日本高専学会と考える、日本の将来 ―地域と地域をテクノロジーが結ぶ未来像―

今回のコラムは、日本高専学会会長の山下哲先生、理事の土井智晴先生をゲストにおむかえしました。日本高専学会は、2022年より「ダンクソフト・バザールバザール」を導入し、研究会活動がさらに活性化したという声を寄せていただきました。高専といえば、日本の技術力の要。デジタル・ネイティブ世代のポテンシャルをひらくための環境づくりや、スマートオフィス構想の展望について語らいました。 

【左から】  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  



▎海外から高く評価される、日本特有の「高専」という制度

ACTフェローシップのメンバーと

星野 ダンクソフトは、いろいろなご縁が重なって、高専とのつながりが深くなっています。徳島の阿南工業高等専門学校(阿南高専)で、竹内が授業を担当するようになって5年。 高専と社会を結ぶACTフェローシップのメンバーとしてプロジェクトにかかわったり、学生がインターンに来たりパートナーシップ協定を結んで協働したり。昨年は阿南高専から2名が新卒で入社しました。 

 

山下 嬉しいご縁ですね。私が会長を務めている日本高専学会は、「高専」という日本特有の教育制度をより良い制度に改編していくことについて、研究活動を行っています。日本のためにさらに役立て、世界へ発信していこうという学会です。今年で発足29年になります。 

  

星野 高専生はとても優秀ですね。昨年入社した阿南高専の2人も、入社直後から大活躍です。 

  

日本高専学会 代表 山下哲さん 

山下 それはなによりです。そもそも高専という制度は、産業界からの要請に応えてつくられたものでした。1950年代後半、日本はめざましい経済成長を遂げました。そのとき、それを支える技術者が求められるようになりました。日本で初めての「国立高等専門学校」が設立されたのは1962年でした。高校3年間に2年プラスして5年間の高専を卒業すると、そのまま企業で働けるようなレベルの人を育てようと、60年前につくられた学校制度です。 

  

星野 ダンクソフトの連携先である阿南高専OB会の現会長が、やはり高専の卒業生で、彼はたしか高専の1期生か2期生だったと思います。 

  

山下 初期の卒業生でしたら、なおさら優秀な方でしょう。当時の高専は入学希望者がとても多く、入学してくるのは偏差値70を超えるような学生ばかりだったそうです。文部科学省が最初につくったカリキュラムは、高専の5年間で大学の工学部卒業と同等レベルの専門知識を身につけるという、とんでもなくハードなものでしたから。高専は、設立以来ずっと、学生のポテンシャルをおおいに発揮させる学びの場だと思っています。 

  

星野 高専制度が始まって60年、高専学会が発足して30年ですか。時代が変わるなかで、高専に求められるものも変わってきたのか、とイメージしているんですが。 

  

山下 ええ。私自身、変わりゆく中を生きてきました。高専はその成り立ちからして、文科省管轄の他の教育機関と異なる側面が多く、チャレンジできることも多い学校制度です。そこで、この制度をさらに進化させるべく、本学会が設立されたというわけです。 

 

いまでは日本の高専制度は海外でも高く評価されて、海外高専へと展開しています。日本は、モンゴルやタイ、ベトナムの3カ国を中心に、高専のカリキュラム設計や教材開発、教職員研修などのサポートを行っています。  

 

高専学会公式サイト 
https://jact.sakura.ne.jp/ 

 

高専学会では、研究助成も行っています。また、研究会活動の活発化にも、力を入れています。会員が中心となって、それぞれの研究分野を持ち寄って高めていこうというものです。一般教育科目、人権教育、留学生対応教育などにかんする研究会が立ち上がっています。  

▎KOSEN EXPOでも注目された「スマートオフィス構想」  

星野 ダンクソフトで働く2名の高専卒業生は、デジタル・ネイティブたちです。40周年プロジェクトの物語にも書いていましたが、中学生のときに初めてスマホを手にして、ものすごい衝撃を受けたそうです。彼が言うには「徳島という田舎から、世界が見えることに驚いた」と。彼らはデジタル・ネットワークを駆使して、自分から学びにいく力をすでに身につけています。社会を変えて未来をつくっていくのは、きっと彼ら若者たちだと感じています。 

