社会の活性化のための諸活動を支援し、地域振興の推進に寄与することを目的として、1985年10月に、全国の地方公共団体と多くの民間企業が会員となって設立され、平成25年4月に一般財団法人へ移行いたしました。

地域力創造大学校®としての存在であることをめざし、「地域づくりはひとづくりから」を基本理念として、地域活性化や地方創生を担う人材を育成するとともに、相互の情報交換やネットワーク構築のための場を提供しています。

また、地方公共団体と協働で、中長期計画に基づいてさまざまな人材育成メニューを組み合わせた「人材育成パッケージプログラム」や、地域活性化センターが提供する各種セミナー動画をアーカイブ形式で提供するなど、人材育成に係る事業の拡充を図っています。

https://www.jcrd.jp/about/ 

地方と都会が学びあう対話型「体験学習」:ダンクソフトの徳島視察ツアー

今月、4年ぶりに、ダンクソフト主催「徳島視察ツアー」を開催します。2011年に徳島・神山町でサテライト・オフィスの実証実験を行って以来、継続して実施してきたものです。都会と地方が自律・分散・協働する新しいワーク・スタイルを、時代に先んじて、多くの方々にご覧いただいてきました。今回のコラムでは、「学習する組織」をめざすダンクソフトが実施してきたツアーの経緯や意図、そして、11月の視察ツアーの狙いをお話しします。 

 

鍵となるテーマは、対話型「体験学習」です。ただ見て触れてという単なる体験学習から、対話型「体験学習」へとアップグレードすることが、この12年のダンクソフトの進化を表しています。 



┃東京のIT企業が、どうして徳島で活動することになったのか  

  

先月のコラムでお話ししたように、ダンクソフトは「学習する組織」を目指して、50周年に向けてスタートを切りました。「学習する組織」には「Co-learning(コ・ラーニング、共同学習)」が不可欠です。2023年11月には、もうひとつの拠点である徳島への視察ツアーをおこないます。視察ツアーにあわせて、全社会議DNAセミナーも徳島で開催することになりました。ダンクソフトが40周年を迎えた今年、この体験学習はひとつのターニング・ポイントになるだろうと考えています。  

  

なぜ、東京のIT企業が徳島でも活動しているのか。なぜダンクソフトは、徳島・神山でサテライト・オフィスの実証実験をし、最新のワーク・スタイルを知るための視察ツアーを重ねてきたのか。経緯をご存知ない方もいるので、まずは2007年の「伊豆高原での失敗」から、お話していきます。    

┃2007年、サテライト・オフィス実験は失敗から始まった  

  

東京ではない場所にサテライト・オフィスをつくったのは、2007年が最初でした。きっかけは社員の発案です。遊びをテーマにしたNPOを立ち上げたいというアイディアを採用し、伊豆高原の別荘を購入し、そこをオフィスとしてテレワークができるのか、実証実験を始めました。NPOでは、子どもたちとともに、カヌーとフライ・フィッシングを学ぶ活動をスタートしました。  

   

しかし、残念なことに、実験を開始してすぐにリーマン・ショックが起きました。伊豆高原を訪れる人も減り、NPOの活動は打撃を受けました。追い打ちをかけるように2011年、今度は東日本大震災が起こります。伊豆高原からはやむなく撤退することとなりました。東京以外の土地にスマート・オフィスをつくっていくという構想は、苦い失敗から始まったのです。     

┃「徳島はインターネットが速いらしい」:3.11直後、代替地を求めてふたたび動きだす  

   

東日本大震災のあと、世の中の動きはいったんストップしました。ダンクソフトの仕事も止まってしまいました。すると時間が生まれ、知り合いの経営者と話す機会が増えました。その時は、日本橋のオフィスをシェア・オフィスとして開放していたのですが、そこに集まる徳島県出身の経営者から意外なことを聞いたのです。「徳島県はインターネットが速いらしい」と。  

   

伊豆高原でのスマート・オフィス実証実験から、ネットの速さがとても重要だということを学んでいました。もし、ほんとうに速いならば、それは代替地になるかもしれない。そう思いました。当時は、東京でも計画停電があり、電車が間引き運転になっているような状態でした。その状況を見るにつけても、やはり安定的な代替地が必要でした。  

   

ダンクソフトの歴史を振り返る「HISTORY」も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/2022-11 

そこで、徳島のネット環境が実際どうなっているのか、オフィスの候補地はどんなところがあるのか、視察に行くことになりました。2011年5月のことです。    

┃限界集落で計測した驚異の200Mbps  

   

最初は、県や市の商工労働部の紹介で、オフィスの候補地を探していきました。しかし、なかなかうまくいきません。というのも、地方で企業を誘致する場合は、工場を建設するなど大規模な誘致のため、大人数での居住地確保が一般的です。しかし、私たちが考えていたのは、2〜3人のスタッフ常駐です。この規模だと、県も市もあまり乗り気ではありませんでした。  

   

それでも毎月、2泊3日ほどのスケジュールで徳島の視察を続けました。7月になって県の集落再生の部署を紹介されると、流れが変わりました。その部署の人たちは「IT企業が限界集落に来るとおもしろい」と考えていたようなのです。  

   

彼らの紹介で、香川県にほど近い三好の集落や、海辺の漁村・伊座利などを見てまわりました。三好や伊座利などでインターネットの速度を計測してみると、当時で200Mbpsが出ていました。東京では考えられない速さでした。徳島では、県全域に超高速ブロードバンドを整備するという施策を推進していました。インターネット環境は申し分ありませんでした。      

┃インターミディエイターが、ダンクソフトと神山を結んでくれた  

  

つぎに考えねばならないのが、オフィスの場所です。どこがよいのか、かなりの地域を探しました。というのも、伊豆高原では地元のコミュニティにうまく入っていけなかったことも、失敗の一因だったからです。  

  

インターミディエイターとして活躍する中川桐子さん

そんなとき、「ダンクソフトには神山が合うと思う」と神山町を紹介してくれた人がいたのです。それは、日本橋オフィスをシェア・オフィスとして開放していた時に、徳島企業の東京スタッフとして駐在していた中川桐子さんです。中川さんは徳島のことも、私たちのこともよくご存知でした。こうした、未来志向であいだを取り持ってくれるインターミディエイターがいると、事がうまく進むのですね。そこからスムーズに物事が進みだしました。 伊豆高原の時にはできなかったことでした。 

  

そして2011年9月、徳島の神山に古民家を借りることになります。私は、2〜3人のスタッフがそこで働くのだろうと思っていましたが、ふたを開けてみれば10名ものスタッフが合宿していました。社員の半分です。びっくりしました。でも、その光景を見たとき、徳島にダンクソフトのもうひとつのオフィスができるのだろうと感じたものです。      

┃世界に先駆け、古民家でのテレワークが2011年に実現。そして神山のブレイク。  

  

スタッフたちは、インターネット速度が上がることで何が起こるのか、とても興味があって徳島に来たようです。当時、東京ではYouTubeもカクカクしていましたが、徳島ではスイスイ動くわけです。ネットの速度が速いので、勤務中は、神山と東京のスタッフ同士がスクリーン越しに常時接続して仕事をしていました。  

   

東京と徳島という距離があっても、まったく問題なくプロジェクトは進みましたね。むしろ、ネット環境が良かったため、徳島のほうが作業効率がよいくらいでした。  

   

これが2011年9月の話ですから、日本のなかでも世界のなかでも、先進的な取り組みだったと思います。そうなると、新しいワーク・スタイルにスタッフもワクワクしますし、メディアも注目を始めました。  

   

そして2011年12月、NHK総合テレビ「ニュースウォッチ9」が、神山町をとりあげました。そのときは、川のまんなかでパソコンやタブレットを開いて仕事をしているスタッフたちの映像が流れました。そこで、神山町が一気にブレイクしたのです。     

┃「黒船」と呼ばれて:地域のみなさんの懸念を払拭するために  

  

しかし、かならずしも地域の反応が良かったわけではありません。東京から来た「黒船」と呼ばれたり、もっと直接的に「なにしにきよるん」と言われたりしたこともあります。自分たちのシェアを奪われると勘違いされてしまったようなのです。でも、ダンクソフトと地元のIT企業の仕事ではフィールドが違います。懸念を払拭するため、ていねいに説明していきました。  

  

2011年9月の段階で、県庁の隣にある大きなホテルの会議室を貸し切って説明会を行いました。地元のIT企業などをお招きし、メディアを呼んで、ダンクソフトが地域に入っていくことで、どんな良いことが起きるのか、明確にアナウンスしました。そのときは、Zoomがまだなく、Skypeを使って、県庁とホテルと神山をつないで、デモを行いました。  

   

Umut Karakulakのインターンシップ体験記も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/internship-umut 

そこでは、当時インターンシップ中だったトルコ出身のウムトさんが、マイクロソフトの「Kinect」というテクノロジーを使ってデモンストレーションをしました。これは、手の動きだけでパソコンなどの操作ができるというもの。この技術を使うことで、話せない人であってもコミュニケーションがとれること、高齢者の人であってもデジタル通信によって生活が便利になるということを、具体的に示しました。     

┃変化し続ける限界集落の“今”を体験する「視察ツアー」  

  

神山の古民家を借りてから、そこでは最新のワーク・スタイルが生まれていました。その様子を、東京の経営者のみなさんにも見ていただく機会を用意しました。視察ツアーを2011年9月から始め、コロナ禍の直前まで毎年開催してきました。これまでトータルで14〜15回実施したでしょうか。  

  

最大50名ほども参加者が集まるときもありました。徳島に来てもらい、テレワークが実際どのように行われているのかを見ていただきました。限界集落の現状もお伝えしました。懇親会ともなると、徳島駅前のお店に入り切らないほど。徳島の人も東京の人も、さまざまな立場の人たちが語り合う機会となりました。社会課題の解決こそがビジネス・チャンスですから、経営者にとっても多くのヒントがあったのではないかと思います。  

  

2012年3月には、神山町で、公民館の体育館を借りてイベントを行いました。そこには、東京から視察に訪れた日本マイクロソフトの樋口泰行社長(当時)や、神山の活性化をになうNPO法人グリーンバレーの大南信也理事長(当時)、徳島県庁の担当者などが集まって、パネル・ディスカッションを行いました。その様子はオンラインでも配信し、東京の人たちにも見てもらいました。このときは日本マイクロソフトの樋口社長が神山にいらっしゃるということで、大きな話題となりました。      

┃ダンクソフトが徳島に入って起きた変化とは  

  

いまでは、私たちが徳島で働きはじめたことで、県庁の方に「ダンクソフトとテレワークとワーク・ライフ・バランスがいっしょに来た」と喜んでもらえるほどになりました。  

   

私たちが実践していたテレワークという働き方を、徳島の人たちが初めて目にしたわけです。神山のサテライト・オフィスには電話機はなく、パソコン上に電話がかかってくる。限界集落にいながらにして、東京の仕事ができる。そういった新しい働き方がすでに可能だということを、見て知ってもらうことのインパクトは大きかったかなと思います。  

  

それに加えて、私たちはワーク・ライフ・バランスについての賞も多くいただいている企業なので、「仕事と生活を調和させながら働く」という考え方を広めるきっかけにもなったようです。       

ダンクソフトの受賞歴はこちら
https://www.dunksoft.com/award

┃多様な地域の人たちが協働することで、地域問題の解決が進む  

  

徳島とのつながりが深くなってきたからでしょうか、2013年4月から、私が徳島県集落再生委員として県の会議に参加することになりました。私は県民ではないので務まるかどうか不安もありましたが、委員として参加することで、地方で何が起こっているのかがよくわかるようになりました。  

   

たとえば、神山町では私たちが入る前くらいの段階で、きれいな道路が整備されました。道があれば、都心部から人が来やすくなるだろうとの判断でしたが、実際に起きたことはその逆。山のほうから都市部に出ていく人が増えてしまいました。神山町は、当時の人口は6000人を超えていましたが、いまは5000人。急速に減っています。東京にいると実感しにくいですが、地方だと人口減少という問題が差し迫ってきます。  

   

子どもたちも劇的に減っています。2011年に徳島に行ったときは、廃校が25もあると知らされました。遠距離の通学をする生徒が増え、しかしバスを出すほどの人数はいないため、タクシーで通学せざるを得ない生徒がいると聞きました。  

   

けれど、たくさんの学校がつぶされてしまう現状は、じつは都心のほうが先に進んでいる問題でもあると気づきました。私たちが40年前に都心へ出勤していたときには、すでに廃校はいくつもあったと記憶しています。子どもがいなくなるとコミュニティがなくなることを、私は東京でよく見てきました。ですから、徳島でこれから起きるであろうことも想像がつきます。東京の人が知らないこともあれば、逆に地域の人が知らないこともあります。多様な地域の人たちが連携・協働することで、よりよい問題解決のアプローチが生まれるのではないかと思っています。     

┃視察ツアーのテーマは「神山体験」と「藍」  

  

ではいよいよお待ちかね、今回2023年11月の視察ツアーの概要です。今回のツアーは、いまの神山を体験いただくだけでなく、「藍」もテーマにします。参加者は、ダンクソフトのスタッフやパートナーや大事なお客様、そして神田藍プロジェクトのメンバーです。  

  

「神田藍の会」については、こちらをご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai 

ダンクソフトは「神田藍の会」という活動に関わっています。何度もお話していることではあるのですが、この活動は藍を媒介に、社会関係が希薄になった都会で、地域コミュニティを再生していこうというものです。ダンクソフト本社のある東京都千代田区の神田エリアは、かつて「紺屋町」があり、藍との関わりが深い土地でした。ダンクソフトの本社ビルのベランダでも、3年前から藍を育てています。  

  

いっぽう徳島はといえば、江戸時代には藍染めの中心地でした。藍はキズを化膿させにくいという特殊な効果をもつので、職人から武士まで藍で染めたものを着たり、手ぬぐいとして持ったりしていました。日本中がそうでした。そんな状況で、徳島では藍を発酵させた「藍玉」の製法を門外不出にしていたのです。神田をはじめ全国にある「紺屋町」では、藍玉を仕入れた職人たちが染めものをしていました。  

  

つまり、徳島と東京・神田は、当時から藍で結ばれていたのですね。「神田藍の会」の活動では、藍の生葉染めをするなど、身近に藍のある暮らしを楽しみ、コミュニティが豊かになり始めています。しかし、徳島の人たちは、藍は名産品であっても、必ずしも藍を育てたり、染めを経験したりしているわけではありません。「神田藍」の活動が、いわば藍の本場である徳島に入っていくことで、専門的に藍を扱っていた人たち以外も藍に触れ、徳島のコミュニティが盛り上がっていくきっかけになればと想像しています。     

┃神山から、ダイアログとイノベーションが生まれる  

  

視察ツアーでは、いまいちばん新しい神山を体験しながら、多様な立場の人たちとのダイアログを楽しんでいただきたいと思っています。神山の活性化に長年尽力されてきたNPO法人グリーンバレーの視察も行いますし、「神山まるごと高専」という今年の4月に開校したばかりの高専の生徒さんとも、対話の機会を用意しています。 ここには、現在、富士通代表で高専と連携していると共に、インターミディエイターのおひとりでもある濱上隆道さんがいます。いろいろと一緒に企画を立てているところです。 

 

徳島のみなさんと神田藍のメンバー、グリーンバレーのみなさん、神山まるごと高専の生徒さん、そしてダンクソフトの若いスタッフたち。今回の視察ツアーでは、多様な立場の人たちが神山に集まります。都会や地方という垣根を超え、高専生から経営者まで、それぞれの知見や技能が交差したら、それが参加者や地域社会にイノベーションを生み出すきっかけにもなるでしょう。みなさんと未来志向でダイアログができることが、とても楽しみです。  

  

ダンクソフトが40周年を迎えたこの年に、コロナ禍を経てふたたび、徳島でコ・ラーニングできるのはうれしいことです。これからも「学習する組織」を目指して、ともに学びあい、高めあっていきましょう!  

 

事例:高校生が地域に飛びだし、デジタル・スタンプラリーをつくる実践的な共同学習プログラムを開発

お客様:学校法人 郁文館夢学園 ID学園高等学校 様


 学校法人ID学園高等学校 様は、全日制と通信制の良さをかけあわせた、ハイブリッド型が特徴の広域通信制高校である。134年の歴史を持つ学校法人郁文館夢学園が2020年に創設した新しい学びの場だ。生徒は関心のある授業を選択して参加し、無理のないペースで学びを進めることができる。

 

ID学園高等学校は「起業・ビジネスコース」の生徒を対象に、ダンクソフトと協働してインターンシップ・プログラムを企画・実施した。最新のIT技術を搭載する「WeARee!」を使った、実践型の共同学習プログラムだ。

 

実施後は参加した生徒全員から高い評価を受けただけでなく、「WeARee!」の新たな活用についても、話が広がっている。プログラムを担当した、企画部主任であり、起業・ビジネスコースのカリキュラム設計を行う宮坂修平氏からお話を伺った。


■新しい学びができる学校づくりを目指して

ID学園高等学校は、100年以上続く学校法人郁文館夢学園が、2020年に、新しい学びのスタイルとして創設した学校だ。通学型と通信型の学び方があり、通学型は、さらに「週1日コース」「週3日コース」「総合進学コース」「グローバルコース」「起業・ビジネスコース」にわかれている。すべてのコースは、希望すれば毎月変更することもできる。

 

このように、ID学園高等学校では、複雑・多様化する社会の中で、一人ひとりの体調や学びのペースに合わせて、生徒が参加しやすい環境を提供している。この背景には、生徒一人ひとりが人生の主人公として夢を叶えていく学びの場でありたいという、ID学園高等学校の理念がある。

宮坂氏は、2022年4月からID学園高等学校の企画部に所属している。起業・ビジネスコースだけでなく、探究や外部機関との教育連携なども担当している。宮坂氏には、東京学芸大学の教育学部に在籍していた当時から、「日本にまだない授業を導入した、新しい学びができる学校をつくりたい」という思いがあった。そのためには、民間企業でのビジネス経験が役に立つと考え、卒業後はIT企業のマーケティング部に所属して経験を重ねた。

  

■1年間の試行錯誤で気がついた、大切にしたい思い 

2022年度の1年間にわたり、起業・ビジネスコースのカリキュラムを企画する中で、時には失敗も経験し、宮坂氏は「生徒同士がイキイキと学ぶ、一人ひとりの価値と可能性が引き出される授業をつくりたい」という思いを持つようになった。――そこに宮坂氏は、2023年のはじめにとあるイベントでダンクソフトのメンバーと偶然の再会をする。コロナ禍を経て久しぶりに会ったダンクソフトのメンバーから、ウェブを使った新しいサービス「WeARee!」を知って、「これだ!」と、瞬時に可能性を感じた。WeARee!のスタンプラリー機能を使えば、地域社会をテーマに、生徒が教室を飛び出して学ぶ、実践型のプログラムがつくれるのではないか。そう考えた宮坂氏は、すぐに実施に向けた相談をはじめた。

 

ID学園高等学校での授業風景

宮坂氏は、教員になる前にライフワークとして、「既存の学校現場には無い学び」をテーマにしたワークショップを開催していたことがある。その会場としていた場所が、ダンクソフトがサテライト・オフィスとして利用していた東上野の古民家ギャラリーだった。こうした縁も重なり、ID学園高等学校とダンクソフトとの協働によるインターンシップ・プログラムづくりがはじまった。

 

■従来のフォーマットにとらわれない、生徒起点のプログラムづくり

インターンシップ・プログラムというと、学生が数日間にわたって企業のオフィスで働くスタイルが一般的だ。一方でID学園高等学校の要望は、「短時間で、楽しく、どんな高校生でも無理なく参加できる形のインターンシップ」だった。

 

ダンクソフトは、従来の「インターンシップ」というフォーマットをスタートにするのではなく、ID学園高等学校の生徒たちが参加しやすいプログラムを提案した。「こんな感じでどうでしょう」「そういう課題であれば、こういうことができますね」と、対話のキャッチ・ボールを2ヶ月間にわたり複数回おこなった。

 

「これほど丁寧に対話を重ねながら、企業とプログラムをゼロからつくったのは、はじめてでした」と、宮坂氏は当時を振り返る。ダンクソフトのWeARee!チームは、できるだけ親しみを持って参加できる環境をつくろうと心がけた。こうした対話によって、「WeARee!チームが事前に生徒たちを訪ねて、プログラムの初日を顔見知りの状態で迎えてはどうか」といった、生徒が安心して参加できるような工夫が次々にうまれてきた。

今回、対話の末にできあがった新しい「インターンシップ・プログラム」は次の通りである。「WeARee!」のデジタル・スタンプラリーを活用した、飯能市のスタンプラリー作成プロジェクトだ。

 

1)ID学園高等学校でのチーム・ビルディング(5月23日)

キックオフとして、レクリエーションを中心としたプログラムを実施。生徒による企業調べの発表。スタッフと生徒の交流。

 

2)ダンクソフト本社オフィスにて、初回インターンシップ実施(5月25日)

生徒がダンクソフトのある東京・神田周辺の地域スポットを探検するデジタル・スタンプラリーを体験。グループごとに「WeARee!」の機能を理解し、遊び感覚で地域の魅力を発見する1日体験を実施。

 

