コミュニティの活性化とソーシャル・キャピタル

■ハイリスク時代に高まる「コミュニティ」の必要性

 今の時代、「コミュニティの活性化」が、とても大事になってきています。このことは、今年の年頭所感でもふれました。

 とくに東京をはじめ都会は、活性化されていない、分断されたコミュニティが圧倒的に多いという課題があります。いわば“切れた網の目”状態になっていると言えます。

 かつて、古き良き時代と言われる頃の日本の会社は、もっとつながりがあり、家族的なものを持っていました。欧米的な企業観が入ってくることによって、そうした関係が解体され、ずいぶん会社はギスギスしてしまったわけですが、日本企業はもともと持っていた価値観を少し思い出すといいのだろうと思っています。もちろん、単に昔に戻ろうという意味ではありません。デジタルがこれだけ進んだ今ですから、あらためて家族的なよさを取り入れて、デジタルと融合させていくイメージです。

 現代のような“ポスト・ポストモダン”の時代になってくると、デジタル・テクノロジーをコミュニケーションのツールとしてうまく使うことによって、離れていても対話ができて、一緒に仕事ができる環境にもなっています。徐々にですが、分断や断絶が埋められて、結ばれていく感覚があるのも確かです。面白い時代だと思います。

日本は災害が多い国です。地震、台風、豪雨、水害。この夏もたびたびの台風や豪雨があり、9月の台風では、千葉や横浜など大きな被害になった地域もありました。さらに災害が増えていくとも言われる時代です。また、地質学的には、人類の活動が及ぼしてきた影響によって地質が大きく変わり、「アンスロポシーン」(人新世)という次の地質年代に入ったと言われています。ますますリスクが高まる時代にあって、生きたコミュニティをつくることが必要不可欠になっているのは間違いありません。

■企業も「コミュニティ」に近づいていく

 私が「企業もコミュニティにならないといけない」と考えるようになったきっかけは、実は「もっと働きやすくするには?」との問題意識を持ったからでした。

 ダンクソフトは、いわゆるワーク・ライフ・バランスに取り組むのがかなり早かったのですが、「取り組まないと」と思ってはじめたわけではありません。単純に自分たちが「もっと働きやすくしたい」という動機から着手していたところ、後から制度や法律ができてきたのです。2007年には官民トップ会議で「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」・「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が策定され、政府がワーク・ライフ・バランスの推進に乗り出しました。

 ですが、政府がワーク・ライフ・バランス推進の方向に舵を切った当初、多くの経営者の間にあったのは「無理に決まってる」という風潮でした。労使という対立関係で考えればもっともな話です。ルールはつくらなければいけない、働く時間は減るということで、主義主張の対立になってしまう。それでは会社はまわりません。仕事と生活の両立という考え方が日本社会の普通になるとは、とうてい思えない状況でした。

 でも、これからは、労使関係という2分法を超えて、みんなが同じ方向をむけるようなテーマをもたないといけない。会社は家族的な、コミュニティ的な、仲のいいチームにならないといけない、という未来の方向性が、その時点で私にははっきり見えていました。 

■ダンクソフトという「コミュニティ」の活性化

 取り組みは2003年ごろからはじまりました。まずは自分たちから変えていこうと、そこから少しずつ新しくしていきます。4年生大学からの新卒採用を行い、その後、就業規則の改変にみんなで着手しました。創業期以来20年近く大きな変更をしていなかった就業規則を、社員代表の数人と社労士とのチームで新しくつくっていったのです。産休3年、子育て・介護の有給休暇プラス20日、勤続3年以上で最長1年のリフレッシュ休暇など、今でも「充実している」と驚かれるような内容でした。

 それができたのも、ルールを実際に使うスタッフがみずから参加して、自分たちで考えたからだと思います。使う人から発案してくれて新しいルールが出来上がるというのは望ましい流れです。逆に、制度から考えるのは難しいと思います。できるだけ自分たちで関わってみることです。当事者意識が生まれます。そうした当事者としてのスタッフの声で、社内が変わっていくのがいいですね。

 以降はスタッフからの発案で、さまざまなことが進んでいきました。会社案内もウェブサイトも新入社員の発案ですし、プライバシー・マークをとったときにデスクの引き出しをなくしたのも、スタッフのアイディアです。引き出しの中にものを入れるのは、引き出しがあるからだ、ないのが一番安全です、と(笑)。それが今から12年前、2007年のことでした。

 ロゴを刷新したのもその頃です。当時13名の社員がいたのですが、呼ばれて会議に参加すると、新しいロゴの最終案が2つにまで絞られていました。みんなで投票して、12票対1票で今のロゴに決まりました。私の意見も平等に1票です。幸いにも支持した方に決まりましたが、考えてみれば面白い話ですよね。