  

株式会社ダンクソフト 開発チーム マネージャー  竹内 祐介  

竹内 私は2018年から阿南高専で非常勤講師をしていますが、そこでは教員も生徒も、顔を合わせれば「技術の社会実装」という言葉を口にします。技術を社会問題の解決にむけて役立てようという意識を、みんながもっていますね。 

  

星野 昨年、オンラインで開催された「KOSEN EXPO2022」もその一環でした。あのイベントは、「研究・教育の成果の社会実装を目指す高専」と「高専の技術やアイデアを活用しながら課題解決を目指す企業・団体等」とのマッチングをはかるものでした。 

  

竹内 「KOSEN EXPO2022」では、新卒の2人が大活躍しました。特設ウェブサイトの制作からプロジェクトの発表まで、彼らがすべて担当してくれて。テーマは「ふるさとの未来をつくる、スマートオフィス構想」。発表も上々でしたし、ウェブサイトもかなりの閲覧数があったようです。 

 

星野 ダンクソフトでは「スマートオフィス構想」を提唱しています。インターネットを上手に利用して、クリエイティブに仕事ができるビジネス環境を各地につくろうというものです。これにより、首都圏への一極集中を緩和して、地方にいてもやりたい仕事を選んで働ける環境を実現していくことができます。地域には、学校を卒業してもそのまま地元に残りたい若者がいます。その場合でも、デジタルがあれば、地域にいながらにして、日本各地や世界各地と連携・協働できるしくみを、整えることが可能です。そうすれば、日本は地域から変わっていくはずです。 

徳島県の阿南高専を2022年に卒業、物語プロジェクト最年少受賞者の濱口航貴(ウェブチーム)が直面した「未来社会」を描く難しさとは

https://www.dunksoft.com/message/2023-03  

若手の活躍が光った「KOSEN EXPO 2022」 

https://www.dunksoft.com/message/2022-12 

▎都心への一極集中ではなく、地域にいても働ける未来 

星野 高専生は企業からも引く手あまたですよね。ですが、彼らの就職先が都市部に偏ってしまう現状は何とかしないといけません。本人が東京へ出ていきたいのならもちろんよいのですが、本当は地域に残りたいのに、仕事がないからやむなく都市部へ出ていってしまうのは、地域の未来にとっても、もったいないことです。「スマートオフィス構想」は、高専卒業生が地元に残り活躍するスキームのひとつになるものだと考えています。 

ダンクソフトは2011年の東日本大震災をきっかけに、“場所を問わず働ける”リモートワークの実験を始めました。コロナ禍を経て、全員リモートワークが基本となっています。 

  

山下 全員がリモートワークというのは画期的ですね。  

  

ふるさとの未来を創る、竹内祐介の物語

https://www.dunksoft.com/40th-story-takeuchi  

竹内 私もいま、徳島の自宅から参加しています。私が入社した2012年は、徳島でリモートワークの実証実験が行われていたタイミングでした。私は徳島出身で、就職してからも徳島で働いていましたが、初めての子どもが生まれる直前に転勤を言い渡されてしまって。子育ては地元でしたかったので、退職せざるを得ませんでした。 

  

土井 竹内さんには長らくお世話になっていますが、そんな経緯があったとは知りませんでした。  

  

徳島県神山町でサテライトオフィスの実証実験(2012年)

竹内 そうですね。そこで出会ったのが、徳島県神山町でサテライトオフィスの実験をしていたダンクソフトでした。古民家で、数名のスタッフが東京本社とビデオ会議をつないで業務を行っていたんですよ。いまから10年以上まえですから、その姿にはびっくりしました。こんな働き方があるのか、と目からうろこでした。そこで東京まで直談判しに行き、徳島サテライトオフィスをつくってもらって、徳島で働けることになりました。  

 

▎各校固有の「知と技能」をデジタルで結ぶ  

株式会社ダンクソフト 代表取締役社長 星野晃一郎 

星野 いまのデジタル・ネイティブ世代は、オンラインでのやりとりは小さいころから慣れています。ですから、リモートで働くことになんの違和感もなく適応できます。これは私たちの世代とはぜんぜん違いますよね。若い方たちはすばらしい強みをもっていると思いますよ。「スマートオフィス構想」で、そんな彼らのポテンシャルが、より活かせるようになると考えています。 