3)生徒自身が「WeARee!」で、新しい地域スタンプラリーを制作

魅力のある神田のスポットを訪問し撮影、集めた情報でスタンプ・スポットを制作。「おもしろい神田」をテーマにしたスタンプラリーを全員で制作。

 

4)埼玉県飯能市にて「WeARee!」を活用したフィールドワーク(6月1日)

飯能駅周辺で実施しているフィールドワークの授業で「WeARee!」を活用。神田で演習したことを飯能駅周辺の魅力発見に応用し、飯能駅周辺地域の魅力を伝えるコンテンツづくりを行う。現地では、株式会社Akinai 様の協力で、コワーキングスペース「Nakacho7」で実施。

 

5)飯能スタンプラリー制作にむけたWEBミーティング(6月8日)

WeARee! チームが、ID学園高等学園の授業に遠隔で参加。生徒が考えた飯能スタンプラリーのコンセプト紹介や、スタンプラリーを作成する上での質問や相談などを、WEBミーティングで実施。

 

)ダンクソフト本社オフィスにて、第2回インターンシップ実施(6月15日)

飯能市でのフィールドワークで収集した魅力情報をもとに、生徒たちがチームとなってデジタル・スタンプラリーを仕上げ。現場での検証を経て最終作品を一般公開。飯能駅周辺の市民の方々が活用できるツールに。日本スタンプラリー協会にも登録し、全国のスタンプラリーの一覧にも掲載。 

↓完成したデジタル・スタンプラリーはこちら
https://stamprally.org/s/36507

別のカリキュラムで、生徒が空き家のリノベーションを手伝った店舗も、スタンプラリー・スポットのひとつとなっている。

  

■想像以上の盛り上がりと、ぞくぞくと届いた生徒からの嬉しいコメント

インターンシップ・プログラムの結果は、想像以上だった。誰かが取り残されることなく、プログラムを最後まで楽しく修了できた。

プログラム終了後のアンケートでは、授業の満足度について、生徒全員が最高評価をつけた。また、生徒たちからは、「自分たちで新しくものを作り出すという体験が自分の中で大きかった」「みんなが役割をもって何かしら関われた」などの声が、自由回答に寄せられた。これらのコメントからも、プログラムを通じて、生徒が自らの価値や可能性をなんらか実感できたことがわかる。さらに、「もっと大規模なスタンプラリーを作ってみたい」「ARを使った企画をやりたい」といった、未来へ向けた意欲を感じられる回答も見られた。

 

■「WeARee!」があったから実現したプログラム

 「どのような関わり方の生徒でも、成果を出せて、自分の価値や可能性を実感できる。これは、今までのプログラムではあり得なかった奇跡的なことです。学校法人と企業による、新しいプログラムづくりのモデルができました」(宮坂氏)。

 

例えば、スタンプ・スポット制作の際、体力に不安のある生徒も、ひとつのスタンプ・スポットさえつくれれば、持ち寄ってチームに加わることができる。また、体調不良のためフィールドワークができなかった生徒は、現地で写真を撮る代わりに、情報を集めて文章を書くことで、スタンプラリーづくりに加わることができた。このような生徒たちの多様な関わり方は、「WeARee!」がなければ実現できなかっただろう。

 

さらに、「こんな予想外の出来事があったんです」と、宮坂氏は嬉しそうにさらに言葉をつなげる。学校見学に訪れていた入学希望者が、スタンプラリーのチラシ制作をしていた様子を目にしたことがきっかけとなり、起業・ビジネスコースを選択したのだ。デザインに関心のあったその生徒は、「起業・ビジネスコース」でまさかデザインまで学べるとは思わなかったのだという。今回のインターンシップ・プログラムを知ったことが、入学の決定打となったのだ。

 

■「学校と企業のつながり」から「人と人のつながり」へ

 「ダンクソフトさんの社員の皆さんは、距離感が近いですね」と宮坂氏は語る。

 

「インターンシップに携わっていただいたみなさんは、今でも生徒の顔と名前を覚えてくださっています。ダンクソフトの方に進路相談をする生徒も出てきたんですよ。限られた期間で、そのような生徒との関係が自然と生まれてくるのは、本当に珍しいことです。“学校と企業のつながり”という枠を超え、“人と人のつながり”を感じながら協働できたのは、私自身にとっても大きな発見でした」(宮坂氏)。

 

【インターンシップ・プログラムに関わったダンクソフトメンバーからのコメント】

◆企画チーム マネージャー 板林

ダンクソフトでは、これまでもインターンシップを多く受け入れてきました。その中で「企業インターンシップとはこういうもの」というイメージが出来ていました。

一方で、宮坂氏とはそういったインターンシップの枠にとらわれず、学生の視点に立って、新しいものを一緒につくっていくことができました。協働していてとにかく楽しかったですね。

 

◆企画チーム 酒井

宮坂氏からプログラムのありたい姿を聞いた時、「インターンシップ」という言葉では到底おさまらないと感じました。「WeARee!」には、開発の当初から「みんなでつくる」というコンセプトがあります。このコンセプトを活かしながら、従来のインターンシップを超えたプログラムづくりができて、とても嬉しかったです。

 
◆企画チーム ウムト

宮坂氏や教員と生徒との信頼関係が強く、その関係が羨ましいと思いました。生徒たちはとても積極的。「WeARee!」のソースコードを見てテンションの上がった生徒たちの様子が、今でも印象に残っています。

 

◆企画チーム ジョーダン

授業が終わっても、生徒さんの多くがスタンプラリーを夢中になってつづけていました。一人ひとりのモチベーションも高く、素晴らしいと思いました。

  

■協働をさらにすすめて、生徒が学びやすい環境を

ID高等学園高校では、「WeARee!」のさらなる活用にも注目が集まっている。

「水道橋キャンパス周辺で、地域理解を深めるためのスタンプラリーを実施したい」という声が、教員からあがったのだ。

 

例えば、自宅での学習を長く続けていた新入生にとっては、通い慣れていない校舎や街を歩くだけでも大変なこと。「スタンプラリーを通じて、学校や周辺地域のことを生徒に楽しく知ってもらいたい」「スタンプラリーを使いながら歩くだけでも、生徒のウェルネスになるのでは」など、「WeARee!」への期待は、ますます高まっている。

 

また、宮坂氏とダンクソフトとの新たな企画もはじまりそうだ。移住やリモートワークというこれからのワークスタイルに関心を持つ生徒が増えていることを受け、ダンクソフトのテレワークに関する先駆的な取り組みを紹介する機会について意見交換を行っている。生徒がイキイキと学ぶ姿が想起される新たな共同学習プログラムが始まるかもしれない。 


■導入テクノロジー


 ■ID学園高等学校とは

ID学園高等学校は、134年の歴史を持つ学校法人郁文館夢学園が2020年4月に開講した広域通信制高校です。全日制、定時制、通信制に続く「第4の学校教育」として、全日制高校と通信制高校の良さを掛け合わせたハイブリッド型であることが特徴です。すべての生徒が夢を持ち、夢を実現するために、生徒の多様な夢の実現に全力を尽くします。生徒の「個」を大切にし、最大限活かして、好きな場所で、好きなペースで、好きなだけ学べる学習環境を提供しています。 

URL: https://id.ikubunkan.ed.jp/ 


“Co-learning”が、一人ひとりを成長・進化させる ―50周年に向けて「学習する組織」へ


■ダンクソフトが最も大事にする「コ・ラーニング」とは

 

ダンクソフトでは、「コ・ラーニング(Co-learning)」を重視してきました。コ・ラーニングとは、ともに学びあうこと、つまり、共同学習です。2008年の全社会議で話題にして以来、学びあいの文化、学びあいの場づくりを大事にしてきました。

 というのも、ダンクソフトはデジタル企業だからです。デジタル・テクノロジーは、40年で1億倍も性能が良くなりました。これからも驚異的なスピードで、新しい技術が登場し、発展します。連動して、私たちが学ぶことはどんどん増えていきますから、もう到底ひとりでは対応できなくなります(すでにそうです)。ですから、互いに学びあうことがますます大事になってきます。

テクノロジーの進化だけでなく、私たちを取り巻く環境も劇変しています。特に企業に求められることは、40年のあいだに大きく変化してきました。上司・部下という上下2分の関係を超えて、いかに目線をあわせて建設的な「対話」ができるか。社内外との横断的な協働を通じて、さらによりよい成果や意外な効果を生み出せるか。どうやって、よりよい地域社会の先導者になるか。どんなテーマでも、「Co-learning」の考え方が必要不可欠です。  

■「学びあう」ことで高めあうスポーツの現場

 

私はスポーツが大好きなのですが、最新のスポーツ界を見ていると、「コ・ラーニング」がよく実践されているのをたびたび見かけます。 

今年のWBCがそうでした。アメリカで経験を積んできたダルビッシュ選手に、日本のピッチャーはスライダーの投げ方を学んでいましたね。スライダーといえば、ダルビッシュが2009年のWBC決勝戦で最後の三振を打ちとった球種。その投げ方を、彼は若い選手たちとシェアしたのです。その成果でしょうか、大谷選手が決めた最後のボールはスライダー。そして日本はふたたび、世界一になりました。あのときは興奮しましたね。

 

かつてスポーツといえば、チーム内の全員がお互いのライバル(競争相手)でした。ですから互いに「学びあう」ことはなく、自分の技は盗まれないようにする、競争そのものの世界だったと思います。でもその文化が、いま確実に変わってきました。

 

スポーツ・クライミングという競技がありますよね。垂直に反り立つ壁をよじ登っていくもので、ボルダリングとも言われます。このスポーツでは、試合前に、どのように登るのか、その作戦を選手同士で相談するのです。このオブザベーションという時間では、各国の選手たちが、敵味方を超えて話し合っています。そのシーンがとてもおもしろいんです。

 

最近のスポーツでいえば、スケートボードも学びあう文化があります。誰かがいいスピードに乗ったり、技が決まったりしたら、それを見ている選手全員が喜び、賞賛しあいます。日本は女子も男子もかなり強い競技ですよね。

 

スポーツの世界では、コ・ラーニングしている場が目に見えて増えています。共同学習によって、互いに高めあっているわけです。  

■河原でパエリア。それが「体験学習」の始まりだった

 

ケニーズ・ファミリー・ビレッジ / オートキャンプ場さまとのプロジェクト事例『事例:楽しさの「背景」までも伝え共感を生むWEBサイトで、閲覧数も売上も120%増』も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/casestory-kfv 

10年ほど前でしょうか、ダンクソフトでは、特別な共同学習の機会をもうけました。

舞台は埼玉県飯能市のキャンプ場。そこへ、ダンクソフトのスタッフやパートナーさん、大切な知り合いの方々もお誘いして、一緒にツアー・バスで行きました。皆で集まったキャンプ場は、ケニーズ・ファミリー・ビレッジさんという、ダンクソフトのお客様でもあります。川を堰き止めた天然のプールがあるような、自然いっぱいの環境です。

 

その河原で、パエリアを炊くことに挑戦したんですよ。バレンシアのパエリア・コンテストで第4位の腕を持つシェフに同行してもらい、チームに分かれて、実際に自分たちで、いちから焚火でパエリアを炊いてみました。

 

そのプロセスで、社内・社外という垣根を超えて、さまざまな立場の人たちと協働関係を模索しながら、ひとつのものを作りあげることを体験しました。多様な人々がかかわるとイノベーションが起こることを実地に体験したわけです。

 

十分に手足を動かしたあとで、座学のレクチャーの時間を用意しました。そこでは、「開かれた対話と創造の場」を重視する、これからのビジネスの考え方を学びました。チームでのパエリアづくりを通じて、横断的な対話や小さな創造活動を体験した直後なので、話がよく身に沁みこみますよね。

 

それ以前から、外部講師を招いた社内セミナーは開催していました。でもそれは座学的なので、このような機会、つまり、身体を動かした「体験学習」の場を最新のビジネス論と連動して行ったものは、このときが初めてでした。ただ話を聞くだけではなく、実体験がともなうと、理論的な話について理解の深さが段違いなんですよね。みんなで自然のなかで食べるパエリアは絶品でしたしね。でも、それにとどまらない時間を経験しました。

 

「学ぶ」ということは、知識を増やすことではなく、行動パターンが変化すること。頭だけで理解するにとどまらず、行動まで変わるには、身体が関わる学習、つまり体験学習がおおいに有効です。そこに、反復学習することも欠かせませんが。  

■「教える/教わる」関係が解消されると、積極性がアップする

 

「学習」と聞くと、堅苦しいものを思い浮かべる人もいるかもしれないのですが、「共同学習」や「体験学習」は、実際、すごく楽しいものです。多様な立場の人たちが集まると、自分の目の前で面白いことが起きますから。先月、それを「実感」する機会がありました。

 

神田藍の会とのプロジェクト事例『事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル』も合わせてご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai 

本社のある東京・神田のコミュニティ活性化のために参加している神田藍の会で、小学生といっしょに、藍の生葉染めを体験しました。そこに集まったのは、1年生から6年生までのお子さんとその親御さん、そしてボランティアでサポートしてくれる大学生や私たちのような年長者まで。幅広い世代が集いました。

 

参加した小学生も大学生スタッフも、親御さんも、藍染めは初めて。でも、藍の会メンバーは「教える」ということはしません。楽しく説明をした後は、ただ見守って、失敗することも含めて、あれこれと挑戦してもらう場でした。

 

すると、子どもたちがとても楽しそうにしているんですね。子どもたちは、まわりの参加者やスタッフたちとどうやったらいいのか、話し合って進めていきます。藍染めは、染めの回数が増えるほどに色が濃くなります。1回だけ染めると、美しいエメラルド・グリーンの色が一瞬出ます。私がよく染める時には、染めは1回にとどめて、あとは色を止める作業をして、水色のハンカチをつくります。

 

けれど、小学生たちは、染めの回数をどんどん重ねていきました。「もっと染めたらどうなるんだろう」と、好奇心に突き動かされているようでした。しつこく回数を重ねた子どもは、ジャパン・ブルーといわれる藍色に近い色にまで染め上げていました。そこまでやるのか、というほどの、のめり込みっぷりでした。

 

「学習」というと「教育」(教えること)の一部だと思われていますが、そうじゃないんですね。「教える/教わる」という関係をなくし、みんなが積極的に学びあえるようにすると、ここまで楽しい学びの場ができるのかと感激しましたね。事後アンケートでは、ほぼ100%が「とってもおもしろかった」「またやってみたい!」という回答でした。  

■グループで熱心に協働する、ハイレベルな高校生

 

最近の若い人たちは優秀です。変化・進化するのがあたりまえ、と考えているように見えます。とても素直ですし、学んだことをぐんぐん吸収する力もあります。阿南高専を卒業して新卒で入社したスタッフたちは、最近も、どんどん資格を取りにいって、自律的に学びを進めています。

 

先日、ID学園高等学校の生徒さんを対象にしたインターンシップ・プログラムを実施しました。「WeARee!(ウィアリー!)」というソフトウエアを使って、デジタルを活かした地域のスタンプラリーを作ってもらいました。これも体験学習ですね。

 

生徒さんたちはグループであれこれ話し合いながら、よりよいものを作ろうと一生懸命でした。その純粋な積極性がすばらしいと感じましたし、ダンクソフトのスタッフも、高校生のレベルの高さに驚いていました。チーム単位で熱心に協働する姿は、トルコやフランスなど海外出身のスタッフもびっくりするほどでした。  

■インターネット時代に必須の「リバース・メンタリング」

 

いまの若い世代は、デジタル・ネイティブです。彼らはインターネットを使って、どんどん自発的・自律的に学んでいます。

 

インターネットは、「知と人」のあり方を変えましたよね。これまで専門家しか知らなかったような情報に、誰でもアクセスできるようになったからです。かなりの部分において、知りたいことを自分で取りに行くことができる時代になりました。

 

そうなると、かつてのように、先生と呼ばれる物知りが、何も知らない生徒に上から「教えてあげる」という構図はもう成り立たないわけです。むしろ、ネット世代の若い人たちから学ぶ「リバース・メンタリング」で、ともに学んでいくスタンスが大事だと思います。

 

ただ、いくらインターネットに情報があるといっても完全ではありませんから、年長者が積み上げてきた経験も意味のあるものです。しかし、大事なのは、年上/年下、上司/部下などの上下関係をなくして、多様なバックグラウンドをもつ人たちがフラットに、インタラクティブに学びあうということです。

 

ダンクソフトでは、できるだけそういう環境を生み出すことを目指しています。そのために、様々な工夫もしています。たとえば、私とスタッフの皆さんが対話する機会を、定期的につくってきました。また、誰もが自由に発言できるよう、年齢や役職に関係なく、お互いに「さん付け」で呼びあうよう推奨しています。  

■「時速80kmは遅すぎる」:ヨーロッパ旅行で体感した変化

 

インターネットの発展によって、多くの人たちが学びを深められるようになりました。これまで語ってきたように、使えるツールや環境が変わると、人の能力が引き出されていきます。 

1998年、ヨーロッパへ旅行したときのことです。ドイツの高速道路、アウトバーンを走りました。そこは制限速度がありません。時速300kmで走る車もいるほどです。旅行中、私は時速160kmで走りました。相当な速度です。でも、周りの車もそれくらいで走行しているからでしょう、とくに恐怖を感じることもありませんでした。

 

驚いたのは、帰国したときです。成田に降り立って家に向かうとき、高速道路を時速80kmで走りました。これがあまりにも遅く感じたのです。止まっているのと同じじゃないかと思ったほどでした。

 

このとき私は、ドイツの「アウトバーン」を経験して、自分のポテンシャルがぐんと引き出されたんだなと感じたものでした。道具や環境が変わると、人はそれに対応・適応しようとすることによって潜在能力が引き出されるようなのです。  

■“アウトバーン”が、人の未知なるポテンシャルを引き出す

 

私たちはふだんからパソコンやスマホなどを使いますよね。デジタルも、さきほどお話ししたように、40年で1億倍も性能がよくなっています。新しいデバイスを使うと、もう昔のものには戻れませんよね。私たちの判断力や反応速度が、性能の高いデバイスによって、知らず知らず引き上げられているからです。

 

最近では、パソコンだけでなく、同時にスマホやタブレットも使うなど、マルチ・デバイス化も進んでいますから、並行処理する力も自然と身についています。デジタル・ツールによって、私たちのポテンシャルを引き出してもらっているわけです。

 

ですから、ダンクソフトでは、できるだけ最新のパソコンやモニターなどのデジタル環境を導入することにしています。最新型の環境を整えることで、ワークプレイスに“アウトバーン状態” をつくっています。学習のスピードもアウトプットの質も、格段に変わりますよ。 

■ダンクソフトという「学習する組織」

 

いま、いろいろなデバイスがインターネットに接続される時代になりました。そうすると、インターネット上で、国境を超えた多様な人たちと出会えますよね。国も違う、文化も違う、まったく異なる環境で育った人同士が出会い、ともに学びあうと、成長の仕方も大きく変わります。

 

ひとりで学ぶだけでなく、インターネットを使って様々な人たちとチームを組み、コ・ラーニングすること。これができれば、一人ひとりの能力はますます伸びていくでしょう。

 

スタッフにとっても、ふだんから関わってくださるお客様やパートナーにとっても、ダンクソフトとの関わりを持てば、「自ずとコ・ラーニングできる」し、ともにバージョン・アップ、グレード・アップができるような会社になっていきたいと考えています。ダンクソフトは「学習する組織」。50周年にむけて、アウトバーンをばんばんつくっていきます。「時速80km企業」で満足しないために、日々、楽しい「学びあい」を続けていきましょう!

