AR

事例:苦手意識のあったデジタルに、挑戦してみようと思わせてくれた協働プロジェクト

お客様:一般社団法人 遊心(ゆうしん)様

一般社団法人 遊心  代表理事 峯岸由美子氏

一般社団法人 遊心 代表理事 峯岸由美子氏

自然体験プログラムをより深いものにするため、リアルな現場とデジタルを融合させ、仕組みを変えていきたい。イベント後も、参加者と関係を継続していきたい。でもデジタルは苦手――そう考えていた遊心(ゆうしん)が、ダンクソフトとの協働を経て、大きく前進している。AR(拡張現実)を用いた動物園学習プログラムの成果・効果、参加者との関係づくりへの期待、広がるデジタルへの関心など、お話を伺った。

■もやもやした想いを抱えて奮闘した30年

遊心は、都会で子育てをする家庭が、身近な自然に触れて親しむプログラムを展開する団体だ。年間のプログラム参加者は3000人以上 に上る。自然や家族、仲間を大切に思う気持ちを育てる活動を展開している。公園での自然遊びや生き物講座、動物園や博物館とのタイアップ・イベントなど、0歳から大人までが夢中になれるプログラムを提供してきた。

2010年の設立当初から大切にしているのは、「しなやかに自律する人を育てる」という理念だと、代表理事の峯岸由美子氏は語る。「自然の中でのさまざまな体験を通じて、一人ひとりが自分の価値観や哲学のような“心の芯”みたいなものを持ってほしい。そして自分たちの力で見聞きして考えて、行動を起こせるような人になってほしいと願い、活動してきました」

 遊心が提供するのは、ただ子どもだけが自然体験を楽しんで終わるプログラムではない。参加することで、親子関係がよりよくなることを心掛けて、プログラムを設計している。「私たちは自然体験の経験が豊富なので、子どもたちは喜ぶし、それは自分たちにとっても面白いのですが、親御さんが置いてきぼりになってしまう。すると、親御さんが私たちに子どもを預けて遠巻きに眺めるようになり、子どもや自然環境の変化を見ないままイベントが終わってしまいがちです。これでは親子関係の改善につながらないので、それは避けたいんですね」と、峯岸氏は課題を語る。 

また、遊心のイベントは0歳から参加できるものもあり、幼い子どもを連れた家族の参加が多い。それゆえ「1時間半~2時間くらいが限度」と、イベントの時間を長くとれないことが悩みだった。

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「その場で体験したことを持ち帰って、もう一歩気づきを深めることができれば、帰宅後に親御さんたち自身が子どもたちとよりよく関わっていくことができる。でも、なかなかそこに至らずに終了してしまうのです」。その場限りの楽しいイベント体験で終わってしまっていないか、本当に伝えたかった部分を伝えきれていないのではないか、「子育ては大変だけど楽しい」という醍醐味を親御さんたちに感じてもらえただろうかと、ずっと悩んでいたという。

 イベント終了後もフォローできる仕掛けを探して、ファンクラブを立ち上げたり、フェイスブック上でやりとりを続けたりなど、試行錯誤してきた。ただ、イベントには一度に70名ほどが参加することもあるため、きめ細かなフォローをすればするほど、スタッフも疲弊していくことがネックとなり、イベント後のフォローがなかなかできない状況だった。

 遊心を設立する20年ほど前から、峯岸氏は自然体験活動の運営・指導、指導員養成事業に携わってきた。そのころも、講座に参加した幼稚園教諭や保育士などが「良い学びを得ました」と感想を述べていたが、職場に戻ったときにそれを実践できているのかは不明だった。「意義の無いこととは思わなかったけれど、消耗戦のような感じがしていた」と振り返る。

「30年ほど事業に携わってきましたが、もやもやしたこの気持ちはずっと続いていた」と峯岸氏は振り返る。そこで考えたのが、ITやデジタルを取り入れて、イベント後に参加者と対話し、学びを実践するサポートを組み込んでいくことだという。

■じっくり観察する仕掛けをARで提供

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 2018年、峯岸氏は何か変化をもたらしたいと考え、ダンクソフトが共催する「インターミディエイター講座」に参加した。この講座で、峯岸氏はダンクソフトの板林淳哉と出会う。ダンクソフトも、子どもたちの未来のためにデジタルを活用したいと考えていたことから、両者は意気投合。そして峯岸氏は、ダンクソフトで開発が進んでいた「WeARee!(ウィアリー)」のことを知る。これは、現実の空間の中にマーキングした場所に、情報を登録し、ARコードやGPSなどを用いてスマートフォン内に呼び出すことができるという、拡張現実(AR)の仕組みだ。抱えていた課題を解決できるかもしれないと、WeARee!を使ったコラボレーションが実現することとなった。実証の舞台は、遊心が企画していた上野動物園での体験観察イベントに決まった。

