経営者対談:ともにちからを合わせ、デジタルで人々を幸せに

今回のコラムでは、リコージャパン 代表取締役である坂主智弘さんをゲストにおむかえし、コロナ禍を経て見えてきたこれからのビジネスについて、「デジタル」がもたらす未来について、対話しました。

 

リコージャパン株式会社 代表取締役 社長執行役員 CEO 坂主智弘

株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎



 ▎「この人だ!」と直感した

 

坂主 星野さんと出会ったのは、2016年でしたね。一般社団法人マーチング委員会(※)のイベント「マーチングEXPO2016」で、星野さんの講演をお聞きしたことがきっかけです。講演テーマは「IT企業が田舎でまちおこし」。星野さんは、講師として、神山をはじめITを活用した地域創生の事例を紹介されました。

 

そのお話がとても興味深く、「この人だ!」と直感したのです。自分の知りたいことがここにある、こんな人はそういない、このチャンスを逃してはいけない、という印象でした。そこで、講演後すぐにご挨拶に行きました。

 

星野 この日の会場は、神奈川県海老名市にある「リコーフューチャーハウス」でした。海老名はリコーさんの最大の研究開発拠点。そこに新たにつくられたビジネス共創のコミュニケーション・スペースでした。その施設のことや、リコーさんの地方創生の取り組みなどについてお話ししましたね。

 

※マーチング委員会:日本のまちなみをイラストで伝え、地域の魅力を再発信する団体。

左:株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎 右:リコージャパン株式会社 代表取締役 社長執行役員 CEO 坂主智弘さん

左:株式会社ダンクソフト 代表取締役 星野晃一郎
右:リコージャパン株式会社 代表取締役 社長執行役員 CEO 坂主智弘さん

▎徳島県視察ツアーで見た「これからの働き方」の衝撃

 

坂主 その後すぐに、当時は日本橋にあったダンクソフトさんのオフィスにお邪魔して。翌2017年3月には、徳島県神山町を訪ねるサテライト・オフィス視察ツアーにも参加しました。

 

星野 懐かしいですね。ダンクソフトでは、「徳島サテライト・オフィス視察ツアー」を毎年実施してきました。2011年に始まり、コロナ以前は、毎年2回ほど開催していました。

 

坂主 なかでも、大自然の中でノート・パソコンを開いて仕事をしている。そんな情景に「こんな働き方があるのか」と衝撃を受けました。

坂主さんが衝撃を受けたという情景

坂主さんが衝撃を受けたという情景

星野 坂主さんご自身が、お一人で参加されていましたね。あの時も、首都圏をはじめ全国から多様なメンバーが集った視察でした。

 

坂主 そうですね、視察先はもちろん、参加者も刺激的な方ばかりで、懇親会も有意義でした。その後のつながりも生きています。以来、星野さんとは、さまざまなところでご一緒してきました。あとはパエリアでしょうか(笑)。

 

星野 ははは。二人とも食いしん坊ですから(笑)。コロナ禍の前は、会えばおいしいものをご一緒していましたね。

  

▎コロナ禍をへて見えてきた未来──リコージャパンの場合

 

坂主 コロナ禍をへて、大きく変わったことが2つあります。まずは、「働く場所を選ばない働き方」が、すでに実態のなかにあることです。4年前に神山を視察した頃を思うと、今ようやく、時代が追いついてきたなと感じます。

 

次に、コミュニケーションのあり方です。私たちリコージャパンは複合機をはじめとする事務機器の製造・販売・保守を行う会社です。訪問サポートの比重は高く、何があっても「まずは足を運ぶ」という考えが主流でした。

 

「リコーさん最近来ないから、他社に変えちゃったよ」というようなことも少なくない業界です。フェイス・トゥ・フェイスでないと取り合わないという傾向は、とくに地方において、強かったのです。

 