「未来通帳®」─時間を生み出すコツとその恩恵とは─

ダンクソフトでは40周年を機に、「未来通帳®」の開発を、新たに進めようとしています。先月のコラムでは、青写真をみなさんと共有しました。今月は、未来通帳®をつかって「時間預金」をすると、どんな未来がまっているのか。時間預金するコツやそれによっておこる恩恵について、イメージをお話しします。 



■人にとって最大のリソース、それが「時間」   

「未来通帳®」については、こちらのコラムもあわせてご覧ください。

『“時間預金”でウェルネス豊かな社会を ―「未来通帳®」の描く未来―』
https://www.dunksoft.com/message/2023-08

未来通帳®は「時間」にフォーカスするツールです。デジタルを使って人々の手間を省くと、その分、時間が生まれます。そして、その時間、つまり時間を未来に向かって何に使うか、あれこれ構想したくなるサービスです。資産運用というと、なにかと「お金」の話ばかりになりますが、時間もまた、私たちがもつ最大の資産です。 

でも、すべての人々が忙しく、速いスピードで動く現代社会です。日本は14年連続で人口が減少しています。今年は、初めて47都道府県すべてで人口減少が認められたそうです。これまでの量的拡大を前提とした社会に変わり、これからは一人ひとりの生活の質を豊かにするために、そろそろ「時間」というリソースについても、語られるべき時代です。 

 

多くの人は、お金は貯められても、時間は貯められないと考えているようです。でも、ほんとうにそうでしょうか。無駄な作業をそいで、時間を貯め、その時間をより有効に使う。「時間預金」というアイディアについて考えてみたいと思います。   

■効率化が時間を生みだし、提案の質を高める   

ダンクソフトのペーパーレス化について、こちらのコラムも合わせてご覧ください。

『理想的で機能するテレワーク環境づくり:発想転換のポイント』
https://www.dunksoft.com/message/2021-05 

ダンクソフトは完全ペーパーレスです。紙の書類や印鑑を使わず、「日報かんり」など自社開発のソフトウエアを利用することによって、事務処理の時間は最小限に抑えられています。日報かんりを使用する前と比べて、事務処理にかける時間は10分の1以下になりました。 

 

これまで事務仕事にあてていた時間が大幅に削減されたことで、私たちはその時間をお客様への提案のブラッシュアップに充てることができました。以前なら、「完成した」と思って終えていたところから、さらにひと手間かけて、クオリティを高めることができます。そうしていくと、ウェブサイトもシステムも、お客様にとって、より使いやすいものになるのは明らかですよね。私たちの業界では、このように改善スパイラルをどれだけ繰り返せるかが、質を決める生命線。たいへん大事なことです。 

  

ダンクソフトが、お客様によい提案ができるのは、スパイラルを繰り返す「時間」があるおかげですね。何度も見直して、細かなところを改善することができます。創った時間を、一人ひとりの学びにあてることも、ダンクソフトでは推奨しています。デジタルの分野は日進月歩ですので、次のテクノロジーを常に学んでいくことはとても大切です。結果的に、お客様に喜んでもらえますし、他社とクオリティの面で違いを出せる。開発者も仕事にやりがいを感じることができます。  

■時間預金で、子育て・介護、そして地域貢献も可能に 

プロジェクトの充実だけでなく、それぞれがゆとりをもって子育てや介護などもできるようになるのもプラス面ですね。会社全体で見ても、一人ひとりに時間の余裕がある状況は、休暇の取りやすさと直結しているのが分かります。それぞれの事情にあわせて、働く時間をコントロールできるようになりますし、助け合う余裕も出てくるんですね。 

  

徳島オフィスの竹内 祐介の”物語”はこちらをご覧ください。
https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi 

さらに、効率化で預金した時間を使って、地域との関わりにも参加できるようになります。徳島オフィスの竹内は、そのモデル・ケースですね。地元・徳島を離れずにダンクソフトで働きながら、徳島県主催の「未来創造のための若手部会」に参加したりしていました。今も、阿南工業高等専門学校(高専)で授業をうけもち、若手の、つまり未来人材の育成にたずさわったりしています。効率化して捻出した時間預金で、ダンクソフトのメンバーによる地域貢献が実現しています。 

 

このように、働く人たちそれぞれが“時間を生みだす”ことは可能ですし、またそうすることで、企業のなかだけでなく、家庭や地域にまで、いい影響が及びます。未来に向けて、いいサイクルがまわりだすことを実感しています。  

■人生を大事にするヨーロッパの文化 

 人として生きていくうえで、時間がいかに大事なのか ──。 

ワールドカップを見に行った時のエピソードはこちらのコラムをご覧ください。

『HISTORY3:「インターネット」をいち早く実験、フランスへの旅で可能性を確信(90年代後半)』
https://www.dunksoft.com/message/2022-05 

こんなことに気づいたのは1998年、フランスにワールドカップを見に行ったときのことでした。当時の日本チームは、まだ世界レベルではなかったので、日本が出場できるのは一生に一度の機会だろうと思い、気合を入れて2週間の休みを取りました。 

 

現地は、サッカー好きの人々が、さまざまな国から集まっていました。彼らと話していると、2週間の休みは短すぎると口々に言うのです。「もっと休みを取らなきゃダメだよ」と、どこに行っても言われました。このとき、ヨーロッパの人々は、人生を随分と大切にしているように思ったんですね。休暇をしっかり取って、のんびりと旅行したり、何もしない時間を楽しんだり。 

 

一方、日本はといえば、前回2022年のワールドカップのときに、スタジアムで「2週間の休暇をありがとう」と上司への謝辞を掲げた人が話題になりましたね。あれから20年以上たっても、いまだに日本では休みをとるのが難しいことがわかります。   

■時間的にも、空間的にも、「バッファ」を 

「バカンス(vacance)」とは、「何もない状態(vacant)」と語源が共通です。つまり、バカンスとは、何もしないこと。この「余白」が大事なんですね。現状を見直したり、新しいものを取り入れたりするためには、バッファ(buffer)が必要です。時間的にも、空間的にも、です。 

  

空間的なスペースが必要だと思ったのは、ペーパーレス化を一挙に進めたときです。当時のオフィスにはオープン・スペースがあったので、そこに書類や文房具のたぐいを全部集めたんですね。自分たちが何をもっているのか一覧して、必要なものだけを残しました。全体を見て、取捨選択するためには「スペース」が欠かせないと思います。  

■デジタル時代、「頭のスペース」は拡張した 

じつは、頭のなかも同じではないでしょうか。携帯電話が普及する前の私たちは、よく使う電話番号や取引先の住所など細かな情報を記憶していましたよね。そうすると、けっこう頭はパンパンな状態。かといって、脳のなかのいらないものを出すわけにもいきません。 

  

でも、いまは違います。デジタル・ツールを使うことで、単純な情報を覚えずに済むようになりました。昔と今では、頭のなかのスペースの量がぜんぜん違っているんですよね。ずいぶん広がりました。 

  

頭のなかにたくさんのスペースがあるので、新しいものをいろいろ取り入れることができます。「これとこれをつないでみようか」と新結合(イノベーション)を導く試行錯誤もできるようになります。    

■余白が生みだす、思いがけない次の展開 

このように、ちょっとした余白があると、思いもよらなかった活動が生まれてくることも実感しています。 

 

たとえば、私がオフィスで藍を育てられるのも、デジタル・ツールを使って仕事を効率化して、時間をつくりだしているからです。藍は生き物ですので、水やりを忘れると枯れてしまいます。藍の世話をするためにも時間をつくろうというモチベーションにもなります。 

  

また、神田藍の会では、月に1回の会合を開いています。ダンクソフトの本社ビルからZoomをつないでいますので、リアルに参加したい人は集まり、オンラインで自宅や職場からの参加も可能です。録画もしてありますから、日程が合わなくてもキャッチアップできます。議事録は私がその場で打ち込んで作成し、それを共有します。その議事録は保存しておき、助成金を申請するためのデータとしても活用します。 

 

このように、情報を効果的に活用していくことで、一人ひとりのメンバーに時間の余裕が出てきました。そのおかげでしょうか、いまでは神田藍の活動から、様々な展開が自然と芽吹いてきたところです。   

■デジタル × イマジネーションで進める災害対策 

時間的なスペースは、イマジネーションを働かせるためにも重要です。近年、企業には災害対策が求められています。スタッフの安全を守ったり、事業を続けたりといった社内のことだけでなく、地域における防災拠点を担うといったことも企業の責任です。 

 

ダンクソフトが考えるこれからの防災については、こちらのコラムも合わせてご覧ください。

『BOUSAIFULNESS ──災害前提社会への備え 』
https://www.dunksoft.com/message/2022-06 

災害対策は、とくにイマジネーションを発揮することが必要です。災害はこれからやってくるものですから。どういう危機が起こりうるのか、あらゆる可能性を事前にイメージしておくということですね。それが備えにつながります。 

  

これからも予期せぬ災害は起こるでしょうが、いまの時代にはデジタルがあります。現代人は、そこが救いだと思いますよ。 

  

今年は関東大震災から100年。報道から当時の様子を見聞きしていると、現場が大混乱していて、情報が発信されないことが問題だと感じました。ですが、いまであればAIやIoTといった技術があります。人が動かずとも、プログラムで勝手に動くインフラが整っています。デジタル・テクノロジーを使うことで地域間の連携は進み、災害のときも、普段のときも、人々の生活はより良くなる時代になりました。 

 

私たちは災害が起こりうるということを、普段、つい忘れてしまいがちです。それでも、時間に余裕があれば、いざというときのことも考えられるようになるはずです。日ごろからの時間預金をすることで、災害対策に気を配ることもできる。そんな心の余裕も、持っておきたいですね。  

■地域全体で時間をつくり、ソーシャル・キャピタルを高める 

個人の時と同じで、地域全体で時間に余剰ができると、地域を今よりよくする可能性がでてきます。ですから、「未来通帳®」というデジタル・ツールを、地域全体で導入し、データを共有することなどもイメージしています。 

 

たとえば、ダンクソフトの学童支援システムを導入している はなまる学童クラブさんの現場に、「未来通帳®」というデジタル・ツールを導入したら、これまでの事務効率化に、さらに輪をかけて効率化できると思います。 

  

はなまる学童クラブさんのシステム導入事例はこちらをご覧ください。

『「学童保育サポートシステム」が運営を楽に便利に、石垣島の子供たちを笑顔に』
https://www.dunksoft.com/message/case-hanamaru-kintone 

石垣島の はなまる学童クラブさんでは、毎月決まって行政に提出する報告書類があるそうです。未来通帳®を使えば、まず、パソコンを使わずに、スマホの音声入力で簡単に情報を入れられる。スマホを使うので、写真の添付にも手間がかかりません。その情報をクラウドにあげることで、家で事務作業する人たちも仕事に関われるようになります。スマホで入力したものが、そのままボタンひとつで日々の報告書に変わる。そして、それを役所への提出書類としても活用できます。デジタル・ツールによって、報告書をつくる時間を大幅に短縮することができるのです。 

 

地域全体で業務の手間や時間を省ければ、お子さんや高齢の方たちをコミュニティ全体で見守ることもできますね。安心・安全な社会がつくりやすくなります。 

 

また、今年の6月には、岐阜のいぶき福祉会(https://ibuki-komado.com/)さんを訪ねにいきました。そこでも、デジタルの力で可能性がひらける可能性を強く感じました。デジタルが進んでいけばいくほど、いぶきで仕事をしている仲間のみなさん(障害のある利用者さんたち)の「できる」が増えていくはずです。 

 

そして、スタッフのみなさんが事務処理にかける時間にしても、確実に大幅に省くことができます。いぶきのみなさんは、団体内に閉じるのではなく、地域に開かれた活動をなさっていますから、時間が余れば余るほど、岐阜ではソーシャル・キャピタルが高まっていくと想像しています。   

■未来通帳®が、事務を、暮らしを、地域を変えていく 

これからは、自分のため、地域のため、社会のために時間を使っていく時代です。一人ひとりが余剰時間をつくっていくことで、これからの日本が変わっていくことになります。学ぶ時間にあて、行動変化を起こすのもいいでしょう。家族と過ごす時間にするのも大事です。考える時間も大事ですから、何もしない余白の時間を確保するのもいいですよね。一人ひとりの地域での活動がもっと増えれば、ソーシャル・キャピタルが豊かな社会へつながるでしょう。「未来通帳®」をつかって時間を預金していくことが、未来をつくります。 

  

ダンクソフトは、この7月から、50周年にむけての10年があらたに始まりました。私たちはどんなふうに「時間」というリソースをつかっていくのか。どんな未来社会をつくっていくのか。あらためて考えるタイミングです。「未来通帳®」を使った地域構想とともに、人々の時間の見方や使い方を変えていきたいですね。 


 

 

“時間預金”でウェルネス豊かな社会を ―「未来通帳®」の描く未来―

「時間は人生のために®」。ダンクソフトが大事にしてきたテーマです。そこで、デジタル・テクノロジーを使って業務を効率化し、生まれた時間をよりよく使うことで、一人ひとりのクリエイティビティを高めようと考え続けてきました。今回のコラムでは「未来通帳®」という新たなシステムの構想をお話しします。これはまだ青写真なのですが、皆さんとアイディアをもちよって、一緒につくりあげていきたいと考えています。 



┃もしも、「時間を預金する」ことができたら  

  

【関連コラム】
はなまる学童クラブ様のシステム導入事例、『「学童保育サポートシステム」が運営を楽に便利に、石垣島の子供たちを笑顔に』https://www.dunksoft.com/message/case-hanamaru-kintone 

先日、石垣島でダンクソフトの学童支援システムを導入している はなまる学童クラブさんと話をした時のことでした。地域では、みんな忙しく働いているけれども、デジタルが必ずしも上手な人ばかりではないので、不便なことも多い。もっとデジタルを上手に活用して効率的に動ける地域になったら、捻出した時間を地域の介護や子育てに使えるのではないか。「ダンクさん、何かできませんか」と、言われたのです。 

 

時間は大事です。でも現代は、みんな、時間がありません。忙しい人が多く、予定を合わせるのも一苦労です。 

 

ですが、もし、スケジュール調整が瞬時にできるようになったらどうでしょう。いちいち電話やメールをしたり、調整ツールをつかったりせずとも、さっと会議日程を決められます。日程を共有するのにもいちいち連絡する必要がなく、関わるすべての人にいっせいにリアルタイムで共有されるのです。 

  

そうなったら、それぞれが浮いた時間を貯金でき、使える時間は格段に増えます。日本中で、誰かのために、あるいは自分のために使える時間が激増します。社会全体でなら、どれだけ多くの時間が生み出せることでしょう。地域課題の解決に充てられる時間も増えていくでしょう。最近Appleは預金サービスに参入しましたが、これは文字通り“money”に着目していますよね。私たちは、むしろ、「時間(time)」を貯金するという考えなんです。  

┃企業が多様な役割を求められる時代に 

 

ここのところ、企業はさまざまな社会的役割を求められています。少子高齢化対策から、災害時に地域でBCPの担い手になること、障がいのある人を雇用すること、それにプライバシー・マークの取得からSDGsまで、実に多様です。これはつまり、企業で働く一人ひとりも、さまざまな課題の解決に向けて、日々考え、行動していくことが求められているということです。 

 

そのためには、働く一人ひとりが業務を効率化して、時間をねん出する必要があります。生まれた時間は、社会課題の解決や、新しい学びや、コ・ラーニングに振り分ければ、個人もクリエイティビティがあがるし、よりよい未来社会をつくるきかっけが生まれます。そんなツールができないものかと、40周年を迎えた今年、考えを進めています。  

┃時間をうみだす「未来通帳®」という構想 

 

デジタルで日常を効率化して、時間をつくる。そうして生まれた時間を、個人が、企業が、地域社会が、ウェルネスを豊かにする方向に活用していく。この構想を「未来通帳®」と名付けてみました。暫定的な名前かもしれません。これから構想が進む段階で、変わっていってもかまわないと思っています。  

 

未来通帳®には、ふつうの通帳と異なるところが2つあります。ひとつは、「お金」ではなく「時間」を扱うということ。もうひとつは、「未来」を記録できるということです。通帳は、これまでの取引記録など「過去の情報」を記録するものです。ですが、何か「未来の情報」を書き記せるようなツールをつくりたいと考えています。ビジネスは未来をイメージしていかないとうまく進みませんから。    

┃長期スパンでビジネスを見透す「未来かんり®」に着想を得て 

  

未来情報を書き記すシステムとしては、ダンクソフトでは、ずいぶん前に「未来かんり®」というソフトウエアを開発しました。これは、ビジネスで重要なヒト、モノ、カネ、時間を一元管理する販売管理システムです。この中に、画期的な点がいくつもありました。  

  

そのひとつが、数年先の未来情報まで扱えることです。ほとんどの販売管理システムが扱うのは、1年間という会計年度での管理です。でも、このシステムを開発したときの課題は、2〜3年先の、未来に行われる結婚式にまつわる情報に、どうシステムが対応できるかでした。これは、それまでの一般的なシステムでは課題解決ができなかったのです。  

【関連コラム】
株式会社ユーアイ 取締役社長 藤吉恒雄氏とのクロストーク『経営者対談:UNLIMITED FLORIST ─ デジタルと手仕事の美徳は引き立てあえる
 https://www.dunksoft.com/message/2022-08

【関連コラム】
『最初プロジェクトは、花屋さんのための課題解決システム ~80年代からサブスク型』
 https://www.dunksoft.com/message/2022-02#2202%E2%80%905

この問題をなんとかクリアしようとして生まれたのが、来年、再来年、そしてその先と、会計年度をまたぐようなスパンで情報を扱うというアイディアでした。「未来かんり®」では、単年度を超えて、それまでより長期的に情報を可視化できるようになったのです。すると、「この先、いつどれくらいの投資をするか」といった先々のことまで、考えられるようになりました。   

┃個人も、企業も、「時間のポートフォリオ」を組んでいく 

 

今回の「未来通帳®」は、財務的なことにかかわることではなく、“時間”に着目する構想です。「“生まれた時間”をどんなことに投資していきたいか」を考え、生活設計することができます。たとえば、身体、メンタル、精神性、知的好奇心などウェルネスにかんすることから、SDGsやソーシャル・キャピタルなど社会や地球にかかわることまで、自分が求める未来にむけて、分野を選んで時間を配分していきます。 

 

ただし、せっかく時間を生み出しても、その時間を必ずしも有意義なことにつかうとは限りませんよね。 

 

そこで、「時間のポートフォリオ」という考え方を入れて、どんな分野にどれぐらいの時間をかけたか、一覧で見えるようなしくみを想定しています。 

 

「思っていたよりも、ソーシャル・キャピタルづくりにかけた時間が少ないな」、「環境保全に取りくみたかったけれど、今月はちょっと足りていないな」「ソーシャルな活動に費やしすぎたかな」など、実際につかった時間が可視化されるようになります。洗濯機が登場して家事の時間が短縮されたのに、それがテレビを見る時間になってしまった、というようなことでは残念ですから。 

 

時間のポートフォリオがあれば、自分の行動を振り返り、これからの行動を変えていくことができます。そうすることで、自分のウェルネスを充実させることにつながります。みんなで集合的にポートフォリオを共有すれば、ウェルネス豊かな未来社会に近づくだろう、ということなんですね。  

┃アクターを超えた連携・協働をうながすために 

  

「未来通帳®」では、手はじめに、一企業を超えてカレンダーを共有してみたいと思い描いています。会社のなかでスタッフ同士の予定を共有し把握しあうのは、今ではあたりまえになりつつあります。ダンクソフトでも、皆の予定をOutlookで共有しています。私のカレンダーも全員が見られますし、直接予定を書きこむこともできます。 

  

しかし、多くの場合、カレンダーを共有できるのは企業内に限られています。ですが、これからは、一社だけで課題解決するのではなく、さまざまな立場の人と協働し、価値を共創する時代です。他の会社、団体、そして地域の人たちなど、様々なアクターと予定を共有できたら、さらに連携・協働が実現し、加速すると思いませんか。「予定を入れる」「予定を共有する」ところが、未来が始まるポイントなのです。 

 

これまでの感覚だと「この日、どうでしょうか」と、事前に声をかけて調整することになりますが、その手間や時間も、ツールによって簡単に省くことができます。対話の場がすぐに設定できますから、プロジェクトはスピーディーに動きだしますね。多方向の関係づくりも進むことになりますし、多様なアクターたちによる協働の成果として、予想もしなかったイノベーションが生まれてくるでしょう。  

┃1ヶ月で8時間もの時間が生まれたツール「日報かんり®」をモチーフに 

  

実際に、デジタル・ツールがあると、どれぐらいの時間が節約されるものでしょうか。いえ、どれぐらい新たに時間を生み出せるのでしょうか。 

 

ダンクソフトでは、「日報かんり®」という、自社開発のツールを使っています。スタッフ一人ひとりが、予定表に自分の予定を30分単位から入力していきます。1日の終わりになると、クリックひとつで予定表が日報に変換されるという、便利な仕組みです。自分がどのプロジェクトにどれくらいの時間を使ったかも、自動で集計されます。  

  

このツールのおかげで、スタッフが業務報告書を作成する時間が格段に減りました。あるスタッフは、1ヶ月で8時間もの時間が生まれたといいます。 

 

事務処理に割く時間が短縮されたので、私たちは日々の「所感」を書く時間をつくることができました。所感には「今日のBGMはこれ」とか「こんなお昼ごはんを食べた」など、業務報告には載らないような、他愛もない内容を書いています。でも、これがいいんですね。 

 

お互いに読んでコメントしあう感じになり、自然と相互理解が深まり、メンバー間のコミュニケーションが活発になりました。これによって、相互に連携・協働する素地ができてきています。  

┃デジタル・ネイティブとつくる、大航海を楽しむような新時代の協働システム  

 

デジタル・テクノロジーは、これからますます発展していきます。暫定的に「未来通帳®」と呼んでいるこのシステムに、どんな機能をもたせるか、どんなインターフェースにしていくかなど、具体的な内容については、多様な方々との対話のなかで生まれていくでしょう。特に、徳島の阿南高専ACT倶楽部のメンバーや、ダンクソフトのインターンシップ生など、若い方々との「対話と協働」のなかから、具現化していくつもりです。  

 

21世紀に生まれたデジタル・ネイティブたちは、どんな未来を思い描くのか。その未来のために、どんなツールがあったら便利で、意味が感じられるのか。皆さんもアイディアがあったらお寄せください。ともにつくりあげるプロセスが、いまから楽しみです。 

 

2006年に、ヨーロッパへワールドカップ観戦に行きました。その際に立ち寄った、港町・マルセイユの小さなお店で、「航海日誌」に出会いました。英語では log bookと呼ばれ、航海の一部始終を毎日書き記すものです。紙をほとんど処分した完全ペーパーレスのオフィスに、いまも大事に置いている、数少ない紙モノです。 

