SmartOfficeは続くよ。どこまでも 

株式会社ダンクソフト 
取締役/企画チーム/サテライトオフィス推進担当 
エグゼクティブマネージャー 
板林淳哉 


物語のはじまり 

公園で遊ぶ子どもたちの騒々しい声が聞こえる。 
自宅の窓の外に見える青い空にキーボードを打つ手が止まる。 
有里子は、Web エンジニアとして仕事を初めて4年が経とうとしていた。 

 

大学卒業後、有里子は地元へは戻らず、新卒で東京のIT企業に就職した。毎日通勤する都内のオフィスはおしゃれなショップの並ぶ街の大通りにあった。フリーアドレスで緑を取り入れたカフェのような雰囲気も、お気に入りだった。これからの仕事や仲間たちとの日々を考えると、不安よりも希望でいっぱいだった。 

 

しかし、その日は突然やってきた。 

 

新型コロナウィルス対策で発出された緊急事態宣言により、会社は有里子を含む全社員に自宅でのリモートワークを開始させ、環境は一変した。 

 

それから 3 年。世の状況を見て、会社は営業職を出社させるようにし始めた。だが、有里子たちエンジニアは、まだリモートワークを続けている。 

 

オフィスの仲間とのWeb会議を終え、ノート PC を閉じてテレビをつける。遠い国の戦争のニュースに続いて、信越地方の山間部にある地元のニュースが流れた。人口減も続いていたが、コロナ禍で観光業が壊滅的な状況となり、地元企業の倒産が続いているというニュースだった。 

 

画面に映る取り壊される旅館を見ながら、実家も近い将来、管理のできなくなる家を解体するかもしれないという話を家族と話したことを思い出していた。 

 

もやもやした有里子は風呂に入ることにした。湯船に浸かりながらスマホで SNS をいつものように眺める。笑顔の人たちが写る古民家に関する投稿が目に止まった。それは、徳島県阿南市の歴史ある古民家を、地域や企業、地域の高専生(高等専門学校生)が一緒に新しく生まれ変わらせたというものだった。 

 

有里子は、その姿を実家に重ね合わせて読んでいた。もしかしたら、大好きだったお祖父ちゃんとの思い出のあるあの家を残すことが出来るかもしれない。居ても立っても居られなくなり、投稿の主である板林さんにメッセージを送った。 

 

新しい働き方に関するイベントで知り合った板林さんも、同じくらいリモートワークしている仲間だ。彼の勤めるダンクソフトで関わっている阿南の取り組みは全国で注目を集めていて、毎月見学ツアーを受け入れているらしい。ちょうど来月分に1枠キャンセルが…という話に、有里子は迷いなく参加を決めた。 

 

有休も溜まりに溜まっていたので、ちょうどよかった。見学とはいえ、2 年ぶりの旅行に少しテンションが上った。 

  

新しい世界に触れる 

徳島空港からしばらく車で移動すると、阿南市の看板が見えた。このプロジェクトの拠点となっているという阿南工業高等専門学校へとやってきた。 

 

出迎えてくれたのは、とても真面目そうな男性だった。港くんと呼ばれていた彼は、阿南高専を出て、ダンクソフトでエンジニアをしながら、このプロジェクトにも関わっているそうだ。 

 

阿南の紹介を聞きながら皆の集まっているスペースに向かうと、賑やかに人に囲まれている女性がいる。中川さんという、とても笑顔の素敵な女性、あの投稿に出ていた古民家のオーナーだった。彼女の想いのつまった古民家と家族の物語を夢中で聞きながら移動すると、気付けばあの写真にあった古民家に着いていた。 

 

この古民家プロジェクトは、古民家のリフォームやリユースといったことだけで注目されているのではなかった。「 SmartOffice プロジェクト」という“ふるさとの未来”をつくるための取り組みのひとつでもあるというのだ。様々な人達が、より良いものをインターネットに載せ、つなげていくそうだ。 

 

古民家では、学生たちや年配の方々が楽しく打合せをしていた。中に入ってみると、そこは外から見るよりずっと広い印象があった。いや、何かおかしい。こんなに広いはずはないのに…。 

 

よく見ると、部屋の奥の、外壁があるはずの先にも、部屋が続いているように見える。そこで談笑している女性たちがいる。その一人が、こんにちは、と手を振りながら声をかけてきた。有里子は慌てて会釈をしながら挨拶を返し、手を振った。 

 

また、窓がないはずの部屋には、窓枠がある。部屋に座って、そこから美しい砂浜を眺めている男性がいる。 

 

しばらく部屋を見回して、ようやく気がついた。壁一面に映し出されたものは、リアルタイムでつながる Web 会議のようだった。こちらの机が、そのまま女性たちがいる部屋までつながっていると錯覚するほど、自然につながって見えていたのだ。 

 