ところが、コロナ禍以降、リモートの商談がすっかり浸透しました。以前は商談によっては商品担当者がリアルに同行していましたが、今はお客様担当者だけが現場に行き、商品担当者は現地へ行かずにオンライン参加が可能です。お客様にタブレット1枚を見せて「連れてきました」と言える世界になりました。

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▎「もう戻れない」──どこにいても働ける時代へ

 

星野 飛躍的な変化ですね。

 

坂主 今回のこの変化は、「ジャンプした」という印象をもっています。一部展開にとどまっていたものが、もう使わざるをえない状況になり、ためらいの小川を飛び越えたと言いますか。

 

リコージャパンは、2011年の東日本大震災を契機に働き方改革を進め、リモート・ワークを推進してきました。2019年には、総務省のテレワーク先駆者百選に選ばれ、賞もいただきました。その時点で、ノート・パソコンとWi-Fiルーターは、たしかに支給していました。ですが、実際の使用頻度や使用率は、必ずしも高くはなかったのです。今回、それが一気にジャンプしました。もう戻らないでしょう。

 

星野 このコロナ禍で、テレワークに切り替えるたくさんの社員の方に「テレワーク検定」を活用いただきました。現在のテレワーク状況はいかがですか?

 

坂主 私のいる本社は、約430席の事業所です。増減はありますが、おおよそ約70〜100人が出社しています。全体の4分の1弱です。

 

今回のことで、作業場所としてのオフィスは必要なかったと、よくわかりました。変わらずリアルに集まることが必要なのは、会議や意思決定、コミュニケーションの場面です。

 

▎コロナがもたらした変化──ダンクソフトの場合

 

星野 ダンクソフトの場合、社内のことより、周りの変化が大きかったです。とくに、出向先クライアントの方針ですね。これまで出向先の意向や環境が理由となってテレワークが難しかったクライアントも、今回は対応せざるをえない状況でした。

 

ダンクソフトは、2008年からテレワークを導入しています。震災後の2011年には、徳島にサテライト・オフィスを開設。リモートで働くことが普通な環境が、比較的、早くからありました。コロナ禍では、2020年3月25日の都知事による自粛宣言の翌日から、出向スタッフを含め、全員が在宅テレワークを始めました。そのまま1年以上が経過し、今も徹底したテレワークで円滑に仕事を続けています。

 

坂主 ほとんどのビジネス・パーソンが、一度はリモート・ワークを実際に体験した。このことの意味は大きいですね。

 

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星野 そうですね。アタマで知っているのと、実際に「やったことがある」のとでは、次元が違いますから。コロナ禍で、まったくのアナログ運営をしていたフラメンコ・スクールがデジタル化に挑戦して、リコーさんの360度カメラ「THETA(シータ)」を取り入れた実験なども行いましたね。そういう意味でも、先程おっしゃった「時代が追いついてきた」という印象は、私もまったく同じ感覚を、周りから受けています。まさに「ジャンプ」ですね。たった1年でこれだけ変わるんだと感慨深いです。

▎「真のデジタル化」へ──リコージャパン「Empowering Digital Workplaces」の挑戦

 

坂主 しかし、ビジネスの現場では、仕事のワークフローがリモート・ワークに対応してないケースが少なくありません。発注書がオフィスにFAXで届く、書類にハンコが必要、などです。デジタル・サービスを使うために紙や人の介在が、どうしてもまだあるのです。

 

リコージャパンはドキュメントに関わってきた会社です。もともとの出発点もそこにありました。しかし、もうデジタルの時代です。リモート・ワークの障害となるドキュメントの課題を改善し、本当の意味でのデジタル化を推進していきたいと考えています。

 

そこで、リコージャパンでは、複合機などのハードウェアとクラウドをつなげ、そこにAIを導入。「人にやさしいデジタルを全国の仕事場に」と掲げて、「Empowering Digital Workplaces」の展開を進めています。( 参考情報:リコージャパンのサステナビリティ トップ・メッセージ

 

ここでいうデジタル化は、情報がパソコンで表示できる状態を意味しているのではありません。FAXで届いた書類の数値や文字が、または録音データが自動的に認識され、コンピュータで処理できるようになっていることを「デジタル化」と呼んでいます。