 

Uncharted Waters ──。これは「未知の海」のことなんですが、これからの未来社会づくりも、いわば、海図なき航海のようなものでしょう。なので、航海日誌を手に、大海原へ航海に出るように、来るべき未来社会を楽しみながらつくっていけるような協働環境を用意してみたいと考えています。  

いまがいちばん新しい ─創業40周年を迎え、明日を語る─ 

ダンクソフトは2023年7月に創業40周年を迎え、今月より41期がスタートします。今回のコラムでは、これまでの歴程を幾分振り返りながら、「いまがいちばん新しい」ダンクソフトの現在、そして未来についてお話しします。 



┃インクリメンタル・イノベーションを積み重ねて 

  

おかげさまでダンクソフトは創業40周年を迎えます。ちょうど1年前の7月から、40周年特設ウェブサイトをスタートしました。その中で、40年で起きた世の中の動きとダンクソフトの活動を重ねてみました。 

 

この40年で、社会は大きく変わりました。それとともに、ダンクソフトは、少しずつよりよくしていく「インクリメンタル・イノベーション(漸進的イノベーション)」を積み重ねてきました。つねに時代時代の少し先をいく価値を発揮しつづけてきた40年の歩みです。 

ダンクソフトの歴史を、IT 業界や社会の出来事とともにご紹介しています。
https://www.dunksoft.com/40th-history

 これまでも何度か話してきましたが、この会社の創業社長は別にいて、私ではないんですね。創業社長は、造船会社のIT部門で機械制御を担当した後、1983年に東京・秋葉原で、当社を設立しました。当時の社名は、株式会社デュアルシステムと言い、制御と呼ばれるハードウェアを動かす部分を想定してつくられた会社でした。 

 

しかし、創業から3年で社長が病気で急逝してしまいます。売上は2年で10倍近く伸び、社員も一挙に10名以上増えたタイミングでした。急成長していた部門を担当していたことから、入社2年目、社員番号4番の私が、2代目社長に就任することになりました。 

 

この会社をどう舵取りしていくか真剣に考えましたね。そして、事業内容をソフトウエアに絞りこむことにします。   

┃ソフトウエアで“ダンク・シュート”を決める 

  

ソフトウエアを開発し、提供していると、「プログラムをつくることで劇的に便利になる」という出来事に出会うことがあります。 

 

印象深かったことのひとつに、広告代理店さんにデータベース・システムを開発したプロジェクトがあります。原価管理から、発注、見積書の作成、最後は請求書の発行、入金回収まで、すべてのデータを関連づけたシステムを開発しました。 

 

ヒト、モノ、カネ、時間という、ビジネス上の重要リソースを、すべてデータベースにいれることで、便利にプロジェクトの見積もりが出せるし、営業が見積もりを自分でつくれるようになりました。また、それをシェアできるようにすることで、経験をシェアできるようになりました。 

 

すると、それまで4人いた庶務担当が、2、3年たつと配置換えになり、営業スタッフとして外へ出ていけるようになったのです。会社としては、外に出られる人が増えることは、いいことです。会社はこうやって変わっていくのだなというイメージを持つことができて、組織がよりよく変わる方向でプログラムをつくらないといけない、と思いましたね。 

 

その後、Windows95が発売された1995年、社名を「ダンクソフト」に変更しました。ダンクには、ジャンク、つまり、くだらないもの、という意味があります。おもしろくてくだらないものをつくりたい、ということもあったのですが、もうひとつ、バスケットボールのダンク・シュートの意味も込めました。 

 

ダンク・シュートは、普通のシュートと同じ2点カウントですが、ダンクが決まるとチームも会場も盛り上がり、ゲームの流れがそれだけで大きく変わります。ダンク・シュートのように、私たちもビジネスを劇的に変える経験をつくりたいという思いを込めて、名付けました。    

┃ポリバレントで、助け合う風土ができてきた  

 

ダンクソフトで大事にしている考え方には、スポーツから取りいれたものがいくつかあります。「ポリバレント」が、そのひとつです。 

 

「ポリバレント」とは、状況や場面に応じていろいろな役割ができる人を指します。いわば「一人十色」と言えます。かつてサッカーでは選手の役割は、ポジションごとに固定しているのが普通でした。しかし、あるときオランダがトータル・フットボールというチームのあり方を打ち出したんですね。一人ひとりが攻めも守りもでき、ゲームの状況に応じて役割が流動的に変わるというものです。 

  

ダンクソフトのメンバーは、それぞれがポリバレントになることを目指していますし、自然とポリバレント化にむかう環境も整えています。例えば、社内に総務や経理担当者がいないことも、そのひとつです。ここ20年、この体制をとっています。 

  

総務・経理にかんする日常的な業務は、それぞれのスタッフがシステムから入力して完結します。各メンバーがふだんからバックオフィスの仕事に触れていると、どんなドキュメントが必要か、どんなルールになっているかということが、自ずとよくわかってきます。イレギュラーなことが起きても、適宜、経験のあるスタッフと協働することで問題解決へと向かいます。業務をブラックボックス化せずに、経験をシェアしていくことで、社員同士の互恵的関係(助け合う関係)を日ごろから培っているんですね。   

┃「対話するチーム」が未来をつくる 

  

ダンクソフトのユニークネスは、構成メンバーが多様であるだけでなく、お互いに協働できることです。社員同士のコミュニケーションは、ここ1年ほどでとても深まりました。大きかったのが、40周年記念企画としておこなった「未来の物語プロジェクト」です。 

  

「自分たちが思い描くダンクソフトの未来を、自分たちでつくろう」と唱えたひとりのプロジェクト・メンバーの声に多くのスタッフたちが共鳴し、全社員の8割にあたる20名が未来の物語を書き上げました。会社の未来は、経営者ひとりが決めるものではありません。スタッフそれぞれが思い描く未来の集合体が、ダンクソフトの未来です。物語を書くことで、一人ひとりが「未来は自分たちで創り出せる」と実感できたことは重要な共通体験であり、大きな成果でした。 

  

皆がそれぞれの書いた物語を読みあい、会話・対話し、フィードバックしました。これによって、互いのことをより深く知ることができ、以前よりも日常のコミュニケーションの質が高まっているのを実感しています。すると、連動して、お客様に対する提案内容のクオリティも驚くほど向上したのです。これは思いがけないうれしい成果でした。 

 

社内では、私が毎月のコラムを公開すると、それを受けてスタッフが、部署の垣根を超えた対話の場をもっています。また、日報を利用したちょっとしたコミュニケーションも活発になっています。スタッフのコメントから、私自身もあらたに気が付くこともあるんですね。最近は、返してくれるコメントの量がますます増えて、リプライするのが追いつかないほどです。コラムや日報を介して、ダンクソフトはつねに「コ・ラーニング(共同学習)」状態を目指している、と言えるでしょう。  

┃人は成長しつづける:80代の剣士の姿 

 

進化可能な場や組織では、個人のポテンシャルも引き出されていきます。私は67歳になりますが、自分自身、今もまだ成長している感覚が持てているんですよね。環境が大きく変わる今日、それはとてもよいことだと思います。 

 

最近思い出すのは、小学生のころに見た剣士の姿です。私は8歳のときから、剣道を習っていました。父は当時、剣道六段。師範になっていました。父といっしょに通っていたのは、講談社の敷地内にある野間道場でした。天覧試合が行われた日本一の道場です。そこで持田盛二さんという、“昭和の剣聖”と呼ばれた人が稽古をつけていました。 

  

このときの様子が目に焼き付いています。持田さんは当時80歳を超えていたはずです。でも誰も太刀打ちできないのです。剣道は、年齢が上がれば上がるほど強くなれる滅多にないタイプのスポーツなんですね。身体の動きが多少鈍くなったとしても、相手の心理を読む洞察力はますます高まるからです。そうした経験もあってか、年齢を重ねるごとに、いっそう進化できると確信しています。   

┃「いまがいちばん新しい」 

 

さて、集団や組織の次元に目を移すと、ダンクソフトもまた、つねに進化しつづけています。40周年を迎えるにあたって、「40年目のダンクソフト いまがいちばん新しい」というキイ・フレーズを掲げました。「いまがいちばん新しい」と自信をもって言えるのは、私たちは先行して未来をつくろうとしているからです。 

40周年特設ウェブサイト
https://www.dunksoft.com/40th

いまでは一般に浸透したテレワークについても、ダンクソフトでは2008年から取り組みを始めていました。当初はウェブ回線が不十分で、実用段階には届きませんでした。しかし、段階的に環境を整えていったことで、子どもを保育園に入れられなかったスタッフが在宅勤務できるまでになりました。 

 

また、東日本大震災のあと、徳島にサテライト・オフィスを開設するなど、「スマート・オフィス構想」をすこしずつ実践してきました。こうした積み重ねがあったので、2020年のコロナ禍では、緊急事態宣言が出された翌日から、全社テレワークに即時切り替えることができました。  

┃失敗は財産、危機は転換のチャンス 

 

いまのダンクソフトは、インクリメンタル・イノベーションの積み重ねの上に成り立っています。私たちが時代の変わり目にいち早く対応できているのは、世間に先行して失敗を獲得しているからなんですね。先にやって、先に失敗しているので、さらにその先にいくことができるのです。だから、まずはやってみる。前例もなく、手順も不明瞭ですから、先行していれば失敗するのは当然です。誰も挑戦していない新分野なら、失敗すること自体が財産になります。早く失敗し、そこから学べば、早く先へ進めます。こうやってダンクソフトは、未来をつくってきました。 

  

私たちにとって危機は忌避するものではありません。さらにレベルアップしていくためのチャンスです。日本は災害大国ですから、そこから立ち直るレジリエンスは高いでしょう。しかし、復元したあと、さらに新しい次の一手を打っていこうという動きはあまり見られないように感じます。 

  

新型コロナウイルス感染症の位置づけは、5類へと移行しました。しかし、未来を考えたときに、パンデミックはまだまだ起こる可能性があります。ですから、パンデミック以前の状態、つまり「もとに戻ってよし」とするのではなく、さらなる進化を遂げて未来をつくっていくタイミングにしていくべきだと考えています。要するに、危機こそ、自ら転換点をつくる好機です。   

┃デジタルがつくる多様性の高いコミュニティ 

 

ダンクソフトがこれから力を入れていきたいことに、「コミュニティづくり」があります。これは大きく2つの取り組みがあり、ひとつは、これまで徳島にサテライト・オフィスを設置するなど、遠くの地方との関係を結んできました。もうひとつは、ここ2年、「神田藍」というプロジェクトを通じて、本社のある神田周辺で、つまり都市の中のコミュニティづくりにも関わっています。ここ40年の歴史で、はじめての取り組みです。 

 

実際、藍という植物を媒介にすることで、街の人たちとの関わりが増えています。ふらりとお菓子をもってオフィスに来てくれる方もおられますね。神田藍のコミュニティが広がることで、これまで関わりのなかった企業や団体とも連携が生まれています。これは一種の副次効果でしょうね。「ソーシャル・キャピタル」がじわじわと醸成されていくことで、イノベーションの芽が出てきているのを感じます。 

 

こうして多様な人々の集まるコミュニティを、これからはデジタル・ツールがさらに支えます。ウェブARツール「WeARee!(ウィアリー)」や、会員組織運営を助ける「ダンクソフト・バザールバザール」などのプロダクトです。離れていても協力ができて、未来を共につくるチャレンジができるような仕組みが重要でしょう。  

┃国境も障害も、デジタルで超えていく 

  

協働しながら、イノベーションを生み出するには、多様な属性をもつ人が集まっているほうがよいものです。ダンクソフトというコミュニティも、住んでいる地域はバラバラですし、それぞれが多様な個性、特徴、スキルをもっている人たちで構成されています。最近ではトルコやフランス出身のスタッフも迎え、国籍も多様化してきました。 

 

デジタル・ネットワークを活用することによって、より多様な仲間と協働していくことができるでしょう。たとえば、身体が不自由な人もそうです。すでに、ALSの患者さんが視線入力でパソコンを操作できるようになっています。デジタルを利用すれば、場所や環境に左右されずに働けるようになります。ともに働くことで、互いの視野が広くなり、クリエイティビティがさらに高まる。どんどん発展するデジタル・ツールを使えば、人や組織の可能性をひらくことも可能です。   

┃船の舳先に立つ企業として 

  

“船の舳先(へさき)”に立つ。ダンクソフトの企業姿勢です。船首にいると先がよく見通せ、先行している感覚があります。船の後方にいると、安定しているかもしれませんが、どこに向かっているかわかりません。前にいる分だけ先が見えるし、どこに向かっていくのか、未来をつくっていくことができます。 

  

デジタル環境も技術も、目覚ましいスピードで変化しています。10年先はまだ考えられますが、100年先には私はもういませんし、その頃ダンクソフトはどうなっているのか、どうありたいのか。 

 

100年先だと量子コンピュータさえ、過去の話題に変わっていたりと、やれることも世界認識も変わっているでしょう。ある意味、年齢も居場所も関係なくなり、言語の壁もなくなっているでしょう。地球のなかだけにいるとは限りません。私たちの子孫は火星に住んでいるかもしれません。 

 

住む場所も、話す言葉も、生まれた時代もまったく異なる人たちが、目線を合わせて連携・協働する世界をいかに実現するか。やがて、資本主義のあり方も変わるでしょう。当然、ダンクソフトができることも変わるはずです。それでも、多様性・複雑性を重視する方向に向かっていることは間違いないでしょう。人間と機械と自然との関わりをうまく結び、船の舳先に立ってイノベーションを起こしつづけていく存在でありたい、と考えています。 

 

ダンクソフト発・地球によりよいデジタル推進

ダンクソフトは来月40周年を迎えます。この40年で、社会で企業が求められる役割が、大きく変わってきました。企業は経済一辺倒で事業を拡大すればよいという時代は、もうとっくに終わっています。 

 

6月5日は国連が定めた「世界環境デー」です。これにちなんで、今月は、「地球環境によりよいデジタル」というテーマでお話しします。デジタル企業であるダンクソフトがこれまで取り組んできたこと、そしてこれから私たちに求められることなどが中心です。 



▎2009年。「新しい働き方」を実現したら、「紙」を使わなくなった  

振り返ってみると、ダンクソフトの場合、何か別の課題を解決していたら、結果として環境にもよりよい活動になっていた、ということが多いようです。  

たとえば、「ペーパーレス」の取り組みが、そのひとつです。2009年の段階で、ほぼ社内のペーパーレス化が完了していました。当時、国内的に見ても、かなり先駆的なことだったと思います。  

本格的なテレワーク導入のきっかけとなった社員のインタビュー記事がCHANTO総研のウェブサイトに掲載されています。
https://chanto.jp.net/articles/-/237229 

転換点になったのは、育休中のスタッフから相談を受けたことでした。「子どもを保育園に入れられなかったから、復職できない」というのです。そのとき私は、であれば、オンラインで勤務してみたらどうだろうと提案したんですね。以前からテレワークの試みは始めていましたが、完全にリモートのみで働くことは未経験でした。そこから、保育園問題を解消するため、お母さんが自宅を離れずに育児をしながら遠隔で働き続ける工夫を導入していきました。情報共有をさらにスムーズにしようと、クラウド化も加速させました。  

育休スタッフの切実な声を聞き、実際に働ける方法を探っていたら、結果的にデジタル化が進み、紙を減らすことにもつながり、今でいう新しい働き方を先取りしていました。  

▎複合機のないスマートオフィスへ 

こういうわけで、当時から、業務のなかで、紙を使うことはほとんどありませんでした。さらにスタッフは1つのPCに2つのモニターをつなげて使う“ダブルモニター”にすることで、作業のために紙を出力する必要がなくなりました。会議では、大型モニターを利用し、資料や議事録を表示します。紙の資料を会議のために印刷したり、議事録を印刷して配布したり、といった手間や無駄がなくなります。情報共有と情報開示を進めた結果、環境にもよりよい「ペーパーレス」なオフィスになりました。 

 

デジタル化されたダンクソフト本社オフィス

2023年のいま、神田の本社オフィスには、ファクシミリ(FAX)はもちろん、コピー機もプリンターもありません。ダンクソフトはオフィス移転を比較的多く行ってきたのですが、そのたびにスリム化、つまりデジタル化を重ねてきました。脱アナログ化したこのオフィスは、「スマートオフィス」のショーケースです。従来のオフィスにあったような備品がない代わりに、良質なスピーカーや大型ディスプレイなどテレワーク環境が整っています。オフィスに来てくださった方には「こんなオフィスは見たことない」とよく驚かれます。 

 

■『スマートオフィス構想を実践する新拠点』
https://www.dunksoft.com/message/2021-03 

■『理想的で機能するテレワーク環境づくり:発想転換のポイント』
https://www.dunksoft.com/message/2021-05 

▎“エコ・ペーパーレス”の推進で、環境保全とコスト削減を両立 

デジタル・ツールを使うと、紙の使用量はもちろん減ります。ということは、それにあわせて文房具への支出も減ります。さらには、オフィス内に書類を管理する場所もいらなくなります。コピー機を置かなくなれば、年間で数百万円単位のコスト削減が可能です。そのうえ、わざわざ書類を事務所に取りに行くという面倒からも解放されます。経済と環境保全を両立させる取り組みを、ダンクソフトでは“エコ・ペーパーレス”と呼び、推進していました。 

 

ペーパーレス化に取り組んだ当時の、徳島合同証券様の取材動画

デジタルの推進によるエコ・ペーパーレス化は、これまでたくさんのお客様とともに取り組んできました。たとえば徳島合同証券様は、社内に眠っていた3.5トンもの書類を捨てることに成功しました。社員それぞれが管理していた個人情報をデジタルに一元化することで、コピー機やFAXを利用する頻度も激減しました。結果的に700万円ものコストが削減されました。もともと環境への意識が高い泊健一社長でしたが、その後もSDGsを推進する企業として、徳島の要になっていらっしゃるようです。ちょうどカーボン・オフセットの発想が注目されていた頃でした。 

 

■ 事例:「ペーパーレス化」で 6期連続の赤字からV字回復 
https://www.dunksoft.com/message/2019/7/22/-6v 

 ■ 泊健一社長からのダンクソフトへのコメント 
https://www.dunksoft.com/work-style  

▎森林保全NPOが、デジタル化を推進:「森での時間が増えた」 

NPO法人 樹木・環境ネットワーク協会様のケースも、思い出されます。ちょうどコロナ禍がはじまる直前でした。テレワークの仕組みを導入する支援をしました。 

 

ダンクソフト社員がテレワーク勤務体験談を共有している様子

こちらの協会は、森や里山の保全活動や、そのための人材育成を活動の主軸にしています。テレワーク補助金を使って、事務所の外からでもデータにアクセスし、どこからでも活動ができるように設定を行いました。 

 

デジタル導入により、ひとつは、広報担当の方が、介護と仕事を両立できるようになりました。また、「事務仕事のために、森に行く時間が減ってしまう」という事務局長さんの悩みが、業務が効率化されたことによって解消されました。デジタル導入で、離職も防ぎ、「森林保全」という本業に、さらに時間と力をかけられる環境をつくられたわけです。 

 

■ 事例:テレワークで実現したNPOの働き方改革と拡がる可能性 
https://www.dunksoft.com/message/case-telework-npo-shu  

▎ダンクソフトがかかわることで、環境保全が広がる 

NPO法人 樹木・環境ネットワーク協会様は、「人と自然が調和する持続可能な社会」を目指して、森づくりをはじめとしたさまざまな活動を行っています。ダンクソフトがデジタル化を支援することで、間接的に、環境保全に協力できたことになると考えています。 

 

NPO法人 大田・花とみどりのまちづくり様の活動の様子。駅前の花壇整備。

他にも、NPO法人 大田・花とみどりのまちづくり様のご支援では、より使いやすいボランティア管理システムをkintoneで実現しました。事務局もボランティアも、手作業で行っていた集計業務をデジタル化し、本来リソースを使うべき緑化のために、もっと力をかけられるようになりました。そして、さらに新しい領域や課題に取り組もうという気持ちにもなっていただくことができました。担当したダンクソフトのスタッフも、現場に足を運んで様子を拝見することができ、大田区の緑化に貢献できたと喜んでいました。 

 

■ 事例:作業効率化を機に、デジタル化でプロセスを見直し、誰もが関われる団体運営へ 
https://www.dunksoft.com/message/case-hanamidori-kintone  

 

▎ダイアログ・スペースから、森づくりを考える 

このように、環境問題に取り組む団体を支援することで、私たちダンクソフトの自然環境への意識もよりいっそう高められています。 

 

NPO法人森づくりフォーラム様とも、樹木・環境ネットワーク協会様を介して出会いました。3年前から、ダンクソフトのオフィス内にある「ダイアログ・スペース」を使って、ハイブリッド型の全国大会を開催するご支援をしています。コロナ前には、年に1度、リアルに集って大きなイベントを行っていたところが、コロナで一変。オンラインで上手に配信する方法と場所を提供し、新しい形の全国大会実施にこぎつけました。 

 

今年も、6月10日(土)と11日(日)の2日間にわたって、「第27回 森林と市民を結ぶ全国の集い2023」が開催されます。1日目はオンライン配信と国立オリンピック記念青少年総合センター現地会場とのハイブリッドで実施。2日目はオンライン配信で開催します。 