中川さんが声をかけると、変わったカウンター・バーに座っていた男性が挨拶してきた。このプロジェクトの立ち上げから関わっているという、ここのマネージャー竹内さんだ。物腰柔らかな彼は、あちらが山口、こちらは沖縄…と、向こうにいる女性たちに手を振りながら紹介してくれた。 

 

「今からここで打合せがあるので、いったんミーティング・モードにしてもらえますか?」 

 

彼がそうスタッフに声をかけると、先程の部屋も女性たちも窓も消える。そこにあるのは古民家の壁だった。有里子がいたのは、古民家を改修した素敵な会議室だった。 

 

想像を超える眩しい光景に、有里子はショックを受けていた。これは自分の実家で実現するのは難しい。どうしたらしいのか想像つかない。特別な人達の取り組みだな、と肩を落とした。 

 

その様子を見て竹内さんが声をかけてきた。映っていた女性たちをはじめ、ここにいる皆が、初めからこれができたわけではないこと。ここまでの多くの挫折と試練を乗り越えてきた彼らには、一緒に描いた物語のおかげで今があること。 

 

それでも顔の曇りの晴れない有里子に、竹内さんは続けた。 

 

「一緒にプロジェクトに参加してみませんか?」 

 

びっくりした有里子だったが、会社にワーケーション制度があったことを思い出していた。 

 

大きな学び 

翌月から、1 ヶ月間のワーケーション制度を利用して阿南に滞在しながら、古民家プロジェクトに参加できることになった。有里子は、コミュニティ活性化担当のアシスタントとして、活動に関わった。本業の合間に、プロジェクトにかかわる大小様々なミーティングやイベントに参加した。 

 

その中で、参加する高専生や地域の人々、企業の担当者、市の職員など関わる人びとがとても献身的なことに気が付いた。自分のメリットだけを求めない振る舞いを、皆がしていることを、不思議に感じていた。 

 

しかし、それは彼らが単に“いいひと”だからではなかった。ここでは、阿南の未来をより良くしようという彼らの想いと、そのために描かれた未来の物語が、関係者のなかで共有されていたのだ。関わる人たちがその“ふるさとの未来“の物語を、おのおの自分の言葉で語るのだ。有里子は、「物語」が人々を結んで、このプロジェクトを強く動かしていることを知った。 

 

1 ヶ月のワーケーション期間で学んだ最大のことが、「物語」だった。技術や資金も大切だが、“ふるさとの未来”を示す物語こそが、地域で “はじまりをつくること” のためには必要だと強く感じていた。 

 

ワーケーションを終え東京に戻っても、有里子は阿南プロジェクトのWebミーティングに参加している。その中で、実家の未来への大きな不安が、少しずつ晴れていくようだった。自分も、自分のふるさとの未来の物語を書いてみようと思い始めていた。 

 

 

新しいはじまり 

あれから 2 年経ち、有里子は緑豊かな山間の地元に帰ってきていた。有里子の描いたふるさとの未来の物語は、阿南やその他の SmartOffice へ続く取り組みとして、メディアに取り上げられた。 

 

その噂は、有里子と同じ地元出身者や、地元自治体の担当者の目に留まることとなった。 

 

そして、有里子の物語が、実際に地元で SmartOffice プロジェクトとして始動することが決まった。未来の物語に共感してくれたのは、地域の人達だけでなく、竹内さんをはじめ阿南で一緒に活動した仲間たちもそうだった。 

 

来月には、まだオンラインでしか会ったことのないダンクソフトの星野さんが、とうとう直接視察に来てくれることになっている。最初にふるさとの未来の物語を書いた方だ。 

 

 

そしてまた時は経ち… 

 

外で遊ぶ子どもたちの楽しそうな声が聞こえる。 
実家の窓の外に見える青い空にキーボードを打つ手が止まる。 
有里子は地元に帰ってきて7年が経とうとしていた。 

 

あの家族との思い出の詰まった実家の建物は、今も解体されていない。綺麗に改修され、緑を活かしたカフェ・スペースとなった部屋の大きな壁には、東京と阿南、そして隣村と隣町もリアルタイムでつながっている。 

 

その空間で、今は後輩たちがダンクソフトのスタッフとして働きながら、地元の学生、企業の人たちと様々なプロジェクトに関わってくれている。 

 

有里子は次の打ち合わせの為に、実家の庭にある古い蔵の扉を開ける。暗い無人の蔵の中に向かい、声をかけた。 

 

「次のミーティングの準備をして。」 

 

部屋の端々から発せられた光が幾筋か重なっていくと、歴史のある日本の蔵は、ヨーロッパの明るい色彩の壁紙の部屋に変わった。そしてそこには、外国人の男性と、笑顔の女性が立っていた。 

 

「ボンジュール、ルカ。 
そして、こんにちは、中川さん。」 

 
今日はこれから、フランスのプロヴァンス地方にある古い建物についての相談を受けることになっている。 

 

SmartOffice は海を越えてつづいていく。