 

FAXで届いた注文書を手入力するとか、音源をテープ起こしするといった、人に負荷のかかる単純作業は、機械にやってもらいます。知的労働のなかでも「力仕事」にあたるものです。それによって、人にしかできない、より創造的な仕事に集中できる環境をつくります。

  

▎ユーザーを交えた対話の場をつくる

 

星野 30年前から比べると、OCR(紙面に書かれた文字を認識する技術)の認識率は大きく高まりました。さらに、AIと出会ったことで、一気に化けましたね。オリンピック・パラリンピックの影響もあり、翻訳も飛躍的に進みました。

 

リコージャパンさんはこうした最新技術を使って新しいサービスを展開されているわけですが、そのプラットフォーム上で、パートナー企業とともにコミュニティをつくろうとされていますね。

 

私は、ここにとても期待しています。また、そのコミュニティに製品を実際に利用しているユーザーも入ると、さらに加速するのではないでしょうか。

 

坂主 なるほど、ユーザーも。たしかに、それはいいですね。いいヒントをいただきました。

 

星野 さらにいえば、ノンユーザー(nonuser)も入るとなおよいですね。多様性の中のチームができて、活発な対話の場を生み出すことが大切だと思います。

  

▎ダンクソフトの「SmartOffice構想」が描く未来

 

星野 ダンクソフトでは、「インターネットに“あらゆるもの”をのせていく」を合言葉に、「SmartOffice構想」を推進しています。「SmartOffice構想」は、場所を選ばずに、一人ひとりが、よりクリエイティビティを発揮できる働き方の未来です。

 

そこでは、いろんな人やグループが柔軟なつながりを持つ。対話し、連携し、協働して、社会課題の解決や新たな価値創造があちこちで生まれる。「SmartOffice構想」は、このような連携・協働が多方向で広がっていく未来をめざしています。

 

▎エンプロイー・ハピネスのために

 

星野 デジタル社会で大事なのは、やはり「人」ですね。とくに次の2つがこれからのキイワードだと考えています。ひとつは「ポリバレント」。一人ひとりが多様な役割を持ちあわせ、柔軟に動ける人のことです。もうひとつは「インターミディエイター」です。「あいだ」を結び、地域やビジネスを活性化し、それまでにない価値を生みだす役割です。

 

坂主 私はかねがね「エンプロイー・サティスファクション(働く人の満足度)」でなく「エンプロイー・ハピネス(働く人の幸福度)」でなければならないと考えてきました。一緒に働く時間が、その人の人生にとって幸せなものであってほしい。満足でなくハッピーでなければと。そのように考えています。

  

星野 ダンクソフトも、『「 Digital Re-Creation 」で人々を幸せに!』を、掲げています。重なりますね。

 

また、「楽」を大事にしています。仕事を楽に楽しくし、効率化して捻出した時間で一人ひとりが充実した人生を楽しむことを大切にしています。そうでないと、クリエイティブな発想も生まれにくいでしょう。遊び心や面白い発想が新たな価値創造に欠かせないのは言うまでもありませんしね。

 

▎最後に残る「人にしかできない仕事」とは?

 

坂主 リコーは2036年に創業100年を迎えます。その時どんな会社になっていたいかというと、働くことに喜びを感じる。人間が人間らしい仕事をして喜びを感じる。そんな環境づくりのお手伝いをできる会社になっていたいと考えています。

 

ただ、言葉ではそう言えるのですが、じゃあ実際に「人にしかできない仕事」「人間らしい仕事」って何? となると、どういう仕事なのでしょうね。自動化が進むと、労働の対価にお金をもらうという働き方がなくなってしまうかもしれません。そのとき、人間は何ができるのか。「人間ができること」が問い直されているのではないでしょうか。

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星野 効率化や生産性向上の先に、どんな未来を見たいのか、ですね。

 