「続・森は誰のもの? ~森林コモンズを活かす明日へ~ 第27回 森林と市民を結ぶ全国の集い2023」 
https://moridukuri.jp/forumnews/forest2023_commons 

開催期間: 2023年6月10日(土)・11日(日) 

 

2日目の11日は、ダンクソフトの「ダイアログ・スペース」から、全国へ配信します。今年のテーマは「続・森は誰のもの?〜森林コモンズを活かす明日へ〜」です。どんな話が聞けるのか、私も楽しみにしています。 

  

ダンクソフトの「ダイアログスペース」

ダンクソフトの「ダイアログ・スペース」は、約1Gbpsの超高速光通信や、マイクやカメラ、モニター、高品質スピーカーを備えています。このオンライン・フォーラムもリアル感のあるセッションを楽しんでもらえるでしょう。「全国の集い」はどなたでもお越しいただけますので、ぜひご参加いただければと思います。 

 

ダンクソフトでは、このような「開かれた対話と創造の場づくり」を、さまざまなパートナーと一緒に行っていきたいと考えています。オフィスのダイアログ・スペースを利用してハイブリッド型イベントを実施することにご関心のある方は、ぜひお声がけください。(お問い合わせはこちらから) 

▎ウェブ・カメラで見守る「神田藍」の鉢植え 

オフィスといえば、オフィスのベランダでは、ここのところ、「藍」を育てています。 

 

ダンクソフトのオフィスは神田駅前にあります。神田はかつて、染物屋の集まる日本有数の「紺屋町」でした。そこで、この地域で暮らす人や働く人たちが「藍」を媒介にコミュニティをつくろうと、「神田藍プロジェクト」が始まりました。今年で3年目になる取り組みで、ダンクソフトも参加しています。5月には、千代田区のまちづくりサポート報告会にて、活動に対して「サポート大賞」を受賞しました。 

 

ダンクソフトオフィスのベランダで育てている藍

私にとっていちばん身近な自然は、ここにあります。藍を育てるのも、もう3年になりました。毎日水やりをしなくてはいけないことも、雨の日は水やりをしなくていいから嬉しいことも、今では私自身の日常です。これまで植物を育てたことはなかったのですが、育て方も少しずつ進化してきました。藍の様子を遠隔で24時間見られる「見守りカメラ」を設置したり、藍が自動で水を吸い上げる装置を入れたりするなど、藍が育つ環境もデジタルで整えてきました。 

 

■ 事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai 

■ WeARee!で見る神田藍プロジェクト 
https://yushin.wearee.jp/kanda-ai/content/4872?resp=1726

  

▎5G構想でインターネットが行き渡った日本中の森で、できること 

インターネット回線とカメラをつないで、植物を遠隔で見守る。私がオフィスの鉢植えに活用しているこの仕組みは、森林管理に応用できるものだと考えています。見守りカメラを設置して、それがインターネット回線につながってさえいれば、現地に行かずとも森林の状況を把握することができます。ダンクソフトで使っているSwitchBot社製のカメラは、太陽光エネルギーを使えるので、電源に配線しなくとも連続使用ができます。 

 

いま、日本では5G構想が実現しつつあります。これは、現在使われている第4世代(4G)の100倍以上高速な通信網を、離島や山間部を含む日本全域に張りめぐらせるという計画です。10Kmメッシュでカバーしていく計画なので、近いうちにどんな地域にもインターネットが行き渡るようになるでしょう。デジタル環境は飛躍的に進化しています。 

 

都市部ではインターネットがおおむね浸透してきました。あとは山間部や森林です。そこが整えば、どこにいても森林保全の活動ができ、これまで人が入りにくかった奥地まで目が行き届くようになります。ロボットなどとも協働すれば、人が介在しなくてもできることが、めざましく増えていくはずです。 

 

「森林保全」というと、自然を「人間や機械が関わらないもの」ととらえがちです。自然と人間、自然と機械を、対立構造で考える人も少なくありません。ですが、人間もまた自然の一部です。その人間がつくった機械もまた、自然と関わりを持つ重要な一部と考えたほうが、無理がないと思っています。 

 

日本はこれから人口が減っていきます。人口8000万人になったとき、働ける人口もずいぶんと減っているでしょう。そのような時代にこそ、デジタルとインターネットが活躍します。一次産業や二次産業にデジタルを導入し、関わる人を増やす。今後のテーマになっていくでしょう。 

  

▎スタッフ一人ひとりが、未来の地球環境を考えている、そんな会社に  

私自身は、一時、OECDが公開していたBLI(Better Life Index)の指標を意識して見ていたことがありました。Better Life Index(「より良い暮らし指標」)は、2011年に公開されたもので、住宅、収入、雇用、共同体、教育、環境、ガバナンス、医療、生活満足度、安全、仕事と生活の両立という11の分野で比較する、豊かさの指標です。 

 

今は、SDGsが企業にとっても考えるべき必須事項となっています。40年前にはもっぱら金銭的価値の追求が企業に求められていたことに対して、今は、社会的価値や環境価値が同時に求められるようになりました。時代が大きく変わっているのです。 

 

企業に地球環境保全の努力が求められるようになるのであれば、スタッフ一人ひとりに求められることも、当然変わっていくことになります。ダンクソフトでは、スタッフ一人ひとりが環境意識、社会意識を持てるように、評価制度を見直そうとしています。メンバーが未来の地球環境を考えている、そんな会社になっていきたいと考えています。 

 

そのためには、「業務」内容への評価以外にも、「未来」を切り拓く人になるために学び、考え、行動できているかという観点も、大事にしていく予定です。40周年を機に、「人として、よりよくなっていく」方向を目指したいと思っています。 

 

日本高専学会と考える、日本の将来 ―地域と地域をテクノロジーが結ぶ未来像―

今回のコラムは、日本高専学会会長の山下哲先生、理事の土井智晴先生をゲストにおむかえしました。日本高専学会は、2022年より「ダンクソフト・バザールバザール」を導入し、研究会活動がさらに活性化したという声を寄せていただきました。高専といえば、日本の技術力の要。デジタル・ネイティブ世代のポテンシャルをひらくための環境づくりや、スマートオフィス構想の展望について語らいました。 

【左から】  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  



▎海外から高く評価される、日本特有の「高専」という制度

ACTフェローシップのメンバーと

星野 ダンクソフトは、いろいろなご縁が重なって、高専とのつながりが深くなっています。徳島の阿南工業高等専門学校(阿南高専)で、竹内が授業を担当するようになって5年。 高専と社会を結ぶACTフェローシップのメンバーとしてプロジェクトにかかわったり、学生がインターンに来たりパートナーシップ協定を結んで協働したり。昨年は阿南高専から2名が新卒で入社しました。 

 

山下 嬉しいご縁ですね。私が会長を務めている日本高専学会は、「高専」という日本特有の教育制度をより良い制度に改編していくことについて、研究活動を行っています。日本のためにさらに役立て、世界へ発信していこうという学会です。今年で発足29年になります。 

  

星野 高専生はとても優秀ですね。昨年入社した阿南高専の2人も、入社直後から大活躍です。 

  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

山下 それはなによりです。そもそも高専という制度は、産業界からの要請に応えてつくられたものでした。1950年代後半、日本はめざましい経済成長を遂げました。そのとき、それを支える技術者が求められるようになりました。日本で初めての「国立高等専門学校」が設立されたのは1962年でした。高校3年間に2年プラスして5年間の高専を卒業すると、そのまま企業で働けるようなレベルの人を育てようと、60年前につくられた学校制度です。 

  

星野 ダンクソフトの連携先である阿南高専OB会の現会長が、やはり高専の卒業生で、彼はたしか高専の1期生か2期生だったと思います。 

  

山下 初期の卒業生でしたら、なおさら優秀な方でしょう。当時の高専は入学希望者がとても多く、入学してくるのは偏差値70を超えるような学生ばかりだったそうです。文部科学省が最初につくったカリキュラムは、高専の5年間で大学の工学部卒業と同等レベルの専門知識を身につけるという、とんでもなくハードなものでしたから。高専は、設立以来ずっと、学生のポテンシャルをおおいに発揮させる学びの場だと思っています。 

  

星野 高専制度が始まって60年、高専学会が発足して30年ですか。時代が変わるなかで、高専に求められるものも変わってきたのか、とイメージしているんですが。 

  

山下 ええ。私自身、変わりゆく中を生きてきました。高専はその成り立ちからして、文科省管轄の他の教育機関と異なる側面が多く、チャレンジできることも多い学校制度です。そこで、この制度をさらに進化させるべく、本学会が設立されたというわけです。 

 

いまでは日本の高専制度は海外でも高く評価されて、海外高専へと展開しています。日本は、モンゴルやタイ、ベトナムの3カ国を中心に、高専のカリキュラム設計や教材開発、教職員研修などのサポートを行っています。  

 

高専学会公式サイト 
https://jact.sakura.ne.jp/ 

 

高専学会では、研究助成も行っています。また、研究会活動の活発化にも、力を入れています。会員が中心となって、それぞれの研究分野を持ち寄って高めていこうというものです。一般教育科目、人権教育、留学生対応教育などにかんする研究会が立ち上がっています。  

▎KOSEN EXPOでも注目された「スマートオフィス構想」  

星野 ダンクソフトで働く2名の高専卒業生は、デジタル・ネイティブたちです。40周年プロジェクトの物語にも書いていましたが、中学生のときに初めてスマホを手にして、ものすごい衝撃を受けたそうです。彼が言うには「徳島という田舎から、世界が見えることに驚いた」と。彼らはデジタル・ネットワークを駆使して、自分から学びにいく力をすでに身につけています。社会を変えて未来をつくっていくのは、きっと彼ら若者たちだと感じています。 

  

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  

竹内 私は2018年から阿南高専で非常勤講師をしていますが、そこでは教員も生徒も、顔を合わせれば「技術の社会実装」という言葉を口にします。技術を社会問題の解決にむけて役立てようという意識を、みんながもっていますね。 

  

星野 昨年、オンラインで開催された「KOSEN EXPO2022」もその一環でした。あのイベントは、「研究・教育の成果の社会実装を目指す高専」と「高専の技術やアイデアを活用しながら課題解決を目指す企業・団体等」とのマッチングをはかるものでした。 

  

竹内 「KOSEN EXPO2022」では、新卒の2人が大活躍しました。特設ウェブサイトの制作からプロジェクトの発表まで、彼らがすべて担当してくれて。テーマは「ふるさとの未来をつくる、スマートオフィス構想」。発表も上々でしたし、ウェブサイトもかなりの閲覧数があったようです。 

 

星野 ダンクソフトでは「スマートオフィス構想」を提唱しています。インターネットを上手に利用して、クリエイティブに仕事ができるビジネス環境を各地につくろうというものです。これにより、首都圏への一極集中を緩和して、地方にいてもやりたい仕事を選んで働ける環境を実現していくことができます。地域には、学校を卒業してもそのまま地元に残りたい若者がいます。その場合でも、デジタルがあれば、地域にいながらにして、日本各地や世界各地と連携・協働できるしくみを、整えることが可能です。そうすれば、日本は地域から変わっていくはずです。 

徳島県の阿南高専を2022年に卒業、物語プロジェクト最年少受賞者の濱口航貴(ウェブチーム)が直面した「未来社会」を描く難しさとは

https://www.dunksoft.com/message/2023-03  

若手の活躍が光った「KOSEN EXPO 2022」 

https://www.dunksoft.com/message/2022-12 

▎都心への一極集中ではなく、地域にいても働ける未来 

星野 高専生は企業からも引く手あまたですよね。ですが、彼らの就職先が都市部に偏ってしまう現状は何とかしないといけません。本人が東京へ出ていきたいのならもちろんよいのですが、本当は地域に残りたいのに、仕事がないからやむなく都市部へ出ていってしまうのは、地域の未来にとっても、もったいないことです。「スマートオフィス構想」は、高専卒業生が地元に残り活躍するスキームのひとつになるものだと考えています。 

ダンクソフトは2011年の東日本大震災をきっかけに、“場所を問わず働ける”リモートワークの実験を始めました。コロナ禍を経て、全員リモートワークが基本となっています。 

  

山下 全員がリモートワークというのは画期的ですね。  

  

ふるさとの未来を創る、竹内祐介の物語

https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi  

竹内 私もいま、徳島の自宅から参加しています。私が入社した2012年は、徳島でリモートワークの実証実験が行われていたタイミングでした。私は徳島出身で、就職してからも徳島で働いていましたが、初めての子どもが生まれる直前に転勤を言い渡されてしまって。子育ては地元でしたかったので、退職せざるを得ませんでした。 

  

土井 竹内さんには長らくお世話になっていますが、そんな経緯があったとは知りませんでした。  

  

徳島県神山町でサテライトオフィスの実証実験(2012年)

竹内 そうですね。そこで出会ったのが、徳島県神山町でサテライトオフィスの実験をしていたダンクソフトでした。古民家で、数名のスタッフが東京本社とビデオ会議をつないで業務を行っていたんですよ。いまから10年以上まえですから、その姿にはびっくりしました。こんな働き方があるのか、と目からうろこでした。そこで東京まで直談判しに行き、徳島サテライトオフィスをつくってもらって、徳島で働けることになりました。  

 

▎各校固有の「知と技能」をデジタルで結ぶ  

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

星野 いまのデジタル・ネイティブ世代は、オンラインでのやりとりは小さいころから慣れています。ですから、リモートで働くことになんの違和感もなく適応できます。これは私たちの世代とはぜんぜん違いますよね。若い方たちはすばらしい強みをもっていると思いますよ。「スマートオフィス構想」で、そんな彼らのポテンシャルが、より活かせるようになると考えています。 

  

山下 リモートでの連携や協働といえば、高専学会でもこれから考えていることがあります。それは、インターネットを使って、各高専が誇るスペシャリストの技を、全国の高専で共有できないかということです。 

 

というのも、どの高専にも名物先生がいて、持てる技術や高い技能を伝えるために工夫を凝らした実験や実習を多く取り入れたカリキュラムを組んでいます。それは素晴らしいことである一方、現状では各校固有のものになっています。これらを、全国高専で共有していきたいのです。 

 

現在のVRやARの技術を使って、たんなる座学の“視聴”を超えて、“実体験ができた”と実感できるレベルで体験できないか。たとえば阿南高専の生徒が、私のいる木更津高専の実習を“体験”するといったことを、将来的に実現させたい。技術者の将来と日本の未来という意味でも。一朝一夕でできることではなくとも、きっと近い将来に見えてくる未来の姿だとも思います。 

 

インターネットやデジタルの力を活用した遠隔コミュニケーションについては、ぜひダンクソフトさんとも知恵を出しあっていければと思います。  

  

星野 嬉しいです。この対話の場そのものが未来ですね。ぜひともいっしょにチャレンジしていきましょう。 

  

▎効率化は、クリエイティビティのために  

星野 高専学会様には「ダンクソフト・バザールバザール」を導入いただいています。ご使用になってみていかがでしょうか。 

 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

土井 おかげさまで、いまのところとても助かっています。日本高専学会では、2022年に、会員組織の運営効率化のため、バザールバザールを導入しました。それまで300名ほどの会員にむけて封書で案内していたため、かなりの手間とコストがかかっていました。それが、システム導入後はその書類封入作業から解放されました。めざましい効率化とコスト削減になりましたね。 

  

山下 コロナ禍もあり、オンライン化が一気に進みました。おかげで経費をかなり削減できました。効率化によって得られた予算で、学会内で力を入れていきたい先述の研究会活動へ、助成制度を進めることができました。これは、うれしいことのひとつです。研究助成を得た先生方からも、研究会の新提案が増えるなど、さらに研究会活動が活発になることを期待しています。 

  

土井 そのほかにも、管理者がそれぞれのPCで管理していた会費情報・会員情報をバザールバザール上に移すことができました。セキュリティの観点からも、管理の見直しとクラウドを使うことを求められていたのですが、今回それが実現できて、ほっとしました。 

 

ダンクソフト・バザールバザール
https://dbb-web.bazaarbazaar.org/ 

また、バザールバザールは会員管理に役立つだけでなく、会員同士の情報共有や情報交換にも使えます。とくに研究会会員どうしの意見交換や対話に有効ですね。最近は、より便利な機能が加わって使いやすくなったおかげで、バザール内に設けた研究会のコミュニティで、参加者からの発言が増えてきています。 

 

星野 業務の効率化が進んで、研究という本来の業務に割く時間や費用がうまれたり、オンラインでの談話や対話が活性化したりしているのですね。まさにバザールバザールが目指すところです。よりよく使っていただいて、ありがとうございます。  

 

日本高専学会では、会員を募集しています。

↓入会案内はこちらをご覧ください。

https://jact.sakura.ne.jp/enter/ 

▎ソフトウエアと集会が、イノベーションを創出する 

土井 じつは高専学会だけでなく、私の勤務先であり母校でもある大阪公立大学高専の同窓会にも、バザールバザールを導入させていただきました。毎年160名の卒業生ほとんどが同窓会に加入します。卒業すると学校とのつながりが切れてしまいがちですが、これからはバザールバザールが、卒業生たちを結び、コミュニティをより活性化していってくれそうだと期待しています。   

 

竹内   高専学会さんは、バザールバザールをお使いになるなかで、「使ってみてこうだった」とか「こんな機能がほしい」など感想やリクエストをくださいます。お互いに対話を重ねることで、ともにシステムをよりよくアップデートしていけることをありがたく感じています。   

  

星野   毎年160人ということは、20年後には、大阪公立大学高専の同窓会メンバーだけでも3000人を超えるわけですね。イノベーションは、多種多様な方々がかかわる場所から起きていきます。バザールバザールによって、日本中の高専卒業生がネットワーク上でつながる環境がうまれたら、そこからたくさんのイノベーションが起こる予感がします。 

  

▎協働を通じて地域イノベーションのさざ波を   

星野 土井先生はロボット工学がご専門ですね。未来の展望をどうご覧になっていますか? 

 

土井 いま世の中は、ChatGPTなどAIを使ったソフトウエア開発がブームですよね。いわば、アタマがますます充実しているわけです。私は専門がロボット工学です。神戸で毎年夏に開催する「レスキューロボットコンテスト(※)」の実行委員もしているものですから、機械出身の人間から見ると、どうもアタマばかりで、カラダがついていっていないように感じます。これから先、脳や情報といったソフトウエアばかりでなく、機械や実物をつくっていくハードウェアの力も引き続き重要で、重視すべきだと考えています。 



※ レスキューロボットコンテストとは、防災・減災に関する社会啓発およびロボット技術を通した人材育成を目的とし、災害救助を題材としたロボットコンテストです。2001年から毎年夏に開催されています。

↓レスキューロボットコンテストについては、こちらをご覧ください。https://www.rescue-robot-contest.org/ 



星野 おもしろいですね。じつはダンクソフトはもともとハードウェア開発から始まった会社でした。そんなこともあって、私もハードには関心があるのですが、ロボットはこれからますます研究が進んでいくので、注目しています。ロボットとインターネットが合わされば、ものすごく可能性がひらけていきますよね。 

  

ダンクソフトはデジタルの会社ですが、「人間と機械と自然の協働」に注目しています。たとえば、森づくりなど森林保全の取り組みをする団体と連携もしています。土井先生のお話をうかがって、たとえば人が立ち入りにくい森のなかにロボットが入って、人間がリモートで木を伐採し、それによって森林問題の解決につながる未来が、もう目の前にきていると期待が高まりました。 

 

あとは、やはり介護ですね。私の場合は、ぎりぎり介護ロボットが間に合って、90歳になっても鉄腕アトムに担いでもらって世界中を飛び回れるだろうと、真面目に思っていたりします。ともあれ、これから目指すべきは「アタマとカラダの融合」ですね。 

 

竹内   どれだけデジタルが発達しても、人間が肉体をもっている以上、リアルなものはかならず残ります。ですから、ソフトウエアはリアルな場をいかにサポートできるかということが、今後より重要になってくると思います。私も大学で専攻したのは材料系だったので、ハードウェアの重要性も楽しさも、お話を聞いていてそうだなと思います。 

 

土井   この国はたぶんかなりテクノロジーが好きなのだと思います。私がいる大阪の堺には有名な仁徳天皇陵という前方後円墳がありますが、ピラミッドと比較される建造物が、なぜあの場所にあるのか、いろいろ調べてみると理由があり、そこから日本人の新しい技術に対する好奇心のようなものが見えてきます。新しいもの好きがいて、古いものを大切にする人もいて、それが融合して時を経ると、新しいテクノロジーとなって出てくる。だから焦ることなく、日本人らしいものを生み出していけばいいと考えています。 

 

星野   山下先生、土井先生のお話をうかがって、テクノロジーによる明るい未来を感じました。それとともに、日本の将来を考えると、都市部だけに活気があるのではなく、それ以外の地域各地をよりよくしていくことも必要不可欠です。このとき、技術が、地域社会に貢献できることは、たくさんあります。さまざまなコストを下げることはもちろん、人と人をつなぐことや、人間とロボットをつなぐことも、そのひとつですよね。 

 

