計画一辺倒ではない、偶発性からのイノベーション 


今日のテーマは「偶発性」です。偶発性が大事であること、インターネットで偶発が起きやすいこと、それによるイノベーションの可能性についてお話しします。 

▎偶発性の原体験 


昔、こんなことがありました。私が入社3年目の1986年ごろのことです。当時は初代の社長が存命で、自分のチームにスタッフが10人ほどいました。 

 

IT技術者の国家資格といえば、「情報処理技術者試験」です。これを、当時、会社としてみんなで受験してみようということになりました。医師や弁護士と違って、IT業界では資格がなくても仕事はできます。ですが、試験に挑んでみると、自分ができなかった部分がわかるし、できないところを埋めていくことができます。情報処理業界における自分の位置づけや実力もわかります。 

 情報処理技術者試験は、情報処理推進機構(通称IPA)によるものです。今では資格の種類も増えてバリエーションが豊富になっていますが、当時はまだ2種・1種・特種の3つしかなかったんですね。2種が一般的プログラマー、1種は多少設計も含み、特種がシステム・エンジニアでコンサルティングもできる人、という3区分です。他のスタッフには2種を受けてもらい、当時私は部長職に就いていたこともあり、特種を受けようかということになりました。  

▎神田駅前の電話ボックスで出会ったチャンス

 

ところが、秋の試験を目前に控えたその夏、先代が急逝し、急遽、私が会社を継ぐことになりました。社長就任が9月、試験が10月。とにかくバタバタしていて、受験勉強も手のつかない状況でした。 

 

本と出遭った神田の電話ボックスは、現在も神田駅前に存在する。

当時、“半ドン”といって、午前中仕事をしてお昼前に帰るというワークスタイルがありました。ある半ドンの土曜日に、これから帰るよと家に“帰るコール”をしようと、神田駅の電話ボックスに入りました。すると、電話の上に本が置いてありました。B5判でかなり分厚い、雑誌のような本で、誰かの置き忘れたものでした。見ればなんとそれが、まさに私が受験しようとしていた特種情報処理技術者試験対策のテキストだったのです。そんなことってあるんですね。 

 

もう時効でしょうから白状しますが(笑)、そのテキストを持ちかえりました。社長になったばかりの超多忙ななかでしたが、行きかえりの電車の中で、必死にその本を読み込み、試験に備えましたね。  

▎合格率10%の難関に合格、転機となった“特種”取得 

 

試験は10月の天気のいい日曜日に行われました。午前午後と1日がかりの試験です。午後いちは小論文で、400字のものを2つ。午後の最後には、長文の論文で2400字程度の試験でした。そのテキストに、事前にするべき対策が書いてあったので、書かれたとおりに時間制限を設けて、前週に論文を書く予行演習をしていました。3つのテーマから1つを選んで、制限時間2時間。悪筆ですが書くのは速い方なので、当日も1時間ほどで書きあげて提出し、あとは結果を待つばかりとなりました。 

 

当時の特種は合格率が10%ほどで、なかなか受からないものだったんです。待つこと3か月、翌年2月に、郵送で無事に合格の通知が届きました。そのときの合格通知と受験票は今でももっています。かなりの狭き門でもありましたし、合格通知が届いたときはすごく嬉しかったですね。 

 

特種の資格試験に合格したことで、新人社長として自信と手応えも得られましたし、その後の指針になりました。それに、大手企業と直接取引をするときには、資格の有無で評価が異なりました。特種を持っていることで、相手に自分の力を示すことができました。同じ資格を持った先方担当者と対等に話もできて、プロジェクトがスムーズにいくなど、効果を実感しました。  

▎スタッフの思いがけない提案から動き出した物語プロジェクト  

もうひとつ、最近、偶発性から展開したプロジェクトがあります。前回のコラムで取り上げた、ダンクソフト40周年の物語プロジェクトが、そのひとつとなっています。 

ダンクソフトにかかわる人たちが考える「未来の物語」
https://www.dunksoft.com/40th-story 

 

企画当初は、5,6人ぐらいの有志が物語を書けばいいだろうというのが、私の印象でした。それが、ひとりのスタッフの思いがけない提案で、大きな変化が生まれましたんですね。 

 

それは、「経営陣が描いた未来の物語にただ乗っかるのではなく、スタッフみんなに、未来は自分でつくるものだと思ってほしい。だから、未来の物語を全員に書いてもらいたい」という、スタッフからの提案でした。私にとっては、まったく予想外の、嬉しい出来事でした。彼が“理想”を語ったことを機に、昨年以来、全員で未来の物語を書こう!という、予想を超えたプロジェクトに発展していったわけです。 

 