 こんなふうに、ダンクソフトではスタッフ一人ひとりが参加し、判断して、ベストな動きができる文化が育ってきています。日常的にコミュニケーションがとれる状態にありますので、お互いの信頼感が生まれ、自律的に動けるようになっています。社内がひとつの柔軟な「社会的ネットワーク」として機能していくわけです。

そして、こういう状態が特に大事になってくるのが、不測の事態が起こったときです。台風や交通障害などのアクシデント発生時にも、ダンクソフトでは自主的に危機回避策や安全対策をとれるメンバーが多く、混乱は少ない傾向にあります。2011年の東日本大震災の際も、社内に自然発生的に「助け合う関係」がすでに生まれていました。それを見ながら、危機的状況下にあって、会社にもコミュニティ的な関係が必要だと痛感しました。

 ダンクソフトでは、結果的に、気がつけば、クリエイティブな働き方を推進する先進企業のようなことになっていて、多数表彰していただいたりもしますが、そもそも目指したのは、「われわれ自身がコミュニティになること」、「ダンクソフトというコミュニティを活性化すること」でした。 

■活性化するコミュニティの条件:「ソーシャル・キャピタル」

 では、コミュニティが活性化しているかをどのように判断するのかというと、活性化しているコミュニティでは、「ソーシャル・キャピタル」が豊かです。ソーシャル・キャピタルが豊かであるには、①「相互信頼」、②「社会的ネットワーク」、③「互恵的関係」の3つが必要です。

  ここまで語ってきた取り組みや日々のコミュニケーションの積み重ねのなかで、ダンクソフト内に、少しずつ少しずつ相互信頼や社会的ネットワークや互恵的関係が広がり、豊かなソーシャル・キャピタルの土壌となっていったのではないかと捉えています。

 「ソーシャル・キャピタル」は、一般にはよく社会関係資本と訳されていますが、高速道路のような社会インフラを意味する「社会資本」とは異なります。社会資本と言ったとたんに遠いものになってしまう気がして、私にはしっくりきません。ご近所付きあいや井戸端会議といった、本来のソーシャルの雰囲気がどこかにいってしまうのですね。無理にわかりにくい日本語に訳すより、人びとの心の豊かさ、安心して生活ができる、安全である、といった価値観による豊かさの指標だと理解した方がいいと考えています。

 残念ながら、日本の多くの企業の社内状況は、相互信頼、社会的ネットワーク、互恵的関係より、まだまだ労使を重視した上下構造の中にいます。そもそも「労使」と言った瞬間に、「労働者と使用者」という対立構造が生まれて、同じ方向をむくことが難しくなるわけで、どちらにとっても不幸な状況です。日本はいまだに、この2分法のなかにいるということに早く気づいて、そこから脱しなければなりません。 

■デジタル・テクノロジーで、ソーシャル・キャピタルを醸成する

 よく、システム導入ペーパーレス化で効率化をなさりたいというご相談をいただきます。もちろん効率化は大事ですが、本当に重要なのは「効率化の、その先」です。

こうしたご相談の際には、ケースとして「ダンクソフトを見ていただく」と速い。オフィスの中をお見せすると、本当にオフィスに「紙がない」という状況がどういうものかが、よくわかります。引き出しのないデスク、個人の席を固定しないフリー・アドレス、在宅や遠隔地とオンラインで常時接続されている多拠点システム、すべて実際に見ていただくことができます。当初は半信半疑だったり不安がおありだったりしても、実際にその状況をご覧になって「本当にできるんだ」と衝撃を受けたというお客さまは多いです。

 デジタルの利点として、組織を階層型にしなくてよいという特徴があります。フラットなネットワークでつながれるから、役職にこだわらずに誰とでも話がしやすい。固定席をつくらないフリー・アドレスのオフィスは、役職階層に応じた従来のオフィスとは、様子がまったく違います。部長や課長が毎日ちがう席にいて、話したい人の横に行ってみるとか、チャットで話すとか、いろんなコミュニケーションが可能です。誰もが経営にタッチしやすくもなります。デジタルが実現するそうしたフラットなスタイルが、見える形でオフィスにあらわれています。 

 システムは効率化を助けますが、「その先」で、コミュニケーションのレベルが変わり、チームの動く速度が変わることが、私たちのお客さまにはよく起こります。社内によい関係が浸透していって、社会的ネットワークが生まれ、次第にソーシャル・キャピタルがより豊かになっていくという流れをつくることができます。その流れは社内にとどまらず、社外のお客さまとの関係も良好にするし、次の新しい需要をつくりだす循環にもなっていきます。

だからこそ、デジタル・テクノロジーの力を借りながら、相互信頼、社会的ネットワーク、互恵的関係をどうつくれるかが、これから企業にとって、さらに重要になっていくわけです。豊かなソーシャル・キャピタルを醸成して、社内外の関係をよりよくし、活性化するために、会社は、もっとコミュニティに近づいていく方がいい。デジタル・ネットワークの内外に広がる「おたがいさま」や「持ちつ持たれつ」といった価値観が、ますます大事になるでしょう。

  

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