ですので、テクノロジーに明るい先生方や高専生の皆さんが、さらに社会と接点をもち、その技術や技能をもって、地域の課題・問題を解決していくことで、高専の価値は、さらに高まると思います。たとえば、そうした試みのひとつが、阿南高専の「ACT倶楽部」ですね。ですので、一方では、ソフトとハードを切り離さない「技術イノベーション」を進めること、そして他方では、“技術と社会”が接点をもち、高専を起点に「地域イノベーション」のさざ波を広げていけるよう、私たちも、これからも一緒に協働していけるといいですね。本日は、ありがとうございました。 

40周年「ダンク感謝祭」は、集い、出会い、次の“はじまり”をつくる場

ダンクソフトはこの7月に40周年を迎えます。今回のコラムでは、40周年に向けて、これからどんなことをしようとしているか、いま考えていることをお話しします。ぜひ皆さんと、この節目を起点に、未来にむけて連携していきたいと思っています。  



▎「物語プロジェクト」と「感謝祭」を並行して実施 

 

今年7月に、ダンクソフトが40周年を迎えます。このタイミングで、「感謝祭」を実施したいと考えています。 

ただ、一般に日本ではバーゲン・セールのようなものを感謝祭と称することもありますが、そういう意味じゃないんですね。 

謝意を伝えたいのは、わりと広い範囲でして――直接のお客様はもちろん、スタッフ、その家族、お客様の先にいるお客様……といったステイクホルダーをイメージしています。 

さらに、いわゆる自然の恵みもあってビジネスや地域活動も可能なわけで、そういった地球環境のような「自然資本」も感謝祭の対象ですね。一連のシリーズにして実施できるようにと、各担当者たちが企画しています。というわけで、わりと広いスコープで「感謝祭」をとらえてるんですよ。 

 

それと、ダンクソフトでは、いま、「物語プロジェクト」が3つのレベルで進行中です。 

3月の社長コラム『ダンク史上初、つくりたい未来の物語が集結 』はこちら。
https://www.dunksoft.com/message/2023-03

まず第1に、スタッフ一人ひとりによる、未来志向の物語づくりです。これは先月のコラムでご紹介しました。 

 

ただし、これでは個人語り、つまり「点」ですので、これを「面」にしたいんですね。そこで、部署を超えたメンバーたちが、お互いの物語をつなげあおうと、対話ベースで、意見や感想をフィードバックしあっています。つまり、個々の物語をリンクしあって「物語の結び目」をつくるのが、第2のレベルです。 

 

さらに第3の動きとして、ダンクソフトの「サービス」を物語化するプロジェクトも動き始めています。いままで機能については語ってきたのですが、それだけでなく、未来志向で、もっと別の語り方もできると思っています。 

 

ということで、「物語プロジェクト」と「感謝祭」を、2重らせん的にからめながら、並行して進めていこうと思っています。  

▎「感謝祭」という名前のきっかけ 

 

「感謝祭」というネーミングを最初に使ったのは、昨年10月のことでした。<高専エキスポ>に参加したときでした。ちょうどハロウィンの頃のイベントだったのですが、謝肉祭というのもちょっとそぐわないな、と思いまして、そこではじめて感謝祭と銘打ったんですね。 

 

「神田藍の会」についてはこちらをご覧ください。
https://yushin.wearee.jp/kanda-ai 

最初に「感謝祭」というネーミングを使っていたのは、<神田藍の会>を一緒に推進している一般社団法人遊心の峯岸由美子さんでした。峯岸さんのおっしゃる「感謝祭」は、会の皆さんはもちろんのこと、それだけでなく、自然の恵みをはじめ、あらゆるものに感謝する祭、という意味でした。それを聞いて、なるほど、それはいい表現だと思いました。そこで、私も参加している<神田藍の会>で、12月10日に「感謝祭」を行いました。 

 

翌日11日には、ダンクソフトのコミュニケーション・サービス「WeARee!(ウィアリー!)」をテーマに、オンラインでの感謝祭をやってみました。考えてみると、昨年11月のサイボウズ・デイズへのイベント出展も、お客様に感謝するという意味では、「感謝祭」だったと言えるでしょうね。  

▎「バザールバザール」は業務効率化と集会のためのツール 

 

7月から40周年目がスタートしますので、いろいろな切り口で、お客様、パートナー、さらにその先にいる方々のアイディアも取りいれながら、楽しい感謝祭をご一緒に企画していきたいと考えています。 

 

「ダンクソフト・バザールバザール」についてはこちらをご覧ください。
https://dbb-web.bazaarbazaar.org/ 

感謝祭を通じて、結果として、皆さんにとって、関係づくりとコミュニティの活性化につながることを期待しています。そこで、ひとつの案として、いま、「ダンクソフト・バザールバザール」という製品を使って、インターネット上に皆で集える“グラン・バザール”をオープンしようと検討しているところです。 

 

「バザールバザール」は、バザール=市(いち)という名前のイメージ通り、もともとは安心して出会える場をイメージして、つくりました。 

 

機能としては2つあって、「効率化ツール」兼「集会ツール」なんですね。これはもともと、団体運営の事務効率化から出発したツールなんです。業種はなんであれ、事務作業はだんだん煩雑になっていきますから、「効率化」は大事ですよね。これが第1機能です。 

もうひとつ。歴史を見ると、何かが新しく起こるときって、「集団」ベースじゃないですか。大学の発生も、政党の発生も、企業の発生も。なので、いまは時代的にもイノベーションが必要なので、ネクスト・パンデミックとかにも関係なく、人が集まったり、出会ったりできる「集会ツール」にしたいんですよね。それが「バザールバザール」の第2機能です。「集会なくして、イノベーションなし」ですから。 

ただし、ただ不特定多数の人たちがやってきても、“不安な場”になるだけですよね。なので「バザール」上では、知り合いの知り合いとか、誰かの紹介とか、なんらかのつながりをもった人たちが集える、“安心できる場”になることを目指しています。  

▎インターネット上にみんなが集う“グラン・バザール”を 

 

この「バザールバザール」を、ダンクソフトと関わりのある方々に開放して、40周年だからこそできる集いの場 “グラン・バザール” を企画しています。 

 

「ダンクソフト・バザールバザール」開発チームによるダイアログも、合わせてお楽しみください。プロダクト、サービスに対する考えや思いを語っています。
https://www.dunksoft.com/message/engineering-next-vol1 

コロナ禍では、なかなか気軽に人とリアルに会えず、関係が希薄になるということがあったのではないでしょうか。また、オンラインで不特定多数の人々とつながってしまえるからこそ、発言がしづらかったり、発言が商用利用されることを懸念したり、ということもあるでしょうね。「バザールバザール」という、個人情報保護もしっかりしていて、広告・宣伝が一切入らない、“安全なバザール”(インターネット空間)の中なら、皆さんに楽しく集まって、遊んでいただけると思うんです。 

 

そこは、お互いのケミストリーもよく働き、のみならず、よい偶発が起こっていく。人と人がつながるきっかけも、たくさん生まれていくでしょう。ダンクソフトを通じて、新しい出会いや対話が生まれ、次へのアイディアが生まれる “楽しいバザール” ができればと考えています。 

 

「ACT倶楽部」についてはこちらのコラムをご覧ください。
https://www.dunksoft.com/message/2021-11 

具体的には、40年間のダンクソフトの歴史を通じて関わりを持ってくださったお客様やパートナーにアカウントを用意して、バザールに参加していただけるようにしていきます。現在ダンクソフトの製品やサービスを使っていただいているお客様はもちろんのこと、かつて使ってくださった方々、ダンクソフトが中央FMでスポンサーしているふたつの番組のリスナーさんたち、スタッフや登壇者、徳島ACT倶楽部のメンバーといった皆さんにも入ってもらえると、場が多様化して面白くなりそうです。  

▎希薄になったコミュニティ:東京のご近所付きあい事情 

 

最近、吉祥寺に引っ越したスタッフが、ご近所へ引っ越しの挨拶に回ろうとしたら、一軒も出てきてくれなかったとのことでした。その話を聞いた別のスタッフも、引っ越しの挨拶で、誰も応答してくれなかった経験をもっていました。 

 

現代の東京らしいエピソードではありますが、残念なことですね。きっとできるだけ人と顔を合わせたくないのでしょう。コミュニケーションを断つ方向に進んでいるようにみえますね。 

 

以前から、強盗や詐欺など凶悪な事件がありますから、防犯上、警戒するのもわからなくはありません。ただ、隣近所に誰が住んでいるのかもわからないのは、特に「防災」の観点から考えれば、あまり良い状態とはいえません。  

▎離れていても、声をかけあえる関係がある豊かさ 

 

“グラン・バザール” は、これとは逆をいく動きです。「感謝祭」もまた、そういう風潮とは逆の方向に向かうものです。 

 

昨今の異常気象や災害状況などを見ても、互恵的なコミュニティが維持され、活性化されるかどうかは、私たちにとって今後の死活問題です。それがデジタルの登場によって、新しい形の活路が見えはじめています。つまり、離れていてもコミュニケーションがとれて、サポートができる。そうなってきたんですね。 

 

ダンクソフトでは、さまざまな製品・サービスを提供しています。それは一見、バラバラなことをしているように見えるかもしれません。ですが、実際には皆さんと共に「デジタル・デバイドの解消」を行い、そこからさらに「コミュニティの活性化」へ向かえるよう、支援するということが、共通のテーマになっています。感謝祭を通じて、またグラン・バザールを通じて、知らなかった良いサービスや、その上手な使い方、デジタルを日常に取りいれるコツなども、知っていただくきっかけになればと思います。 

 

感謝祭やグラン・バザールの先には、「スマートオフィス構想」の推進というビジョンがあります。いまや、インターネットが生活の中に溶け込んでいて、人との関係やネットワークがあれば、場所を問わず、若い人たちが住みたい地元を離れずに仕事ができるようになりました。画期的なことです。これからは、私たちと地方との関わりがさらに増えて、東京でも地方でも、色々な展開が増えてくるだろうと思います。 

 

先日の誕生日に、ソーシャル・メディアでたくさんのお祝メッセージをいただきました。まだお返ししきれていないのですが、北海道から沖縄まで、またスペインからもメッセージがとどきました。デジタルがあるからこそ、こうして離れていてもコミュニケーションがとれるわけで、今までなら経験できなかった豊かさを実感しています。 

 

昨年オープンした「40周年特設サイト」にも、さまざまな方からお祝いメッセージをいただいています。40周年を迎えるのが今年2023年の7月。ここからさらに、よりよい未来をつくっていきましょう!  


ダンク史上初、つくりたい未来の物語が集結

ダンソフト40周年企画のひとつとして、2022年から、社内で「未来の物語」を描くプロジェクトを実施してきました。2023年1月に集まった物語は、全部で実に20作品にのぼります。これらを読み合い投票する社内コンテストを行いました。今回は、受賞者4名とプロジェクト担当者を迎えて、今回のプロジェクト、そして、この先の未来について語り合いました。 

 

最優秀賞     野田周子(ウェブチーム) 

役員賞(板林賞) 大川慶一(企画チーム) 

役員賞(渡辺賞) 濱口航貴(ウェブチーム) 

役員賞(星野賞) 港左匡(開発チーム) 

 

プロジェクト担当 澤口泰丞(開発チーム) 

代表取締役 星野晃一郎 



▎ダンク史上初の快挙、“こんな経験は40年間で初めてだ” 

 

星野 何度か話していますが、最初は有志数名だけで物語を書くことになるかと予想していたんです。それが、澤口さんの「いや、全員で書くんだ」という発言から、全社プロジェクトになっていきました。しかし、ここまでになるとは思ってなかったですね。 

 

澤口 会社の未来を考える時に、一部の人だけが考えた未来に乗っかるような状況ってすごく怖いなと、まず思ったんです。そうならないために、一人ひとりみんなが会社の明るい未来を考えてもらいたい。そのためのきっかけになるという意味で、物語を書いて未来を語るという今回のプロジェクトは、意義のあることだったと思います。 

 

星野 こうして未来語りの物語をお互いに交換し、物語を介してお互いを深く知ることができたというのは、チームとして相当頼もしいですよ。ひとつ言えるのは、ダンクソフト40年の歴史の中で、社内の人たちがこれだけお互いを知ったのは初めてだということです。こんな経験は私もしたことがなく、ダンク史上初の快挙です。ここからチームがどうなっていけるか、40周年を迎える7月に向けて、すごく楽しみにしています。 

 

澤口 私自身、何度も感動することの連続でした。まずやはり20作品ができあがったこと自体が嬉しく感動的でしたし、読み込んでみると、一つひとつが本当に素敵で、また感動しました。さらに、賞を選ぶ投票の段階でも、多くのスタッフが投票に参加してくれたことにも感動しましたし、かつ投票に添えられたメッセージにも感激しました。 

 

代表取締役 星野晃一郎 

星野 ここまでの数が集まるとはね。年末の仕事納めの時点で見たときは8本だったんです。ところが、1月4日の仕事始めの日に開けてみたら、いきなり20本が提出されていて。すごいですよね、これって。 

 

澤口 最初は最優秀賞ひとつだけの予定でしたが、「これだけの数が集まったし、しかも力作揃いで、賞がひとつだけではもったいない」ということになり、急きょ役員賞を追加してもらいましたね。ダンクソフトには役員が3人いるので、新たに賞が3つ増えて4つになりました。今日は受賞者の皆さん4人に集まってもらいました。  

▎未来社会を描く難しさ。ここから VR の未来はどうなる? 

 ──まずは今回の最年少受賞者の濱口さんです。徳島県の阿南高専を2022年に卒業し、春に新卒入社してまもなく1年。今回、役員賞(副社長・渡辺賞)を受賞しました。 

 

濱口航貴(ウェブチーム)

濱口 私の物語は、中学時代に初めてスマートフォンに触れて、文明的なものを感じたエピソードから、やや SF 的ともいえる未来社会へと向かう、という内容でした。中学時代、家ではスマホを持たせてもらえなくて、親に内緒でスマホを入手しました。初めて文明に触れた経験でした。徳島という田舎で生まれ育って、それまで家と学校の往復だけが世界だったんです。だから、スマホとの出会いはすごい衝撃でした。初めて都会の人たちと同じ情報に触れ、同じものを享受できたという感覚です。これがIT分野と出会った原体験となって、今の自分があることを物語に書きました。 

 

星野 濱口さんのその興奮はわかる気がしますね。私が初めてインターネットを体験したのが、たしか1993年頃。当時はニフティー・サーブの時代で、あの頃のブラウザは、たしかモザイクだったかな。世界に窓が開いた興奮を、よく覚えています。 

 

濱口 スマホ以前は何も持っていなかったので、逆に感動が大きかったかもしれません。それまで情報を得るといえばテレビぐらいしかなかったところから、いきなりインターネットに触れたので。 

 

星野 濱口さんが出会ったスマホですから、相当完成された状態のデジタルを、最初にいきなり見たわけだからね。 

 

濱口 はい。僕の物語の結末は、未来社会がどうなっているかを思いつくまま書いたものでした。その世界では、VRやアバターを当たり前に使って仕事をしている想定です。ただ、個人的には、実際にはこの方向でVR が進化することはないだろうと思っていて、そう思いながら書いたところがあります。 

というのも、未来の姿がまだ想像がつかなくて。今のVRは、VRゴーグルをつけて3Dでモデリングされた世界を目視することができるものです。でも、まだその空間で移動する方法が明確に定義されていない感覚があります。いわゆるゲームでいうところのコントローラーができる前のような状態なんじゃないかと思っています。 

なので、その VR 空間でどういうふうに立ち回るかが確立されてみないことには、実際にどのように実用されていくのかが思い描けなくて。仕事でコミュニケーション・ツールとして使うなら、VR ゴーグルをつけて何かするよりも、現在のビデオ会議の方が効率的です。どういうところで VR がビデオ会議を上回るのか。離れたもの同士が会議をしているというような方向性ではないんじゃないかと思いつつ、あえてフィクションとして書いてみた、という感じです。 

 

澤口 今回、「ダンクソフトの未来像」をみんなで考えていくにあたって、一人ひとりの未来が合わさったものが会社の未来になっていってほしいと考えました。みんな苦労しながらも、会社と自分の「未来」について、すごく考えて書いてくれましたね。 

 

濱口 物語を書く上で困ったのは、まさに未来の部分でした。実は色々な未来シナリオを書いて、何回も書き直してみたんです。でも、何度書いても「これは違うな」という未来しか書けず、それで「こうはならないな」と思う未来を描くことになってしまいました。今回の僕の物語の反省点はそこで、つくりたい未来像を描き切れなかったことでした。 

物語を書いてよかったことは、自分が過去に歩んできた道をあらためて振り返るきっかけになったことと、未来について考えられたことです。日頃はやはり、どうしても目の前のことに集中することが多いので、改めて先の事を考えるよいチャンスになりました。今回は、つくりたい未来について書ききれませんでしたが、引き続き、もっともだと思える未来像を書けるようになっていきたいです。 

 

大川 濱口さんも港さんもすごく若くて、自分とは離れた世代の若者です。そういう方たちがどういう視点で物事を見て、どういう経験をしてきたのかを、今回、物語を通して詳しく知ることができました。率直な感想として、共感しました。そこに書かれていた子供時代のときめきや行動原理は、私自身も同じ年頃の頃に感じていたものと近く、親近感を持ちました。  

▎過去の延長ではなく、そうあってほしい未来を描く 

──続いて、濱口さんと同時入社、同じく阿南高専出身の港さんです。役員賞(社長:星野賞)を受賞しました。 

 

港左匡(開発チーム)

 私の物語は、自分の過去の経歴をたどり、今後どうなっていってほしいかという未来について書いたものです。前半の振り返りパートは、高専に入った頃の話からダンクソフトに入って仕事をしている現在あたりまで。後半は、未来ということで、まあ、好き勝手に書きました(笑)。私も濱口さんと同じで、未来で自分が具体的に何をしているかを書くのは難しかったので、未来がどうあってほしいかを想定して、どう働いているかの観点で書きました。 

内容としては、メタバース的な社会の姿を、「なるべくそうあってほしい」という観点で書きました。バーチャル空間というか、デジタル技術を使った働き方が標準になっていってほしいということですね。また、そのなかで、ダンクソフトは新しい技術をどんどん取り入れていく積極的な姿勢をいつまでも保ったままの企業であってほしい、というようなメッセージを書きました。 

ただ、僕もこのままではメタバース空間で仕事はできないと思っています。具体的には、入力デバイスが、現状のキーボードやタッチ・ディスプレイなどのままではダメで。濱口さんの話にもゲーム・コントローラーの話が出ていましたが、もっと根本的にひっくり返すような何かがないと、このままでは使いづらいです。それをどう解決できるのかというと、ひとつは軽量化ですね。今のヘッドフォンくらい身軽なもので、VR空間に入っていかれるぐらいの軽さが欲しい。現状だと、トラッキング・センサーなど大掛かりな装置が必要なことが、今の技術的限界なので、今後それがどうなるか。うーん、わかりません(笑)。 

 

星野 港さんが書いた物語を初めて読んだのは、私と入江さんなんですよ。去年の全社会議でチームが同じだったんですね。そのときにみんなで物語を書き始めたわけですが、これは面白いなと思いました。だって港さんの物語なのに「私は竹内祐介です」から始まるんですよ。もうその時点で実際にイメージも浮かぶし、何が始まるんだろうと先が期待されて。その書き出しがよかったのと、全体の構成も構造的で、そこも良かったです。 

 

 物語の始まりは会話で書いた方が良いというのを聞いたことがあったので、自分としては特殊なことをしたつもりはなかったんですが(笑)。 

書いてみてよかったのは、よい振り返りの機会になったことです。過去の自分は、ある意味で他人だと思うので、そういう意味では、書く方も読む方も含めて、他者の経歴を知る、とても良い経験になりました。 

苦しかったのは、過去の厳しかった経験と向き合うことでした。結局、辛いことばかり書いても仕方ないと考えて、ばっさりカットしました。あと、書く内容や構想自体は頭の中でイメージできても、それを実際に文章に起こすことに時間がかかり、なかなか難しかったです。今後推敲していくとしたら、未来の部分で自分が何をしているかを膨らませると、もっとバランスがよくなっていくかなと考えています。 


野田 高専に進学する人は、中学の時点ですでに将来を考えて、高専という5年の道を選んでいるだけあり、港さんも濱口さんも、未来社会の姿をよく描けていましたよね。普段の仕事ではチームが違うのですが、松江のワーケーションに参加したとき、松江と徳島をオンラインでつないで、おふたりのプレゼンを聞く機会がありました。こうして物語を読ませてもらったりして、ふたりともプレゼンも文章もうまく、吸収力と行動力のある方たちであることがよくわかります。 

 

大川 私も普段はチームが違うので関わりが少ないのですが、こうして物語を通しておふたりの経験や思いを詳しく知ることができてよかったです。皆さんの物語を読んでいると、港さんも濱口さんも野田さんも、ダンクソフトに今こうしてみんながいることが、奇跡的だなと感じました。  

▎心に抱えた歯がゆさが、物語をつくることで昇華された 

──次は、最後の役員賞(取締役:板林賞)、大川さんです。 

 

大川慶一(企画チーム)