このプロジェクトを通じて、提案した本人は、さらによりよく変化を遂げていきました。また、彼だけでなく、周囲のスタッフにも好影響をもたらし、社内によい変化の波が広がることになりました。結果として、当初の想定を大きく上回って、1月の時点で、20以上の物語が提出されたんですね。スタッフが全部で26、7名ですから、とても高い比率で参加していることになります。 

 

しかし、それにとどまらず、それぞれの描いた未来の物語が、実現に向けてすでに少しずつ動きはじめているのも、いいことですね。7月の40周年を目前に、一人ひとりの参加によって、ダンクソフトにイノベーションの芽が数々生まれています。 

▎インターネットは偶発性を促進する  


もうひとつ、最近、インターネットが、より偶発性をもたらすのではないかと気づくきっかけがありました。 

 

事例:神田藍プロジェクト 〜ソーシャル・キャピタルを育む藍とデジタル
https://www.dunksoft.com/message/case-kanda-ai

先日開催した神田藍プロジェクトのオンライン・イベントで、いくつかの偶発性が、会に意外な活気をもたらしたのです。 

 

ひとつは、徳島県から出向で東京に駐在している徳島県庁のIさんが、めずらしくアポイントなしで、ダンクソフトの神田オフィスを訪ねていらしたんですね。思いがけないことでしたが、その時にいろいろと話ができて、イベントにもリアル参加していただくことになりました。 

 もうひとつは、オンライン・イベント当日、徳島県神山町に暮らすSさんのFacebook投稿で、神山町でも藍を育てていることがわかりました。このことで直前にやりとりをして、その流れでお誘いしたところ、徳島からオンラインでイベントに参加してくださったんです。その後、ちょうど神山でも藍の種ができているということで、後日それを送ってもらい、いま徳島から届いた藍の種がこのオフィスにあります。 

 

藍を介して、徳島と神田がつながることをイメージしてはいましたが、こんな風にスピーディに徳島の方たちと関わりを持てたのも、オンライン・イベントだったからこそです。素敵なハプニングが起こり、新しい動きが生まれはじめました。 

 

これまでの、オフライン中心のビジネス・シーンでは、そもそも偶発性はなかなか生まれにくいものだったと感じています。オフラインの打ち合わせや会合などを考えると、予定通りの時間と場所に、予定通りの人数で参加することが通常でした。 

 

ですが、インターネットとオンライン・コミュニケーションの発達によって、偶発的な出来事が、よりひんぱんに起きるようになってきているのでは、と体感しています。 

 

オンラインのセッションの時に、たまたまそのタイミングで出会った人に参加してもらうと会話が活性化する、といった経験のある人は、割に多いのではないでしょうか。あるいは、ふと参加してもらった人から意外なつながりが広がったり、その場にとても良い影響をもたらしてくれたりする。私自身も、何度もこうした経験をしています。 

 

また、これも皆さん経験があると思うのですが、ソーシャル・メディアにしてもチャットやメッセージのやり取りにしても、インターネットでのコミュニケーションの中で、なんだか妙にリズムやタイミングがうまく合うなとか、逆に合わないとか、そういう相性やタイミングってありますよね。距離や時間を超えていくからこそ、インターネットは偶発性が促進されやすいメディアなのだと感じています。  

▎イノベーションを生む「偶発」の力  

従来のビジネスでは、偶発性は嫌われてきたんですよね。PDCAをまわす、といわれるように、まず計画を立てることが大事で、計画通りに実行することがよいことだ、と考えられていました。一方、偶発性をとらえて動いていくと、思いがけない方向へ行きます。計画や予想とは違うことがおこります。ですから、「偶発的なもの」は、きっちり計画した通りに実行することに価値を置く人たちにとっては、避けるべきもの、排除すべきものになってきました。 

 

ですが、これからは「イノベーションの時代」ですから、単に計画したことをきちんと実行するだけでなく、偶然起こることを、適宜うまく取り入れていくこと。そこで起こっていることをちゃんと見て、必要なことは受け入れ、次につなげていくこと。こうしたことが大事になっていきます。これは、私の好きな音楽のジャム・セッションやスポーツにも通じるものがあります。イノベーションとは、こうやって、偶発性を起点に起こっていくものではないでしょうか。 

 

さて、いくつかの実際にあった経験をお話ししました。神田駅の電話ボックスで、置き忘れたテキストに出遭ったことも、あるスタッフが、思いがけず理想を語ったことも、まったく「偶発的なこと」でしたが、それを見落とさず、かつ、否定しなかったことで、その後、次々と物事が展開していったわけです。インターネットがいいのは、こうした面白いハプニングに遭遇しやすい場だからですね。 

 

計画は大事ですが、それだけを絶対化しないこと。むしろこんな風に、偶発的な動きをうまく掴むと、それが後から見れば、イノベーションの起点だった、ということがあるわけです。 

 

これから本格化するイノベーションの時代では、計画一辺倒ではない、偶発性に開かれた姿勢が、ますます大事になっていくと考えています。