坂主 人間にしかできない仕事。その多くは社会課題と直結しているでしょう。私たちリコージャパンは、本業でもって社会課題の解決をしていきたい。社会課題の解決とは、つまり、その先にある新たな価値創造も意味します。社会課題の解決と価値創造はもともと同軸だと考えていますので。

 

星野 ダンクソフトは、デジタルで効率化の先にある未来を応援し、人と場をリ・クリエーション(再創造)したいと考えています。人にしかできない仕事は、「リ・クリエーション」。いかにクリエイティビティを高めるかにかかっているのではないでしょうか。

 

▎ 「参加とつながり」から生まれる次のビジネス

 

坂主 ところで、星野さん、ワーケーションをどう見ていますか?

 

星野 大きな可能性があると思いますよ。技術的には、すでにできて当たり前です。私自身も、そう呼ばれはじめる以前から、国内だけでなく、ブラジルでのワールドカップや、ウィンブルドンで観戦をしながら海外でもワーケーションしてきています。ただ、単に「休暇を楽しみ、仕事もする」という使い方ではもったいないと思います。そうではなく、行った先で、地域や人につながらないと意味がありません。地元の人と出会ったり、社会課題の解決や新たな価値創造につながる活動に参加したりしてこそ、ワーケーションの可能性も生かせるというものです。

 

坂主 まさにそうですね。「つなぐ」ことは大事です。つなぐだけで変わるものもある。最近、自治体等からワーケーションのニーズを聞くことが増えました。しかし、課題を感じてもいました。単なる休暇ではもったいない。そこですね。その地域の課題解決につながっていてこそ、価値がありますね。

 

星野 ワーケーションは、IターンやBCPのトライアルとしても有効でしょうね。都市と地域を結ぶという意味でも、人と人、人と地域を結ぶという意味でも。また、事業継承の可能性も広がります。一次産業の飛躍も後押しできるでしょう。

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坂主 最終的に、人が何に幸福や喜びを感じるかといえば、やはり「人と人のつながり」だと思います。チームの連帯を感じたときの喜びはかえがたいものです。そういう意味では、人と人のつながりをつくることが、喜びにも、新しいビジネスにもなっていくと言えるでしょう。

 

星野 そうですね、インターミディエイターの考え方が、まさにそのものでしょう。分断されているところに結び目を作っていく役割です。あいだを丁寧に結ぶ存在がなければ、都市と地方のように本来異質なものが再結合されることは難しい。新しいタイプの媒介者がいなければ新結合はありえず、企業にも地域にも社会にも、イノベーションは起こらないままです。特にポスト・コロナ社会、デジタル社会といった多様性が重視される社会では重要になりますね。

  

▎「自然・機械・人間の協働」で、新たな価値創造へ

 

坂主 デジタル化を活用した農業や一次産業の新たな価値創造は、我々も大いに注目しているところです。ユーザーとダイレクトにつながって、一緒に価値創造ができる時代になりました。

 

星野 坂主さんも話されていたとおり、5G網の拡充により、今後、自然の中へも、インターネットが急速に拡張していきます。私は少し前から「自然と機械と人間の協働」に注目しているのですが、これがますます重要になっていくのは間違いありません。

 

それをビジネスにしていく上で求められるのが、感性でしょう。豊かな感受性。クリエイティビティです。あまり言われませんが、クリエイティビティがもっとも求められるのは経営者でしょうね。新しいものをつくっていくしかありませんし。

 

坂主 「つくっていく」ってわくわくしますね。フリー・ハンドで生み出し、つくりこんでいく。楽しいですよね、やっぱり。

 

星野 そのためには時間と刺激が必要ですね。経営者こそワーケーションをするといいかもしれません。

 

坂主 ははは、たしかに。私もワーケーションしようかな(笑)。

 

星野 いいですね(笑)。リコージャパンさんの若手スタッフの皆さんとお話したときに、これは未来への可能性だと感じました。ぜひ彼らともワーケーションをご一緒に!本日はありがとうございました。

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