 だが、峯岸氏によれば、動物園を対象にしたプログラムは、作るのが難しいという。プログラムの焦点をどこに当てるか悩んだ末に、今回は過去に実施したことのある動物園学習プログラムと内容は大きく変えず、そこにデジタルを組み込むことにした。

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 遊心が提供する動物園学習プログラムの特徴は、ひとつの動物を30分ほどかけて観察することだ。動物園では多種多様な動物を足早に見てまわることもできるが、「目の前の動物をじっくり見ることができるという要素も、野生の動物にはない魅力です。」

 じっくりと観察するには、観察する箇所を絞ることがポイントだという。今回の企画では「動物の口」にフォーカスした。口の形が違う生き物は、食べる時の動きも、餌も違う。観察のポイントが分かると、動物の動きや変化、心情なども見えてくるという。

 観察する楽しみ方を体験してもらう遊心の動物園学習プログラムに、AR技術を組み合わせる上で、特に注意を払ったのは、ARを利用しながら、目の前のリアルな動物を見てもらえるコンテンツにすることだ。スマートフォンに動画が映し出されれば、子どもたちはそちらの方が楽しくて見てしまう。動画を見つつも、目の前にいるキリンやサイに目が向くように、見るポイントやクイズ、家族と話してみてほしい項目などを盛り込んだ。一方で、通常の動物紹介サイトに掲載されているような「奇蹄目サイ科」といった一般的な情報は、一切省いた。

 また、動物の口にフォーカスした動画を10種類も用意した。撮影したのは峯岸氏で、「こんなに動物園に通ったのは久しぶり」と笑う。イベント中に、動物の口の動きを観察してまわるには、餌を食べている時間にその動物の前にいなくてはならない。そのため、従来は餌の時間を事前に確認し、それに基づいてイベントの動線を組んでいた。しかし今回は事前に用意した動画があるため、時間的な制約から解放され、動線を柔軟に組み立てることができたという。

■イベント後も参加者とのコミュニケーションが深められるARツール

 これまでは、プログラムに参加する親子が何に興味を持って会話しているのかは、至近距離でぴったり寄り添って聞いていなければ分からなかった。声を拾おうとすれば、参加している家族の数だけスタッフが張り付く必要があり、負担が大きい。メモを取るのも、難しいことだ。特に全体を統括することが多い峯岸氏は、生の声を聞く機会が少ないと感じていた。

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  アンケートは毎回実施してきたが、書かれているのは現場でのリアルタイムな感想ではなく、終わった後にまとめられた回答だ。読み返しても「リアル感の乏しい反省会になってしまいがちだった」と振り返る。

 そこで、コメントを投稿できるコーナーをWeARee!サイトの各ページに設けた。参加者は動物園内をまわりながら、気付いたことや感想を簡単に投稿できる。イベント実施中に、親子の興味・関心をリアルタイムで知ることができるというのは、大きな手ごたえだった。

 さらに、WeARee!には、当日の気づきや学びを、家に持ち帰ることができるという特徴がある。実際、多くの参加者がイベント終了後に、WeARee!を使って、家で振り返りを行ったようだ。「もう一度動画を見た」といった声が寄せられ、それをきっかけにやりとりが生まれ、フォローアップへとつながった。「今までは、参加者は、終わってしまったイベントを頭の中で振り返ることしかできませんでした。でもまたWeARee!を開けば、動画を繰り返し見ることができて、コメントしあうことができる。これで、気づきを積み重ねていくことができますよね」

 中には「子どもが図鑑を読むようになった」「他の動物の食べる様子も意識するようになった」といった声もあったという。イベントをその場限りの体験にしたくないと常々考えてきた峯岸氏にとって、これはとても嬉しい反応だった。

■価値観を共有できるパートナーとの出会い

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 峯岸氏も遊心のスタッフも、もともとデジタル関連の話題には苦手意識を持っていた。「やってみたいな、という思いはありましたが、分からないから後手にまわっていたというのが、正直なところですね」