  

山下 リモートでの連携や協働といえば、高専学会でもこれから考えていることがあります。それは、インターネットを使って、各高専が誇るスペシャリストの技を、全国の高専で共有できないかということです。 

 

というのも、どの高専にも名物先生がいて、持てる技術や高い技能を伝えるために工夫を凝らした実験や実習を多く取り入れたカリキュラムを組んでいます。それは素晴らしいことである一方、現状では各校固有のものになっています。これらを、全国高専で共有していきたいのです。 

 

現在のVRやARの技術を使って、たんなる座学の“視聴”を超えて、“実体験ができた”と実感できるレベルで体験できないか。たとえば阿南高専の生徒が、私のいる木更津高専の実習を“体験”するといったことを、将来的に実現させたい。技術者の将来と日本の未来という意味でも。一朝一夕でできることではなくとも、きっと近い将来に見えてくる未来の姿だとも思います。 

 

インターネットやデジタルの力を活用した遠隔コミュニケーションについては、ぜひダンクソフトさんとも知恵を出しあっていければと思います。  

  

星野 嬉しいです。この対話の場そのものが未来ですね。ぜひともいっしょにチャレンジしていきましょう。 

  

▎効率化は、クリエイティビティのために  

星野 高専学会様には「ダンクソフト・バザールバザール」を導入いただいています。ご使用になってみていかがでしょうか。 

 

日本高専学会 理事 土井智晴さん 

土井 おかげさまで、いまのところとても助かっています。日本高専学会では、2022年に、会員組織の運営効率化のため、バザールバザールを導入しました。それまで300名ほどの会員にむけて封書で案内していたため、かなりの手間とコストがかかっていました。それが、システム導入後はその書類封入作業から解放されました。めざましい効率化とコスト削減になりましたね。 

  

山下 コロナ禍もあり、オンライン化が一気に進みました。おかげで経費をかなり削減できました。効率化によって得られた予算で、学会内で力を入れていきたい先述の研究会活動へ、助成制度を進めることができました。これは、うれしいことのひとつです。研究助成を得た先生方からも、研究会の新提案が増えるなど、さらに研究会活動が活発になることを期待しています。 

  

土井 そのほかにも、管理者がそれぞれのPCで管理していた会費情報・会員情報をバザールバザール上に移すことができました。セキュリティの観点からも、管理の見直しとクラウドを使うことを求められていたのですが、今回それが実現できて、ほっとしました。 

 

ダンクソフト・バザールバザール
https://dbb-web.bazaarbazaar.org/ 

また、バザールバザールは会員管理に役立つだけでなく、会員同士の情報共有や情報交換にも使えます。とくに研究会会員どうしの意見交換や対話に有効ですね。最近は、より便利な機能が加わって使いやすくなったおかげで、バザール内に設けた研究会のコミュニティで、参加者からの発言が増えてきています。 

 

星野 業務の効率化が進んで、研究という本来の業務に割く時間や費用がうまれたり、オンラインでの談話や対話が活性化したりしているのですね。まさにバザールバザールが目指すところです。よりよく使っていただいて、ありがとうございます。  

 

日本高専学会では、会員を募集しています。

↓入会案内はこちらをご覧ください。

https://jact.sakura.ne.jp/enter/ 

▎ソフトウエアと集会が、イノベーションを創出する 

土井 じつは高専学会だけでなく、私の勤務先であり母校でもある大阪公立大学高専の同窓会にも、バザールバザールを導入させていただきました。毎年160名の卒業生ほとんどが同窓会に加入します。卒業すると学校とのつながりが切れてしまいがちですが、これからはバザールバザールが、卒業生たちを結び、コミュニティをより活性化していってくれそうだと期待しています。   

 

竹内   高専学会さんは、バザールバザールをお使いになるなかで、「使ってみてこうだった」とか「こんな機能がほしい」など感想やリクエストをくださいます。お互いに対話を重ねることで、ともにシステムをよりよくアップデートしていけることをありがたく感じています。   

  

星野   毎年160人ということは、20年後には、大阪公立大学高専の同窓会メンバーだけでも3000人を超えるわけですね。イノベーションは、多種多様な方々がかかわる場所から起きていきます。バザールバザールによって、日本中の高専卒業生がネットワーク上でつながる環境がうまれたら、そこからたくさんのイノベーションが起こる予感がします。 

  

▎協働を通じて地域イノベーションのさざ波を   

星野 土井先生はロボット工学がご専門ですね。未来の展望をどうご覧になっていますか? 