大川 昨年5月に祖母が亡くなりました。私はそこを起点とする物語を書きました。享年99歳、あと1年で100歳だったのですが。昨年はコロナ禍まっただなかだったので、祖母が倒れて入院したと聞いて病院に行っても、直接には会えません。リモート面会しかできないんですね。そのまま何ヶ月か通い続けたのですが、ずっとリモート面会のまま。結局、祖母は最後まで、画面越しに映る私たちを家族として認識できませんでした。こちらが言葉をかけても、伝わっているという実感も、励ませているという手応えもなく、歯がゆい思いをしているうちに亡くなってしまいました。 

これまでダンクソフトで、リモートワークや年配の方々のデジタル・ワークをサポートする仕事をしていたにもかかわらず、灯台下暗しで、一番身近な家族に対してケアができていなかった葛藤がありました。そこから、未来につなげていきました。世の中的にも、世代がひとつ上がると、もう見えない領域というか、手付かずのまま問題が置き去りにされていることに気づき、これまでITに触れる機会のなかった高齢者に何かアプローチできないかと考え、行動を起こしていく、というのが物語の流れです。 

最終的には、高齢者施設で、IT機器をつかったコミュニケーションやレクリエーション、またタブレットで絵を描くとか、ツールに慣れる機会を高齢の方々へ提供する事業を進めている未来を、フィクションとして描いた物語となりました。 

 

星野 物語の構造のひとつに、「不足から充足に向かう」ということがあります。大川さんの物語は、ご自身にとって身近な課題、つまり不足からはじめて、それが充足された未来のビジネス・プランを構想したことが、とてもよかったですね。 

 

大川 理想の未来を書くことで、心の中に抱えていた歯がゆさやモヤモヤが、ある程度は解消されたように感じます。このモヤモヤは、自分の中に抱えたままだと、ずっと悔いとして解決されずに残るたぐいのものだったと思うので、文字にして出力できて、本当によかったです。 

港さんは辛い経験を振り返ることが苦しかった、と話していましたが、私はそこには難しさはなかったです。むしろ逆でした。祖母が亡くなった時、亡くなる瞬間に立ち会えなかったこともあって、全く何の感情も浮かんで来なかったんですよ。それが、具体的に物語として表現したことで、ああ、こういう気持ちを発散したかったんだな、という気持ちに、ようやく気づくことができました。 

 

 いろんな世代がデジタル・ツールを使えるようにしようという、「デジタル・デバイドの解消」に向かうビジョンが感じられて、とても共感しました。実は私が投票したひとつが、大川さんの物語だったということを、ここで告白します(笑)。 

 

野田 私もコロナ禍のなかで家族が入院し、面会もできなくなっていく体験をしたので、重なる部分があり、共感をもって読みました。また、高齢者のデジタル・デバイドの現状と、課題解決のための事業提案の必要性が、とても切実な問題として迫ってきました。大川さんの試みが、今後も多くの人に役立つと良いなと思いました。 

 

星野 大川さんの言うように、物語として書き出すことで越えられたり、逆に港さんの言うように、一度書き出してみて思い切って捨ててしまうというのも、ひとつの物語効果だと思います。やはり自分を外に表現するのは大事ですね。今回のことは、それぞれの人が自分自身を振り返り、次を考える、いい機会になりましたね。 

 

澤口 はい。今回、皆さんに物語を書いてもらいたかったねらいの一つとして、お互いのことを知ってもらうということがありました。コロナでテレワーク化が進み、ずっと離れて仕事をしていて、お互いのことが見えづらい状況が続いていました。ですので、同僚を知るためのツールとしての物語ということも、意識していました。物語づくりは、各自が自分や他者に向き合うことでもあり、過去、現在を超えて、未来に向けてこれからどうしていくかを考えることでもあります。このあたりがやはり、物語プロジェクトとして、とても有効だったのではないかと思います。  

▎「偶発性」から始まる、私の物語 

──それではいよいよ最後、最優秀賞の野田さんです。 

 

野田周子(ウェブチーム)

野田 私も基本的には自分の経歴を物語化しました。物語は、私が松江に行ったこと自体が、家族の遺したメッセージとシンクロしていたという偶発性を発端として始まります。そして、人とのご縁や偶発的な出来事がダンクソフトへの入社につながっていったこと。去年、松江でのワーケーションを経験したんですが、その経験やその周りに起きた偶然の出来事を描いた物語でした。 

 例えば、転職時に私を面接した人が同じ小学校だったことが、何十年後かにわかったことや、ワーケーション先の松江で、出向先の企業で仲の良かった出雲出身の方が、実はダンクのメンバーとご近所同士で親しくしているのがわかったこととか。ダンクソフトでは日本全国どこでも仕事ができるので、それが将来は世界に広がっていくという物語になりました。 


大川 野田さんの物語は、ここまで多様な経験をされていること、そしてそれをここまで詳しく物語にされていることがすごいと思いました。なんといっても文章がすばらしくて、めまぐるしくシーンが動くんですね。松江に行くところから始まって、綱渡りのように進んで、最後は奇跡的なめぐりあわせでダンクソフトにたどり着く。とてもドラマチックで面白かったです。 

 

野田 ありがとうございます。物語を書いてよかったことは、何度も皆さんからも話が出ているように、やはり、これまでを振り返ることができたことでした。あんなことがあったな、こんなこともあったな、と懐かしさを感じながら、ダンクソフトで働いている現在までの出来事を辿ることができたのはいい経験でした。 

ただ、私は未来については描けなかったんですよ。大川さんも港さんも濱口さんも、未来が書けていて、すごいと思いました。私の場合は、目の前の現実的なことしか考えられなくて、なかなかそこまでいきませんでした。でも、未来もしっかり考えなきゃいけないなというのが、これからの課題だと分かったことも、今回参加した収穫でした。 

 

星野 実は、私も票を入れました。野田さんはダンクソフトに来る前は旅行関係の仕事をしていて、世界各地を旅行しています。多彩な経験のなかで、いろんなことに挑戦してきた、ものすごいチャレンジャーの物語でした。仕事が大変なときにはバスケットボールをするのが息抜きだという部分などは、私もテニスをしているので、共感しましたね。 

 今回、4人の物語以外も含めて、どの物語も、ボリュームも構成力もよく、読み応えのある物語ばかりでした。ですが、その中でも野田さんの物語は、多くのスタッフからの票を得ることになりましたね。  

▎新しいことへの挑戦が評価されるダンクソフト 

 

星野 今回、澤口さんがいろいろと工夫して主体的に動き、新しいプロジェクトを、ここまでに育ててくれたことは、これからのモデルになると考えています。異なるものやひとのあいだを結び、展開をつくる「インターミディエイター」を、実践したプロジェクトになりましたね。通常の開発者としての業務もあるなか大変だったと思いますが、よくやってくれました。それはきっと誰もが感じていることではないでしょうか。 

 

野田 まったくそう思います。それに、人望のある人でないと、一緒になにかをつくりあげようとは思えないので、そういった面で澤口さんは適任だったと思います。今後もし何か手伝えることがあるなら私も参加できたらと思うので、ぜひ声をかけてください。 

 

濱口 実はプロジェクトの途中の段階で、澤口さんが僕や港さんを含む数人を集めて、意見交換の場を設けてくれたことがありました。そんなふうに若い世代の声も聞きながら、もちろん他にもいろんな人の意見を聞きながら、プロジェクトを進めていかれたのだろうと思うと、本当に感謝しています。 

 

 今回、こうして振り返りの機会をつくってもらえてありがたかったです。また、プロジェクトの進め方自体も素晴らしくて、多くの人に参加してもらう工夫をし、周囲の賛同を得ながらプロジェクトを推進していかれた推進力は、メタ的な観点でもすごいと思いました。他のプロジェクトにも応用できるポイントがいろいろあると思うので、どんな工夫をしたかを、ぜひ共有していただきたいです。 

 

大川 今回、この物語プロジェクトで一番感謝しているのは、物語を交換しあうという形で、社内メンバーとのコミュニケーションができたことです。お互いの物語を読むと、どんどんその人の目線になって想像でき感情移入が進んで、人に対するリスペクトが生まれてくるんですよね。自己紹介やプロフィールの交換では、こうはなりません。すごく良かったです。 

 

澤口 皆さんにそんなふうに評価してもらえて、担当した甲斐がありました。こういう取り組みは、通常のクライアント対応の仕事とは違うタイプのものですが、何か新しいことへの挑戦がこんなふうに評価されるというのは嬉しいですし、大事なことだと考えます。  

▎会社自体がひとつの生命体  



星野 ダンクソフトはもともと私が作った会社ではありません。私は社員番号4番で、4人目に入社したメンバーです。創業から今までに、約130人がこの会社に関わりました。その時その時に在籍した人たちが会社を支え、会社の40年をつくってきました。そう考えると、会社自体が、ひとつの「生命体」のようなところがあります。常に動き変化しながら、動的平衡を保って、イノベーションを起こし続けています。私は経営者ですが、私だけで作ってきたわけではないし、これからはそういう時代でもありません。 

今後は、つくられた物語のひとつひとつを、孤立させずに、それぞれの物語を重ね合わせて、結び目をつくっていきたいものですね。さらに、社内メンバーだけではなく、パートナーやお客様も、物語に登場したり、自ら物語づくりに参加していただきたいと考えています。 

 デジタル・テクノロジーは、この40年で1億倍に成長してきました。この先、さらに進化は加速するでしょう。そこには、恩恵も危うさも、両方あるわけです。ですからそこに、どんなよりよい未来の物語を描けるかが、重要になります。だからこそ、これからはさらに、お客様とも一緒に物語をつくっていくのが必要だと考えています。そして、コ・ラーニングし、成長しあえる組織同士のネットワークが生まれていってほしい。これは私がもっている「コミュニティ」のイメージに通じるものです。お客様や社会と、共に進化、つまり「共進化」しながら、デジタルを使って、よりよい未来や社会がつくれるような流れができればと思っています。 

 


今回の受賞者以外の、ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」を40周年記念特設サイトで公開しています。
https://www.dunksoft.com/40th-story 

 

計画一辺倒ではない、偶発性からのイノベーション 


今日のテーマは「偶発性」です。偶発性が大事であること、インターネットで偶発が起きやすいこと、それによるイノベーションの可能性についてお話しします。 

▎偶発性の原体験 


昔、こんなことがありました。私が入社3年目の1986年ごろのことです。当時は初代の社長が存命で、自分のチームにスタッフが10人ほどいました。 

 

IT技術者の国家資格といえば、「情報処理技術者試験」です。これを、当時、会社としてみんなで受験してみようということになりました。医師や弁護士と違って、IT業界では資格がなくても仕事はできます。ですが、試験に挑んでみると、自分ができなかった部分がわかるし、できないところを埋めていくことができます。情報処理業界における自分の位置づけや実力もわかります。 

 情報処理技術者試験は、情報処理推進機構(通称IPA)によるものです。今では資格の種類も増えてバリエーションが豊富になっていますが、当時はまだ2種・1種・特種の3つしかなかったんですね。2種が一般的プログラマー、1種は多少設計も含み、特種がシステム・エンジニアでコンサルティングもできる人、という3区分です。他のスタッフには2種を受けてもらい、当時私は部長職に就いていたこともあり、特種を受けようかということになりました。  

▎神田駅前の電話ボックスで出会ったチャンス

 

ところが、秋の試験を目前に控えたその夏、先代が急逝し、急遽、私が会社を継ぐことになりました。社長就任が9月、試験が10月。とにかくバタバタしていて、受験勉強も手のつかない状況でした。 

 

本と出遭った神田の電話ボックスは、現在も神田駅前に存在する。

当時、“半ドン”といって、午前中仕事をしてお昼前に帰るというワークスタイルがありました。ある半ドンの土曜日に、これから帰るよと家に“帰るコール”をしようと、神田駅の電話ボックスに入りました。すると、電話の上に本が置いてありました。B5判でかなり分厚い、雑誌のような本で、誰かの置き忘れたものでした。見ればなんとそれが、まさに私が受験しようとしていた特種情報処理技術者試験対策のテキストだったのです。そんなことってあるんですね。 

 

もう時効でしょうから白状しますが(笑)、そのテキストを持ちかえりました。社長になったばかりの超多忙ななかでしたが、行きかえりの電車の中で、必死にその本を読み込み、試験に備えましたね。  

▎合格率10%の難関に合格、転機となった“特種”取得 

 

試験は10月の天気のいい日曜日に行われました。午前午後と1日がかりの試験です。午後いちは小論文で、400字のものを2つ。午後の最後には、長文の論文で2400字程度の試験でした。そのテキストに、事前にするべき対策が書いてあったので、書かれたとおりに時間制限を設けて、前週に論文を書く予行演習をしていました。3つのテーマから1つを選んで、制限時間2時間。悪筆ですが書くのは速い方なので、当日も1時間ほどで書きあげて提出し、あとは結果を待つばかりとなりました。 

 

当時の特種は合格率が10%ほどで、なかなか受からないものだったんです。待つこと3か月、翌年2月に、郵送で無事に合格の通知が届きました。そのときの合格通知と受験票は今でももっています。かなりの狭き門でもありましたし、合格通知が届いたときはすごく嬉しかったですね。 

 

特種の資格試験に合格したことで、新人社長として自信と手応えも得られましたし、その後の指針になりました。それに、大手企業と直接取引をするときには、資格の有無で評価が異なりました。特種を持っていることで、相手に自分の力を示すことができました。同じ資格を持った先方担当者と対等に話もできて、プロジェクトがスムーズにいくなど、効果を実感しました。  

▎スタッフの思いがけない提案から動き出した物語プロジェクト  

もうひとつ、最近、偶発性から展開したプロジェクトがあります。前回のコラムで取り上げた、ダンクソフト40周年の物語プロジェクトが、そのひとつとなっています。 

ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」
https://www.dunksoft.com/40th-story 

 

企画当初は、5,6人ぐらいの有志が物語を書けばいいだろうというのが、私の印象でした。それが、ひとりのスタッフの思いがけない提案で、大きな変化が生まれましたんですね。 

 

それは、「経営陣が描いた未来の物語にただ乗っかるのではなく、スタッフみんなに、未来は自分でつくるものだと思ってほしい。だから、未来の物語を全員に書いてもらいたい」という、スタッフからの提案でした。私にとっては、まったく予想外の、嬉しい出来事でした。彼が“理想”を語ったことを機に、昨年以来、全員で未来の物語を書こう!という、予想を超えたプロジェクトに発展していったわけです。 

 

このプロジェクトを通じて、提案した本人は、さらによりよく変化を遂げていきました。また、彼だけでなく、周囲のスタッフにも好影響をもたらし、社内によい変化の波が広がることになりました。結果として、当初の想定を大きく上回って、1月の時点で、20以上の物語が提出されたんですね。スタッフが全部で26、7名ですから、とても高い比率で参加していることになります。 

 

しかし、それにとどまらず、それぞれの描いた未来の物語が、実現に向けてすでに少しずつ動きはじめているのも、いいことですね。7月の40周年を目前に、一人ひとりの参加によって、ダンクソフトにイノベーションの芽が数々生まれています。 

▎インターネットは偶発性を促進する  


もうひとつ、最近、インターネットが、より偶発性をもたらすのではないかと気づくきっかけがありました。 

 

事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai

先日開催した神田藍プロジェクトのオンライン・イベントで、いくつかの偶発性が、会に意外な活気をもたらしたのです。 

 

ひとつは、徳島県から出向で東京に駐在している徳島県庁のIさんが、めずらしくアポイントなしで、ダンクソフトの神田オフィスを訪ねていらしたんですね。思いがけないことでしたが、その時にいろいろと話ができて、イベントにもリアル参加していただくことになりました。 

 もうひとつは、オンライン・イベント当日、徳島県神山町に暮らすSさんのFacebook投稿で、神山町でも藍を育てていることがわかりました。このことで直前にやりとりをして、その流れでお誘いしたところ、徳島からオンラインでイベントに参加してくださったんです。その後、ちょうど神山でも藍の種ができているということで、後日それを送ってもらい、いま徳島から届いた藍の種がこのオフィスにあります。 

 

藍を介して、徳島と神田がつながることをイメージしてはいましたが、こんな風にスピーディに徳島の方たちと関わりを持てたのも、オンライン・イベントだったからこそです。素敵なハプニングが起こり、新しい動きが生まれはじめました。 

 

これまでの、オフライン中心のビジネス・シーンでは、そもそも偶発性はなかなか生まれにくいものだったと感じています。オフラインの打ち合わせや会合などを考えると、予定通りの時間と場所に、予定通りの人数で参加することが通常でした。 

 

ですが、インターネットとオンライン・コミュニケーションの発達によって、偶発的な出来事が、よりひんぱんに起きるようになってきているのでは、と体感しています。 

 

オンラインのセッションの時に、たまたまそのタイミングで出会った人に参加してもらうと会話が活性化する、といった経験のある人は、割に多いのではないでしょうか。あるいは、ふと参加してもらった人から意外なつながりが広がったり、その場にとても良い影響をもたらしてくれたりする。私自身も、何度もこうした経験をしています。 

 

また、これも皆さん経験があると思うのですが、ソーシャル・メディアにしてもチャットやメッセージのやり取りにしても、インターネットでのコミュニケーションの中で、なんだか妙にリズムやタイミングがうまく合うなとか、逆に合わないとか、そういう相性やタイミングってありますよね。距離や時間を超えていくからこそ、インターネットは偶発性が促進されやすいメディアなのだと感じています。  

▎イノベーションを生む「偶発」の力  

従来のビジネスでは、偶発性は嫌われてきたんですよね。PDCAをまわす、といわれるように、まず計画を立てることが大事で、計画通りに実行することがよいことだ、と考えられていました。一方、偶発性をとらえて動いていくと、思いがけない方向へ行きます。計画や予想とは違うことがおこります。ですから、「偶発的なもの」は、きっちり計画した通りに実行することに価値を置く人たちにとっては、避けるべきもの、排除すべきものになってきました。 

 

ですが、これからは「イノベーションの時代」ですから、単に計画したことをきちんと実行するだけでなく、偶然起こることを、適宜うまく取り入れていくこと。そこで起こっていることをちゃんと見て、必要なことは受け入れ、次につなげていくこと。こうしたことが大事になっていきます。これは、私の好きな音楽のジャム・セッションやスポーツにも通じるものがあります。イノベーションとは、こうやって、偶発性を起点に起こっていくものではないでしょうか。 

 

さて、いくつかの実際にあった経験をお話ししました。神田駅の電話ボックスで、置き忘れたテキストに出遭ったことも、あるスタッフが、思いがけず理想を語ったことも、まったく「偶発的なこと」でしたが、それを見落とさず、かつ、否定しなかったことで、その後、次々と物事が展開していったわけです。インターネットがいいのは、こうした面白いハプニングに遭遇しやすい場だからですね。 

 

計画は大事ですが、それだけを絶対化しないこと。むしろこんな風に、偶発的な動きをうまく掴むと、それが後から見れば、イノベーションの起点だった、ということがあるわけです。 

 

これから本格化するイノベーションの時代では、計画一辺倒ではない、偶発性に開かれた姿勢が、ますます大事になっていくと考えています。 

 

【Engineering the Next】ダンクソフト・バザールバザール開発物語 Vol.1

全国的に寒波に見舞われた冬のある日、オンラインで各地から3人のDUNKメンバーが集合しました。「ダンクソフト・バザールバザール」開発チームのメンバーです。今回は、「Engineering the Next」と題し、開発者である3人がダイアログを行いました。製品開発のはじまり、開発ポリシー、思い出に残るエピソード、これからの開発構想など、過去、現在、未来の話に花が咲きました。「ダンクソフト・バザールバザール」をご利用の方にも、またそうでない方にも、ダンクソフト開発者たちの距離を感じさせないチームワークや、プロダクト、サービスに対する考えや思いを感じていただければと思います。


竹内 今日の徳島は雪なんですよ。橋は何本か通行止めになっているようですね。

澤口 埼玉も今日は結構寒いですけれど、徳島、雪なんですね。

 数年ぶりで、すごく珍しいことですよね。こちらも積もってきています。

澤口 そういえば、竹内さんは昔から私と話す時は標準語ですが、徳島同士の二人で話す時には徳島の言葉になるので、いつもいいなと思って聞いているんですよ。

竹内 こうやって改まって開発談義するのも珍しいことですが、今日はいろいろ話してみましょう。

 

◆竹内 祐介◆

竹内祐介が描く未来の物語
https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi 

徳島県徳島市に在住。当日はテレワークで自宅から参加。入社11年目。開発チームのマネージャで、「ダンクソフト・バザールバザール」の開発責任者。SE兼プログラマー。開発チームで扱っているサービス全般への責任を持つ。

◆澤口 泰丞◆

澤口泰丞が描く未来の物語
https://www.dunksoft.com/40th-story-sawaguchi 

埼玉県在住。当日はテレワークで自宅から参加。入社13年目。SE兼プログラマー。「ダンクソフト・バザールバザール」とは別の既存製品について、保守・運用、追加開発を担当する。ダンクソフト40周年プロジェクト・マネージャもつとめる。

 ◆港 左匡◆

徳島県徳島市に在住。2022年3月に阿南高専を卒業し、同年4月、新卒でダンクソフト入社。プログラマー。現在はプログラムをかいたり、製品のテストをしたり、kintone開発に携わるなど仕事の幅を徐々に広げている。

  

■「バザール」を、自分たちの手でいちからプログラミングしたわけ

 

竹内 バザールの提供が開始されたのが、2016年。ダンクソフトに入社して3年目ぐらいの頃に構想が始まったと記憶しています。

澤口 その時、僕も会社にはいましたが、別のプロジェクトに関わっていたので、ほんとうに最初の頃のディスカッションには入っていなかったかな。

 僕はまだまだ子供で、高専にも入っていなかった頃ですね(笑)

竹内 経営チームと開発チーム、そこにさらに今も連携しているパートナーの片岡さんがいましたね。浅草にある古民家をサテライト・オフィスとして使用していたころで、そこで第1回のミーティングを行ったことをよく覚えています。古民家なので、テーブルではなく座卓だったんですよ。なので、座布団にあぐらで、座卓を囲んで、文字通り“ひざ詰め”の状態で。合宿のように、連日どんな新製品のコンセプトにするのか、喧々諤々ディスカッションしていました。当時は結構な頻度で東京に出張したんですよ。

澤口 バザールには「会員かんり」という前身の製品があって。そのリニューアル版として「ダンクソフト・バザールバザール」が生まれたんですよね。

竹内 企画が大変でした。コンセプトもそうですし、実現するためにどんなフレームワークを使うかということも。それでいろいろディスカッションした結果、「自分たちの手でつくろう」ということになりました。だからバザールは、いちから私たちが書いたプログラムになっています。

澤口 前身の「会員かんり」は、マイクロソフトのDynamics CRM(現Dynamics 365)の上で動くソフトウェアでした。Dynamics CRMを使うとリッチな機能は多いのですが、1ユーザー当たりのライセンス料がかかってくるので、会員数が多い組織の場合は、組織に負担してもらうお金が増えてしまうという課題がありました。それと、バザールは、「バザールバザール」と名前に付けたように、1つの組織に閉じずに複数の組織をつなげるものにしたかったのですが、マイクロソフトのDynamicsではそれができなかった。それでいちからつくることに。

竹内 事務局と会員をつなげる機能部分は、「会員かんり」に搭載されていたので、ノウハウとしてもっていました。その部分はバザールでも活かしつつ、新たに会員同士のコミュニケーションを活性化しようということでした。イベント管理、イベント出欠、請求書発行などの機能は、澤口さんが担当してくれました。

港 「会員かんり」に比べて、バザールの方が使いやすさが向上していると感じます。組織同士のつながりにも対応しているという可能性も、「会員かんり」よりも広がりがあって、いいところだなと思っています。

澤口 港さんにそう言ってもらうと、なんだかうれしいですね。

竹内 それと、難しいものを作りこむことに時間をかけるよりも、開発力を無駄にせず、シンプルにつくることに決めました。ただ、立ち上げ時には、たくさんのコードを書かないといけないので、最初の頃は開発を6人前後のチームでやっていましたね。

 苦労した点はあったのですか?