 IT企業との協働を模索したことは、これまでに幾度かあったものの、やりとりを重ねるうちに互いに違和感をおぼえるなど、結実したことがなかった。「自然体験」は目に見えるが、「自然体験」によって得られる「何か」は目に見えない価値があると思う。その効果が出てくるのが来週なのか、1年後なのか、10年後なのかも分からない。「10年くらいかけて変えていけばいいかな」と考える遊心と、IT企業とでは時間軸が異なる。価値観を共有し、大切にしてくれるパートナーと、なかなか出会えてこなかった。

 これまで相談してきたIT企業からはなかなか理解が得られないこともあった。動物園学習プログラムに実際に参加した人以外には、見てもよく分からないサイトであるため、「そんなサイトは面白くない」「それでは人様に出せない」と言われてきた。だが遊心としては、伝えたいメッセージも学んでほしいポイントも明確であり、そこは譲れない。「理解してもらえないのなら、自分たちでソフトを買ってきて、素人なりにサイトを作ってしまった方がいいのでは」と考えたこともあった。

 このような経緯があったため、ダンクソフトとの打ち合わせも、最初のころは不安を抱えていたという。遊心が大切にしてきた理念や目的を受け止め、違う方向に持っていくことなく制作してくれるのか? ARを使うと、一体どのようなものが出来上がるのか?

 遊心から聞いた話をダンクソフトが形にしたプロトタイプも、「へぇ~、と言いながらも、よくわからずに眺めている感じが続いていました」と振り返る。

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 転機となったのは、何度目かの打ち合わせの際だった。「ダンクソフトの板林さんから、遊心さんが伝えたいことをやりましょう、という言葉をかけていただいたんです。ダンクソフトがやりたいWeARee!ではなく、遊心のWeARee!を作ろうとして、一生懸命話を聞いてくれていることが分かりました。それならば私たちも、できるかできないかに関係なく、遊心がやりたいことや大切にしていることを共有しよう、そうすればダンクソフトが形にしてくれるんだと気付いたんです。それからは楽でしたね」

 

 ■たとえ失敗しても、新しいことに挑戦したい

 遊心は2019年に設立10年を迎えた。次の10年を見据えていろいろと変えていきたいと考えていたタイミングで、ダンクソフトと出会ったという。「遊心にとっては、切り口をひとつ開けてもらった」と、峯岸氏は話す。「親子の自然体験という現場と、デジタルの融合は、今では次の10年の柱のひとつです。前進するきっかけをダンクソフトは与えてくれました」 

 なにより、「もう一歩前に進んでみようと思わせてくれたのはダンクソフトだからだろうなと思います」と峯岸氏。プロジェクトが行き詰まれば、「やっぱりデジタルなんて嫌」と懲りてしまっていたかもしれない。「でも、目に見えないものを扱っている私たちのような団体を、ダンクソフトは理解して、見える形に落とし込んでくれた。こういうドンピシャなことって、あまりないんですよ。お付き合いする中で、単なる効率化だけではなく、その先の“関係づくり”に寄与するデジタルが大事なのだと、分かってきました。ダンクソフトには、新しい扉を開く存在として期待しています」 

 今は「何でもできそうな感じがしていて!」と声が弾む。それだけに動物園学習プログラムの終了後には、あんなことも、こんなこともできたかもしれないという意見が、遊心とダンクソフトの両方から数多く出てきた。イベント終了後も、もっと参加者とよりよい関係を維持できるように、楽しい学び合いのコミュニティをつくっていくことも、目指したい。

 デジタルへの苦手意識も少なくなったという。「今は、たとえ失敗したとしても、挑戦してみた方が面白いという気持ちになっていますね」。遊心の中では今、リアルとデジタルを組み合わせた自然体験のアイデアが次々と湧き出している。4月には新型コロナウイルス感染拡大に伴い外出を控える中で、自宅周辺でどのように楽しめるかを紹介するYouTubeチャンネル「コロナに負けない外遊び」を初めて立ち上げ、動画を次々に公開した。

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 それでも「イメージがまだ湧き出しきっていないように感じる」と話す峯岸氏は、WeARee!の可能性はもっと大きいと期待を寄せる。「やったことのないもの、できそうもないものの方が楽しい」と、さらなる挑戦を楽しみにしている。

 

導入テクノロジー

WeARee!(ウィアリー!)

 

遊心とは

人と自然が、共存していることを身近な場所で体験する機会を創ることを目指し、2010年に設立。子どもたちが、家族と自然に触れ、面白さや親しみやすさを分かち合う、自然遊びプログラムを提供する。プログラムを通じて、子どもたちが自然や家族を大切に思う気持ちを育んでいる。http://www.yushin.or.jp