 

土井 いま世の中は、ChatGPTなどAIを使ったソフトウエア開発がブームですよね。いわば、アタマがますます充実しているわけです。私は専門がロボット工学です。神戸で毎年夏に開催する「レスキューロボットコンテスト(※)」の実行委員もしているものですから、機械出身の人間から見ると、どうもアタマばかりで、カラダがついていっていないように感じます。これから先、脳や情報といったソフトウエアばかりでなく、機械や実物をつくっていくハードウェアの力も引き続き重要で、重視すべきだと考えています。 



※ レスキューロボットコンテストとは、防災・減災に関する社会啓発およびロボット技術を通した人材育成を目的とし、災害救助を題材としたロボットコンテストです。2001年から毎年夏に開催されています。

↓レスキューロボットコンテストについては、こちらをご覧ください。https://www.rescue-robot-contest.org/ 



星野 おもしろいですね。じつはダンクソフトはもともとハードウェア開発から始まった会社でした。そんなこともあって、私もハードには関心があるのですが、ロボットはこれからますます研究が進んでいくので、注目しています。ロボットとインターネットが合わされば、ものすごく可能性がひらけていきますよね。 

  

ダンクソフトはデジタルの会社ですが、「人間と機械と自然の協働」に注目しています。たとえば、森づくりなど森林保全の取り組みをする団体と連携もしています。土井先生のお話をうかがって、たとえば人が立ち入りにくい森のなかにロボットが入って、人間がリモートで木を伐採し、それによって森林問題の解決につながる未来が、もう目の前にきていると期待が高まりました。 

 

あとは、やはり介護ですね。私の場合は、ぎりぎり介護ロボットが間に合って、90歳になっても鉄腕アトムに担いでもらって世界中を飛び回れるだろうと、真面目に思っていたりします。ともあれ、これから目指すべきは「アタマとカラダの融合」ですね。 

 

竹内   どれだけデジタルが発達しても、人間が肉体をもっている以上、リアルなものはかならず残ります。ですから、ソフトウエアはリアルな場をいかにサポートできるかということが、今後より重要になってくると思います。私も大学で専攻したのは材料系だったので、ハードウェアの重要性も楽しさも、お話を聞いていてそうだなと思います。 

 

土井   この国はたぶんかなりテクノロジーが好きなのだと思います。私がいる大阪の堺には有名な仁徳天皇陵という前方後円墳がありますが、ピラミッドと比較される建造物が、なぜあの場所にあるのか、いろいろ調べてみると理由があり、そこから日本人の新しい技術に対する好奇心のようなものが見えてきます。新しいもの好きがいて、古いものを大切にする人もいて、それが融合して時を経ると、新しいテクノロジーとなって出てくる。だから焦ることなく、日本人らしいものを生み出していけばいいと考えています。 

 

星野   山下先生、土井先生のお話をうかがって、テクノロジーによる明るい未来を感じました。それとともに、日本の将来を考えると、都市部だけに活気があるのではなく、それ以外の地域各地をよりよくしていくことも必要不可欠です。このとき、技術が、地域社会に貢献できることは、たくさんあります。さまざまなコストを下げることはもちろん、人と人をつなぐことや、人間とロボットをつなぐことも、そのひとつですよね。 

 

ですので、テクノロジーに明るい先生方や高専生の皆さんが、さらに社会と接点をもち、その技術や技能をもって、地域の課題・問題を解決していくことで、高専の価値は、さらに高まると思います。たとえば、そうした試みのひとつが、阿南高専の「ACT倶楽部」ですね。ですので、一方では、ソフトとハードを切り離さない「技術イノベーション」を進めること、そして他方では、“技術と社会”が接点をもち、高専を起点に「地域イノベーション」のさざ波を広げていけるよう、私たちも、これからも一緒に協働していけるといいですね。本日は、ありがとうございました。