竹内 それはありましたよ!1個の画面を出すのにこんな大変なのかという感じでした。たまに星野さんに見せても、顔色がよくないんです(笑)。すでに数カ月が経っているのに、まだここまでしかできていないのか?という反応で。

ただ、作っている自分たちもそう思っていたんですよ(笑)

例えば、お客様がログインします、といえば、パスワードが正解した時にだけ入るということをプログラムで書いていきます。ログインする動作は使っている人にとっては当たり前ですが、その当たり前のものもひとつずつ手作りしていくのですから、それは時間がかかりました。「今日は、ログインして会員一覧が出る、というデモをします」といわれても、「はあ、まだそれだけ?」という反応になりますよね(笑)

 当時のログが残っているので、ログを見ていると、初期の課題で悪戦苦闘した形跡がみられて、私にとってはとても勉強になります(笑)

  

■自然とボタンを押したくなる「バザール」を目指した

 

竹内 改めて、バザールが何者かというと、企業、NPO、PTAや社会人のクラブ活動などの団体に使っていただくプロダクトです。人が集まる場、団体であれば、どんな分野であれ、そこにまつわる共通作業があると考えています。名簿、年会費の管理、イベント実施のための招待や出欠管理など、これらが効率よくできるようにというのが、バザールの基本構想でした。いわゆる団体を管理している管理者や事務局の仕事効率化をサポートできないかが、スタートでした。 

竹内 ただ、せっかくなので、新しいイメージを追加しました。それは、「バザール」のイメージです。バザールというと、シルクロードなど中東の市場(いちば、マーケット)のイメージが浮かびませんか? そういう市場に人がワイワイ集まるように、会員同士がわきあいあいとしてコミュニティが活性化するといいよね、と考えて、機能を検討していきました。

澤口 さらに、ひとつのコミュニティが活性化するのはもちろんですが、となりにあるコミュニティとも交流できるといいよねと、バザールを2つ重ねて、「バザールバザール」という名前にしたんですよね。

竹内 そう、実際に、2つの組織をつなげて交流するという機能がバザールにはあります。バザールを、単なる効率化を求めた事務局運営ツールとしてではなく、会員間やとなりの団体とも交流するなど、さらに「コミュニティの活性化」を意識したサービスに進化させていこうとしています。ただ、まだやりたいことの一部しかできていないんですよね。

澤口 メジャー・バージョンアップとはまだ言えないかもしれませんが、会員同士のコミュニティ活性化を軸にして、2022年には少しずつ新機能を加えていきました。

竹内 「マッチング機能」という、掲示板(チャット・ツール)を搭載していますが、ここをもっと対話しやすくすることを、昨年から考えていますよね。2022年には、投稿されたコメントに階層型にして返信しやすく、見やすくする機能をいくつか追加しました。

澤口 その後はユーザーさんたちからの反応はどうですか?

竹内 そうですね、掲示板への投稿率が上がった組織がいくつかありますよ。大きくアナウンスしたわけではないですが、自然と使ってくださっているのだなと感じています。

澤口 自然と使えるのが大事ですよね。ダンクソフトの開発するプロダクトに共通することですが、ダンクは、マニュアルを読まないと使えないソフトウェアよりも、メニューがあったら押してみた。そうしたら使えた、というような製品を作りたいですよね。

竹内 そこが、バザールが目指すところでもありますし、私自身がバザールの好きな点でもあります。とにかく、バザールはわかりやすい。自身で作っているからそう感じるのかもしれませんが(笑)、何をしたいかに辿りつきやすいし、余計なメニューや余計なボタンがない。それが、広く使っていただけている理由の一つだと思っています。今後も、誰でも使えるシンプルなもので、デジタル・リテラシーが上下しても、どんな方でも対応できるツールにしたいと思っています。

  

■情報を保護し、使う人を守る「バザール」

 

竹内 デジタル・リテラシーといえば、今は無償で使える便利なコミュニケーション・ツールが世の中に増えましたよね。しかし、便利の代償として、アカウント情報を取られていることもあるし、データを商用利用されたことがニュースになることもありますよね。それを私たちは知っているけれども、デジタルに強くない方々には、そういう仕組みをご存じない方も多く、知らないうちに個人情報をとられている人たちがいます。個人情報を使われていることを知ったら、嫌ですよね? ダンクソフトでは、個人情報を第三者に売却しようとは思っていないです。

澤口 組織の個人情報は、ダンクソフトのモノではありません。利用される方々は、そのひとつひとつの団体の会員さんであって、ダンクソフトの会員さんではないと思っています。ですから、団体の情報を私たちが好き勝手に使っていいものだとは全く考えていません。

竹内 よくバザールのユーザーさんから、“バザールは私たち情報を守ってくれるから安心して使えます”とフィードバックをいただきます。無料のチャット・ツールなどは、個人情報がどう流れているかも、確認しないと危険なことがあります。例えば、データを保管するサーバーが中国にある場合は、中国当局が情報を閲覧できるということもあります。バザールは、マイクロソフトのAzureというサーバーを使っていますが、その置き場所は日本国内なので、より安心・安全な場にデータを保管しているんですよ。

 今、公共性の高い、セキュリティを気にしないといけない団体がバザールを選んでくださっているのも、こういうことが関係しているのかもしれないですね。

 

 

■2023年、バザールはどうなる? どうする?

 

竹内 2023年も、引き続き、掲示板で参加者間での会話・対話が活性化するところを注力していきたいと考えています。そのために考えていることが、「通知」なのですが、この先、「メール通知」を始めようと構想しています。

 スマホ・アプリがあれば便利だというユーザーさんからの声もいただいてはいますが…。でも、アプリでなくても、お知らせが来ると、さらに使いやすくなると思います。

竹内 そうですね、リソースが無限にあれば何でもできるのですが(笑)。メールは何十年も使ってきたツールなので古い印象もあり、メールからも脱却したいところでもあります。ただ、対話を活性化するには、まずは別の人が書いたコメントにタイムリーに気が付かないといけないので、誰かが掲示板に書き込んだよというお知らせがメールで届くようになります。

 確かにメールは古い印象があります。ただ、バザールの開発環境やユーザーさんの幅広い層を考えると、メールがいいのかもしれません。ツールの使い勝手に直結するものだと思います。

竹内 そうですね。今は、メール通知機能と、実現に向けて付随するバックエンドでのしくみづくりですね。

 数年後には、スマホのブラウザー経由でもブッシュ通知を送れるかもしれないという話を聞いたことがあります。いずれはこれから出てくる全く新しい手法を使って改良することも、可能性があると思っています。

竹内 それから、メール通知はお知らせ機能に過ぎないので、2023年以降、さらに対話を促す別の機能性も入れることを検討しています。ますます対話を推進していくツールにしていきたいですよね。

 私の方では今、2023年に始まると想定して、「インボイス制度」に向けた開発を進めています。

竹内 2023年10月に開始と言われている新制度ですが、これが始まると困る方がいる方々もでてきていて、運用開始は二転三転するのかもしれません。ただ、バザールとしては準備を始めています。具体的には、領収書や請求書を発行できる機能がバザールにはありますので、10月の制度開始に備えて、裏側でデータを整えているところです。これを、4月入社の港さんが担当していると考えると、立ち上がりが早いですよね。

 細かいコードの指示をもらってそのまま書くというのは、よくあることだと思うのですが、今回は、どうやって実現するのかというところから任されているので、試行錯誤をするところも経験できました。3ヵ月前から検討を始めましたが、機能としては簡単な機能でも、実際には結構時間がかかりました。バザールの初期の開発がどれぐらい大変だったか、なんとなくイメージがつきます。

澤口 僕は、バザールには、前身の「会員かんり」から引き継いでいる固定観念があると思っていて、それをどこかで脱却したいです。全体的に今は、“事務局と会員”という構図が前提のしくみになっているのですが、事務局と会員ができることに差がなくてもいいんじゃないか、と。例えば、会員の方が、「○○作ったらいいじゃん」と思えば、事務局じゃなくても作れたり。さらに次の製品で実現ということになるかもしれないですが、その区別をもっとなくしていきたいですね。

竹内 会員と管理者ではなく、会員の方にも、会を活性化させていく能力のある方もたくさんいらっしゃいますよね。そういう方がバザール上でもっと活躍できるようになっていくように、明確に役割を分けないで、グラデーションにしていきたいですね。ここ1年間、結構チームで対話をしてきましたが、1年も続けていると、やりたいことが多くでてきますね。

澤口 価格体系のリニューアルについても、ここ最近出てきた話ですね。

竹内 100人程度の会員がいる団体には、年間10万円という今の価格はリーズナブルだと思うんです。でも例えば、僕のクラブ活動で使うには、数名のメンバーなので、年間10万円には手が出せない。バザールを保護者会などで気軽に使ってほしいという考えはあっても、価格がハードルになってしまう。一方で、会員が1000人ほどの規模がある団体には、また別の価格体系があってもいい。同じ団体といえども、規模が色々ありますから、もう少しフレキシブルな価格体系を考えたいねと。

澤口 機能を制限してバザールを広く使っていただけるようにする話もありますよね。少人数の団体にも使っていただきたいのに、なかなかバザールに気軽に手が届かないのはもったいないですよ。制限をしてその分を抑えて、ということもありかもしれないですね。

  

◆広がる評判。使う人に自由度と遊びのある「バザール」へ

 

竹内 以前、事例でも紹介したのですが、今、徳島県阿南市の阿南高専が力を入れている「ACT倶楽部」でバザールを導入していただいています。バザールが、地域企業の課題解決に向けて、地域・企業・学生が協働してプロジェクトを実施する際の、コミュニケーションの場になっています。この阿南高専での活用から始まって、使った方が別の団体やコミュニティにも利用を始めるというように、波が広がりはじめています。会員全員に説明が必要ない、分かりやすい操作性を評価していただいているのが大きいのではないかと。

澤口 どう使ってほしいかについては、他力本願ではないんですが、僕ら開発者がイメージしていること以上のことをしてほしいし、お客様自身に合った活動で新しい使い方を生み出してもらえることを、目指したいと思っていますね。

竹内 それは、バザールに限らず、ダンクソフト開発チームでは共通の考え方でもあります。開発する側が、使い方を決めつけない。使う側の自由度や遊びを残しておくことが大切だと考えて、開発しています。こういう考え方が、ダンクの開発チームでの共通認識ですね。

 

 

ダンクソフト・バザールバザール開発チームの今後の動向に、どうぞご期待ください。

 

40周年 年頭所感:「インターネットに よりよいものをのせていく」


新年あけましておめでとうございます。

2023年の年頭にあたり、ご挨拶申し上げます。


 ▎「インターネットに よりよいものをのせていく」 ─ 明日の”ethics”

 

2023年、ダンクソフトは40周年を迎えます。

ここからの40年を考えると、インターネットを前提としながら、さらに目覚ましい速度でテクノロジーが進化していきます。だからこそ、ダンクソフトが大事にしているテーマが、ますます重要になってきます。

 

それは、

「インターネットによりよいものをのせていく」こと。

 

世界が動乱するいま、2023年は、よりよい社会をつくる方向に転じていかないと意味がないと思っています。そのための鍵が「ethics(エシクス、倫理)」です。よりよい社会に向かうためのethicsについて、ダンクソフトだけでなく、デジタルを使う多くの方たちと共に、このことを考えていく。今年はその “はじまりの年” にしていきます。

 

手始めに、ダンクソフトが重視するethicsは何か。さしあたり3つあげるなら、対話、協働、コ・ラーニング(共同学習)です。 

▎「コ・ラーニング」型のワークチームとコミュニティへ

 

社内に目を転じれば、2022年は40周年に向かう記念の年ということで、数々の部門横断プロジェクトを実施しました。これらを通じて、スタッフたちがめざましく成長したことは、ダンクソフトにとって大きなトピックでした。

 

長らく日本企業は人材育成への投資を行ってきませんでした。そんな中、ダンクソフトでは、2006年に初開催した、年に2回の社内プログラム「DNAセミナー」や、これからの考え方を学びあう講義やワークショップなどを実施。スタッフたちは、そこで得た学びを業務やプロジェクトで実践します。こうして、継続してスタッフたちが自然と育つための環境をつくってきました。

 

また、私たち技術者の特性として、常にあたらしい技術の習得を止めるわけにいかない、ということがあります。

 

ただ、学びつづけなければならないのは、デジタルの分野に限ったことではありません。誰もが、よりよい学びに出会って、自らの行動を変えていく習慣がついていれば、複雑・多様なこの時代でも、先を見透して成果が出せるようになっていきます。

  

しかも、これから直面する課題は、一人では十分に対応しがたい複合的なものになっていきます。ですからチームやコミュニティなど、ネットワーク的に解決していくことになります。その際、日本は資源が限られていますので、あらためて一人ひとりの知識的レベルを上げていかないといけない。要するに重要なのは、学びつづけ、それを活かせる人。もっとみんなで分かったことをシェアして、お互いにレベルアップしていくことが大事です。

 

これからは、年齢も関係ないし、住んでいる場所も関係ない。その意味で、対等に問題解決の場に参加する時代になりました。デジタル・ネイティブとも呼ばれる若い方々のクリエイティビティも存分に活かしながら、コ・ラーニング型のワークチームとコミュニティをつくっていきたいものです。

 

ここで重要なのが、「リバース・メンタリング」の考え方です。年長者が若い人たちに上から知識を教え込む時代は終わりました。これからは、それが逆転して、若い世代から学びとる時代です。彼らを教育するのでありません。むしろ、コ・ラーニングを通じて、お互いに変化していくことを目指していきたいです。それが互いの可能性を引き出し、イノベーションへとつながるからです。 

 ▎「スマートオフィス構想」の目的は、人々を幸せにすること

 

そこで、「スマートオフィス構想」です。日本は課題先進国といわれますが、ということは、日本だけでなく、いずれは世界中が似たような生活課題を抱える状況になっていきます。そのとき若い人たちとともに、そしてデジタルを使って身近な課題を解決していく場が、「スマートオフィス」です。あまり移動しなくても世界中をマーケットにして、高いレベルでビジネスができる流れを生みだせる時代に必要な場です。

 

こうした次代をつくる動きとは対極にあるのが、ロシア・ウクライナ戦争でしょう。2022年は、ロシアのウクライナ侵攻に象徴される、社会的分断と辛らつな戦いの1年でした。2022年の「今年の漢字」に「戦」の字が選ばれたことも記憶に新しいところです。

 

ですが、こうした時代の風潮や雰囲気に引っぱられてはいけない時だと考えています。

 

ビジネスを語るとき、よく戦争のメタファーが好んで使われます。例えば、戦略、戦術、ターゲット(標的)、ロジスティクス、そして領土の奪い合いであるシェア争いなどは、もともと軍事用語からの転用です。勝ち負け2分法を前提とした競争戦略論ではなく、お客様と対話を重ねながら、互いの足りないところを補完しあい、協働型で未来を描ければ、ビジネスはもっと創造的で豊かになるでしょう。「スマートオフィス構想」は、そうした考え方のうえに成り立つものです。

 

ダンクソフトが学童システムで関わっている石垣島からは台湾が見えたり、その先には中国があったりして、色々な船が行き来していますから防衛も大事です。しかし、コミュニケーションを通じて、社会をよりよい方向に向けていくことを誰もが考えないといけない。そのために“Building a Better Internet”、つまり、「インターネットの善用」がとても重要です。 

▎未来を果敢に描きだす企業に

 

今年は、課題をより解決するためのプロダクトやサービスへと、レベルアップしていく年になります。

 

例えば、ウェブARツール「WeARee!(ウィアリー)」や、会員組織運営を助ける「ダンクソフト・バザールバザール」などは、いずれもコミュニティのためのツールです。つまり、新しい関係を結び、既存の関係を豊かにし、相互信頼を深めるためのツールです。

 

2022年後半に開催した、地元・神田藍プロジェクトの感謝祭では、WeARee!(ウィアリー)のスタンプラリー機能を活用してイベントを盛りあげました。今年も、さらに使い勝手がよくなり、コミュニティを支える方向で、開発が進むでしょう。

 

バザールバザールは、今よりもっと参加者同士が対話できるツールとなるよう、開発チームで新機能を検討し、開発を進めています。ここでもお話したことのある、徳島県にある阿南高専と「ACT倶楽部」という連携プロジェクトに取り組んでいますが、バザールバザールを通じて、ずいぶんと活性化しています。2022年には、いよいよ内容が展開して、地域課題の解決事例が成果として出はじめました。



ここでも、参加する学生たち・教員たち・地域企業・その他の関係者たちを結ぶコミュニティ・ツールとして、バザールバザールを採用いただいています。

 

 事例:地域イノベーションを次々と創出する「ACT倶楽部」

 

学童保育の取り組みをサポートする「kintone学童保育サポートシステム」も、昨年「Cybozu Days2022」に出展した際、大盛況でした。開発メンバーたちが、学童システムを必要とする来場者の方々とじっくり話ができたようで、それらがこの後、ソリューションとして反映されるのが楽しみです。

“学童運営が楽になる” ダンクソフトの学童支援システム
https://www.dunksoft.com/kintone/gakudo/ 


また、ウェブチームは、金融機関を長年ご支援しています。近年、「貯蓄から投資へ」という流れが出てくる中、新たに投資を始めてみる生活者が増えたそうです。口座数はコロナ前後で300万件増となっています。

 

デジタル・デバイドの方々や、金融知識が必ずしも豊富ではない生活者も、今後こうした投資関連のサービスを利用することになります。だからこそ、こうしたデジタル分野にこそ、これからは機能する「ethics」が不可欠です。

 

私自身は、今年も総務省の地域情報化アドバイザーを継続します。その関係で、四国、松江をはじめ、全国各地に点在する先見性のある方々と「スマートオフィス構想」の取り組みを進めていきたいと考えています。

 

この他にも、プロダクトごとに、ユーザーの方々と一緒になって「感謝祭(イベント)」を開催する運びです。オンラインや動画もフル活用しながら、ダンクソフトの外の方々とのコミュニケーションを増やすこと、そして、より様々な場面で私たちのプロダクトが活用される1年にしていきます。

 

40周年を迎える2023年は、いま生まれているよい流れを、さらに盛りあげていく1年です。みなさまとの丁寧かつ的確な対話を通じて、ぜひ協働型でプロジェクトを進めていきましょう。10年先、50年先、100年先のよりよい未来を描きながら。

 

ダンクソフト40周年記念特設サイト
https://www.dunksoft.com/40th